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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第一章:仮説と真実の渋滞する世界。

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第四話:死は、近づいていく。



◇4◆



 一週間が経った。


 わたしに対するいじめはずっと続いていて、心は摩耗するばかりだった。


 誰を信じれば良いのかもわからず、疑いはじめればきりがなかった。


 教科書を濡らされて、ゴミ箱に入れられたこともあった。


 板書したノートを破られたこともあった。


 気が狂いそうだった。これがいつまで続くのかも分からない。終わりが見えない恐怖は、確実に精神を疲弊させていった。


 メビウスに入っても、誰からも応答がない日々も続いていた。


 暴力的なものよりも、ずっと、ずっと堪えた。死にたいという言葉を吐いたあの日から、それ以外を考えることも億劫になっていた。


 死にたい。けれど、恐い。


 常に感情はその二つを行き来している。鏡を見れば、やつれていた。肌も、にきびがぽつぽつと出来て、荒れていた。


 それでも――わたしは。返事がなくとも、毎日のようにメビウスにアクセスしていた。


 その日も、学校から帰ってすぐにパソコンを立ち上げ、URLをクリックし、新しく届いたパスワードを入力する。


『ねえ』


『なんで誰もいないの?』


『もういや。死にたい』


 頭の中で何度も繰り返した言葉、誰もいないところでつぶやいた言葉を、はじめて文字に起こした。


『死にたい?』


 そこで、久しぶりにTRDから返信が来た。それに対して、少し安堵した自分がいる。


『うん。いじめ、っていうのかな。それを受けてて、生きていたくないの』


『本気で言ってるのか』


『本気じゃなきゃ、こんなこと言わないよ』


『悔いはないのか? やりたいこととか』


『あるわけないじゃない。こんな世界、もう生きていても、つらいだけだし』


『覚悟を決めてるってわけか』


『構ってほしい他のやつと同じにしないで』


 わたしは打ち込んで、自身の本音を知った。わたしは、ファッションで死を選ぶわけではないのだ。


 本気で、いじめてきた人間に報復するために、死を選ぶのだ。


『だったら、止めるわけにはいかないな』


『止められても、やるけどね』


『そうか。じゃあ、これで最後かな。さようなら』


 わたしの感情は高揚していた。この感覚も久しぶりのように感じた。わたしは、正義なのだ。この死さえ、いじめを否定し、正義を成すため、正すためのもので、命を懸けて、実行するのだ。


 だから、もうこの場所にも用はない。


『さよなら』


 わたしはそう返してから、サイトから離れ、パソコンを閉じた。


 どうやって死んでやろう。派手なほうが良いのだろうか。それとも首をくくるか。薬をオーバードーズでもしてみるか。


 そんなことを考えながら、ベッドに潜った。


――これは、私の最期の正義だ。


 悪人たちに思い知らせてやる。そんな気持ちで、その日は眠りに落ちた。


――翌日になった。


 教室に入ると、予想外のことが起こっていた。いつも落書きをされていた机にはなにも書かれておらず、入れっぱなしにしていた教科書もいたずらをされた形跡もない。


 今までひそひそと話していた生徒たちは相変わらずだが、もう慣れてしまっている。それよりも、今まで執拗にやられていたことが消えていることに違和感を持った。


――なんで?


