表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報復の航路【第二作 ルー・ブレス】5・6巻「胎動編」  作者: セキユズル
第四章「……やっぱ、あのツラは武器だな」
15/60

第四章③ ルキフェル

 その後、貿易船を乗っ取ったルキフェルたちの航海は拍子抜けするほど順調だった。


 あれほど船を縛りつけていた無風が嘘のように消え、海は彼らを押し出した。風は帆を満たし、舵は素直に応じる。まるで、ここまでの足止めが嘘だったかのように。奪った小型の貿易船は結局手放さずに連れていくことになった。壊すには惜しい、沈めるには使い勝手が良すぎる。それが全員の一致した判断だ。操舵には元の船員のうち数名がそのまま残った。強制でも説得でもない。言葉は最小限だったが、彼らは状況を理解していた。抵抗も余計な忠誠もない。ただ船を動かすという役割だけを淡々と果たす。


 四月十四日、夕刻。水平線の向こうに影が浮かび上がった。トルチュ島だ。夕陽を受けたその輪郭はどこか柔らかく、拒絶の色も歓迎の色も帯びていない。そこに在るだけの港と街と岩の集合体。ルキフェルは甲板からその影を見つめ、短く息を吐いた。


 ——ようやく着いた。


 彼はすぐに貿易船の船長室へ向かった。帳簿、箱、引き出し。片端から調べ、貨物の内訳と資金の流れを追う。積荷の量、売買の予定、航路の記録。トルチュ島に着いた後、彼らに支払う金額を誤らないため。そして、念のため「脅しに足る根拠」を持つためだった。ページを繰る指は速い。やがて、彼は一つの事実に行き当たる。


 この船は元々ヨーロッパを目指していた。ルキフェルは一瞬だけ、視線を落とした。島に着いたら、まず管理人のところへ行く。フランソワの死を伝えるのが自分の役目だ。ヨーロッパの情報は必ず遅れて島へ流れ着く。もしかしたら、管理人はまだ何も知らないかもしれない。なら、なおさらだ。


 ルキフェルが帳簿を閉じようとした時、ページの隙間から封筒が一通、はらりと床に落ちた。ルキフェルは手を止め、屈んでそれを拾い上げる。赤い封蝋の跡が残っているが、封はすでに切られていた。割れた蝋には見覚えのない紋章が残り、よく見れば一部に百合の意匠が混じっている。


「……百合?」

 

 百合といえばフランスだ。ルキフェルが封筒の口を広げると、中に入っていたのは一枚の紙だけだった。宛名も差出人もない。紙の隅には不穏な星のような紋章が押されているが、内容は驚くほど短い。


 ——了解した。すぐそっちへ向かう。


 筆圧は強くインクは濃い。急いで書かれたことだけはハッキリと分かる。


「……返事、か」


 誰に宛てたものなのか。何に対する「了解」なのか。分からないが、どうにも胸の奥がざわついた。フランスの紋章。宛名のない返書。それをヨーロッパへ向かうはずだった貿易船が運んでいた。


「……きな臭ぇな」


 ルキフェルは吐き捨てるように呟くと暫く紙を見つめ、それから無言で折り畳んで懐にしまった。


「ま、いい。誰の手紙だか知らねぇが……今は俺が持っとく」


 仲間に見せるほどの確証もないが、捨てるには妙に引っかかる。ただそれだけの判断だった。ルキフェルは今度こそ帳簿を閉じ、窓の外へ視線を向ける。夕陽の中、トルチュ島の影が近づいていた。風は順調だ。航海は驚くほど静かに進んでいる。なのに、胸の奥に言葉にできない違和感だけが残っていた。


「……着いてから考えよう」


 そう呟いて、ルキフェルは踵を返した。その懐で名もなき返書が揺れている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