↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わったはずの事故を、俺だけがまだ見ている  作者: YunCang


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/112

第25話 今度は終わらせる

冬真は現場指揮権を持っていない。


資格もまだ仮。


それでも真壁は無線越しに言った。


『現場判断、久世君に寄せる』


「俺でいいんですか」


『今ここを一番知っているのが君だ』


逃げ道のない言葉だった。


冬真は十七の出口を見る。


一つずつ閉じる時間はない。


共通する最初の欠落を埋める。


八年前。


自分は救出された。


救助者はいない。


なら、救出という結果に原因を与えればいい。


「御厨さん」


「何だ」


「八年前、俺が出た非常口まで行く」


「一人で?」


「一人じゃない」


冬真は御厨を見る。


「今度は、救助記録を残す」


御厨は一瞬黙り、理解した。


「俺がお前を出す」


「はい」


「八年前の結果に、今の原因をつなぐ?」


「たぶん」


御厨は嫌そうな顔をした。


「たぶんか」


冬真は非常口の向こうを見た。


「今までよりは自信あります」


その返事を聞いて、御厨は安全索を締め直した。


「十分」


「由奈、全部記録して」


「はい」


「御厨さん、俺が途中でおかしな判断をしたら止めてください」


「言われなくても止める」


二人で非常階段へ入る。


由奈は外側で記録を取る。


時刻。


進入者。


救助者。


退避経路。


一段ずつ下りる。


七階へ戻る。


また下りる。


また七階。


八年前と同じ。


でも今回は御厨がいる。


「右」


冬真が言う。


二人でバックヤードへ抜ける。


古い非常口。


向こうに現在の四番搬入口が見える。


御厨が冬真の背中を押した。


「久世冬真、救出」


由奈の無線が返る。


『記録しました』


冬真が外へ出る。


八年前に欠けていた原因が、八年後に初めて記録された。


ホテルの非常ベルが止まった。


◇ まだ終わっていない


四番搬入口の奥で、十七の現場が静かに消えていった。


マンションの廊下。


事故物件の配管井。


地下鉄の連絡通路。


商業ビルの旧機械室。


一つずつ、光が落ちる。


冬真は立ったまま見ていた。


最後に残ったのは、水無月ホテル七階の非常口だけ。


扉の前に、十六歳の自分がいた。


錯覚だと分かっている。


過去そのものではない。


“救出された結果”の残り。


若い冬真は、何も言わない。


怯えた顔をしている。


今の冬真は、しばらくその顔を見た。


「もう出てる」


自分に言う。


「だから、ここに残らなくていい」


扉の非常灯が消えた。


違和感も消える。


初めてだった。


完全に、何もない。


「終わったか」


御厨が聞く。


冬真は目を閉じる。


頭痛もない。


ベルも聞こえない。


「はい」


今度は迷わなかった。


由奈の端末に東部の現場から報告が入った。


『作業員は全員、実在する搬入口から退避しました。点呼済み、負傷者なしです』


由奈は最後の一行まで読み、ようやく端末を下ろした。


――一週間後。


都局共同調査報告。


水無月ホテル事案を含むK-0317関連十七事案。


因果閉鎖確認。


完了。


十八件目の物流施設も、現地班の誘導で作業員が全員退避し、人的被害なしで収束した。地図では円が閉じても、都市を一件の「完了」にする処理は最後まで成立しなかった。


会社へ戻ると、新田が書類を一枚渡した。


「正社員登用審査」


冬真は読む。


「審査?」


「まだ決定じゃない」


「年収は?」


冬真が尋ねると、由奈が書類を覗き込んだ。


「そこから聞くんですか?」


「重要なので」


新田が給与欄を指さした。


「見込み四百三十前後。資格取ればもう少し」


冬真は真顔で頷いた。


「頑張ります」


「現金ね」


由奈が横から覗く。


「おめでとうございます。奢ってください」


「決まってから」


「前もそれ言いました」


デスクへ戻る。


社員証には新しい表示が増えていた。


特殊事故調査員候補。


都局共有案件――限定可。


御厨からメッセージが来る。


『新規案件。千葉県境。今度は“終わった事故”じゃない』


添付資料を開く。


昼間の高速道路。


何もない空中で、車だけが次々と急停止している。


発生中。


冬真は一度、画面を閉じた。


机の上の缶コーヒーを飲む。


東京の十七件は終わった。


水無月ホテルも終わった。


白昼断層そのものが終わったわけではない。


復旧完了の判子は、いつかまた押される。


だからこそ久世冬真は、その下に何が残ったのかを見る。


今度は、終わる前から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。