第106話 九十秒
操作元は、ビルの外だった。
黒線が道路を渡り、地下の通信管路へ伸びている。
冬真たちは地上へ出た。
昼の街は普通に動いている。
観光客。
配達員。
タクシー。
その下を、事故だけが逃げていく。
「追える?」
「見える。でも速い」
黒線の先で、白い終点が次々に作られては消える。
追いつく前に、別の場所へ事故が移る。
「切れないのか」
「見切る前に移される」
冬真は歯を食いしばる。
断因は絶対だ。
でも、切る場所そのものを奪われたら意味がない。
横断歩道の中央で、黒線がまた曲がる。
信号が変わる。
「久世!」
御厨に肩を掴まれて歩道へ戻された。
「車見ろ」
「見てました」
「線しか見てなかっただろ」
冬真は言い返せなかった。
黒線はもう次の建物へ。
その時、ふと思う。
切れなくても。
止められれば。
冬真は逃げる残因へ手を伸ばした。
終点ではない。
線そのものを掴む。
指先が焼けるように痛んだ。
黒線が止まった。
「……止まった」
「何秒」
「知らない」
視界の端に数字が浮かぶわけではない。
感覚だけ。
「たぶん、長くない」
御厨が時計を見る。
「俺が数える」
十秒。
二十秒。
黒線が震える。
五十秒。街のクラクションも、観光客の笑い声も遠くなる。
「離せば逃げる。まだ持つ」
「時間だけ数えるぞ」と御厨。
六十秒を越えたところで、冬真の左目が霞んだ。
「まだ?」
「六十七」
「長い」
「お前が始めた」
八十。
八十五。
九十。
黒線が弾けた。
冬真は膝をつく。
御厨が支えた。
「九十秒」
冬真は片目を押さえながら笑った。
「十分だ」
「何が」
九十秒あれば、他の人が動ける。
冬真は霞む左目を押さえ、次に使う時は独りで全部を持たないと決めた。




