第40話 十二万六千件
十二万六千件。
全部読むのは不可能だった。
「AIで分類しましょう」
調査室の分析担当の佐伯が言う。
冬真は少し構えた。
「その顔やめてください。私もAIに仕事を奪われる側です」
「仲間ですね」
「いや、久世さんは怪異にしか奪われないでしょう」
「それ、安心していい話ですか」
「職種の希少性だけなら」
由奈が小声で言った。
「でも久世さん、メールはAIに書いてもらった方がいいですよ」
「俺のメール何が悪いの」
「全部二行」
「伝わるだろ」
「『了解です。久世』だけで全部済ませる人初めて見ました」
「大丈夫です。怪異をAIに判断させるんじゃなく、文章の共通語を拾うだけ」
事故報告、消防記録、住民相談、保険査定。
膨大な文章から、過去に見落とされたパターンを探す。
冬真たちは“残因らしい記述”を人間側で教師データにした。
時刻不一致。
人数不一致。
使われていない設備。
存在しない部屋。
救助者不明。
復旧後再発。
検索結果。
十二万六千件から、四百三十二件。
「減った」
由奈が言う。
「まだ多い」
さらに絞る。
複数条件一致。
八十六件。
その中で最も古いもの。
一九九八年。
「白昼断層より二十年前?」
冬真は資料を開く。
事故名。
東京都庁旧庁舎地下設備異常。
備考。
『非常時避難者一名、救助者不明』
救助者番号。
0。
レスキュー・ゼロは、白昼断層よりずっと前からいた。
十二万六千件という数字を前に、冬真は最初、能力で何とかしようとした。
十件読む。
二十件読む。
三十件目で頭が痛くなった。
「物理的に無理です」
分析担当が呆れた。
「最初からそう言ってます」
「でも俺が見ないと残因か分からない」
「だから“残因かどうか”ではなく、“久世さんが残因を感じる前に何を見ているか”を取るんです」
その発想は冬真には新しかった。
能力の正体を解析するのではない。
能力を使う直前、自分がどんな事実へ注目しているかを分解する。
時刻。
人数。
図面。
設備。
超能力の研究ではなく、仕事の手順化。
冬真はその方が好きだった。
兆候を見つけるところまでは、他の人間にも渡せる。
解析も、データが揃えばチームで速くできる。
ただし最後の一線だけは違う。
終了点を掴み、残因そのものを断てるのは冬真だけだった。
皆で怪異を追い詰める。最後は自分が終わらせる。
その役割なら、悪くない。
十二万件が、少しだけ人間の扱える大きさになった。
◇ 一九九八年
一九九八年の資料は紙だった。
電子化されたのは概要だけ。
調査室の保管庫から段ボール箱が出てくる。
冬真は白い手袋をつけ、黄ばんだ報告書をめくった。
地下設備の誤作動。
一時停電。
職員一名が閉じ込め。
十五分後、本人は一階ロビーで保護。
本人証言。
『知らない職員に案内された』
当時、特異現象という言葉は公的に使われていない。
報告書の結論は、混乱時の記憶錯誤。
冬真は写真を見る。
一階ロビーの監視カメラ。
救助された職員が一人で歩いている。
その一歩前。
誰もいない。
でもガラス扉だけが、もう一人分開いていた。
「人じゃない」
御厨が言う。
「少なくとも、普通の人じゃない」
冬真は資料の端に手書きされた一文を見つけた。
担当者のメモ。
『先に出た者が、後の者を呼ぶ』
意味不明。
その下に日付。
一九九八年六月二十一日。
白昼断層が起きる、ちょうど二十年前だった。




