第八章⑦ 長老の語り
その時、ぱちっと乾いた音が地下室に響いてルキフェルが横を見ると、長老が拍手していた。煙管を指で挟んだまま目を細めて。
「さすがフランソワの息子だ」
ルキフェルは一瞬言葉を失うも、長老は視線を外へ向けた。
「お前も来い」
壁際で固まっていたコリンがびくりと跳ねるが、すぐに姿勢を正して駆け寄ってくる。長老は二人を見渡してから口を開いた。
「賭けはお前の勝ちだ。フランソワの過去を探るにはな、まず今ある評判を覆さねばならん」
ルキフェルの喉が鳴り、長老は祭壇を顎で示した。
「伝説は美しい。だが美しいものほど真実を覆い隠す。お前はその覆いを拒んだ。真実という財宝へ通じる最初の地図を見つけたというわけだ」
長老が近場の蝋燭で煙管の先を赤く灯すと、一服してから二人に向き直った。
「フランソワが俺に語った過去はずいぶんと遡る。あいつにとって、よほど嫌な記憶だったらしい」
ルキフェルの心臓がゆっくりと早まると、長老は天井に昇る煙を見つめながら語り出した。
「フランソワは元々孤児だ。目の色が紫だという理由で親に捨てられた、身寄りのない子供だった」
コリンが息を呑み、ルキフェルの指先がわずかに動いた。
「……多民族集団に拾われたと言っていた」
「多民族集団?」
ルキフェルが首を傾げると、長老は煙管を弄びながら続ける。
「故郷を追われた者たちの寄せ集め。国家も法もない。虐げられた者同士が身を寄せ合っていただけの群れで育った。ある程度の歳になると、スペインへ出稼ぎに出たらしい」
「出稼ぎ……」
コリンが呟くと長老はまた一服した。
「暗殺の手伝いだそう。食うためには、なんでもやるしかなかったらしい」
コリンは言葉を失い、ルキフェルもまた沈黙したが、どこか腑に落ちるものがあった。
「……だから、あの強さなのか」
「いや。本当に強くなったのは、ある男と出逢ってからだ」
長老は煙の向こうで目が光らせ、じっとルキフェルを見つめた。
「ゼフィランサス。……この名前に覚えはないか?」
名が石の間に落ちて重く響き、ルキフェルの眉がわずかに動く。
「ああ……夕飯の時に、長老さんが話してた気がするな」
「なんか、有名な人じゃなかった? ニールなら知ってそうだけど」
コリンが首を傾げていると、長老はふっと息を吐いた。
「……本当に、何も聞いていなかったらしいな。大海賊ゼフィランサス。暫定で一番新しい“伝説”だ。フランソワはな……ゼフィランサスの部下であり、弟子だったんだよ」
地下室の空気が凍りつき、ルキフェルの胸で心臓が一度大きく鳴った。伝説を拒んだばかりの自分の前に、またひとつの伝説が立ちはだかる。その中心にフランソワがいたなんて。長老の声は淡々としていた。
「フランソワにとってゼフィランサスは剣の師であり……多民族集団の中心でもあった。エル・イエロという島に住んでいると云う。国を追われた者たちが辿り着いた、最後の砦。安住の地とも流刑地とも言えるな」
「……エル・イエロ」
ルキフェルは無意識にその音を舌に乗せた。なぜだろう、意味など知らないはずなのに胸の奥がひどく静かになる。懐かしいという感覚に似ているが、思い出せる景色はない。長老は続ける。
「ゼフィランサスに剣を叩き込まれ、十七で船に乗った。直属の船団に下っ端としてな」
下っ端という言葉がルキフェルの胸の奥に落ちた瞬間、視界の奥で黄金の光が爆ぜ、呼吸がうまく入らず喉が焼けていった。
「……っ、ま、待ってくれ!」
ルキフェルの口から反射的に漏れた声が地下室に跳ね返り、コリンが慌てて彼の肩を掴むが、ルキフェルの視線はすでに遠くを見ていた。
