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第100話 久世冬真を指名する

 終端設計室は、業務停止になった。


 鷹取慧は旧認証システムの不正運用と事故隠蔽の疑いで拘束。


 ただし、鷹取が作ったものすべてが“悪”として処理されたわけではない。


 避難技術。

 予測モデル。

 実際に救われた命。


 月島の報告書には、その事実も残った。


「甘い?」


 冬真が聞く。


「事実です」


「それ好きですね」


「事実なので」


「返してもらってないけど」


「何を」


「その言い方」


「元から私のです」


 数日後。


 冬真の机に、新しい名刺が届いた。


《広域特異災害・指名調査員 久世冬真》


 正式な役職名ではない。


 合同運用上の呼称。


 それでも、高階未閉合事故、擬似終端疑い、複数県連鎖。


 その条件に当たれば、最初の候補に久世冬真の名前が出る。


「指名手当、別ですよね」


 名刺より先に冬真が聞くと、新田が額を押さえた。


「もう年収上げた」


「それは広域資格分」


「国家級になってもそこ変わらんな」


「変える理由ないです」


 由奈が差し入れのプリンを一つ取る。


「じゃあ引っ越し?」


「十万まで見る」


「九万五千から成長した」


「五千円を笑うな」


 御厨が冷蔵庫を開け、冬真のプリンを勝手に取った。


「それ俺の」


「名前書け」


「二十八歳が二十四歳のプリン取る?」


「年齢関係ねえ」


「人間性の話してます」


「プリン一個で人間性まで行くな」


「じゃあ返して」


「嫌だ」


 由奈が呆れる。


「そこだけ小学生」


 御厨は聞こえないふりをした。


 その途中で、冬真の端末が鳴る。


 送信者は月島。


 件名。


《国外同系統事故/参考共有》


「海外?」


 冬真がファイルを開いた。


 シンガポール。

 地下交通施設。


 事故写真を一枚めくったところで、指が止まる。


 黒い樹脂バンド。

 画面のない文字盤。


 水無月ホテルと同じ、終端操作員の認証端末。


 ただし刻印番号は、日本の登録一覧に存在しない。


 冬真の視界に、細い黒線が浮いた。


 写真の向こう。


 海の向こうへ伸びている。


「課長」


「何だ」


「海外出張手当って」


「先に事故を見ろ」


「見てるから聞いてる」


 新田がため息をつく。


「あと英語」


「そこからですか」


 御厨がプリンを食いながら言った。


「お前、海外で『入るな』くらい言えんのか」


「Don't enter」


「それだけか?」


「終わらせる方は日本語でいいでしょ」


「怪異が日本語分かる前提やめろ」


 由奈が笑う。


「主任、“ここで終わりだ”英訳しときます?」


「いらない」


「絶対現地で言うくせに」


「日本語で言う」


「こだわるの、そこなんだ」


 冬真も笑いながら、写真をもう一度拡大した。


 怖さはある。


 でも、それ以上に行きたい。


 日本の外でも、自分の断因が通じるのか。


 世界の向こうにも、自分しか終わらせられない事故があるのか。


 その日の夜。


 母から、日曜の昼食の写真が送られてきた。


《次はもっと早く連絡しなさい》


 冬真は返信しかけて、ふと思い出す。


 水無月ホテル。

 黒い腕時計。

 病院。


《あの時、病院に黒い腕時計の人って来た?》


 返事はすぐ来なかった。


 五分後。


《いたわよ》


 冬真はベッドから起き上がる。


 続けて一通。


《あなたの様子を聞いて、名前も言わず帰った人》


 八年前。


 自分を出口へ押し出した誰か。


 国外事故に残った同じ認証記号。


 冬真は月島の海外ファイルを開き直す。


 返信欄へ打った。


《この案件、久世冬真を指名できますか》


 送信。


 数秒後。


 既読。


《すでに指名済みです》


 冬真は画面を見たまま笑った。


 すぐ由奈からメッセージが来る。


《主任、パスポートあります?》


《ある》


《有効期限は?》


 冬真は笑顔のまま止まった。


 引き出しを開ける。


 青い冊子を見つける。


《……切れてる》


 三秒後。


《そこからかよ》


 御厨だった。


「誰がスクショ送ったんだよ」


 海の向こうで、終わっていない事故が待っている。


 その前に、パスポートを取り直す必要があった。


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