第113話 横浜港第七码頭
第七码頭だけが、午後五時で一度“閉鎖済み”になった。
実際には作業員が百二十人残っている。
「システム上、全員退場済み」
港湾管理者が青い顔で言う。
「じゃあ今いる人たちは?」
「記録上は、いません」
御厨がすぐ動いた。
「人間から数える。端末は後」
冬真はそれを聞いて、少しだけ肩の力を抜く。
記録にいなくても、人はいる。
ここは御厨の領分だ。
「俺、線見る」
「勝手に奥行くな」
「分かってます」
「分かってる顔じゃねえ」
由奈が横から言う。
「主任、今日もう一回止められたら罰金で」
「誰に払うの」
「私に」
「制度が雑」
黒線は作業員の入退場ゲートへ集中していた。
さっきコンテナから切り離した枝とは別だ。隣倉庫から逃げた太い線はゲートの手前で一本を分け、その枝が端末ごとに細く裂けていた。
そこから一本ずつ、人間ではなく“記録上の存在”を消している。
「これ、事故処理じゃない」
「何です?」
「現場から人を消して、事故が起きても被害者ゼロにする」
由奈の顔が変わる。
「最低」
冬真はゲートへ入り込む一本の枝を、分岐の手前で固定した。
「留因。九十秒」
「今度は何すればいい?」
「全員の在場を別系統に書き直して」
「了解」
由奈は走らない。
その場で電話を三本つなぎ、港湾、消防、会社の人事記録を一気に別サーバーへ退避させる。
六十二秒。
「できた!」
冬真が断因を落とす。
ゲート表示が一斉に戻る。
《在場 118》
「二人足りない」
御厨の声が飛ぶ。
冬真は倉庫の奥を見る。
二本だけ、黒線が海側へ伸びていた。
「いる」
人数確認は紙で始まった。
スマホも入退室端末も信用しない。御厨が作業員を出口に並ばせ、班長に一人ずつ名前を呼ばせる。
「百十九」
「一人足りない」
誰かが「休憩室じゃないか」と言う。
記録上は全員退場済みだから、システムは誰も探さない。
冬真は黒線を見ながら走りかけたが、御厨に腕を掴まれた。
「線はどっち」
「北側」
「人は南だ」
「でも原因は」
「今は人」
短い一言だった。
冬真は南へ向きを変えた。
休憩室で見つかったのは、足を挫いて動けない若い作業員だった。本人は「大丈夫」と笑っていたが、顔色は白い。
冬真は肩を貸す。
「記録にいなくても、いなくなったことにはならないから」
「……何の話です?」
「こっちの話」
外へ出た瞬間、北側倉庫の黒線が一段濃くなった。
黒線は海へ向かって走った。




