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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第一章:仮説と真実の渋滞する世界。

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3/16

第一話:探偵と助手と、新米作家。




◇1◆



「なあ、蓮実(はすみ)。ここ最近、そっちで妙な事件が起こってるって聞いたけど、どうなんだ?」


 あたしが三つのモニターに学園の生徒の名簿を映し、眺めていると、竜胆(りんどう)紫苑(しおん)が後ろのソファーから声をかけてくる。


 整った顔立ちに、ウェーブさせた黒髪と、アーモンド形の、大きな二重の双眸が特徴的な少年だった。


 白のロングTシャツに、黒いワイドパンツを履いている。やつが好んでいるファッションだが、まるでスカートのようだな、と思うときがある。


「……うわさは流れてるし、実際消えている生徒がいる。でも、死体がないんだよ」


「その口ぶりだと、やっぱり殺人か?」


「どうなんだろうな。あたしにはまだ分からない。そもそもうわさがあちこちに飛び回って、整合性が取れないんだよ」


 竜胆は梟哭(きょうこく)高校で、あたしは鶏鳴(けいめい)学園に在籍している。ともに一年で、五月生まれの竜胆が十六、十月生まれのあたしが十五だった。


 半年前の事件で、たまたま出会ってから、助手として迎え入れた。


 あの死地をなんとか脱して、竜胆のほうから頼みこまれたのだ。危険だからやめておけという忠告を無視して。


 それよりも、今、直面しているのは鶏鳴学園で起こっている失踪事件だ。家出とするものやら、殺されたなんて言うものまでいる。


 うわさは流れているし、実際に消えたものがいるのに、どうにも手がかりがつかめないのだ。


「あんたが困るなんて、よっぽど厄介なんだな」


 言いながら、竜胆はコーヒーカップを傾ける。にやりと笑うその表情に、あたしはため息をついた。


「それで、おれは関わることが出来るのか?」


「いや――今回は大人しくしてろ。あんたの能力(・・)は今回、使えないかもしれない」


 竜胆は俗にいう《ダーウィンズ・バグ》という存在である。不完全な可能性と、あの真っ赤な死神はそう呼んでいた。


 その能力は『パルス』――人の記憶の消去と改竄(かいざん)。小学五年生のころにその力を得たのだと、出会った当初に聞いている。


 そしてその能力の名前を付けたのが、あたしの育ての親――五十川(いそかわ)宗太郎(そうたろう)だというのは、笑えない冗談だ。


 あたしが物心のついたころには、彼が父親代わりだった。実の父ではないと知らされたのは、小学六年生のころで、しかし別段、ショックは受けなかった。


 五十川と蓮実、名字が違うのも、亡くなった母の姓なのだというが、彼はそれ以上のことは、語りたがらなかったので、幼心に追及することを避けていた。


 また、彼は五十川学院という学習塾やフリースクールを経営し、それらをフランチャイズ化して資産家になった男である。


 同時に投資事業にも手を出し、莫大な財産を築いている。


 しかし生来からの好事家で探偵事務所を建てたのだが、そちらはあまり流行らなかったようだ。


 そして――あたしが中学一年生のころに、殺されてしまった。


 使い切るには余りある遺産は、遺言書であたしが相続することとなった。


 五十川には妻子だけではなく親族もおらず、結果、あたしだけが残された。


 五十川の友人があたしの後見人として、いるにはいるが、とにかくじっとしていられない性質で、ほとんどを海外で過ごしていて、年に一度、二度、帰ってくるかどうかだ。


 見たこともない、変な土産を携えて。


 つまり実質、ひとり暮らしのようなものだった。


 塾の存続に関しては、サブオーナーの青年が受け継ぎ、投資事業は、あたしが引き継いだ。


 そして一方、好事家だった五十川は異常なまでの愛書家で、とにかく書籍が多い。古今東西の本が、壁一面に揃っているのだ。それどころか、本棚からあふれ、平積みされるほどである。


