第30話 閉鎖された階
地下三階へ入る方法はなかった。
物理的には埋め戻されている。
そこで冬真は、ナースコールを使うことにした。
病院側は再刺激を恐れたが、三分おきに続く呼出音を前に、監視員立会いと御厨の中止判断を条件に試験応答を認めた。
「呼ぶんですか?」
病院職員が不安そうに聞く。
「呼ばれてる側へ行けないなら、こっちから応答する」
B3-12。
応答ボタンを押す。
「こちら中央ナースステーションです」
冬真はマイクに話す。
沈黙。
やがて、スピーカーから息遣い。
『……まだ、います』
男の声。
三宅ではない。
「誰ですか」
『十二番』
「名前は?」
『わからない』
御厨が冬真を見る。
残った患者ではない。
“十二番ベッドに誰かがいる”という結果そのものが喋っている。
「もう患者はいません」
冬真は言った。
「十二番ベッドは撤去されています。地下三階もありません」
スピーカーの向こうで、長い呼吸。
『じゃあ、呼ばなくていい?』
「はい」
冬真は答えた。
「もう呼ばなくていい」
ナースコール表示が消えた。
同時にエレベーターのB3ランプも消える。
簡単すぎた。
冬真は逆に不安になった。
「終わった?」
御厨が聞く。
「この部分は」
「他がある?」
冬真は救助記録を見る。
顔のない救助者。
そっちは、まだ残っていた。
◇ 救助者番号0
病院の古い災害記録に、一つだけ妙な欄があった。
救助担当者番号。
通常は職員IDか消防隊番号が入る。
三宅の欄だけ、0。
「未入力?」
「当時のシステムでは未入力は空欄です」
由奈が答える。
「0を入れるには手入力が必要」
水無月ホテルの旧記録も調べる。
冬真の救助者番号。
0。
同じだった。
さらに都局の旧事案を検索する。
救助者番号0。
七件。
発生日はばらばら。
白昼断層より前が五件。
後が二件。
「K-0317とは別系列」
冬真は画面を見る。
これまで追っていた“終わらない事故”とは違う。
誰かが、事故の中から人を外へ出している。
そして正式な救助記録には存在しない。
御厨が言った。
「助けてるなら敵じゃない」
「今のところ」
「疑うな」
冬真は暗い廊下の奥を見た。
「主任なら顔のない奴に背中預けます?」
「預けない」
「でしょ」
冬真は七件の一覧を保存した。
今回の調査に限り、新田が持ち出し許可を取っていた資料だった。
病院の一件から二週間後。面談結果を待つあいだも、救助者番号0の調査は続けていた。
その日の夕方。
人事からメールが届いた。
正社員登用――決裁完了。翌日付で契約区分を切り替える。
冬真は画面を二度見した。
由奈が横から覗き込む。
「今度こそ奢りですね」
冬真はしばらく黙ってから言った。
「給料日まで待って」
由奈が即座にスマホを出した。
「何を買う気です?」
「病院の自販機、百八十円する」
「正社員目前の人がそこで節約するんですか」
「目前だからだよ」




