第46話 消えていない出口
八年前の災害情報共有ネットワークは、すでに二度更新されていた。
旧サーバーは廃止。
データも移行済み。
普通なら、そこで終わる。
「普通じゃないから調べてるんですよね」
由奈が言った。
「その台詞、便利だな」
「主任から感染しました」
「俺には移すなよ」
「もう遅いです」
技術班の男が端末から顔を上げた。
「仲いいですね」
「仕事仲間です」
冬真と由奈の声が重なった。
「そこまで揃うと余計に」
「作業してください」
由奈が即座に切った。
旧ネットワークから移行されたデータの中に、送信元不明の経路情報が一件だけ残っていた。
ファイル名なし。
作成者なし。
削除不可。
内容は座標列。
全国二百七十一地点。
白昼断層の死者・行方不明者数と同じ。
「人じゃなくて場所?」
冬真は座標を地図に置く。
駅。
地下街。
病院。
学校。
工場。
陸上の二百七十地点は、二〇一八年当日の被害記録に残っていた。
一件だけ、今の地図に重ならない。
東京湾上。
海面。
「ここに何がある?」
御厨が聞く。
海上保安の旧地図を重ねる。
二〇一八年当時、災害情報ネットワークのバックアップ設備を積んだデータ船が停泊していた。
船名。
しらせぎ。
白昼断層当日、通信途絶。
乗員十二名は全員救助。
救助者記録。
0。
東京湾上の座標が出た時、冬真は地図を拡大しすぎて海しか見えなくなった。
「何もない」
「八年前はあった」
由奈が旧海図を重ねる。
バックアップ設備船。
災害時に陸上回線が落ちた時、最低限の情報共有を維持するための船。
「こういうの本当にあるんですね」
「普通の災害対策としては合理的」
冬真は答えた。
まただ。
合理的な仕組みが、特異現象と組み合わさって予想外の結果を残す。
悪い発明ではない。
ただ、怪異は人間の制度設計を読んでくれない。
便利な経路があれば通る。
冬真は、しらせぎの廃船記録を開いた。
“全通信設備撤去済”。
その文字を見て、なぜか嫌な予感がした。
復旧完了と同じ匂いがした。
◇ しらせぎ
しらせぎは沈没していなかった。
白昼断層の翌年に廃船。
船体の一部は千葉の保管ヤードに残っている。
冬真たちは現物を見に行った。
錆びた通信ラック。
取り外されたアンテナ。
古い非常灯。
「八年経っても、こういうの残るんですね」
由奈が感心する。
「役所は捨てるのも手続きいるからな」
御厨が言った。
冬真は旧通信室へ入る。
違和感。
強い。
水無月ホテル以来だった。
「ここ、まだ生きてる」
「電源はないぞ」
「電気じゃない」
通信ラックの一番下。
古いバックアップ端末。
画面は真っ黒。
なのに冬真が近づくと、一文字ずつ白い文字が出た。
EXIT AVAILABLE
出口利用可能。
その下。
271 / 272
「一つ足りない?」
由奈が言う。
冬真の背中が冷える。
地図には二百七十一地点。画面には二百七十一と二百七十二。
同じものを数えているのか、それさえまだ分からない。冬真は端末から目を離せなかった。




