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第35話 同じものを見なくても

優先度Aの住宅、二十三件。


冬真はそのうち五件だけ直接確認した。


残りは、御厨の班と市職員がチェックリストで回る。


三件目。


現場班の若い隊員から電話が来た。


『久世さん。見えないんですけど、たぶん変です』


「何が」


『住人は二人。玄関の靴も二人分。でも帰宅ログが三人分あります』


冬真は少し驚いた。


「入らないで」


『了解』


以前なら、御厨以外は“見えないから入る”側だった。


今は違う。


チェックリストだけで、一つの事故を止められた。


現場へ着く。


強い残因。


「正解」


若い隊員がほっとした顔をする。


「何がいるんです?」


「まだ分からない」


「そこまで同じですね」


御厨が笑う。


最終的に、その家には過去の同居人の「帰宅結果」が残っていた。


大きな事故にはならず閉鎖。


冬真は報告書の最後に、発見者として若い隊員の名前を書いた。


自分ではない。


それが嬉しかった。


若い隊員が自分で違和感を拾ったことは、冬真がC級資格を取った時より嬉しかった。


「何でそんな嬉しそうなんです?」


由奈が聞く。


「俺が行く前に止まったから」


「仕事取られたのに?」


「取ってくれた方がいい」


冬真一人が必要な仕組みは、格好いいかもしれない。


でも社会の仕組みとしては弱い。


自分が風邪を引いたら危険になる現場なんて、最初から失敗している。


新田に言われた“属人化”が、やっと実感になった。


能力を共有できなくても、判断の入口は共有できる。


強さを独占しない。


由奈が隣から肘でつついた。


「久世さんの秘伝にしておけば、あの隊員の名前は載らなかったのに」


冬真は笑った。


「会社員なので」


◇ 町は安全ではない


三週間後。


桐森市は安全確認事業の制度改定を発表した。


名称から「安全」を外した。


新しい名称。


特異影響継続確認制度。


安全を証明するのではなく、確認時点の状態と再確認条件を示す。


「売り文句として弱くなりましたね」


由奈が言う。


「正確になった」


市の広報担当は頭を抱えていた。


でも退去者向け相談窓口は戻った。


事故住宅の再点検も始まった。


死亡事故は一件で止まった。


最終会議で市長代理が冬真へ言った。


「桐森市は、安全な町ではなくなりました」


皮肉かと思った。


男は続ける。


「安全だと言い切らない町になった」


冬真は頷いた。


「その方が安全かもしれません」


帰りの電車。


由奈がスマホを見せてきた。


「久世さん、社内表彰候補です」


「いらない」


「賞金五万円」


「欲しい」


「早い」


御厨から別のメッセージが来た。


救助者番号0。


新しい該当記録が一件見つかった。


場所は、八年前の水無月ホテルよりさらに古い。


二〇一二年。


そして記録には、初めて“顔のない救助者”を撮った写真が残っていた。

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