第114話 事故を買う会社
前夜、北側倉庫から走った黒線は岸壁の先で海中へ消えた。冬真はそれを追わず、御厨と作業員の退避を確認するまで港に残った。港側には岸壁への立入規制を頼んだが、黒線の先は切れないままだった。
翌朝、月島が港湾側の事故処理資料から見つけた名前が、CLOSELINE ASIAだった。
CLOSELINE ASIAの日本法人は、横浜の高層ビルに入っていた。
受付はホテルみたいに静かだった。
「事故を買う会社って本当にあるんですね」
由奈が小声で言う。
「正確には事故後債権と損害処理権です」
月島が説明する。
「言い直したら怖さ増した」
会議室に現れた担当者は、三十代半ばの男だった。
名刺。
《アレックス・ロウ Regional Closure Director》
日本語は自然だった。
「久世さん。お会いしたかった」
「俺は別に」
「そういうところも記録通りですね」
冬真は名刺から顔を上げる。
「記録?」
「公開情報です」
「港で撮った写真も?」
アレックスは笑わない。
「それは私ではありません」
「信用していい?」
「しなくて構いません」
話が早い。
彼らの仕事は、事故処理が長期化しそうな案件を買い取ること。
保険会社や施設管理者から責任と処理権を引き受け、一定額で閉じる。
「閉じるって?」
「社会的に終わらせる」
「俺と同じ言葉使わないで」
初めてアレックスが少し笑った。
「だから興味があるんです」
モニターに数字が出る。
一件平均処理日数。
補償額。
復旧日数。
全部、異常に短い。
「どうやってる」
「終点を設計します」
「転嫁して?」
「最小損失へ」
鷹取と同じ言葉。
冬真の指が止まる。
アレックスは続けた。
「事故はゼロにはなりません。なら、どこで終わらせるかを選ぶ」
「誰が払うかを選ぶ、でしょ」
「同じ意味です」
「俺には違う」
アレックスは言葉を継いだ。
「久世さん。あなたの断因は高価すぎます」
「請求したことないけど」
「一人しか使えない技術は、社会インフラになれない」
冬真はアレックスを見た。
「だから?」
アレックスのスーツは皺一つなく、机に置いた端末も傷がない。
冬真はそれが少し嫌だった。
事故現場へ来る人間の物は、たいていどこか傷む。御厨の靴はつま先が削れ、由奈の充電ケーブルは二度テープで巻かれている。自分のスマホも角が欠けている。
「現場には出るんですか」
冬真が聞く。
「必要なら」
「昨日の横浜は?」
「見ていました」
「どこから」
「答える義務は?」
「ない。でも、俺も能力データ渡す義務ないです」
アレックスの笑みが少しだけ薄くなる。
初めて、人間らしい顔になった。
「交渉が上手いと聞いていました」
「誰から」
「終端設計室の記録です」
部屋の空気が一段冷えた。
鷹取の名前を出さずに、相手は同じ場所へ触れてきた。
「私たちは、誰でも使える終わり方を売っています」




