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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第二章:由縁なき迷子たちの交差点。

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第七話:淡い想い。



◇7◆



 小学校、中学校と、ぼくはいじめを受けていた。


 だから、人一倍勉強をした。進学校なら、いじめなどないと思っていたからだ。だが、入ってみて分かった。


 結局のところ、どんな高校に入ってもそれは無くならないのだと。 


 むしろ、高校に上がってから、陰湿さと暴力性は強くなった。


 ぼくのクラス、一年七組はまるで地獄のようだった。


 五人に囲われて腹やら背中を殴られ、財布の中身を取られ、クラスメイトが見ている中で服を剥ぎ取られ、全裸にさせられたこともあった。


 教師も、見て見ぬふりをした。この世界には救いがない――そう思うには充分だった。


 パシリに使われ、トイレの個室で弁当を食べていれば、上からホースで水を掛けられた。


 男子だけではなかった。女子からも、ずっといじめられてきた。


 告白をされて舞い上がったこともある。けれど、それが罰ゲームだと明かされたときの、あの女子――宵川(よいかわ)早紀(さき)の虫けらを見るような目は、今でも忘れられない。


 プールの時間のあとは着替えを隠され、ひとりだけ体操服で授業を受けた。クスクス、クスクスと四方八方からかみ殺した笑い声が聞こえてきて、ぼくはただ恐怖した。


 放課後になって、ぼろぼろに切り裂かれた制服がゴミ箱の中にあるのを発見し、泣きじゃくってうなだれたこともある。


 校舎裏では、六人に絡まれ、硬式ボールを投げられ、ぼくが痛みに泣いたり、みっともなく避けようとしたりすれば、ゲラゲラと笑いが起きた。


「お前さあ、なんで学校来てんの?」


「ほんとだよ。気持ち悪いんだよ」


「うっとうしい。マジで消えろよ」


「さっさと死ねよ。どうせ社会に出ても、役に立たないんだからさあ」


 そう言っては、丸まっているぼくにボールを投げつけてくるのだ。


 家では仕事で両親がいないことも多く、ぼくは制服が破れたからと言い訳をつけて、新調してもらった。しかし、母も父も、その原因までは聞いてこなかった。


 ぼくに心底興味がない――そんな接し方をされていた。


 話すこともほとんどなく、両親は顔を合わせればいつだって怒鳴り合って、心が静まる瞬間がなかった。


 学校でも、家でも、居場所と呼べるものはなかった。


 復讐をしたかった。やつらが死ぬことばかりを考えるようになっていった。


 そんな中でも、ぼくは、アプリを作っていた。プログラミング開発を続け、テストを繰り返す。


 そもそも大学に入って、起業をするという夢があったのだ。


 だからプログラミングは中学から読んでいて覚え、最初はエラーばかりだったけれど、徐々にコツを掴んでいった。


 ウイルスを組み込み、任意の相手のスマートフォンに送信することも可能になった。


 そこからさらに開発とテストを繰り返し、それを煮詰めて、ようやく出来上がったものは――人に恐怖を与える類のものだった。


 ただ、脅しには役に立つものの、実害がないと分かれば、すぐに忘れ去られるだろう。だからそこからどんどん改良を加えていった。


 同時に、学校裏サイトのメビウスも立ち上げた。


 いじめはその間も続いていた。


 暴力や暴言だけではなく、無視をされることも多くあった。


 その日の昼休み、ぼくは後ろから羽交い絞めにされ、パンツを下ろされ、ジャケットもシャツも破られ、女子はきゃあ、と悲鳴を上げながらも、嘲るような笑みを貼り付け、男子もケラケラと笑って、ぼくは教室の真ん中に転ばされた。