 どういう風の吹き回しだろう。教師が知って注意したのかもしれない。友人はいなくなったが、少し、精神的に楽になった気がした。


 だが、油断はならないとも思う。


 もし、移動教室や体育でなにかが起こる可能性は残っている。やつらは陰湿なのだ。教師に見つからない方法を取ることも、考えなければならない。


 そうやって緊張状態で授業を受け、体育の時間になっても、体操服には異変はない。


 そのまま昼休みになったところで、鏑木がやってきた。


 ここ数日、昼食は鏑木と一緒になることが多くなっていた。唯一の友人、と呼べるのかもしれない。


「いじめがなくなった?」


 鏑木が玉子焼きをつつきながら、首をかしげる。「たしかに机は綺麗になってるね」


「うん……それがちょっと不気味で」


 ちょうど昨日、死ぬことを決めたこともあり、このタイミングでいじめが止んだことに因果関係を見つけようとするが――生徒に死ぬと言ったことはない。


 もちろん、鏑木にもだ。


「まあ、なくなったなら良かったんじゃない?」


「そう……かもね」


 わたしがプチトマトを口に入れたとき、ピロン、と通知音がした。休み時間はスマートフォンを使っても良いのだ。


 わたしはスカートのポケットから取り出し、眉間にしわを寄せた。


「どうしたの?」


「え、いや……」


 そこには見たこともない、入れた覚えもないアプリが入っていた。ガスマスクのアイコンで、そこをタップすると――。


『立木恵梨香さまの余命は七十二時間です。思い残すことのない人生を!』


 黒い背景に赤文字でそう書かれていて、時計のような、ストップウォッチのような、七十二時間の数字が表示されていた。


 それを見て、どっと冷や汗が出てきて、鏑木を見る。彼女は怪訝そうにこちらを見ていて、わたしは言葉を失った。


「恵梨香? なに、どうしたのさ」


「へ、変なアプリが入ってて」


「変なアプリ?」


「こ、これ……」


そう言って画面を見せると、鏑木は目を見開いて、スマートフォンを押し返した。


「ダメ!」


「……え?」


「それ、一年でうわさになってるアプリだよ。誰かに見せたら、カウントダウンは始まるって。それがゼロになったら、その、死ぬ、って……」


「な、なんで? そんな」


 慌てて画面を見るとたしかに、七十二時間の秒数が減りはじめていた。


 わたしはそこで気付く。真っ黒な画面だが、下にスクロールが出来ることに。


『七十二時間以内に、誰かに見せるとカウントダウンが始まります。七十二時間、誰にも知られなければ、余命は解除されます』


「……うそ。どうしよう」


 どくん、どくん、と心臓が早鐘を打っている。見せてしまった。先にスクロールしておけば、先にここを読んでいれば、助かったかもしれないのに。


「……ね、ねえ、鏑木。どうしたら良い……?」


 すがるように見ると、鏑木は目を伏せていた。「ねえ…‥鏑木」


「い、一年生の間では、その、千藤さんとかも、そのアプリのせいで死んだんじゃないかって、うわさされてる。まさか恵梨香にも来るなんて、思ってなかったから」


「じゃ、じゃあ、わたし、死ぬの?」


 声が震えた。鏑木も解除の方法を知らないのだろう、箸をおいてこめかみに指を当てている。


「どうにかして、解決策を見つけよう」


「解決策って……」


「落ち着いて。まだ三日ある。かならず、見つけられるよ」


「でも! それはあんたが当事者じゃないから! そんな余裕なことが言えるのよ!」


 わたしは立ち上がり、椅子は派手な音を立てて倒れた。周囲のクラスメイト達がこちらを見る。


「……分かってるよ。でも、このままじゃ、本当に」


「そんな……わたしは悪いことをしてない! むしろ逆だよ! いじめだって」


「どうかしたの?」


 騒いでいたところで、久世がやってきた。「なにか揉めてるのかな?」


「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ……」


 鏑木がわたしのほうを見る。わたしは、スマートフォンを久世に見せた。


「……うわさは本当だったってことか」


「うん。いたずらの類なら、まだ良いんだけどさ」


「……とにかく三日間は下手に動かないほうが良いかもね。休学届を出すのもひとつだよ」


「でも、それじゃあ、むざむざ死ぬのを待てっていうのッ!?」


「そうは言ってないよ。家の中にいれば、家族もいるでしょ。だったら、強引な手は使えないはずだよ」


 久世はそう言って、あごをさする。


「もし、それが本物だったとするなら、三日間、やり過ごせば、死ぬことはないはずだよ」



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