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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第一章:仮説と真実の渋滞する世界。

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第五話:ファントム・ボマー。



◇5◆



――深夜零時を越えた。


 わたしが家に引きこもって、三日目を迎えていた。カウントダウンも刻々と減り続け、震えが止まらなくなっている。


 このままでは、今日の昼に、わたしは死ぬ。鏑木に見せたのが、昼休みだったからだ。


――死にたくない。死にたくない。死にたく――。


 がたがたと震え、歯も噛み合わないところに、ピロン、と通知音が鳴って、心臓が跳ねた。


 恐る恐る、スマートフォンを見ると、メッセージが届いている。


『立木恵梨香さま。特別に救済措置をご用意しました。三時間以内に、旧校舎の二年三組に来てください。そうすれば、余命は解除されます。どうされるかは、自由です』


 その文字を読んだ瞬間、弾けたようにわたしは家を飛び出した。


 助かる可能性がある。そう思えば、一縷の希望に縋りたくなったのだ。


「ちょ、ちょっと恵梨香! どこに行くのよ、こんな時間に!」


「うるさいんだよ!」


 時間はない。カーディガンを羽織って、ただただ助かりたい一心で、母親の制止も聞かずに駆け出した。


――急がないと。もう時間がない!


 わたしは駆け足で鶏鳴学園へと向かった。気が動転していて、自転車を使うことも忘れていた。


 ただ考えていたのは、助かりたい。死にたくない。それだけだった。


 旧校舎の場所が分からず、焦りを感じながら奥へと進んで行くと、残すところ十分で着いて、肩で息をしながら、旧校舎の階段を上がる。


――でも、これで、助かる。


 息が荒くなり、こめかみから垂れた汗があごから落ちて、鼓動がはちきれそうなほど昂っていて、汗ばんでシャツが肌に張り付いている。


 十月の生ぬるい風が、やけに冷えているように感じた。


 虫の声を聞きながら階段を上がり、二年三組の木札がぶら下がっている教室に入った。何度もアプリを確認する。メッセージにはここで待つように書かれていた。


 椅子に腰を下ろして、警察に通報するべきだろうかと、助かる見込みが見えた途端、不意に冷静になる。


 だが、実害がない。そもそもどう説明すれば良いかも分からないし、わたしのほうがいたずらだと思われるかもしれない。


 それでも、かけるべきだ。いたずらならそれで良いじゃないか。殺されるより、警察に叱られるほうがましだ。


 だが、ここで待てば助かる可能性がある――。


 それでも不安で心が落ち着かず、やはり通報しよう、そう思ってスマートフォンをポケットから取り出そうとしたとき、汗で滑って床に落ちた。それを拾おうとしたとき――。


 ぎし。


 かすかな音に、わたしの手は止まり、鼓動が荒く昂った。金縛りに遭ったかのように、身体が動かず、呼吸が浅くなる。


 ぎし。


 なにか(・・・)がいる(・・・)――。


 そんなはずはない。不審者は入ってこられないはずだ。この高校の広さは、生徒でさえ、迷うことがあるのだ。


 さらにその最奥にある旧校舎を見つけることなど、到底出来はしないはずだ――。


 いいや、メッセージには救済措置と書いていた。つまり誰かがわたしを助けてくれるのかもしれない――。


 そんな希望的観測は、すぐさま崩された。


「ひっ……」


 ぎし、と軋ませて教室に入ってきたのは、膝丈まである黒のレインコートを着た何者か(・・・)だった。


 明確に言えないのは――その顔に当たる部分に、ガスマスクをかぶっていたからだ。


「メッセージは、最後まで読まないといけないよ」


 その声はくぐもっていて、男か女かも分からない。


「あ……あ……」


 わたしは椅子から転げ落ち、腰が抜けていて、這うように後ろへと下がる。しかし無情にも、その先には壁しかなかった。


「たすっ、助けて! お、お願い!」


「最後のメッセージを読んだんだろう? 助けてあげるよ。君は、もうなにも悩まなくて良いんだ。考える必要も、いじめに怯える必要もない。完璧な救いを――与えに来たんだよ」