 羞恥と悔しさ、そして心の痛みが限界を迎え、涙が止められず、見上げたとき――。


『汚いもん見せないでさあ、さっさと死んでくんない?』


 宵川が、見下すように頬杖をついて、全裸に剥かれたぼくに向かってそう言った。


 ぼくはその言葉に、悲しさと怒りを同時に感じた。


 もし殺すとするなら、最初はこの女にしよう――。


「お前らさあ、ンなことしてなにが楽しいわけ?」


 不意に、そんな声が聞こえてきて、うろんな目でその声の主を見た。彼は制服のジャケットを脱いで、ぼくにかぶせてくれた。


「なにが楽しいんだって、聞いてんだけど」


 隣りのクラスの虎田だった。サッカー部で、女子の人気も高い。男子とも上手くやっている生徒だった。もちろん、ぼくは話したことなどなかった。


「い、いや、だってよ。こいつ、なんでも言うこと聞くし……」


「脅してるからだろ。こっちのクラスまで聞こえてきてんだよ」


 虎田が一歩踏み込むと、囲っていた生徒たちが、一歩後ろへと下がった。


「わ、わたしたちは違うよ、虎田くん! わたしたちはこんなことしてない――」


「なにもしてないわけねえだろ。見て見ぬふりしてたんだろ。同罪だっつってんだよ。てめえも、てめえらも」


 しん、と教室中が静まり返った。「おい」と肩越しに振り返り、虎田は手を差し出してくれた。


「制服は?」


「えと、その」


 どう答えて良いか分からず、視線だけでゴミ箱を指した。


「あー、ゴミ箱か。なんだ、こりゃ。破れまくってんじゃん」


 ぼろぼろの制服を見たあと、いじめの中心にいた生徒の前まで歩いていく。対峙すると、制服を突き出した。


「交換しろよ、お前のそれと」


「は、え? なんで?」


「お前らがやったんだろ。さっさと交換しろ。トイレで着替えて来い。それとも、こいつみたいに全員の前で真っ裸に剥いてやろうか」


「……ッ!!」


 その生徒は、あきらかに恐怖していた。虎田はぼくと同じ一年だが、サッカー部のエースだ。彼に敵対するということは、彼の取り巻きにまでケンカを売るということになる。


 虎田は意識してなくとも、結果としてそうなる可能性が高い。そして彼自身も、三年とケンカになって勝ったといううわさもある。


 いいや――それ以前に、虎田の冷たい声色と貫くような視線に、怯えているのだ。


「わ、分かった。着替えて、きます」


「今度から井筒にケンカを売ったら、おれが買う。覚えとけ」


 話したこともないのに、彼はぼくの名前を知っていることに驚いた。


「虎田、くん。どうしてぼくの名前……」


「ここにいるバカどもが呼んでたろ。それに言ったじゃねえか。こっちのクラスまで聞こえてきてるって」


「き、着替えてきました」


 ぼろぼろの制服に着替えた少年は震えていて、うつむき加減にそう言って、折りたたんだ制服をこちらへと差し出した。


「よし。保健室で着替えようぜ、井筒」


 虎田はそう言うと、ぼくの手を引いて教室から出て行った。ちょうど、始業のチャイムが鳴ることだった。



◇◆



 それからは、ずっと虎田と遊んだ。大会や練習の合間に声をかけてくれて、他愛のない話をした。


「今更なんだけどさ、どうしてぼくをいじめから助けてくれたの?」


 不意にそんなことを訊くと、虎田はううん、と天井を眺めて、少し言いにくそうに視線を逸らした。


「なんとなく、だな。これを言えば怒るかもしれねえけど、つまんねえことしてんな、って思ったんだ」


「つまんないこと?」


「ああ。いじめなんて、結局は半端な人間がやるもんなんだよ。勉強も半端、スポーツも半端、だから少しでも優位に立ちたいって思う人間の顕示欲、みたいな」


――そんなの、見てる側からすればつまんねえんだよな。


「ふうん……」


「やっぱり怒ったか?」


「いや――むしろ取り繕わずに、正直に言ってくれたことが嬉しいよ」


「……そっか。良かった」


