第45話 出口は一つではない
準備室地下区画の図面を再現する。
二〇一八年当時、実験していたのは特異現象そのものではなかった。
災害時避難誘導システム。
「怪異研究じゃない?」
由奈が驚く。
「白昼断層以前、公的には怪異なんて存在しないからな」
真壁が答える。
複雑な地下施設で、スマートフォンと非常灯を使って最短出口を提示する実験。
その日だけ、システムが存在しない出口を表示した。
真壁はそれを選んだ。
地上へ出た。
「結果だけ見れば、正しい出口」
冬真が言う。
「でも物理的には存在しない」
存在しない出口を一人が通った。
その“出られた結果”が強く残った。
後の五人を呼ぶ。
さらに、同時刻に全国の避難・移動・帰宅という行動へ干渉した?
「規模が飛びすぎる」
御厨が言う。
「そう」
冬真もそこが引っかかった。
一部屋の結果が全国へ広がるには、別の何かが必要だ。
当時のシステム構成を見る。
実験用サーバーは、災害情報共有ネットワークへ接続されていた。
全国の自治体、鉄道、消防が参照する基盤。
存在しない“出口”が、ネットワークを通して全国へ配信された可能性。
怪異が通信に乗った。
初めて、白昼断層が社会インフラとつながった。
実験用避難システムの設計書には、“最短経路”という言葉が何度も出てきた。
最短。
最適。
安全。
人間が好きな言葉ばかりだ。
「出口って、一つに決めるから強いんですかね」
由奈が言う。
「何が」
「全員が同じ表示を見る。だから“ここが出口”って結果が強くなる」
冬真は画面を見る。
桐森市の安全確認済証と似ている。
社会が同じ結論を共有すると、その結論は行動を変える。
普通ならそれが制度の力になる。
特異現象の世界では、現実そのものまで引っ張ることがある。
「怪異だけの問題じゃないな」
「人間が大規模に同じことを信じられる仕組みを作ったから?」
「ネットワークも制度も、増幅器になる」
便利さと危険は同じ場所にあった。
◇ 事故ではなく配信された
「そんなことあり得るんですか」
由奈が聞いた。
「怪異がデータになる?」
「データそのものじゃない」
冬真は考えながら話す。
「現実と記録が一致してない時、残因が生まれる。なら全国のシステムが“存在しない出口がある”という同じ記録を持ったら」
御厨が続ける。
「現実側が記録に引っ張られた?」
「かもしれない」
白昼断層の日。
全国で道路や階段、扉が増えた。
すべて“移動できるはずの場所”に関係している。
出口。
通路。
階段。
ホーム。
怪異が全国同時に発生したのではない。
一つの誤った結果が、災害情報ネットワーク経由で大量に複製された。
「事故じゃない」
冬真が言った。
「配信されたんだ」
会議室が静かになる。
技術担当がすぐに反論した。
「仮説です。八年前のログでは再現できない」
「分かってます」
冬真は頷く。
「だから再現しない」
御厨が見る。
「何する」
「今も残ってる配信先を探す」
もし全国ネットワークのどこかに、存在しない出口の記録がまだ残っているなら。
白昼断層は、終わったのではない。
配信が止まっているだけかもしれない。




