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茨月の夜に楓は舞う。  作者: 葛葉燐太郎
1章 月の神への復讐、始まりの物語

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4話「それは気づきの夜、二人の復讐②」

海斗と楓音は人霊という不安定な存在であることを一度は受け入れるも、それぞれ不安や疑念を拭いきれていなかった。だがその夜二人は気づいてしまった———

その夜、海斗(かいと)と楓音(かざね)は月の光を浴び、今日一日の精神的・肉体的疲労を解消するため、つまる所、月の加護を受けるために外に出ていた。しかし、いつも月の光を浴びることによって得られる安らぎや、楽になる感覚が一切感じられない。

「もしかして、人霊(ひとだま)になっちゃったから…?」

「馬鹿な!あの女は月の加護のことには何も言及してなかったじゃないか…!」

二人は絶望した。月の加護はエルスの生命体にとってはかけがえのない恵みであり、月の加護があってこそ、無病息災で健康かつ善良な日々を過ごすことができる。月の加護が受けられないということは、つまり彼らにとっての生きる糧の一つを剥奪されたに等しい。

「そんな…死ぬことがないかもしれないとはいえ、これじゃ生殺しみたいじゃないか。」

「どうしよう海斗…」

二人の表情がどんどん曇っていく。その時、聞き馴染みのある鈴の音が聞こえてきた。

「人霊の子らよ、絶望してはいけません。」

「「!!」」

二人が声の先に視線を向けると、昨夜二人の人生を奪った女の姿がそこにあった。

「お前っ…!!」

海斗が怒りに満ちた目で女を睨む。その顔はやはり月の光によって影となり、はっきりと見ることはできない。海斗は拳を握りしめながら女へ近づき、怒りに任せその拳を女の顔へ振るう。

「許さねぇぇぇええ!!!」

「愚かな…」

キィイイン!と金属音がなる。女は懐から取り出した鉄扇を顔の前で広げ、海斗の拳を軽々と受け止めていた。

「貴方達は所詮は地上の人間。月の神には叶いませんよ。」

「お前が月の神だなんて信じてたまるか!」

昨夜同様、目の前の女は月の神であると自称する。海斗の怒りは収まらず、続けて拳を振るい続ける。それらは鉄扇に全て防がれ、傷一つ付けることすら叶わなかった。

「はあっ、はぁっ…何で俺達がこんな目に合わないと…いけないんだ…っ!」

海斗の手は真っ赤に腫れ上がり、疲労感からか、息も上がっていた。

「海斗、もうやめようよ…!!手がボロボロじゃない…!」

楓音が涙を目に浮かべながら必死に海斗を静止しようと叫ぶ。だが、その声は海斗には届かない。

「こいつだけは…こいつだけはっ…!」

「もうやめなさい、人霊の子よ。」

「人霊人霊ってなんなんだ…俺たちは人間だ!!」

残った力を振り絞り、海斗は渾身の一撃を女に叩きこもうとする。

その瞬間、女の姿が消えた。海斗は拳を振るった勢いが余って体勢を崩し、地面に倒れ込んでしまった。

「海斗っ!!」

倒れた海斗の元に楓音がかけ寄る。海斗の両手は血だらけで、大きく腫れ上がっていた。

「無茶しすぎだよ、海斗…!」

「ごめん…」

楓音の支えを受けながら、海斗は立ち上がる。二人の目の前には未だ女の姿がある。

「聞きなさい、人霊の子らよ。」

「なんなんだよ…俺たちに何の用があるんだよ!!」

海斗は攻撃するのを諦め、悔しさと怒りを織り交ぜた声で女を怒鳴りつける。

落ち着きのある、だが威厳も感じられる重厚な声で女は諭すように語り始める。

「貴方達に月の加護は必要ありません。」

「なっ…どういうことだ!?説明しろ!!」

「私達にとって、月の加護って最大級の恵みなのに…?」

「ええ。」そう言うと、女は鉄扇を閉じ、月に向ける。

「貴方達は人間の実体を持ってはいるものの、本質は霊。死後月に還った者達と同じ存在なのです。」

「俺たちが…」

「月にいる人と一緒…?」

海斗が昼間持ってきた資料に記されていたことだ。霊は死後月に還り、浄化が完了するまでの期間を月で過ごす。それは今の二人の状態と確かに同じ状態とも言える。

「生命とは違い、霊にとっての月の加護とは浄化そのものです。そして、月に還る霊とは違い、貴方達はまだ若い。浄化すべき穢れが殆どないのですよ。」

「な、なるほど…?」

「何だか難しい話…」

少し冷静さを取り戻した海斗はかろうじて理解したが、楓音にはちんぷんかんぷんな話だった。

「今の貴方達にとって、疲労や怪我などは些細なこと。一刻も経てば治っているはずです。」

海斗は自分の両手を見る。腫れは完全に引いてはいないが、血は止まり、傷口は完全に塞がっていた。

「ほんとだ…!海斗!」

「ああ、こいつの言うとおりだ…」

人間として生きていた頃なら完治まで数週間はかかるであろう怪我が一瞬で治る奇跡のような現象を見せつけられ、海斗と楓音から目の前の女の言葉に対する疑念は完全に消えていた。