 とはいえ、いじめは無くなったものの、クラスではぼくの存在などないように無視が横行したが、暴力を受けるよりはずっとましだった。


 ただ、虎田の影に怯えているのかとも思えば、可笑しくもあった。


 そんな中で、虎田の友人とも話すことが多くなった。そこで――ぼくは初恋を経験したのだ。


 相手は、鏑木花南だった。気さくで、面倒見が良くて、優しい。そんな彼女に心が惹かれていった。


 こんなぼくに対しても、同じように優しく接してくれたのだ。なにより話をするだけでも楽しかった。


 彼女はテニス部で、コートでサーブを打つ彼女の姿は、普段の愛らしいものではなく、凛々しく美しいとさえ思った。


 ただ、いじめを受けたことですっかり自信を失っていたぼくは、自分から彼女に声をかけることが出来ないでいて、いつも仲間の輪の中で話しかけられるのを待っていた。


「井筒さ、肌もきれいだし、目も大きいしさ、メガネもコンタクトにして、前髪も切れば良いのに」


 ふとそんなことを言われて、もごもごとしてしまった。


「あ、いや、なんていうか……」


「好きな髪形なんだよ。やんややんや言うなよ、無粋なやつだな」


 虎田が軽く鏑木の頭を軽く小突いて、ため息をつく。


「あー! 叩いた! DVだ、パワハラだ!」


「いちいち大袈裟なんだよ、お前は」


 うんざり顔で苦笑し、鏑木にひざを蹴られているのを見て、笑った。


「ひざはダメだろ! サッカー部だぞおれは!」


「そんなに強く蹴ってませーん」


 笑っていたのに――心に、ちくりと棘のようなものが刺さったような気がした。


 きっと、鏑木も、虎田のことが好きなのだろう。はたから見ていれば、良く似合っている。


 だがその思いを否定したい気持ちも、同時に混合されていた。


 それからは廊下ですれ違うときに挨拶をするだけでどぎまぎしたり、校庭で体育をしている姿を目で追ったりしていた。


 テニス部の部活があるときは、彼女に見つかると恥ずかしいからと、木の影でこっそりと眺めることしか出来なかったが、それも楽しかった。


 ただ虎田といるときの彼女を見るときだけは、複雑な気持ちになっていたのだ。


 そんな淡い心を抱きながらも、アプリの開発だけは続けていた。


 そうして十月に入り、ぼくの家に来た虎田にこの話を持ち掛けたことがある。彼なら吹聴などしないだろう――そんな信頼があった。


「面白いな。でも、実害がないのは、お前が言った通り愉快犯みたいなもんだ」


「そうなんだよね。でもぼくらが手を出すと、捕まっちゃうし……」


「わざわざ手を貸してくれる殺人犯が出てくるはずもねえしなあ」


 思ったよりも、虎田は真剣に考えてくれていて、具体案をいくつも出してくれた。


「でも、どうしてこんなアプリを?」


「……殺したい相手がいるんだ」


「お前をいじめてたやつらか」


「それもあるけど――まずは、宵川早紀という生徒だよ。ぼくの心をぼろぼろにして、消えてくれって言ったんだ」


「精神的に苦しいときのとどめ、ってわけか。本当なら、親友だし止めなきゃいけねえんだろうけどな」


「親友?」


「おれだけか? お前のことを親友って思ってるの。まあ、こんな話をしてるんだし、悪友のほうが合ってるのかもな」


 そう言ってケラケラと笑う。ぼくは初めて親友と言われて、悪友と言われて、たまらない気持ちになった。


「止めないでほしい。親友としての、お願いだよ」


「分かってるよ。ま、このままじゃおれとお前が手を下さなきゃいけない。もちろん、持ち回りで交互にな。その覚悟はあるのか?」


「あるよ。ずっと、ずっと考えてきたんだ」


「なるほどな……良いよ。手伝ってやる。どうせ最近はつまらねえんだよな。学校も、部活もさ」


「推薦で入ったじゃないか。一年からエースだし、女子にも人気があるし」


「それってさ、周りが縛り付けてくるだけなんだよな。推薦だから結果を出さなきゃ人一倍叱られるし、エースだからミスは許されない。女を振ったら非難の嵐だ」


