第六章⑦ マクシム隊VSエドガー・ロジャース海賊団(第四船団)
北大西洋上、フェルナンドを乗せた第五船団はすでに海上で暴れ散らしている第四船団と合流している。第四船団の船はどれも小型で速度を優先した造りだ、機動力ならば第五よりも上だろう。先に獲物を見つけるのは、あいつらかもしれないとフェルナンドは考えていた。船同士がゆっくりと接近し、甲板と甲板の距離が縮まると第五船団の海賊たちが次々と紙束を渡し始めた。粗末な紙に描かれているのは一人の男の顔、マクシミリアン・ブーケの似顔絵複写だった。第四船団の海賊たちは紙を受け取るとまじまじと見つめる。
「へえ……これが例の海軍さんか」
「思ったより若い」
ざわざわと声が広がる中、フェルナンドは船縁に寄って第四船団の甲板へ向かって声を投げた。
「この顔にピンときたら信号旗で合図を送ってくれ。ボクたちは離れたところで見てるよ。そうすりゃ、この男の船を挟み撃ちだ」
第四船団の海賊たちから低い笑い声が上がった。やがて二つの船団は再び距離を取り、それぞれの海域へと散っていく。北大西洋の灰色の海を狩人のように、マクシミリアン・ブーケという名の獲物を探して。
その頃、ブレスト司令部では港から駆け込んできた連絡船の報告が上層部へ届けられていた。
「大海賊エドガー・ロジャースの傘下船団が合流しただと?」
「はい。さらに黒船の存在も確認されています」
机を囲む士官たちは互いに顔を見合わせて苛立ちを隠さない声を上げる。
「人員が足りない、港の防備も薄くなっている」
「各地に部隊を出し過ぎた」
「……仕方ない。マクシミリアン・ブーケ隊の謹慎を一時的に解く」
年配の士官の言葉に数人の士官が視線を上げる。
「出陣させろ。司令部に留まっている兵士たちにも臨時で参戦してもらう。今は鎮圧を急がなくてはならん」
結論は早く会議はそこで終わった。扉が開くと廊下に控えていた伝令係が呼び込まれる。
「キール通りの宿舎だ。急げ」
「はっ」
伝令は敬礼するとすぐに駆け出すと数分後には馬が一頭、ブレストの石畳を激しく蹴り上げ、やがてマクシム隊宿舎の玄関扉が勢いよく開くと伝令の声が宿舎の中庭に響き渡る。
「マクシミリアン・ブーケ隊、急遽の出撃を命ず! 敵はエドガー・ロジャース海賊団。ラ・マンシュ海峡、シェルブール付近に出現せり。速やかに出動せよ!」
伝令の声は石造りの建物の壁に反響し、何度も繰り返されるように宿舎の奥へと広がっていった。たまたま外にいたペネロペがぽかんと口を開ける。
「……マジで?」
宿舎の奥からドカドカと足音が響き始め、最初に飛び出してきたのはリラだった。
「伝令、命令の詳細を」
彼女は迷いなく歩み寄り、短く確認を取る。彼女の背後ではダヴィットがすでに動き始めて宿舎内を駆け回りながら声を張る。
「出撃命令だ!全員、装備を整えろ! 港へ急ぐぞ!」
次々と扉が開き、隊員たちが姿を現すと誰もが顔を強張らせていた。出撃命令は本来望んでいたはずのものだが、困惑と緊張が空気の中に混じっている。
「……謹慎、解けたのか?」
「いや、急すぎるだろ……」
それでも誰一人として足を止めず武器を手に取り、外套を羽織って港へ向かう準備を始める。宿舎の中は一瞬で戦支度の音に満たされ、喧騒から少し離れた中庭で、マクシムとソフィーは向き合っていた。マクシムは顔を伏せたままソフィーの腕の中から身を引くと顔を上げた。彼の瞳には先ほどまでの揺らぎはもうなく、決意の色がはっきりと宿っていた。
「……行きましょう」
彼は立ち上がるが振り返らず、言葉を選ぶように続けた。
