Realiser episode 003 若返り
鏡をみるのが嫌になったのはいつからだろうと、ふと考えることがある。その人物は都角春子、五十四歳、独身、保険会社の契約社員。
若い頃は、そこそこ、キレイだと言われてきた。告白されたことも何度かあった。でもなんとなく断って、なんとなく通過して、気が付けばこんな歳になっていた。後悔というより、経験できたはずの時間、感じることのできた事、あったんじゃないか?と思うと、二十代の自分に戻りたいと思うのだ。
この保険会社も高層ビルに属している。そんなある日、残業を終えてエレベーターに乗った。春子は読めない文字に首を傾げ、指が勝手にその文字を選択し押したのだ。
「お待ちしておりました、都角春子様、こちらへどうぞ」
春子はキョロキョロとフロアを見回しながらソファーに座った。
「あの、ここは何ですか?こんなフロアないはずですが・・・」
「架空戒でございます 強い願いや、意思を持っている方が引き寄せられる場所になります 都角様も願いをお持ちですよね?」
春子はしばらく黙り少し恥ずかしそうに言った。
「はい、若くなりたい、二十代を、やり直したいです」
「承知しました、ただし条件が、叶えた後、そちらから、代わりにいただきます」
春子は少し考えた。
「・・・はい、お願いします、今大したものは持っていないはずなので」
密話は、頷いた。
翌朝春子は、悲鳴をあげた。鏡の中に二十三歳の自分が・・・いる。張りのある肌、癖のない髪、細い首、整った眉毛と、クッキリした目元。嬉しすぎて、泣けた。反面恥ずかしさも湧き上がっていた。
会社に出社すると、誰にも気づかれなかった。同一人物だと思われていないのか・・・、新しい名前を作り、新しい契約を結び、春子はもう一度二十三歳として、生活し始めた。人生のやり直しだ。
合コンに誘われ、好きな服が似合った。体力もそこそこに、戻っていた。全部取り戻したと、その時は、そんな気がしていた。
三カ月後春子はふと、思った。楽しいはずなのに、何かが足りない。何かが薄い。合コンで隣に座った男性が笑う。感じがいい人でも話がかみ合わない。友人が作れない、二十代の人と話していると、自分だけが取り残された気持ちに囲まれる。不思議な空気に包まれてしまうのだ。
違和感を何度と重ねていった。
ある夜、一人で食事をしながら、気が付いた。三十年かけて積み上げたものが、何もないことに・・・。
苦労して覚えた仕事の勘、失恋して学んだ人の心理、自分の向き・不向き。
若さだけが戻って、これまでの経験が抹消されていた。
二十三歳の顔をした春子は姿だけ二十三歳になったわけではなかった。
三十年分の記憶と経験は、リセットされ、誰とも分かり合えない場所に、置かれただけだった。
若さと引き換えに、春子が差し出したものは、積み重ねてきた人生の厚み、貫禄だった。