「だから恋人を作らないんだ?」


「……ううん、そう、だな。良いやつはいるよ。きっと付き合ったら楽しいだろうなってやつ。でもまあ、叶わない夢、ってやつなのかもな」


 へへ、と虎田は頬を掻いた。心なしか頬が紅潮しているように見える。


「それって、誰なの?」


「恥ずかしいだろ。言えねえよ」


「親友なんだろ?」


 ぼくがいたずらっぽく言うと、虎田は少し驚いた様子で、「そうだな……ううん、まあ、言うだけなら、いいか」とぎこちなく苦笑した。目が泳いでいる。


 それは虎田にしては歯切れが悪いようにも思えた。それからしばらく沈黙したあとで、


「まあ、あれだよ。おれが好きなのは――鏑木だよ。なんつーか、気が合うんだよな。ちょっとがさつなところも、うん、かわいいしよ」


 と、言った。


 その告白に、ぼくの心はぐらりと揺れた。鏑木は初恋の人だ。その人を、親友の虎田は惚れているという。


――やっぱり、勝てないよな。


 彼女をぼくのものにしたかった。それは人生で初めて芽生えた感情だった。彼女だけは、鏑木だけは、奪われたくなかった。


 だというのに――。


 いじめから救ってくれた親友が、こんなぼくに気さくに話してくれる彼女が、付き合うかもしれない。


 そう思うだけで胸の奥がきゅうと絞られるような感覚に陥った。


「おい、なんとか言えよ。ノーリアクションが一番恥ずかしいだろ」


「いや、あまりに似合っていたからさ。上手く言葉が出てこなかったんだ」


「そ、そうか? まあ……うん。ありがとな」


「なんでお礼を言うんだよ」


 ぼくはなるべく表情に出ないよう、笑ってみせた。虎田は複雑な表情を浮かべたあとで、


「そういや、話は戻るけどよ。おれとお前で殺したとして、どこに隠すかだよな」


 さっきまで甘い話をしていたのに、急に殺伐とした話題へと変わった。そうだ、まずはこのアプリの脅威性を認知させなければならない。


 特に、ぼくに精神的な痛みを与えたあの女に。


「旧校舎があるでしょ。そのさらに裏庭なら、土も柔らかいし、埋めればバレないかも」


「調べたのか?」


「うん。一応、用具室にあったスコップでね。まあ、深くまで掘らないと見つかる可能性はあるけど――」


「だったら、それはおれがやる。体力には自信があるからな」


「じゃあ、ぼくはアプリの文面を考えるよ。どうせなら、ゲーム性を持たせたい」


「ゲーム性?」


「うん。メッセージをしっかりと読めば助かる。けれど、他言した場合、死ぬ。ベタだけど、どうかな」


「いいんじゃないか。タイムリミットがあれば、よりゲーム性が出るかもよ」


「だったら三日に設定しよう。他言してから三日だ」


「でも、どうやって他言したかどうかを知るんだ?」


「アプリに集音機能をつけてある。従来の通話による集音だけじゃない。アプリを起動さえしていれば、勝手に会話が聞き取れるんだ」


 ぼくの言葉に、虎田は少し驚いたような表情になった。


「お前、本当に頭が良いな」


「その根源が憎しみだと知ったら、君は笑うかな」


 そう言って、ふ、と微笑んだ。虎田はセンター分けの髪をかき上げて、「根っこがなんであれ、天才であることは間違いないんだ。誇れよ」と、そんなことを言った。


 時刻は二十三時を回り、すっかり話し込んでしまった。虎田はすっくと立ちあがり、「そろそろ行こうか」とぼくを見る。


「どこに?」


「学校に下見だよ。昼間だと、旧校舎は立ち入り禁止。下手すりゃ停学だ。今のうちに確認しに行こうぜ」


 ぼくは、ふふ、と笑って、クローゼットから懐中電灯を二つ取り出し、ひとつを虎田に渡した。


「最初はぼくが殺したいな」


「ま、相手が相手だからな」


 部屋を出て、互いに自転車にまたがり、学校へと向かう。


 よもやその先に、本物の殺人鬼がいることなど知る由もなく――。



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