第11話 終電後
午前一時四十七分。
都営地下鉄・東新宿駅。
終電はすでに出たあとだった。
それなのに自動改札の入場数だけが増えている。
一人。
二人。
三人。
誰も通っていないゲートが、数十秒おきに青く光る。
「これ、映像だけ見たら地味ですね」
由奈が監視室の画面を見ながら言った。
「地味な方がいい」
冬真はログを追う。
交通系ICのIDは全部異なる。
残高処理も正常。
改札機の故障ではない。
問題は、そのカードが存在しないことだった。
「発行履歴なし?」
「はい。番号体系は正しいんですけど、どの事業者にも登録がありません」
駅員が青い顔で説明する。
「しかも入場だけです。出場記録が一件もない」
御厨がホームへ下りる。
冬真も続いた。
終電後の駅は、昼間と同じ場所とは思えないほど静かだった。
広告の照明だけが明るい。
線路の奥から、換気設備の低い唸りが響く。
「何か分かるか」
「まだ」
「最近それ聞き慣れてきたな」
「便利な返事なので」
ホーム中央まで歩いた時、冬真は足を止めた。
ベンチの下。
濡れた靴跡が一つある。
駅構内は乾いている。
足跡は、線路側から改札方向へ続いていた。
十歩ほどで消える。
「人、入ってる」
御厨が周囲を見る。
「監視カメラには?」
無線で確認する。
『誰も映ってません』
冬真は靴跡の向きを見た。
「入場記録なのに、動きは出場方向」
「逆ってことか」
「たぶん」
その瞬間、ホームの電光掲示板が点灯した。
運行終了後のはずなのに、列車案内が出る。
02:17 各駅停車 到着
冬真の背中が冷えた。
「御厨さん」
「見えてる」
線路の奥から、列車の走行音が近づいてきた。
しかし運行管理システムには、一本も列車が存在しなかった。
駅員が古い避難記録を探している間、冬真はホーム端のベンチに座った。
地下鉄は止まっているのに、地上では始発へ向けて街が動き始めている。コンビニの配送車、始業の早い清掃員、新聞配達。あと数時間で、ここにも何千人という人が流れ込む。
「閉めたままにできない場所って嫌ですね」
由奈が缶のお茶を渡した。
「建物なら一日止めても住人に説明できる。電車は五分でニュースになる」
「だから事故も五分で終わってくれればいいのに」
「怪異にダイヤはない」
御厨が戻ってくる。
「でも人間にはある。そこに合わせて止めるぞ」
冬真は缶を開けた。
危険か安全かだけではなく、何分止めるかまで判断する。
仕事の難しさが、一段上がった気がした。
◇ 改札の向こう
御厨の指示でホームは即時封鎖された。
電車の音は近づいたまま、来ない。
トンネルの向こうにライトも見えない。
ただ、レールだけが微かに震えている。
「電源切れます?」
冬真が駅責任者に聞く。
「架空電車線への給電は区間ごとに止められます。ただ、始発までに復旧できる保証が……」
時計を見る。
午前二時三分。
始発まで三時間少し。
御厨が言った。
「今は安全優先だ」
「でも止める範囲は決めないと」
冬真はホームから階段を上がる。
改札前。
ゲートの入場数はまだ増えている。
由奈がログを並べていた。
「変です」
「何が」
「改札ログは今百二十七人。でも防犯カメラの人数カウントは、終電後からゼロ」
「ゼロのまま?」
「はい。清掃員と私たちは除外設定されてるので、それ以外はゼロ」
冬真は両方の数字を見る。
百二十七。
ゼロ。
人がいるのか、いないのか。
「過去の乗客データじゃない?」
御厨が聞く。
「なら日付があるはずです」
由奈が首を振る。
「このID、発行日すらない」
改札機が鳴る。
ピッ。
百二十八人目。
誰も通らない。
冬真はゲートの向こうを見る。
改札内側の床に、濡れた足跡が増えていた。
でも向きは外へ。
入場した記録が増えるたび、出ていく足跡が増える。
「これ、入ってるんじゃない」
「じゃあ何です?」
「出ようとしてる」
御厨が表情を変える。
「何が」
冬真は答えられなかった。
その時、駅事務室の古い紙資料を持った職員が駆けてきた。
「十七年前、この駅で避難誘導がありました」
「特異災害?」
「認定されてません。信号設備火災です。ただ……」
職員は古い報告書を開いた。
避難対象者。
百二十七名。
冬真は改札表示を見る。
入場記録は、百二十八になっていた。




