Realiser episode 005 家族
多和田 睦は、家族と言う言葉が、単語が、苦手だった。三十六歳独身、営業職。苦手というより、"羨ましい"という思いの方が強いのかもしれない。
幼い時には両親が離婚し母親に引き取られだが、朝は早く、夜は遅く、食卓を囲んだ記憶がほとんどない。学校の友人の家に遊びに行くたびに胸を痛くした。
お母さんの手作りおやつ、お父さんに"おかえり"言う家、夕食を共にする家庭。全部自分にはないものだった。
三十六歳になった今もそれは何も変わらないままだ。
恋愛しても長続きしない。自分との家族観の無さに、相手が戸惑うのか、それとも直感が働いてしまうのだろうか、わからないけれど・・・・。
毎度同じシチュエーションで、終止符になる。
理想の家族が欲しい、その思いは誰よりも強い持ち主だ。
出張の帰りの疲れた体でエレベーターに乗り込んだ。見た事のない文字に目が留まり、何だろうと思うと同時に、指がそれを押していた。
エレベーターが止まり、扉が開いた。
「お待ちしておりました、多和田様」
密話は出迎えていた。
多和田は案内されるままソファに座った。
「ここの階は、知らぬ間に、ボタンを押していたんです」
[何か強い思いがあるのでしょう、そういう方にはこの階を表す文字が見えるんです」
多和田は少し沈黙した。
「強い思い、そう、家族が欲しくてたまらないと、毎日思って生活している 血縁とかじゃなくて、"ただいま"と帰れる場所、"おかえり"と言ってくれる人、一緒に食事を囲める人、それでいいんです・・・」
「かしこまりました その代わりに多和田様の中から頂きたいものがありまして、それは叶った後にわかりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、わかりました」
翌日、眼が醒めると、家の中が違っていた。広いリビング、温かいカーテン、キッチンからのみそ汁の匂いがした。
「お父さん、お母さん、おはよう」
振り返ると、ランドセルを背負った女の子が立っていた。
「おはよう」自然に言葉が出た。リビングのテーブルに朝食がならべられていた。向かいに座った女性が"今日は早いね"と言いながらお茶を注いだ。
多和田は妻だと思った。理想の家族、思い描いた家族。
週末は四人で近所の公園へ行った。誕生日にはケーキで祝い、何でもない夜・テレビを見ながらわらったりして、団らんする時間があった。
多和田は、毎晩泣きそうで涙を堪えるのに必死で過ごした。
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半年後
多和田はある日曜日、娘・妻が笑っているのに、何も感じない。嬉しくない、と言うわけではない。
欲しかった気持ちが、無になっていたのだ。
ずっと家族が欲しいと強く願ってきた、あの飢えるような感覚があったから、多和田は誰かに優しくできた。人と深く関わろうと思えた。
多和田が差し出したものは、『人を求める心』だった。
家族がそこにあるのに、多和田の内側で"ひとり"は現在進行形なのだった。




