聖地防衛戦 〜限界オタク、推しの本拠地を異次元魔力で完全死守する〜
レナード様からの心臓に悪すぎる激重プロポーズから、さらに数ヶ月後。
ついに、原作ゲームの序盤における最大の山場であり、ガルディニア公爵領が地獄絵図と化すはずだった運命の日――「魔獣の大量発生」のタイムラインがやってきた。
「閣下! 北の『古代の結界』が完全に破られました! 過去最大規模の魔獣の群れが、一斉に領都へ向けて南下中! その数、およそ五千……っ!!」
公爵邸の執務室に、苦労人副官ギルバートの悲鳴のような報告が響き渡る。
部屋の空気が一瞬で凍りついた。レナード様のサファイアブルーの瞳に、かつて戦場を恐怖に陥れた『氷の死神』としての鋭い殺気が宿る。
「……チッ、時期が悪いな。新月が近い。だが、領民に指一本触れさせるわけにはいかん。ギルバート、即座に第一から第三騎士団を動員しろ。俺が先陣に立つ」
「しかし閣下! 今の状態で魔力を全開にすれば、またあの暴走が……!」
緊迫する男たちの会話。
だが、その傍らで、私はお茶を優雅にすすりながら、脳内でガッツポーズを決めていた。
(キタキタキターーー!! 原作第3章の大イベント『蒼き死神の防衛戦』!! 激しい連戦のせいで新月前にレナード様の魔力が限界を迎え、ボロボロになりながら戦うあの儚くも美しい戦闘スチル!! 50周中50回とも、美しすぎて画面を拝み倒したあの神イベントよ……!!)
「アシュリー、お前はマリアと共に地下の安全な避難所へ――」
「いいえ、レナード様」
私はカップをそっと置くと、シャキーンと背筋を伸ばして立ち上がった。
推しをボロボロにして喜ぶのは画面の向こう側の話だ。現実の私は、大好きな人を絶対に傷つけないと誓った「公認のビジネスパートナー(婚約者)」なのである。
「私も行きますわ。私の『聖地』であるこの公爵領と、何より私の『最推し』の美貌に、泥を塗るような不届きな魔獣どもは、一匹残らず全滅(お掃除)させなければ気が済みませんもの」
「な、何を言っている、アシュリー! 相手は五千の魔獣だぞ!?」
狼狽えるギルバートをスルーし、私はクローゼットから「動きやすさ最優先の戦闘用(推し活精神安定用)パンツドレス」を引っ張り出した。
◇
領都の北方にそびえ立つ、堅牢な黒鉄の城壁。
その遙か前方から、地響きと共に地平線を埋め尽くすような黒い霧――魔獣の群れが押し寄せていた。
「おいおい……冗談だろ……。あんな数、防ぎきれるか……?」
「俺たちの命もここまでか……」
最前線に配備された騎士たちが、圧倒的な絶望感を前にガタガタと震えている。
レナード様が最前線で剣を抜き、氷の魔力を爆発させようとした、その瞬間だった。
「皆様、そこをお退きあそばせ!!!」
城壁の門を蹴破るような勢いで、一人の金髪令嬢が先頭に躍り出た。
「アシュリー!? なぜここに――」
「レナード様はそこで、ただ美しく佇んでいてくださいまし! ――さあ、始めましょうか。我が最推しの縄張りを荒らす害獣ども、聖地巡礼の邪魔をした罪は、万死に値しますわよ!!」
私は両手を大きく広げ、体内に眠る、今まで使い道のなかった「規格外の無属性魔力」を、一滴残らず大気へと解放した。
ドゴォォォォォン!!!!
私の身体を中心に、天を衝くほどの巨大な「純白の魔力柱」が立ち上った。
あまりの魔力量の質量に、周囲の空間がミシミシと音を立てて歪み、大地が激しく揺れる。
「なっ……なんだ、このデタラメな魔力量は……!?」
「バカな、一人で国家レベルの魔導要塞並みの出力を出しているぞ!?」
騎士たちが、そしてレナード様とギルバートさえもが、驚愕で顎が外れそうなマヌケな顔で私を見上げている。
私の魔力は攻撃には使えない。火も出せないし、氷も作れない。
だが、その本質は「全受容」と「調律」。
「――『魔力反転・全領域強制調律』!!!」
私が地面に手を突き立てると、純白の光の波動が、津波となって戦場全体を駆け抜けた。
光に呑まれた五千匹の魔獣たちが、次々と動きを止める。
私の無属性魔力は、魔獣たちの体内にある「狂暴な魔力(核)」を、優しく、しかし圧倒的な暴力で包み込み、強制的に「無害な魔力」へと調律・希釈していったのだ。
結果。
魔力の核を失った五千匹の魔獣たちは、攻撃性を完全に失い、ただの「ちょっと大きくて大人しい、ただの野生動物」へと退化した。
「きゅ~ん……」
「おん?」
さっきまで凶悪に牙を剥いていた巨大な魔狼たちが、一斉にその場でお座りをし、従順に尻尾を振り始めた。戦場は一瞬にして、巨大なサファリパーク(ふれあい広場)と化したのである。
「……は?」
静まり返る戦場。
五千の魔獣を、剣一本振るうことなく、わずか数十秒で「完全無害化」した公爵令嬢(私)の後ろ姿を、数千人の騎士たちが信じられないものを見る目で凝視していた。
「あ、足が、すくんで動けない……。お嬢様、一体どれだけ化け物なのですか……」
城壁の上から見ていたアンナが、ついに頭を抱えて座り込んでいる。
私はパンパンとドレスの砂を払うと、呆然と立ち尽くしているレナード様のもとへと歩み寄り、完璧な淑女の微笑みを浮かべた。
「お怪我はありませんか、レナード様? これで新月前の無理な戦闘は回避できましたわね。私の魔力管理(推し活)、完璧でしょう?」
レナード様はしばらく固まっていたが、やがて、観念したようにハァ……と深い、本当に深いお疲れの溜め息を吐いた。
そして、私の腰をグイッと引き寄せると、数千人の騎士たちの前で、私の額に深く、愛おしそうなキスを落とした。
「……ああ、完璧だ。お前が俺の想像を遥かに超える『規格外の化け物令嬢』だということも、よく分かった。……だが、そんなお前を誰にも渡したくないと思っている俺は、それ以上の狂人だな」
サファイアブルーの瞳に、独占欲と深い愛着のデレ笑みが浮かぶ。
(ひゃんっ!!! 騎士たちの前での公開神スチルご馳走様です!!! 尊すぎて全私が爆発する!!!)
こうして、ガルディニア公爵領を滅ぼすはずだった最大最悪の厄災は、限界オタクの「推しを絶対に傷つけない」という執念のチート魔力によって、ただの微笑ましいふれあいイベントとして処理され、アシュリーの伝説は帝国全土へ轟くこととなったのである。




