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第38話 救う順番

顔のない救助者は、家族の車へ近づかなかった。

そのまま別の出口へ歩いていく。

「なんで」

冬真は追いながら車を見る。

夫婦と子ども。

全員無事。

でも車の進行方向には、空間歪曲が強く出ている。

放っておけば事故になる。

「助けないのか」

冬真が人影へ叫ぶ。

初めて、人影が止まった。

顔のない頭が、冬真の方を向く。

声は聞こえなかった。

代わりに、冬真の頭の中へ一つの感覚が流れ込む。

まだ。

「まだ?」

御厨が聞く。

「こいつ、まだ助ける段階じゃないって」

「何で分かる」

「分からない。そう感じた」

冬真は車へ走った。

救助者の判断を待つ気はない。

御厨と二人で家族を徒歩誘導する。

出口へ向かう途中、天井の一部が崩れた。

あと一分遅ければ、車を直撃していた。

外へ出る。

振り返る。

顔のない救助者は消えていた。

「まだ、って何だったんだ」

御厨が息を吐く。

冬真は家族を見る。

助かった。

救助者番号は、今回は御厨班の正式IDが入る。

0ではない。

「初めて、こいつより先に救った」

冬真は言った。

駐車場の家族を救出した後、冬真は子どもの泣き声を聞きながら地面に座り込んだ。

御厨が水を渡す。

「ゼロに逆らって後悔した?」

「してません」

「即答だな」

「あいつが何を基準に“まだ”って言ったか分からないから」

もし一分待てば、より安全な出口が開いたのかもしれない。

逆に一分待てば、天井が落ちていたかもしれない。

結果だけ見れば、自分たちの救助は成功した。

でも成功したから判断が正しかったと決めるのも危険だ。

「次も同じにする?」

「通常救助を優先します。ゼロの情報は参考にはする」

「いい答え」

「褒めました?」

「今のはな」

冬真は水を飲んだ。

少し嬉しかった。

◇ 選ばない

都局は顔のない救助者を暫定的に「レスキュー・ゼロ」と呼び始めた。

「絶対もっと名前あったでしょう」

由奈が言う。

「会議で早く決めたかったんだろ」

「厨二っぽい」

「本人に聞こえるぞ」

「本人なんですかね」

レスキュー・ゼロは、全員を助けない。

これまでの八事案で、救助対象となったのは一部だけ。

基準は不明。

冬真はそこを危険視した。

「善意かどうかは関係ない」

真壁との会議で言う。

「人命の優先順位を、正体不明の現象に任せられない」

「敵対する?」

「しません。でも従わない」

御厨が頷く。

「現場はこっちで救う」

方針が決まる。

レスキュー・ゼロが出ても、正式な救助活動を止めない。

彼、あるいはそれが誰を選んでも、人間側は選ばない。

冬真はその方針に、少しだけ救われた。

八年前の自分がなぜ選ばれたか。

もう答えを最優先で探さなくていい。

今助けられる人を、選ばず助ける。

御厨の仕事は最初からそうだった。

帰りの車で、冬真は助手席の窓に額を預けた。

「腹減った」

「さっきまで人生の答えみたいな顔してた奴の台詞か」

「人生の答えより飯の方が先です」

「何食う」

「カレー」

「昨日も食ってたろ」

「昨日の俺と今日の俺は別人です」

「便利な理屈だな」

八年前の理由はまだ分からない。

でも今夜何を食うかは決められる。

それで十分な夜もある。

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