「あなたの力が……必要です」
ソフィーが微笑んで彼を真っ直ぐに見つめると礼を添えるように頭を下げた。
「……了解しました」
柔らかな声だったが揺るがない芯が通っている。もう彼を見失わないと決めた者の声だった。風が吹いて噴水の水面が揺れ、花壇の花々がざわめく。その風は二人の背をそっと押すように通り過ぎていった。そして、時間は動き出す。
ブレスト港はすでに騒然としている。停泊していた小型ガレオン船《ブリュヌ号》では、マクシミリアン・ブーケ隊が急ぎ出航準備を進めていた。火薬樽や弾薬箱が甲板へと運び込まれ、帆が巻き上げられる。港のあちこちで怒号と足音が飛び交い、滑車の軋む音が潮風に混じって響いていた。謹慎が解かれた理由を理解している者はほとんどいない。
「出港だ!」
碇が引き上げられ、錆びた鎖が重く鳴る。《ブリュヌ号》はゆっくりとブレスト港を離れ、灰色の海へと滑り出していった。数時間後、北大西洋近海でマスト上からの叫びと同時に戦闘は始まった。
「敵艦、見ゆ!」
相手はエドガー海賊団の第四船団だった。砲撃が数度交わされると《ブリュヌ号》は距離を詰め、接舷戦へと移行する。マクシムを先頭にグウェナエル、ダヴィット、サミュエルらが敵船へと飛び移り、甲板は瞬く間に白兵戦の場となった。戦いそのものは長くは続かず、奇襲に近い突入だったこともあり海賊たちは十分な体勢を整えられなかった、甲板では戦いの趨勢が決まりつつある。第四船団の船長は目の前に躍り出たマクシムから視線を外さなかった。小柄な体躯、灰色の髪だが剣筋が他と違う、ただの海軍士官ではない。
「……この手際、まさかマクシミリアン・ブーケか?」
「名乗るまでもない」
マクシムの鋼が閃き、ほんの一瞬の交差で船長の体が揺れて膝から崩れ落ちた。第四船団の船員たちは呆気に取られ、甲板の端にいた一人の海賊が思わず声を漏らす。
「あれ、髪色違うけど……あいつだ、マクシミリアン・ブーケだ!」
顔から血の気が引いた海賊は反射的に踵を返し、船尾へと駆け出すと木箱の上に置かれた信号旗を掴んで振り上げた瞬間、風を裂く音と一閃に海賊の体が崩れ落ちて旗が甲板に転がる。海賊の背後に立っていたのは、リゼーヌだった。細身の体躯だが剣には迷いがなかった。海賊は動かず、リゼーヌはその場に立ったまま呆然としていた。自分の剣先を見つめると指先が震えていると背後から足音が近づいた。
「リゼーヌ! 大丈夫?」
ジョルジュだった。彼の後ろからメリッサも駆けてくる。メリッサが息を切らしながら声をかけるとリゼーヌはようやく顔を上げた。戦いは終わろうとしていたが、旗が一度だけ振られていたことを誰も気づいていない。少し離れた海域では第五船団のフェルナンドが望遠鏡を覗いていた。灰色の海、遠くでぶつかり合う船と振られた信号旗を目撃し、フェルナンドの口元が歪む。
「見つけた。——ボクの出番だね」
フェルナンドは望遠鏡を下ろすとくるりと振り返って船員たちを見渡した。
「さて、旗を振るのは船長であるボクの役目だ。これより戦闘は、すべてボクが指示する」
船員たちが一斉に動き出すと帆が調整され、船首がゆっくりと進路を変えて第五船団が獲物へと向かって動き始めた。
船内の最下層、暗い船倉の奥では一人の男がひっそりと動いている。マテオは甲板の足音を聞きながら布を取り出すと広げ、黒い外套を羽織ってフードを深く被って顔を影に沈めた。再び、あの仕事をする時のように。マテオは呼吸を整えて気配を消すと暗い通路へと歩き出した。
戦いの喧騒の裏側でもう一つの作戦が動き始める。




