第14話 御厨が待つ
翌日の再確認。
駅は通常営業に戻っていた。
朝八時。
人、人、人。
冬真は改札前に立って、昨日まで誰もいなかった場所を流れる乗客を見る。
「普通ってうるさいですね」
由奈が言った。
「昨日より安心する」
再発兆候なし。
改札ログ正常。
非常導線更新済み。
残るのは旧ホーム端の設備室だけだった。
御厨がドアの前に立つ。
「開けるぞ」
手をかけてから、止まった。
冬真を見る。
「いいか?」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
「俺に?」
「他に誰がいる」
前なら御厨は自分で開けていた。
冬真は扉の周囲を見る。
違和感なし。
でも一度だけ、昨日の窓の中の乗客を思い出した。
判断を間違えれば、この男が先に入る。
責任が重い。
「……大丈夫です」
御厨が開ける。
何も起きない。
ただの設備室だった。
冬真は息を吐く。
「緊張したか」
「しました」
「慣れろ」
「慣れたくない」
「それもそうだな」
御厨は扉を閉めた。
「俺は、お前が駄目って言ったら入らない」
冬真は言葉を失った。
御厨は続ける。
「だからお前も、分からない時は分からないって言え」
「……はい」
「変に格好つけるな」
「主任に言われたくない」
由奈が後ろで笑った。
仕事上の信頼は、派手ではない。
一つの判断を、次の現場でも覚えていてもらえる。
たぶん、それくらいの積み重ねだった。
設備室へ入る前に御厨が待った数秒は、冬真にとって地下鉄案件で一番重かった。
信頼されることは、気持ちいいだけではない。
自分が「大丈夫」と言ったあと、先に入るのは御厨だ。
間違えた時に傷つくのは、自分ではないかもしれない。
「何でそんな顔してる」
「責任って嫌ですね」
「今さら?」
「今までは自分が死ぬ方が多かったから」
御厨は少し黙った。
「じゃあ覚えとけ。俺も自分で判断して入る。全部お前の責任じゃない」
冬真は顔を上げた。
「でも聞くんでしょう」
「聞く。最後は俺が決める」
それで肩の力が少し抜けた。
仕事の信頼は、責任を押しつけることではなく、分けることらしい。
◇ 反対方向
正式な終息確認の前に、冬真はもう一度だけ避難記録を再現した。
駅員、御厨、由奈。
十七年前とは逆方向。
古い避難導線を今の出口につなぎ、実際に人が歩く。
「怪異対策って、もっと塩とか札とか使わないんですか」
由奈が歩きながら言った。
「部署が違う」
御厨が答える。
「あるんですか」
「ある」
「ちょっと見たい」
「観光じゃない」
冬真は二人の会話を聞きながら、足元だけ見ていた。
進む方向。
旧記録と現在。
この駅の異常は、避難が失敗したから残ったのではない。
避難は成功している。
ただ、システム上の記録だけが二重になり、片方が終わらなかった。
だから、正しい方向へ一度通し直す。
改札を出た瞬間。
冬真の耳に、遠くで電車のドアが閉まる音がした。
プシュー。
誰もいないはずの旧通路から。
それきり、何も聞こえなくなった。
「終わった?」
由奈が聞く。
「たぶん」
「そこ、はいって言うところじゃないです?」
「確認してから」
御厨が頷く。
「それでいい」
三十分後。
測定、ログ、現場反応。
全部正常。
冬真は復旧意見書の欄に入力した。
前日の始発を五分遅らせた判断も、仮設の誘導灯も、運行本部の苦情も、すべて確認記録に残っている。
今朝のホームには、存在しない車両も黒い残因も見えなかった。
因果閉鎖――確認。
初めて自分の権限で、その項目にチェックを入れた。
指が少し震えた。
怖かった。
でも、前よりは正しく怖がれている気がした。