「――いやだ、死にたく、ない」


「どうして? あんなに苦しんでいたじゃないか。SNSで、まるで憑りつかれたように、他人を非難ばかりしていたじゃないか。苦しいから、傷つけてきたんだろう?」


「ち、違う……! わたしはただ、羨ましくて」


「いじめを受けて、死にたいとも言っていたじゃないか」


 たしかに、振られて荒んだ気持ちのまま荒らし行為をしていた。メビウスでも悪態をついたし、いじめられて、死にたいとも言った。けれど、それは――。


 だがそれは、憎かったからじゃない。悔しかったからだ。


 それを言うと、「それもまた、苦しみだよ」と、答えた。


「でも――どうして、そこまで(・・・・)知って(・・・)いるの(・・・)?」


 荒れていたことを知っているものは、ウィスパーなら多いだろうが、いじめられたこと、死にたいと書き込んだことは、唯一、招待制のメビウスだけなのだ。


「なんで、いじめられたことまで、死にたいと言ったことまで――」


「君は割れ窓理論というものを知っているかな? インターネットで炎上をした、君の机に落書きをすれば、自然と周囲の人間は、君に対し、攻撃的になる」


――まあ、応用だけれどね。


「じゃ、じゃあ……消したのは」


「それもぼくだよ。所詮は人間だね。それだけで、派手ないじめは行われなくなった」


 ガスマスクの影は、こちらへ近づいてくる。


「そんな……そんなことって。いや、いやよ、死にたくない!」


 過呼吸になり、安定しない。一歩踏み出してくるたびに震えた。


 ガスマスクは腕を持ち上げ、「てぃっくたっく、てぃっくたっく」とつぶやきながら、マリオネットを手繰るように、指を小刻みに動かす。まるで痙攣しているように。


「てぃっく、たっく」


「やめて……ごめんなさい! もうしない! もうしないからあッ!!」


 ぎし。


「ああっ! 嫌だあああああッ!! あああああッ!!」


 影は、目の前に立った。そして少しかがむようにして、わたしの胸に人差し指を突きつけた。


「でぃんどん」


 そう言った瞬間、ボンッという音が遠く聞こえた。それがわたしの身体が爆ぜた音だと気付くことはなかった。


 その瞬間には――もう視界が真っ暗で、それすら知覚が出来なくなっていた。



◇◆



「相変わらず、えげつない死体だな。処理する人間のことも考えろよ」


 おれは壁に寄り添い、胸に真っ赤な穴が開いて、骨や神経がギターヘッドから跳ねた弦のように飛び出し、臓物が吐き出された死体を見て、ため息をつく。


「やあ、この方法しか知らなくてね」


「まったく……あーあ、可愛い顔が台無しだな、こりゃあ」


 おれは吐き出された腸だの弾けた胃だのを避けて死体の近くでかがみ、髪を掴んで持ち上げた。眼球も破裂していて、口も鼻も血でまみれていた。


「今回、決めたのは、君だろう?」


「……ルールは三分の二の賛成がいるって言ってるだろ。今回は、おれと井筒が決めたんだよ」


――やけに楽しそうだったから、よほど壊れちまってんだろうな。あいつも。


「君はどうなんだい? 虎田(・・・)くん?」


「……あいつがやりたいことなんだ。力になりたい。それにまあ、つまらないことばかりだからな。多少の刺激にはなる」


 おれは恵梨香の髪から手を放して、肩をすくめる。


「……にしても、本当に最後までメッセージを読まないやつばかりだな。他の四人もそうだったけどよ。最後まで読めば、無害で済むってのに」


「そういえば、ゲーム性が大切だと言っていたね」


「そういうことだよ。おれたちがお前に協力するのも、命の懸かったゲームを仕上げたかったからだ。でも、ゲームはフェアでなきゃいけない。最後までスクロールすれば助かるようにな」


