Realiser episode 007 お金
有森紘丸はお金のことを常に考えている。
三十三歳、派遣社員。月収は手取りで十八万円。家賃・光熱費・食費・奨学金の返済で、残るのは三万円程度。贅沢がしたいわけではない。ブランド品、旅行、高級レストランの食事特に望まない。
望まないんだけど、考えてしまう、お金のことを考えずに生きたいと、奥底で願っているのだった。
スーパーの値引きシールを探す行為が嫌だった。
友人の誘いを"予定がある"と断り続ける自分が嫌で、歯が痛くても歯科へ行かない自分が情けないと思っていた。
お金に振り回されない人生を望んでいた。
給料日前の夜だった。財布の中を見て、ため息をつきながらコンビニを出た。
自宅マンションのエレベーターに乗った。
8階の「8」を押そうとしたのに、一番上に表示されている、"0X0"の階を、押してしまった。こんな表示いつからあるんだろうかと、不思議だと思っていた。
"チーン"と鳴り、ドアが開き立っていたのは、密話勇造。
いつものセリフで、
『お待ちしておりました、有森様』
紘丸はソファーに腰をかけた。ここは?どこだろう・・・とまわりをきょろきょろさせていた。
「あのーっ・・・」と言いかけたとき、
「強い願いを持っていますね、お話しください」
「はい、お金に振り回されない生活を送りたいんです お金のことを考えなくていい、人生が欲しいです」
「なるほど」と言いながら、深く頷いた。
「承れますよ、ただ、条件がありまして、あなたの中から、代わりに差し出していただくものがありますが、それが何かは、今この時点ではわかりません どうされますか?」
紘丸は窓の外を見た。夜景がまぶしく感じた。
「差し出すモノって何もないから、大丈夫だろうよ、お願いします」
密話は頷いた。
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2・3日後から、少しずつ変わっていった。
財布を開いても、不安がなくなった。
銀行の通帳を見ても、焦りがなくなった。
友人の誘いをOKし、風邪をひいたら、病院へ行き、お金のことを考えなくなった。
解放されたんだと思っていた。
三カ月後、紘丸は、仕事を辞めた。行かなくなった。お金のことが気にならなくなったから給料が必要ない、働く理由がなくなったのだ。
上司に怒られても、胸に響かない。締め切りを守らなくても焦らない。
友人に誘われて食事に行き、割り勘で支払いした。
ある日、友人に言われた。
「お前、最近、何か変だな・・・、何も考えてないんじゃないか? 怖いよ」
紘丸は笑った。そうかもしれないと思った。
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お金の不安がなくなった代わりに、何かへの執着が全部消えていた。
お金の心配をするから、明日の事を考え、お金が足りないからそれなりに工夫ができたはず。お金をやりくりするために、人間関係に拒んだ。
そう、代わりに差し出したのは、"生きることへの切実さ"だった。




