第110話 JP-TM-06
帰国は二日延びた。
その間に月島から返事が来た。
『JP-TM-06、旧記録で一件だけ所有者候補が出ました』
「名前」
『神谷直人』
冬真はホテルの窓際で立ったまま聞く。
『二〇一八年当時二十九歳。終端実証班。白昼断層の四か月前、水無月ホテルへ非公式投入』
「その後」
『六月二十一日を最後に行方不明』
「死亡扱い?」
『死亡確認なし』
八年間。
冬真を外へ押し出した人間が、生きているかもしれない。
「写真あります?」
送られてくる。
若い男。
細い顔。
右眉の上に小さな傷。
記憶は戻らない。
でも胸の奥だけが妙にざわつく。
「違う気がしない」
『証拠にはなりません』
「分かってます」
月島が少し黙る。
『でも、調べる理由にはなります』
電話が切れた。
御厨が部屋へ入ってくる。
「帰国便、明日」
「了解」
「で?」
「神谷直人。生きてるかもしれない」
「会いたいか」
冬真は窓の外を見る。
高層ビルの間を、夕立が白く走っている。
「分かんない」
「前も聞いた」
「今も分かんない」
「ならそれでいい」
御厨は冷蔵庫を開ける。
「俺の水飲まないで」
「名前書け」
「海外でもそれ?」
「海外だから何だ」
冬真は笑った。
スマホが震える。
知らない番号。
今度は一行だけ。
《JP-TM-06は、まだ終わっていない》
その下に位置情報。
東京。
冬真は画面を見たまま立ち上がった。
「御厨さん」
「何」
「帰ったら、休みなしです」
「知ってる」
写真を見たまま、冬真は母へ送ろうとしてやめた。
確証がない。
期待させるのも違う。
御厨がそれに気づく。
「母親?」
「うん」
「送らないのか」
「まだ」
「珍しい」
「何が」
「お前、気になったらすぐ動くから」
「失礼」
「褒めてない」
冬真はスマホを伏せる。
神谷直人。
八年間、名前すらなかった人間。
急に顔と年齢がついたからといって、答えになったわけではない。
むしろ質問が増えた。
なぜ水無月にいた。
なぜ冬真を助けた。
なぜ消えた。
なぜ今、海外からJP-TM-06を返した。
会いたい、という感情だけが一番先に答えを出していた。
海の向こうで始まった線が、日本へ戻っていた。




