第一話:探偵と助手と、新米作家。
◇1◆
「なあ、蓮実。ここ最近、そっちで妙な事件が起こってるって聞いたけど、どうなんだ?」
あたしが三つのモニターに学園の生徒の名簿を映し、眺めていると、竜胆紫苑が後ろのソファーから声をかけてくる。
整った顔立ちに、ウェーブさせた黒髪と、アーモンド形の、大きな二重の双眸が特徴的な少年だった。
白のロングTシャツに、黒いワイドパンツを履いている。やつが好んでいるファッションだが、まるでスカートのようだな、と思うときがある。
「……うわさは流れてるし、実際消えている生徒がいる。でも、死体がないんだよ」
「その口ぶりだと、やっぱり殺人か?」
「どうなんだろうな。あたしにはまだ分からない。そもそもうわさがあちこちに飛び回って、整合性が取れないんだよ」
竜胆は梟哭高校で、あたしは鶏鳴学園に在籍している。ともに一年で、五月生まれの竜胆が十六、十月生まれのあたしが十五だった。
半年前の事件で、たまたま出会ってから、助手として迎え入れた。
あの死地をなんとか脱して、竜胆のほうから頼みこまれたのだ。危険だからやめておけという忠告を無視して。
それよりも、今、直面しているのは鶏鳴学園で起こっている失踪事件だ。家出とするものやら、殺されたなんて言うものまでいる。
うわさは流れているし、実際に消えたものがいるのに、どうにも手がかりがつかめないのだ。
「あんたが困るなんて、よっぽど厄介なんだな」
言いながら、竜胆はコーヒーカップを傾ける。にやりと笑うその表情に、あたしはため息をついた。
「それで、おれは関わることが出来るのか?」
「いや――今回は大人しくしてろ。あんたの能力は今回、使えないかもしれない」
竜胆は俗にいう《ダーウィンズ・バグ》という存在である。不完全な可能性と、あの真っ赤な死神はそう呼んでいた。
その能力は『パルス』――人の記憶の消去と改竄。小学五年生のころにその力を得たのだと、出会った当初に聞いている。
そしてその能力の名前を付けたのが、あたしの育ての親――五十川宗太郎だというのは、笑えない冗談だ。
あたしが物心のついたころには、彼が父親代わりだった。実の父ではないと知らされたのは、小学六年生のころで、しかし別段、ショックは受けなかった。
五十川と蓮実、名字が違うのも、亡くなった母の姓なのだというが、彼はそれ以上のことは、語りたがらなかったので、幼心に追及することを避けていた。
また、彼は五十川学院という学習塾やフリースクールを経営し、それらをフランチャイズ化して資産家になった男である。
同時に投資事業にも手を出し、莫大な財産を築いている。
しかし生来からの好事家で探偵事務所を建てたのだが、そちらはあまり流行らなかったようだ。
そして――あたしが中学一年生のころに、殺されてしまった。
使い切るには余りある遺産は、遺言書であたしが相続することとなった。
五十川には妻子だけではなく親族もおらず、結果、あたしだけが残された。
五十川の友人があたしの後見人として、いるにはいるが、とにかくじっとしていられない性質で、ほとんどを海外で過ごしていて、年に一度、二度、帰ってくるかどうかだ。
見たこともない、変な土産を携えて。
つまり実質、ひとり暮らしのようなものだった。
塾の存続に関しては、サブオーナーの青年が受け継ぎ、投資事業は、あたしが引き継いだ。
そして一方、好事家だった五十川は異常なまでの愛書家で、とにかく書籍が多い。古今東西の本が、壁一面に揃っているのだ。それどころか、本棚からあふれ、平積みされるほどである。
それでも、今回の事件――まだうわさ程度だが――の役には立ちそうもなかった。
「ああ、もっと聞き込みをしていれば」
「不良生徒に声を掛けられても、怯えて口も利けないんじゃないか?」
「うるさい」
鶏鳴学園は進学校だ。その厳しい校則の中で、あたしは浮いている。ブレザーの制服も着崩して、事件を追うためなら勝手に授業をサボっている。
成績だけは良かったが、教師からすれば目の上のたんこぶのようで、やたらと注意を受けることが多く、結果として、教師からも他の生徒からも、不良扱いだ。
我ながらもっと上手く生きられないものかと考えてみるが、面倒になって結局は変われないでいる。
そもそも幼いころから、あの偏屈な男に育てられ、そうやって生きていたのだ。今さら変われるとも思えなかった。
「しかしまあ、うわさの出どころも分からないんじゃ、打つ手なしか」
