Realiser episode 010 過去
木曽村 紀子は四十八歳にして、自分の人生を憎んでいた。
憎むというのは誤解かもしれない、他の表現をするとしたら、やり直したい、と言いたい。
二十二歳で就職した会社を上司のパワハラに耐え切れず二十五歳で辞めた。
その後、仕事がなかなか決まらず、焦って選び、内定した会社も、三年で倒産してしまい、再び職探しをし、バイトで生計を立てた。
三十歳で、結婚することになり専業主婦をした。夫はやさしく尽くしてくれ、幸せだった。"こんな私、幸せでいいのか"と変な不安に囲まれ、誰にもうちあけられず、離婚を頼んで、離婚した。
子供がいなかったことが、幸だ。
四十歳で、フルパートで働き、貯金は少なく、体は疲れ、友人との時間も少しずつ減っていった。
そんな自分の人生を、後悔というか、選び直したいという、思いが強く蓄積されていた。
二十二歳に戻りたいわけではない。あの時の選択が、もっと違ったものがあったのかもしれないと思うと、《やり直したい気持ち》に襲われるのだ。
パートの帰り、寄り道をした後のこと、こんな所にビルなんてあったかしらと思った瞬間、エレベータの中にいた。
"チーン"と着いたのは、架空戒。
紀子はびっくりした。老眼鏡を鞄の中から取り出しかけて、辺りを見回した。
「お待ちしておりました 木曽村様」
紀子はソファに座って大きく息を吐いた。
「ここはどこなんですか、あれって思ったら、エレベータに乗ってて、気づいたら、このフロアに・・・・・」
「引き寄せられたのでしょ?何か強い思いがあるのではないですか?」
「人生を、やり直したい、というか、選択をもう一度やり直したい」
「人生のやり直しは、どこから、学生からなのか、就職先からなのか」
「はい、二十五歳で、会社を辞める前からで、辞めなければ別の道があったのではと、思えてなりません」
「なるほど・・・、可能ですが、条件として、あなたから差し出してもらうことになりますが、何なのかは、今はわかりません」
紀子はしばらく沈黙した。
(今の私に困るものなど、何もないわ)
「よろしくお願いします」
ー ーー ー ーー ー ーー
気が付くと、二十五歳だった。あの会社のあの席に戻ってあの席に座っていた。上司の声が響いていた。四十六歳までの記憶がある。
あの上司が、その後どうなったかは、風邪の噂できいて知っている。
十年後に、経営難が、あることも、知っていた。
それでも、紀子は辞めなかった。相談したり、周りの人と協力を得て、耐えて、経営難もみんなで、乗り越えた。
経験を着実に積み上げた。
三十歳で転職し、四十歳で管理職になった。独身のままだ。
四十八歳になったとき、紀子は広いマンションに一人座って、体も前の人生よりずっとラクだった。
ある夜、紀子はアルバムを開き前の人生の記憶の中に写真があった。
離婚した夫のツーショット、自撮り、パート同士の日常会話、アイスを半分こして食べた夏、苦しかった、みじめだった。
でも、生き生きしていた。
苦労した人と出会うことはなかった。淡々と時間を過ごしてきただけのような気がした。
不格好な人生、山あり・谷ありだからこそ、自分が自分である理由・証だったかもしれない。
誘導された人生に共有を差し出したのだった。