「船に乗った……じゃあ、俺が目が覚めて……あの船長……」
黄金の瞳、焼けた褐色の肌、黒髪が揺れる。あの時、あの人は。
「ならばオレが君に名を与えよう」
——“ルキフェル”。
地下室の冷たい空気が肺を刺し、ルキフェルはゆっくりと顔を上げた。
「……俺に、名前くれた人だ。……ゼフィランサスって、名前だったんだ」
ルキフェルの声は掠れ、指先がかすかに震えている。長老は黙っていた。世界がひとつ裏返った。フランソワが部下だった男、伝説と呼ばれる海賊。その男が、自分に名を与えた。ルキフェルはゆっくりと息を吸うと翡翠の瞳が揺れた。コリンが恐る恐るルキフェルを見上げ、長老へ向き直る。
「でも、その人……もう亡くなってるんだよね?」
「ああ。十九年前、ゼフィランサス海賊団とフランス海軍が衝突した大規模会戦があった。ガスコーニュ湾会戦。世間では“双星の海戦”と呼ばれている」
双星。ふたつの光。ヨーロッパの海を荒らし回った黄金の名は、はるかカリブの海にも届いていた。ルキフェルは胸の騒めきを抑えられず喉の奥を鳴らした。
「……あの人、俺を見て『覚えてないのか?』って言っていた」
コリンの思考が一瞬止まり、顔から血の気が引いた。
「……え?」
「俺は知らないって答えたけど……ゼフィランサスは、俺のことを知っていたのか。フランソワは……どこまで知っていたんだ」
ルキフェルが自分に問いかけるように呟いた瞬間、長老が動いた。彼は祭壇の奥へ歩み寄り、何かを手に取ると無言でルキフェルの掌を取って握らせた。
「これを持ってろ」
冷たい金属の感触に、ルキフェルは息を止めて手の中を見た。銀色の羅針盤。蓋に刻まれた、鳥の頭と風を裂く双剣の紋章。ルキフェルはその紋章を見た瞬間、掠れた声が零れた。
「あっ、これだ」
蓋に刻まれた紋章。ルキフェルの指が羅針盤を強く握りしめると胸が痛いほど鳴った。
「これ、ずっとここにあったんだ。あのとき……フランソワは贋作だって言った」
でも、あの目は嘘をついていた。あれは恐怖だった。失ったものに再び触れた人間の目。長老は告げる。
「それはゼフィランサスの羅針盤だ」
ルキフェルは掌に収まる銀の羅針盤を見つめ、蓋の凹凸を指先でなぞった。金属は冷たいが、触れているのは記憶だ。
「そうだ、思い出した」
あの時の光がルキフェルの胸の奥で揺れた。窓辺に立っていた男。半ば影に沈みながら、そこに在った存在。名前が無いと言われた瞬間、自分は理解できなくて腹が立って、なぜぜか胸の奥だけがざわついた。それに、粗い木壁に釘で打ち付けられた、黒い布。闇を吸う黒地に、鳥の頭と交差する二本の剣。あの時、自分は無意識に目をやって理由もなく見入っていた。理由はわからないが、なぜか印にだけは目を奪われた。
「……どこかで見たことあると思ってたんだ」
羅針盤の蓋に刻まれた紋章と、船室の壁に打ち付けられていた黒旗。全部、同じ印のもとにあった。ルキフェルの喉がわずかに鳴る。
「……遅ぇよ」
自分に向けた言葉だったが、声音はどこか懐かしさを帯びていた。長老は羅針盤を握るルキフェルをまっすぐ見据えた。
「三年前だったな。お前から羅針盤を取り上げた、フランソワの様子で察した。ただの贋作にしちゃあ、あいつは動揺しすぎていた」
ルキフェルの喉がひくりと鳴り、長老はゆっくりと続けた。
「俺は知っていた。この紋章が、どんな男を指すものか。だから……あいつをここへ呼んだ。 “大物の匂いがするやつだけ入れ”と言って」
コリンがぽつりと呟く。
「……あれ、方便だったのね」