「……ひとつ、情報があるとすれば、消えた生徒が言っていたそうだ。私はもう少しで死ぬ、ってな。正直、情報としてはそれくらいしかないし、あんたの言う通り、うわさの域を出ない」
「だから殺人を疑ってるわけね。で、警察はどうなんだよ。なにかしら発表はあるだろ」
竜胆がよいしょ、と立ち上がり、ミルクココアを淹れ、あたしのデスクの上に乗せる。
ありがとう、とひと言つけて、ほんのりとした、ほんのり甘い香りを感じながら、口をつける。
「毎回思ってるけど、不良娘のくせに甘党とはな」
「うるさいな。苦いのは苦手なんだよ。それに、あんただって甘党だろ」
昔、五十川に淹れられたコーヒーがあまりに苦くて、それ以来、コーヒーが飲めなくなったのだ。
「おれは雑食なんでね。甘いのも、辛いのも、もちろん苦いものだって、好き嫌いはないんだよ」
「本当に口が減らないな……。ともかく、今は今回の件を考えるべきだ」
「まあなあ……事件化されていないのか、隠蔽しているのか、今は分からない。死体がなければ、警察も動けないだろうし」
それを聞いて、あたしは背もたれに体重を預けて伸びをした。竜胆は続けて訊く。
「模倣犯を阻止するために情報操作をしている可能性は?」
「あり得なくはないけど……」
「それに本当に、ただの家出人かもしれないだろ。だったらあんたの仕事でもある。家出人の捜索も探偵稼業のうちってね」
「ひとりならそれでも良いけど、今回で四人目なんだよ。偶然で済ませて良いのは二人までだ」
「探偵の美学ってやつかねえ……。で? その四人に共通点は?」
「最初は梶川愛理、二年六組。次が宵川早紀は一年七組。二人とも部活無し」
それに、とあたしは続ける。
「三人目が久宮雅は一年五組で、剣道部。で、一昨日消えたのが、千藤京子、一年八組。陸上部でインハイにも出ている」
「最初の生徒以外、学年は同じか。それだけだと家出をする理由も見当たらない。なにかないのか? イジメとか、自殺願望があったとか。その千藤って女子はインハイまで出てるんだ、プレッシャーに負けたとかあるだろ」
「――ひとつあるとすれば、全員、ウィスパーでつぶやいてる」
「あんなの、今時やってないのはあんたとおれくらいじゃないのか」
あたしはSNSをやらない。竜胆もパソコンにはそこそこ通じているものの、流行りのものは追いかけないたちである。
「最初の梶川以外の三人はその中で誹謗中傷をしていた。それぞれ相手は違うけどな。特に顕著なのは千藤だ。イップスになっていたらしい。陸上選手のルックスやら動画やらに悪態をついていた」
「そりゃ、ひどい話だ。でもSNSはアカウント名を変えられるだろ。どうやって特定したんだ?」
「ウィスパーに限らず、他のSNSでも、教室や学校外で、自分たちの写真や動画を撮ってあげているやつもいるんだ。特定以前の問題だよ」
――いくら加工しても写真を見れば、相手が誰だか分かるもんだよ。
「そもそもの話ってやつか。で、消えたやつはどうなんだよ」
「彼女たちも、メディア欄を遡れば、一度はそう言った写真を載せてる。卒業式、入学式とか、旅行先で、とか、ハロウィンなんかのイベントごとにな」
――千藤に至っては過去に、親が撮ったのか、試合の動画をアップロードしている。
あたしの言葉に、竜胆は深くため息をついた。
「なるほどな。隠す気がさらさらないやつもいるってことか」
「特に鶏鳴は制服が目立つし、他校からの人気も高いからな。たとえ一過性でも、簡単に注目を得られる。自己顕示欲を満たすには、ちょうど良いんだろう」
「進学校のわりに考えが甘いんだな」
「ネットリテラシーが低いのはほんの一部だよ。大きな学校だから、そういうやつも出てくるってことだ。それにまあ、今は承認欲求の時代だからな。それ自体、悪いとは言わないけれど、考えが浅いのは否めない」
良くも悪くも、今やスマートフォンがあれば芸能人の真似事が出来る。そんな時代だ。
自分たちの内輪ノリを、タップするだけで世界に発信できる。
ただ、上手く運用をしなければ、炎上して、すぐさま特定されて、情報を丸裸にされるのだ。
だが、そんなリスクを深く考えない輩もいる。それは鶏鳴学園に限った話ではないのだ。
――まあ、楽しみ方はそれぞれだから、あたしがどうこう言うつもりはないけれど。
「つまりあんたは、ネット上で鶏鳴学園の生徒を監視しているわけか。でも、カギをかけているアカウントもあるだろうに」