「君たちの言っていることは、よく分からないけれど、ぼくとしては、君たちがいることで殺すこと自体が楽になっているよ」


「……お前のそれは、殺人衝動ってやつか?」


「きっと、そういうものじゃない。多分、待っているのかもしれないね。この力を、本当の意味で使える、そんな相手を」


「よく分かんねえけど、人間じゃねえってことだけは分かるな」


「ひどいことを言うんだね」


「普通の人間は、他人を爆発させたりしないんだよ。ファントム・ボマー」


 おれは水の入ったバケツにモップをつけて床を拭く。遺体はガスマスク――ファントム・ボマーが旧校舎裏まで持って行って埋めるのだ。


 そのために、おれは事が済むまでに、裏庭に深い穴を空けてある。あとは放り込んで土を被せれば、見つかることはない。


 ファントム・ボマーが死体を外へ持ち出し、モップで床を拭いていると、不意に、初めてやつと会ったのもここだったな、と思い出す。


――最初、おれがファントム・ボマーを見たのは、今月の初週だった。たまたま夜中に旧校舎を下見(・・)に来ていたときである。


 井筒とともに、学校に侵入して、旧校舎へと入り込んだとき、小さな爆発音がして、導かれるようにそちらへ足を運んだのだ。


 そこにいたのは、なんとも奇妙な存在と死体だった。死体は心臓あたりが爆ぜていて、その前にガスマスクをつけた影が立っていた。


「――ああ、見られちゃったね。どうしようか」


 そう言いながら、「てぃっく、たっく」と指を小刻みに動かし、つぶやきながらこちらへ寄ってくるのを見て、逃げ出そうとは――思わなかった。


 おれたちは自分たちの計画を遂行するためにここに来ていた。そして目の前に、ちょうどその計画に必要な存在がいた。


 刺激と復讐を抱いて殺人を行おうとするおれたちと、今まさに奇妙な方法で人を殺した存在が、出会ったのだ。


 なにより――……。


 おれは言葉を飲みこんで、笑みを浮かべた。


「これをやったのは、お前か」


「うん。だから――君たちもこうなるんだ」


「それは嫌だな。こんな面白(・・)そう(・・)なこと、見ちまったんだ。おれたちも混ぜろよ」


「――え?」


 おれの言葉の意味が分からなかったのか、目の前の影は首をかしげた。


「旧校舎はおれたちの庭みたいなもんだ。あんた、その死体をそのまま残しとくのか? すぐに足がつくぞ。事件化したら――動けなくなる」


「……君たちがこの死体を隠すと?」


「それはおれの役目だ。体力だけはあるからな」


 そういって、井筒を見ると、にやりと笑った。「これは使えるかもね」と。


「どういうことかな」


 井筒は「ゲームにしないか? 生きるか死ぬかを賭けたゲームだよ」と、口元を歪めた。


 おれはサッカー部の推薦で入学していて、井筒は成績もクラスで一番、学年では三位に入るほどの頭脳を持っている上、IT関係にめっぽう強い。


 そう言うと、ガスマスクは「ぼくが怖くないのかい?」と首をかしげている。おれたちの考えが読めないのだろう。


「怖くないと言えばうそになる。でも、それ以上に、君のような存在がいることに、喜びも感じているんだ」


「どういうことかな」


「――前々からやってみたい草案があったんだ。そのためにここに来たんだ。けどまあ、犯罪だからね。そこがネックだった。でも今、君を見つけて決断が出来たんだ」


 目が隠れているマッシュボブの髪を掻いて、井筒は目を細めた。「ちょうど今日話してたんだ」とおれも笑った。


「……ぼくは望まれた、ということかな」


「あん?」


 おれが首をひねっているところに、井筒が苦笑する。


「そういうことだね。ぼくたちは殺人を行う君のような存在を望み、君は殺す側の人間――つまり望まれた存在だよ」


「なるほど。そして――君たちとぼくは主体と客体になった、と。しかし――その草案とやらは上手くいくのかな」


 その問いかけには、おれが答えた。


「たしかにこのままじゃすぐに足がつくからな。それに――おれも正直に言えば、手は汚したくねえし。その点、お前は殺すことに躊躇がなさそうだ」


 おれはセンター分けの髪をかき上げる。


「おれとこいつでフォローしてやる。で、お前は殺しが出来る。どうだ? この話に乗ってみないか?」


 ガスマスクの影はしばらく黙っていたが、ふ、と息をついて「裏切れば殺すよ」とだけつぶやいた。


「それはこっちだって同じだ。お前が俺らの意図しない殺しをしたら、すべてを暴露する。あくまでターゲットを決めるのは、三人のうち二人の同意があった場合だけだ」


「なるほど。好き勝手に殺してはいけないということか――」


「お前に好きに動かれると、おれたちまで巻き添えを喰らう。ここは手を組んだほうが互いにウィンウィンだと思うがな」


「ウィンウィン?」


「そうだ。犯行現場の血痕やらはこっちで掃除をしてやる。死体を埋める穴も掘ってやる。お前がやるのは、殺して、死体をその穴に埋めるだけだ。共同作業と行こうぜ」


「変な人間もいたものだね」


「お前にだけは言われたくねえよ、まったく」


 おれは首をかしげて笑った。退屈だったのだ。優等生ばかりで、楽しみはほとんどない。授業も部活もつまらない。


 そんな窮屈で退屈な昼よりも、刺激的な夜のほうが、おれは好きなのだ。


 そしてこんな場面を目にすれば、自然と心が沸き立つのも必然とも言えるだろう。


「……分かった。君たちの名前は?」


「虎田。虎田(とらだ)成浩(なりひろ)。で、こっちが井筒(いづつ)礼司(れいじ)。そっちはなんて呼べば良い?」


「好きなように呼んでくれて良いよ」


 影の言葉にしばらく黙っていたが、おれは不意に思いついた名前を口にした。


「ファントム・ボマー、とかどうだろう」


「ファントム・ボマー?」


「この学校にある都市伝説の名前――ファニー・マーダーとか言ってたか。それにちなんだんだよ」


「ファニー・マーダー……ね」


 ファントム・ボマーは、小さな言葉で反芻するようにつぶやいた。今まで感情は読めなかったが、その名前には少し反応が見える。


 それが動揺なのか、期待なのか。


 その意図は分からなかったが、追及することも出来なかった。聞き出そうとしたその瞬間に、井筒が口を開いたからだ。


「幻影の爆弾魔か。面白いね。じゃあ、しばらく時間をもらうよ。ぼくがシステムを組むから、それまでは動かないでね」


 井筒の言葉にファントム・ボマーは特に反論することはなく、静かに頷いた。


――こうして、おれたちの《ゲーム》ははじまったのだ。



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