第39話 五万円
社内表彰の賞金が入った。
五万円。
冬真は給与明細を見て、しばらく動かなかった。
「今度こそ奢りですね」
由奈が当然のように言う。
「何が食べたい」
「え、本当に?」
「五万円全部は無理」
「焼肉」
「急に遠慮ないな」
新田も呼び、四人で会社近くの焼肉屋へ行った。
御厨は都局の人間なので本来関係ない。
「何でいるんです?」
「呼ばれた」
由奈が手を挙げる。
「私です」
仕事の話をしないつもりだった。
最初の二十分だけ成功した。
御厨が肉を焼きながら言う。
「レスキュー・ゼロ、次出たらどうする」
「追わない」
冬真は答えた。
「人命優先」
「成長した」
新田が言う。
「前なら自分の過去に突っ込んでた」
「課長まで」
「分かりやすいから」
冬真はビールを飲んだ。
新田が一番高い肉を追加で頼んだ。
「課長、それ一皿二千八百円」
「賞金五万でしょ」
「俺のです」
新田は焼き網に肉を置いた。
「部下の成長を祝う上司代」
「上司が払う側では?」
煙の向こうで新田が箸を振る。
「細かい」
由奈と御厨が笑う。
冬真も笑った。
最初の頃、御厨と新田が同じテーブルで肉を焼いている光景は想像できなかった。
御厨が焦げかけた肉を冬真の皿へ押しつけた。
「それ主任のですよ」
「焼きすぎた」
「だから俺に?」
「賞金出たんだろ。文句言うな」
向かいでは新田が由奈の注文した冷麺を勝手に一口食べて、揉めている。
冬真は焦げた肉を食べた。
明日また危険な現場へ行くとして、たぶんこの三人の誰かはそこにいる。
それをわざわざ言葉にする必要はなかった。
会計は三万四千円。
「一万六千円、残りましたね」
「残りは貯金する」
「夢がない」
「正社員一年目だからな」
五万円の賞金は、思ったより簡単に減った。
最初にもらった危険手当一万八千円では、同じ席を囲めなかった。
あの時より給料も、権限も、隣にいる人間も増えた。
悪くないと思った。
◇ 白昼断層調査室
翌週、真壁から異動の打診が来た。
都局への転職ではない。
官民合同の「白昼断層関連事案調査室」へ、会社所属のまま半年出向。
「断っていいですか」
冬真が新田に聞く。
「理由は」
「面倒そう」
「却下」
「理由聞いた意味あります?」
「ない」
調査室の目的は、2018年の白昼断層以降に発生した特異現象を、事故単位ではなく系統別に再整理すること。
レスキュー・ゼロも対象。
水無月ホテルのような旧事案も含む。
「給料は?」
「出向手当、月三万」
「行きます」
新田がため息をつく。
「あなたの判断基準、分かりやすすぎる」
冬真は笑った。
でも金だけではない。
今まで現場へ呼ばれてから調べていた。
ここなら、事故が起きる前の共通兆候を探せるかもしれない。
そして何より。
自分が見ている“残因”を、個人の勘から仕事の方法へ変えられる。
半年だけ。
そう思って承諾した。
初日の資料庫で、冬真は自分の予想を後悔した。
未整理事案、十二万六千件。
画面をスクロールしても、終わりが見えない。冬真は椅子を少し後ろへ引いた。
「帰りたい」
由奈が笑った。
「初日から通常運転ですね」
「十二万件は通常じゃない」
「でも帰りたいは通常です」
「否定できない」