「信じてもらえたでしょうか?」

「…ああ、今はお前の言葉を信じよう。」

「良かったです。では、もう一つ大事なことをお伝えします。」

女は鉄扇をしまい、神楽鈴を取り出した。それは昨夜、海斗と楓音の人生を奪った音色を鳴らすものだ。必然的に二人は身構える。

「脅えなくていいのですよ。これは私からの贈り物です。」

女は神楽鈴をシャンと鳴らす。甲高い音が楽園(ユートピア)に静かに鳴り響く。その音を聞いた二人の心臓がビクンと跳ねた。

「な、何だ!?胸が、熱く…」

「ドキドキが、止まらない…っ!」

感じたことのない激しい動悸を抑えるように、二人は胸に手を当てる。

「いずれ芽生える貴方達の「能力」の種を植え込みました。」

「能力の…種…?」

能力、エルスに住まう生命体の中でも特に人間には縁遠い言葉だった。空を自由に飛び回る妖精や、穢れを力に変え様々な術を使う魔族のような、特別な力を人間が持つことはない。

「これは月の神の神力の一部です。生きながら霊となった貴方達にのみ扱える力です。」

「私達の…力…」

「いずれ時が来たらその力は芽吹き、貴方達のためとなるでしょう。」

海斗は、その言葉に一つの疑問を持った。

「なあ、何で俺達に力を与えるんだ?お前に何のメリットがあるんだよ。」

その問いに、女は少しの静寂の後に答える。

「…貴方達には強くなってもらわねばならないのです。」

「…何のためにだ?」

「月への「復讐」のためです。」

「月への復讐…?私達月を恨むようなこと何もないよ?」

二人だけではない、エルスの全生命体が月への感謝はあれど、恨みがあるはずがない。

寧ろ、人によっては信仰の対象とまでなろう存在でもある神聖な月に対して復讐だなんて、とんでもないことだ。女は説明を続ける。

「正確には月の神への復讐のためです。私も含めて、全ての月の神が今後貴方達の敵となります。」

「あんたが…月の神が俺達の敵に?何故だ?」

「抑々、私が貴方達の人生を削除(け)すことをしなければ、貴方達は今まで通り人間としての生活をこれからも送れたのですよ?本来であれば恨まれて当然なのですよ。」

「…至極当然のことだな。」

開き直ったかのような女神の言葉に諭され、海斗は思わず頷いてしまう

「だが、俺達を人霊へと生まれ変わらせ、人智を超えた力を与えようとしているのは他でもないあんただろう。」

「ええ、そうです。」

「まるで、自分を含めた月の神への恨みを無理矢理にでも買わせようとしてないか?何故そうしてまで俺達に月の神を敵視させたいんだ?」

海斗は女神を問い詰める。しかし、女神は首を横に振る。

「…今はその問いに答えることはできないのです。ただ一つ言えることがあります。」

「何だ?」

「月の神はいずれ貴方達の脅威となります。だから、今は貴方達は己の生命を弄んだ私を憎み、復讐するための力を身につけるのです。それが私と貴方達が背負う永遠の罪(エタニティ)です。」

「…分かった。分かりたくないが分かってやる。」

海斗は再度拳に力を込める。そして、先程とは違い、覚悟を決めたような希望の眼差しを女神に向ける。

「お前達が何を考えているかは知らないが、結局のところ俺達の人生を滅茶苦茶にした事実は変わらないんだ。なら、お前の言う通り、お前達月の神を憎んでやる。お前達の思惑通りにはなってやらない。」

隣にいた楓音が海斗の手を握る。

「私も、強くなって海斗と共に戦う!分からないことだらけだけど、いずれ私にも分かる時が来ると思うから…」

「…ああ、俺達はお前に必ず復讐を果たしてみせる。覚悟しておけ!」

「ええ、楽しみにしているのです。」

女神はそう言うと、昨夜より少しだけ欠けた月に向けて戻っていく。去り際に女神はこう告げていく。

「親愛なる人霊の子よ、エルスの全域を旅しなさい。そして多くの種族と交流し、時に戦い、時に協力しながら、能力を『開花』させなさい。開花するその時が来ればその能力の『イメージ』が湧いてくるはずです。」

「能力のイメージか…肝に銘じとくよ。」

「能力の全てが開花したその時に、私は再度貴方達の前に現れます。それまで私への恨みを忘れずに生きるのです。」

そう言うと女神は月に戻っていった。二人はその姿が消えるまで見送った後、お互いを見つめ合う。

「海斗…」

「楓音、俺は何があっても…」

楓音はその発声を遮るように、海斗の唇に人差し指を当てる。

「私を守る、って言いたいんでしょ。海斗の考えることなんてお見通しなんだから。」

ふふっと小悪魔的な笑みを浮かべる楓音の仕草に、海斗は少しドキッとしてしまう。

「大丈夫だよ海斗、私も一緒に強くなる。」

「楓音…」

「守られるだけじゃない。力をつけて、私も海斗と横に並んであの人と対峙できるようになりたいから。」

「…分かった、一緒に頑張ろうな!」


二人の月の神への復讐の物語はここから始まっていくのだった。


———


街の外れにある大森林。

そこは月の光が届かず、魔族の根城となっている災いの地。

そこに彼は堕とされた。

彼は危険を顧みず、森林の奥へと進む。深く深く進んだ先、少し開けた先に大きな湖を見つけた。

その湖の中心で、この世で最も美しいとさえ思えるほどの麗しき姿の少女が舞いを踊っていた。

彼はその姿を見て呟いたのだった。

「星華(しょうか)…?」


1話にまとめるつもりが長くなりそうなので2話に分割しました。

次話以降、大きく話が進んでいきます。お楽しみに!

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