第13話 いない乗客
旧通路を右へ進むと、行き止まりだった。
十七年前には出口があった場所。
今はコンクリート壁。
「終わりじゃん」
由奈が息を切らす。
「記録はここから外に出てる」
「壁を壊す?」
御厨が工具に手を伸ばす。
「待って」
冬真は壁へ手を当てた。
向こうから、駅の雑踏が聞こえる。
今は午前五時前。
こんな人数がいるはずがない。
笑い声。
足音。
改札の電子音。
十七年前の朝なのか。
違う。
音の中に、現在の広告放送が混ざっている。
過去と今が重なっている。
「壊さない」
「じゃあどうする」
「出口を今の場所に合わせる」
冬真は現行図面を見る。
現在のA出口は、この壁から左へ二十八メートル。
「避難誘導サインを仮設で今の出口へつなぐ」
駅員が首を傾げる。
「それで?」
「記録が“出口”を探してるなら、今の出口を教える」
御厨は即座に無線を飛ばした。
可搬式誘導灯。
床面テープ。
非常時の仮設導線。
二分で作る。
「あと三分!」
由奈が叫ぶ。
誘導灯が点く。
古い矢印から、新しい矢印へ。
右ではなく、左へ。
その瞬間、駅全体の改札が一斉に鳴った。
ピッ。
監視室から無線。
『入場ログ、停止! 代わりに出場ログが――』
「何人?」
『一人です』
百二十八人目。
存在しない乗客が、ようやく駅を出た。
冬真は壁から手を離した。
頭の圧迫感が、少しだけ軽くなる。
でも完全ではない。
「まだ何かある」
御厨がすぐ聞く。
「どこ」
冬真はホーム方向を見た。
今度は、列車の中だ。
仮設誘導灯を並べる作業は、怪異対策というよりイベント会場の設営に近かった。
駅員が床へテープを貼り、都局職員が照明を固定し、由奈が旧図面と現行図面を見比べる。
誰も呪文を唱えない。
札も塩もない。
それでも一つでも矢印を間違えれば、人を危険な方へ誘導する。
「こういうの、好きかも」
由奈が言った。
「何が」
「普通の道具で変なのを終わらせるの」
「俺も」
冬真は答えた。
超常現象だからといって、超常的な方法でしか終わらせられないわけではない。
むしろ社会の側にある道具――図面、標識、記録、確認、責任――で現実を一つに揃えていく。
それなら、自分の仕事として理解できる。
◇ 午前五時五分
始発入線は五時十二分。
残り七分。
「今度は俺が七分って言いたい」
御厨が走りながら言った。
「どうぞ」
ホームへ下りる。
列車はまだ来ていない。
だが運行システム上、一本の車両が表示されていた。
車両番号なし。
乗務員なし。
位置だけが駅の手前二百メートル。
「さっきの幽霊列車?」
由奈が言う。
「幽霊って呼ぶと報告書が面倒」
「じゃあ未登録列車」
「それで」
冬真はホーム端へ行く。
線路の向こうに、誰もいない車内が一瞬だけ見えた。
電車そのものではない。
窓だけが並んでいる。
窓の中に乗客がいる。
全員、背中を向けている。
「……何人?」
由奈が小声で聞く。
「数えない方がいい」
冬真には分かった。
これは十七年前の百二十七人ではない。
もっと新しい。
複数の事故で「帰れなかった」「降りられなかった」「避難完了にならなかった」記録が重なっている。
駅が出口になっている。
「この案件、単独じゃない」
御厨を見る。
「K-0317の他の事故が混ざってる」
「証拠は?」
「ない。でも――」
「いい。今は聞かない」
御厨が無線を取る。
「始発、一駅手前で待機させろ」
運行本部が反発する。
『理由を――』
「現場判断。五分」
冬真は御厨を見る。
「今度は主任が怒られますよ」
「交代制だ」
少しだけ笑えた。
五時十七分までに、冬真たちは列車ではなく“ホームに残った避難結果”を切り離した。
始発は五分遅れ。
運行本部からは長い苦情が来た。
でも乗客は誰も怪異を見なかった。
それが一番の成功だった。