「まあ、最後まで聞け」
長老は視線だけで制した。
「案の定、フランソワはこの紋章の意味を知られたくなかった」
「……どうして」
ルキフェルの声が掠れ、長老は一瞬だけ目を伏せた。
「すべて、お前のためだと。ゼフィランサスの話を持ち出されたくなかった。お前が穏やかに暮らすためには、あの男の存在が邪魔になるそうだ。だから、記憶ごと封じるために、この羅針盤をここに捧げた」
長老は祭壇の奥を指した。封印だった。過去ごと、師ごと、自分の出自ごと。ルキフェルの表情がわずかに歪む。怒りでもない。悲しみでもない。理解してしまった者の、どうしようもない顔だった。長老はさらに重ねる。
「で、その羅針盤だがな。元々はゼフィランサスの私物だ。針は常にエル・イエロ島そのものを指している」
「え?」
コリンの目に光が帯び、長老の声はどこか遠くを見ている。
「帰る場所がいつでも分かる。フランソワはそう聞いたそうだ。ゼフィランサスからな」
ルキフェルの胸の奥で何かが鳴る。帰る場所。長老は煙を吐いた。
「原理は単純だ」
「え、どんな原理なの!?」
コリンが露骨に前のめりになり、長老は口の端を上げた。
「エル・イエロ島の一部に、砂鉄でできた海岸がある」
「砂鉄……?」
「鉄を吸う力は強いが、それも特定の鉄だけに反応する。しかも、砂が引き寄せられるんじゃない。鉄のほうが、こちらへ引かれる。この針は、その砂鉄を加工したもの。島に刻まれた力に帰るよう作られている。追われた者たちの知識の結晶だ。国を持たぬ者たちが、自分たちだけの北を作った」
ルキフェルは羅針盤を見つめたまま動かなかった。北を示さない羅針盤。ずっとエル・イエロを指していた。自分の知らない故郷を、フランソワが隠したかった場所を、ゼフィランサスが帰りたかった島を。そして、もしかしたら自分が本来帰るべき場所を。ルキフェルの指先がかすかに震えた。
「帰る場所、か」
コリンがルキフェルを見上げた。
「もしかして、そのエル・イエロが故郷で、ゼフィランサスが本当のお父さんだったら……?」
ルキフェルは祭壇に置かれた銀の金属板にぼんやりと映る自分の顔へ目を落とした。翡翠の瞳、白い肌。黄金の瞳と褐色の肌をしたあの男と同じ血を引くという実感が湧かなかった。
「……いや、どうだろうな。似てないと思う。単に似てる似てないって話じゃなくて……ルーツがあまりにも違うっていうか」
「世の中にはハーフもいるぞ。なんならクォーターのやつもいる」
長老の追撃にルキフェルがゆっくりと目を細める。
「……あんた、今それ言う必要あったか?」
長老は肩をすくめるだけ。コリンが口を押さえてくすりと笑いかけたが、すぐ真顔に戻った。ルキフェルは深く長い息を吐く。
「……やっぱ、分かんねえよ。今やることは――」
ルキフェルが言いながら羅針盤を手の中で転がして蓋に指をかけた瞬間、即座にコリンの声が飛ぶ。
「あ、待って。やめて」
ルキフェルが眉を顰めてチラリと見ると、コリンは真顔だった。
「なんでだ」
「ここ、新大陸に近いから」
——カチ、カチ、カチ、カチ。三年前の地下室、暴れ狂う針——。
「うわああああああ!!」
「出たあああああ!!」
「無理無理無理!!」
「呪われたああああ!!」
……全員パニック。ルキフェルの口元がわずかに緩んだ。
「ああ……そういえば、そんな仮説あったな」
北を示さない羅針盤、新大陸に近づくと狂う針、あの時の阿鼻叫喚。
「……悪い」
ルキフェルは素直に言って蓋から指を離し、羅針盤を懐にしまうとコリンの肩が目に見えて下がった。
