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第34話 証明書を剥がす

百八十七件すべての確認済証を無効化する。


冬真はそう提案した。


市は反対した。


「パニックになります」


「一斉撤去したら、不動産価値にも影響が出る」


「だから放置?」


「段階的に再確認を――」


「今日、人が死んだ」


冬真の声が強くなる。


新田が制止しようとしたが、やめた。


市長代理が聞く。


「全件危険だという根拠は?」


「ありません」


「では全部無効にする根拠もない」


「安全だという根拠もない」


沈黙。


冬真は続けた。


「証明書があることで再相談が別分類になってる。異常が消えたんじゃない。報告されなくなっただけです」


由奈がデータを提示する。


数字は冬真の感覚より強かった。


再相談百二件。


うち確認済証住宅七十一件。


市長代理の顔が変わる。


決定。


即日、全証明書の効力を一時停止。


ただし物理的な剥離は、住民への説明後。


「全部剥がせば終わる?」


御厨が聞く。


「分からない」


「またそれか」


「蓋を取ったら、中身が出る」


今度は、百八十七件同時に。


問題はこれからだった。


一時停止の決定が出ると、市役所には住民から電話が殺到した。


「家は危険なのか」


「住宅ローンはどうなる」


「売却予定だった」


冬真は一件も直接受けていない。


それでも隣の部屋から鳴り続ける電話を聞いて、自分の判断が生活へ落ちる音がした。


「正しいだけじゃ足りないですね」


由奈が言う。


「説明も要る」


「補償も」


「再調査の人手も」


新田が資料を置いた。


「だから一枚の報告書を出す前に、実行可能か考えるの」


冬真は頷いた。


安全確認済証を止める判断は必要だった。


でも止めた後の世界も、誰かが運ばなければならない。


事故を止めることと、社会を動かすことは同じ仕事の両側だった。


◇ 百八十七軒


市内百八十七軒。


全部を冬真一人で見ることはできない。


初めて、能力の限界が仕事量として現れた。


「一日十件でも十九日」


由奈が計算する。


「その前に倒れる」


「ですよね」


御厨が言った。


「お前が全部見る前提をやめろ」


「でも残因は俺しか」


「判断の入口を標準化する」


新田が会議室のホワイトボードへ書く。


再相談履歴。


異常の種類。


確認済証交付時期。


退去。


設備更新。


「久世の感覚を、全部能力のままにしてたら組織で使えない」


冬真は少し刺された気がした。


「属人化ってやつですか」


「そう。あなたが休んだら東京が止まる仕事は、良い仕事じゃない」


由奈がデータから優先度スコアを作る。


御厨は現場班向けに「入室前に確認する五項目」をまとめる。


冬真は、自分が現場で見ているものを言葉にする。


難しかった。


「なんとなく変」が、報告書では使えない。


でも一つずつ分解すると、他人にも拾える兆候があった。


記録時刻の逆転。


使われていない設備の作動。


人数と行動結果の不一致。


現実と図面のズレ。


能力そのものは渡せない。


でも、能力が気づく前兆は渡せる。


冬真は初めて、自分が強くなる以外の成長を知った。


御厨がチェックリストを一枚取り、黙って読んだ。


「これ、現場班に回していいか」


「まだ試作です」


「使ってから直せ」


「雑だな」


「現場はだいたい雑だ」


由奈が横から紙を覗く。


「『時計が同じ時刻で止まっている』、これ久世さんの十八番ですね」


「十八番にした覚えない」


「じゃあ特技」


「もっと格好いいのない?」


「危険手当を先に聞く」


「消すぞ、その項目」


笑い声の向こうで、コピー機が紙を吐き出し始めた。


冬真にしか見えないものは渡せない。


でも、冬真が見つける前兆なら渡せる。


自分一人が強くなるより、その方が次の現場では死人が減る。そう思った時、少しだけ気分が良かった。

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