第111話 終端協定
帰国当日、冬真は空港からそのまま会議室へ連れていかれた。
「家」
「あとで」
月島は資料を配る。
「風呂」
「あとで」
「人権」
「あります」
「今のところ感じない」
御厨が椅子の背にもたれた。
「寝ると余計うるさいぞ」
「寝てないからうるさいんです」
資料の一ページ目には英語と日本語が並んでいた。
《TERMINAL PROTOCOL / 終端協定》
事故を終わらせるための国際的な技術共有枠組み。
ただし公的な条約ではない。
参加主体は行政、保険、交通、インフラ企業、災害研究機関。
「民間が多い」
「そうです」
月島がページをめくる。
「怪異を倒すための組織ではありません。事故を“閉じる”ための技術を共有する組織です」
「言い方が似てる」
「あなたの断因とは別物です」
「分かってます」
冬真はJP-TM-06の記録を見る。
所属欄は空白。
利用者名も空白。
それでも端末は十年以上、複数国の事故現場に現れている。
「神谷直人は協定の人間?」
「所属記録はありません」
「じゃあ何で持ってる」
「それを調べます」
由奈がノートPCを回した。
「一個変なのあります」
終端協定の内部用語。
《Termination can be transferred before closure.》
「終了は、閉鎖前なら移送できる」
冬真は声に出した。
シンガポールで逃げた黒線を思い出す。
「事故を移すんじゃない」
月島が頷く。
「“終わる場所”を移しています」
冬真は背もたれから身体を起こした。
断因が効かないんじゃない。
断因を落とす場所を、先に奪っている。
「嫌いだな、これ」
「私もです」
「月島さんと最近そこだけ合う」
「そこだけにしてください」
成田から戻ったばかりの冬真は、曇り空の映る会議室の窓を見た。足元にはスーツケース。由奈がその取っ手にコンビニ袋を引っかける。
「昼、食べました?」
「機内で」
「何を」
「パン」
「それ昼じゃない」
新田が資料から目を上げずに言った。
「会議終わったら食わせろ。倒れられる方が高くつく」
「課長、心配の仕方がずっと経理」
「会社員だからな」
冬真は紙面へ戻る。《終端協定》の参加組織名は半分以上知らない。保険、物流、都市インフラ、救難会社。怪異を研究する組織より、“事故を早く閉じたい側”の名前が多い。
そこが一番気味悪かった。
怪異の存在を信じていなくても、この仕組みは使える。結果だけ消せるなら、理由は後回しにできる。
資料の最後に、日本国内で今朝検知された新しい番号があった。
《JP-TM-07》
場所。
横浜港。