「よかった……」
本気で安堵している、危うくトラウマを再演するところだった。こいつは理屈で動くくせに意外と感覚の傷を引きずる。
「……今度は、ちゃんと確認してからにする」
ルキフェルがぼそりと呟くと、長老は煙を吐きながらニヤリと笑った。
「怖いのは羅針盤か? それとも、指される場所か?」
「両方」
コリンが即答し、ルキフェルはふっと鼻で笑った。石の祭壇に灯る火が揺れ、羅針盤の銀色がかすかに返す光を眺めながら長老は低く言った。
「……まだ、言っていないことがあった」
ルキフェルとコリンが同時に顔を上げる。
「は?」
「え、まだあるの?」
思わず二人の声が重なった。
「これ以上に何があるんだよ」
「もう情報過多なんだけど……」
長老は返事をせず二人をじっと見つめた。
「……このまま探求を続けるつもりなら、あいつを当たるといい」
「……誰だ」
ルキフェルの眉がわずかに動くと長老は告げた。
「エドガー・ロジャース」
「……は?」
空気が凍り、コリンの喉が小さく鳴るも長老は構わず続ける。
「あいつもエル・イエロの出身だ。フランソワと同じ島で育ち、ゼフィランサスに剣を叩き込まれた。いわば同門だな」
ルキフェルの呼吸が一瞬止まる。
「……なんだって?」
「今まで話してきたことの大半は、あいつから聞いた。フランソワはあまり語りたがらず相槌を打ち、少し補足する程度。……酒が回っていたのか、エドガーの方がよく喋っていた」
「え、え、ちょっと待って……つまり……フランソワとエドガーって……」
コリンは完全に固まり、長老は肩をすくめた。
「腐れ縁というやつだろうな」
ルキフェルの舌打ちが響いて苦々しく吐き捨てる。
「……あの悪友ども、そんなに付き合い長かったのかよ。エドガー……なにしてんだ。戦争仕掛けてる場合じゃないぞ」
長老の目がすっと鋭くなった。
「戦争を仕掛けているからこそだろう。お前はまだ分かっていない」
コリンがびくりと肩を震わせる。
「な、なに……?」
長老は煙管をくるりと回し、ルキフェルを射抜いた。
「エドガーはな、フランソワの影だ。影は本体が消えた時、どうなる?」
コリンの顔から血の気が引き、ルキフェルは奥歯を噛み締めたて拳をぎりと鳴らすと長老に詰め寄った。
「ふざけんな。おい、俺はあいつから聞かなきゃいけないことが山ほどあるんだ。フランス軍相手に戦争準備してる場合じゃねえだろ」
ルキフェルの声が地下室に反響し、祭壇の火がわずかに揺れた。コリンは完全に思考が追いついていない。
「え、えっと……エドガーがフランソワの同門で……ゼフィランサスの弟子で……で、今フランスと戦争しようとしてて……え、待って無理」
コリンがぐらりとよろめく横で、ルキフェルは長老の前に立って真っ直ぐ見据えていた。
「頼む。管理人として、あいつを止めてくれ」
長老は煙管をくゆらせたまま淡々と言った。
「無駄だ。島の中で暴れるなら止める。カリブ海全域を巻き込むなら止めるが、あいつはフランスに戦争を仕掛けるんだろう? 島の外なら俺が介入する義務はない。それが、中立を預かる管理人の立場だ」
ルキフェルの眉間に深い皺が刻まれる。
「……くそ。だったら、あいつはまた俺の前に現れる。だったらその時に聞き出す。昔のことだけ。戦争? 勝手にやってろ。俺は自分探しの旅があるんだ」
長老はわずかに目を細める。
「どうだろうか。エドガーは、ただ暴れたいだけの男ではない」
ルキフェルの視線が揺れる中で長老は続ける。
「お前だって分かっているはずだ。あいつは本気で怒っている。フランス海軍がフランソワを追い詰め、奪ったと」