「それに関しては、自作のソフトを使ってるんだよ。カギをつけようが、それを突破して、情報を抜き取る。ダイレクトメールだって、簡単に見ることが出来る」
「ははあ、探偵が罪を犯すとはね。ま、そのおかげで前回の事件は収まったわけだけど」
「人聞きの悪いことを言うなよ。あくまでグレーゾーンだ」
「そんなわけないだろうに。立派なサイバー犯罪者だよ、あんたは」
竜胆の軽口に対して、あたしが睨むと、やつは肩をすくめて微笑んだ。腹立たしい笑みだと、舌打ちをしていると、チャイムの音がして、「お、客か?」とやつが玄関へ向かう。
「誰だ?」
あたしが横目に視線を向けると、
「水玖先生だよ」
と、肩をすくめて笑ってみせた。
その後ろでは小柄な少女が立っているのが見える。
「先生はやめてってば。二冊しか出してないし、それで食べてるわけじゃないんだから」
「でも、いずれはプロを目指すんだろ?」
「そんなわけないでしょう。そんなに甘い世界じゃないことくらい、わたしだって分かってるわよ」
竜胆のおどけた声に対して、呆れたように答える。水玖翡翠、あたしのクラスメイト――友人だった。
黒髪で、童顔、髪は後ろで小さなツインテールにして、身長も低く、年齢にそぐわない容姿をしている。
同時に、小説家でもある。趣味で書いていたものを、ネット上に載せていて、試しに賞レースに応募したら大賞を取ったらしい。
だが、本人はそれに対して、なにか言われることを嫌がっている節があるものの、それを知っていて竜胆はからかうのだから質が悪い。
「それより瑠香、また危ないことしてるんでしょ」
「別に今はそんなんじゃないよ」
「うそ。今日も学校、来なかったじゃない。もう一週間も来てないわよ。もうすぐ中間試験だし、このままだと、留年しちゃうわ。わたしが、瑠香の先輩になっちゃう」
「これから取り戻すさ。これでも頭は良いほうなんだ」
水玖の深いため息を聞きながら、あたしは腕時計を確認する。午後六時。部活動以外ではすでに学校は終わっている時間帯だった。
「ねえ、探偵なんてやめて、ちゃんと学校に来なよ。平和に生きることを覚えてさ」
水玖はとにかく心配性だ。それも病的なほどに。理由は――彼女が中学一年のころに、通り魔に刺されたことがきっかけだった。
なんとか一命は取り留め、犯人も無事に死んだものの、それ以来、彼女は他人のことが放っておけなくなったらしい。
「あんたはもう少し、気楽に生きることを覚えろよ。そこのバカみたいに」
「バカとはなんだよ。これでも悩んだりしてるんだぜ。三割引きの弁当にするか、半額になるまで待つか、とか。なんせ、この事務所は薄給だからな」
「な? バカバカしいだろ」
「茶化さないでよ。二人とも、今流れてるうわさを調べてるんでしょう? あの死の宣告アプリのこと」
水玖の言葉に、一瞬、静寂が降りてきた。死の宣告アプリ――。
「おい、それは初耳だ。誰から聞いた?」
「え……? だって、みんなうわさしてるよ。消えた子たちはそのアプリが来てたって。メッセージが来たら……死んじゃうって」
語尾がだんだんと萎んでいく友人に、あたしはデスクから立ち上がって、ソファーに腰かける水玖の前に座った。
「あたしはそんな話、聞いてないぞ。どんなアプリなんだ?」
「わ、わたしもよく分かんないけど、気付いたらアプリが入ってて、メッセージが来るんだって。そこに余命が書かれてるって。それで、誰かに漏らすと、そのカウントダウンが始まるって」
「余命はどれくらいなんだ?」
「ちょっと、なによ、急に」
「いいから、答えてくれ」
「えっと……たしか、三日くらいだって」
「三日――七十二時間か。それを他言したらカウントダウンが始まるんだな。他にはなにか聞いていないのか」
「そ、それくらいしか聞いてないわよ……」
水玖は気まずそうに目を伏せる。おそらく、あたしが知っているものだと思っていたのだろう。だから自ら情報を明かしたことを後悔しているのだ。
危険を憂う、心配性な彼女の考えそうなことだ。
「三日で死ぬアプリね。まるで呪いみたいだな。でも――調べてみる価値はあると思うぜ」
「もし、それが本当なら――千藤が危ない」
「え? 千藤さんが? そういえば、家出したってうわさがあったわね」
「ああ。彼女が姿を消したのは一昨日。つまり、今日で三日目だ」
竜胆はあごをさすりながら、表情が険しくなる。
「……学校、行ったほうが良かったな」
「返す言葉もないよ。くそったれが」




