第44話 八年前の六人
旧研究準備室は、現在の都局資料棟の一部になっていた。
二〇一八年当時のメンバーは六人。
うち二人死亡。
一人退職。
三人現職。
真壁も、その一人だった。
「主任調査官、いたんですか」
冬真が聞く。
真壁は頷いた。
「若かったがな」
「知ってた?」
「通信ログのことは」
「何で今まで」
「因果がないからだ」
真壁は机の上に当時の記録を置く。
「ログは残ってる。でも送信端末が存在しない」
「誰も送ってない?」
「室内の全端末を調べた。該当IDなし」
また原因のない結果。
冬真は背筋が冷えた。
「送信者番号0みたいなもの?」
「そう考える者もいた」
通信の十七秒後、全国で白昼断層が始まり、準備室の地下実験区画にも空間異常が発生した。
六人は異常発生後に全員無事に退避。
全国での発生は、六人が退避を終えるより先だった。
「誰が最初に出た?」
真壁は答えなかった。
冬真は顔を見た。
「真壁さん?」
長い沈黙。
「私だ」
真壁宗一郎が、二〇一八年白昼断層における“最初の避難者”だった。
真壁が二〇一八年の準備室にいたと知った時、冬真は少し腹が立った。
でも、問い詰める前に新田の顔が浮かんだ。
相手を悪役にする前に、証拠を見る。
「真壁さん。記録、全部見せてください」
責める代わりにそう言った。
真壁は一瞬だけ目を細め、鍵付きの箱を出した。
「その聞き方をするようになったか」
「前なら?」
「“何で黙ってた”から入った」
図星だった。
「あとで言います」
「言うのか」
「感情と調査は別なので」
真壁が少し笑った。
その笑いで、冬真も少し落ち着いた。
仕事の手順は、人間関係を冷たくするためではない。
壊さずに問い詰めるためにも使える。
◇ 最初に出た男
「何で黙ってたんです」
冬真の声は思ったより強くなった。
「隠していたわけじゃない。記録にもある」
「でも俺たちがレスキュー・ゼロを追ってるって知ってた」
「だからこそ、自分の記憶を事実扱いしたくなかった」
真壁は静かだった。
「私は地下区画で迷った。出口が二つ見えた。片方を選んだら、地上へ出た」
「誰かに案内された?」
「いや」
「じゃあ最初に自力で出た?」
「そう思っている」
その後、残り五人はそれぞれ別の人物に案内されて脱出。
同僚。
警備員。
家族。
全員、顔をはっきり覚えていない。
レスキュー・ゼロ。
「真壁さんが先に出たから、残りを呼んだ」
「仮説ではな」
「それが全国に広がった?」
「分からない」
真壁は初めて苦い顔をした。
「八年間、ずっと分からない」
真壁の声は言い訳に聞こえなかった。むしろ、八年分だけ擦れていた。
冬真は机の上の古い名簿を見る。死亡、退職、現職。その横に、当時の手書きメモ。自分だけが止まっていたと思っていた八年間を、別の場所で止まったまま抱えていた人間がいる。
「……コーヒー、飲みます?」
「今、その流れで?」
「俺も何言えばいいか分からないんで」
「じゃあもらう。砂糖なし」
「御厨主任と同じだ」
「それは少し嫌だな」
扉の外から御厨の声がした。
「聞こえてるぞ」
冬真は初めて、真壁の前で少し笑った。怒りが消えたわけではない。ただ、怒る相手がやっと“組織”ではなく人間の顔になった。
八年間、自分も同じだった。
原因が分からないまま生き残る。
それは、外から見るよりずっと面倒なことだ。
「じゃあ一緒に調べましょう」
冬真が言う。
真壁は小さく頷いた。