コリンがガクガクと震えてルキフェルにくっつく中、長老の声はさらに低くなった。
「復讐のつもりだ。あいつなりの信念なのかもしれん」
ルキフェルの喉がひくりと鳴る。復讐。フランソワのため。自分は今ここで伝説を拒んだばかりだ。だが、エドガーは伝説を怒りに変えている。地下室の火がふっと強く揺れた。長老はしばらく煙の向こうから射抜くようにルキフェルを見ていた。ルキフェルの胸の奥にまだ形にならない迷いがあることを見抜いている目で。
「……もしエドガーから戦争に誘われているのなら、ちゃんと答えは用意しておけ」
ルキフェルの呼吸が止まるも、長老は続ける。
「返答次第では、自分探しどころではなくなる。 “自分探しの旅”など、あいつの前では言い訳にしかならんだろうな」
ルキフェルの胸に言葉の刃がまっすぐ刺さる。自分は何を優先するのか。フランソワの過去か、エドガーの怒りか。それとも、自分の静かな生活か。
「……結局、戦争に参加するかしないかの問題に戻るのかよ。俺はそこから離れたかっただけなのに」
コリンは黙っている。長老は煙管の灰を落とし、外套を翻して祭壇の部屋を出ていった。
「……そろそろ出るか。俺から話せることは全て話した」
地下室の火が揺れ、長い影が三人の足元に伸びる。糸口は見えた。ゼフィランサス。エル・イエロ。エドガー。フランソワの過去。だが、ルキフェルの心は晴れない。むしろ曇っていく。階段を上る足音が重く響く中、コリンが呟いた。
「……なんか、知れば知るほど自由から遠ざかってない?」
ルキフェルは答えない。暗い岩壁の通路を抜け、海風が頬を打つ。外はいつも通りの青空なのに、胸の奥だけが嵐の前みたいに騒いでいる。小舟は海面を裂いていった。星型の鍵を抜いた後も船尾の羽状の推進器は低く唸り、滑るように入江を抜けると岩壁の影が後ろへ流れ、やがて視界が開けた。遠くにポート・ロイヤルの街並み。陽を浴びて白く光る建物群、帆を畳んだ船、煙の細い筋。コリンが思い出したように長老を見上げた。
「……そういえば、その煙のこと」
長老は煙管をくるりと回す。
「煙管。タバコのことか」
「うん。なんか、形は違ったけど……エドガーも煙吐いてたよね」
「ああ。単純な話だ。あれは俺がやったやつ」
長老はあっさりと言った。コリンは無言になった。真顔、目だけがすっと細くなる。
「管理人の仕事は中立だが、嗜好品を分けるのは禁じられていない。欲しがったから渡した。それだけ」
長老の言葉にコリンは口を開けたまま固まっていたが、やがて口を開けた。
「この島のバランス壊してるの、だいたい長老なんじゃない?」
「面白いことを言うな」
長老は笑い声が海風に溶けた。一方、ルキフェルは遠ざかっていくポート・ロイヤルを見つめている。あの街のどこかにエドガーがいる。もしかすると、もういないかもしれない。次に来るのはいつだ。戦の準備はどこまで進んでいる。——フランスに仕掛ける。戦争なんてどうでもいいと口では言ったが、フランソワの過去を知った今、エル・イエロの名を聞いた今、ゼフィランサスの存在を思い出した今ではエドガーの怒りはただの暴走ではないと分かってしまった。ルキフェルの拳が無意識に握られる。
「……来るなら早く来いよ」
彼の呟きは風に消えた。自分探しの旅は続けるが、次にエドガーが現れた時、本当に「戦争は勝手にやれ」と言い切れるのか。小舟はトルチュ島へ向かって滑り続ける。その水面の下で、見えない潮流が動いていることを三人のうち本当に理解しているのは長老だけだった。




