第24話 開いている
非常口を開ける。
そこには階段がなかった。
代わりに、北区マンションの三〇六号室があった。
その奥に、中野の二〇七号室。
さらに地下鉄の旧連絡通路。
商業ビルの十七階。
水無月ホテルを除く十六の現場が、廊下の先で重なっていた。
「全部つながってる」
由奈が呟く。
冬真は違うと思った。
「つながってるんじゃない」
「じゃあ?」
「ここから出てる」
水無月ホテルが入口。
八年間、閉じなかった結果が別の場所へ出口を作っている。
現場が増えるたび、輪が広がった。
御厨が一歩進む。
「閉じ方は」
「分からない」
「探すぞ」
簡単に言う。
冬真は少しだけ救われた。
廊下の先に並ぶ十六の現場を一つずつ見る。
全部に共通するもの。
復旧完了。
途中で切られた確認。
残った結果。
そして、水無月ホテルだけにはもう一つある。
冬真自身。
事故の中から、外へ出た人間。
「俺が閉じてない」
「何?」
「ホテルの事故。俺が出たことで、“救出された”結果だけ先にできた」
でも救助した人間が記録にいない。
原因のない結果。
それが最初の穴だった。
御厨が冬真を見る。
「じゃあ、お前を戻せば閉じるとか言うなよ」
「言ってない」
「考えた顔した」
「少しだけ」
「却下」
即答だった。
「まだ方法あるだろ」
冬真は頷いた。
八年前と違う。
今は一人ではない。
ホテルと十六の現場が重なる景色を見て、由奈はしばらく言葉を失った。
いつもなら先に写真を撮る彼女が、タブレットを下ろしたまま立っている。
「撮らないの?」
冬真が聞く。
「撮っていいのか迷ってます」
「仕事だろ」
「そうでした」
由奈は息を整え、記録を始めた。
その姿を見て冬真も戻る。
ここは八年前の恐怖そのものではない。
今、自分たちが調査している現場だ。
御厨が前へ出る。
「行ける?」
「行けます」
「無理なら言え」
「主任も」
「俺は言う」
三人で進む。
誰か一人の勇気ではなく、普通に確認しながら。
そのやり方が、八年前にはなかった。
◇ 十八番目
調査中、由奈の端末が鳴った。
新規事案。
東京東部。
大型物流施設。
勤務中の作業員が、存在しない避難口へ向かって歩き続けている。
現場システムが自動で番号を振る。
K-0318。
「十八件目」
御厨が言う。
冬真は地図を開いた。
位置。
水無月ホテルを中心に十六件が描いていた弧。空白だった東側に、十八件目の点が入っている。
廊下の端に、物流施設の荷捌き場も新しく重なった。
旧十七件から伸びていた残因が、冬真の周囲へ一斉に集まる。
一本ずつなら間に合わない。
だが全部が同じ欠落――「救出された結果に、正式な救助原因がない」――へ戻るなら、枝を一本ずつ追わなくていい。
冬真は八年前の非常扉へ掌を押しつけた。
「八年分、まとめて終われ」
視界が真っ黒になる。
次の瞬間、周囲へ伸びていた細い残因が、まとめて断ち切れた。
だが、非常扉の奥へ続く太い一本だけは残った。
同時に、水無月ホテルの廊下が大きく揺れた。
十七の現場が一斉に明るくなる。
遠くで電子音。
改札音。
火災ベル。
配管の水音。
全部が重なる。
「まずい」
冬真は頭を押さえた。
残因が多すぎる。
原因と結果が一気に流れ込む。
視界が白くなる。
御厨が支える。
「久世!」
「十八番目が開いたから、全部が閉じようとしてる」
「閉じるならいいんじゃないのか」
「違う」
自然に閉じるのではない。
輪の中にあるものを、全部一つの結果へ押し込もうとしている。
東京そのものを“事故現場”として完了させる。
そんな感覚だった。
説明する時間はない。
冬真は息を整えた。
「物流施設を止めて」
「都局に連絡する」
「それだけじゃない」
水無月ホテルの非常口を見る。
「こっちも今、終わらせる」
初めて、自分から言った。
誰かが終わらせた後を見るのでもない。
今起きている事故の、主担当になる。