 それでも、今回の事件――まだうわさ程度だが――の役には立ちそうもなかった。


「ああ、もっと聞き込みをしていれば」


「不良生徒に声を掛けられても、怯えて口も利けないんじゃないか?」


「うるさい」


 鶏鳴学園は進学校だ。その厳しい校則の中で、あたしは浮いている。ブレザーの制服も着崩して、事件を追うためなら勝手に授業をサボっている。


 成績だけは良かったが、教師からすれば目の上のたんこぶのようで、やたらと注意を受けることが多く、結果として、教師からも他の生徒からも、不良扱いだ。


 我ながらもっと上手く生きられないものかと考えてみるが、面倒になって結局は変われないでいる。


 そもそも幼いころから、あの偏屈な男に育てられ、そうやって生きていたのだ。今さら変われるとも思えなかった。


「しかしまあ、うわさの出どころも分からないんじゃ、打つ手なしか」


「……ひとつ、情報があるとすれば、消えた生徒が言っていたそうだ。私はもう少しで死ぬ、ってな。正直、情報としてはそれくらいしかないし、あんたの言う通り、うわさの域を出ない」


「だから殺人を疑ってるわけね。で、警察はどうなんだよ。なにかしら発表はあるだろ」


 竜胆がよいしょ、と立ち上がり、ミルクココアを淹れ、あたしのデスクの上に乗せる。


 ありがとう、とひと言つけて、ほんのりとした、ほんのり甘い香りを感じながら、口をつける。


「毎回思ってるけど、不良娘のくせに甘党とはな」


「うるさいな。苦いのは苦手なんだよ。それに、あんただって甘党だろ」


 昔、五十川に淹れられたコーヒーがあまりに苦くて、それ以来、コーヒーが飲めなくなったのだ。


「おれは雑食なんでね。甘いのも、辛いのも、もちろん苦いものだって、好き嫌いはないんだよ」


「本当に口が減らないな……。ともかく、今は今回の件を考えるべきだ」


「まあなあ……事件化されていないのか、隠蔽しているのか、今は分からない。死体がなければ、警察も動けないだろうし」


 それを聞いて、あたしは背もたれに体重を預けて伸びをした。竜胆は続けて訊く。


「模倣犯を阻止するために情報操作をしている可能性は?」


「あり得なくはないけど……」


「それに本当に、ただの家出人かもしれないだろ。だったらあんたの仕事でもある。家出人の捜索も探偵稼業のうちってね」


「ひとりならそれでも良いけど、今回で四人目なんだよ。偶然で済ませて良いのは二人までだ」


「探偵の美学ってやつかねえ……。で? その四人に共通点は?」


「最初は梶川(かじがわ)愛理(あいり)、二年六組。次が宵川(よいかわ)早紀(さき)は一年七組。二人とも部活無し」


 それに、とあたしは続ける。


「三人目が久宮(ひさみや)(みやび)は一年五組で、剣道部。で、一昨日消えたのが、千藤(せんどう)京子(きょうこ)、一年八組。陸上部でインハイにも出ている」


「最初の生徒以外、学年は同じか。それだけだと家出をする理由も見当たらない。なにかないのか? イジメとか、自殺願望があったとか。その千藤って女子はインハイまで出てるんだ、プレッシャーに負けたとかあるだろ」


「――ひとつあるとすれば、全員、ウィスパーでつぶやいてる」


「あんなの、今時やってないのはあんたとおれくらいじゃないのか」


 あたしはSNSをやらない。竜胆もパソコンにはそこそこ通じているものの、流行りのものは追いかけないたちである。


「最初の梶川以外の三人はその中で誹謗中傷をしていた。それぞれ相手は違うけどな。特に顕著なのは千藤だ。イップスになっていたらしい。陸上選手のルックスやら動画やらに悪態をついていた」


「そりゃ、ひどい話だ。でもSNSはアカウント名を変えられるだろ。どうやって特定したんだ?」


「ウィスパーに限らず、他のSNSでも、教室や学校外で、自分たちの写真や動画を撮ってあげているやつもいるんだ。特定以前の問題だよ」


――いくら加工しても写真を見れば、相手が誰だか分かるもんだよ。


「そもそもの話ってやつか。で、消えたやつはどうなんだよ」


「彼女たちも、メディア欄を遡れば、一度はそう言った写真を載せてる。卒業式、入学式とか、旅行先で、とか、ハロウィンなんかのイベントごとにな」


――千藤に至っては過去に、親が撮ったのか、試合の動画をアップロードしている。


 あたしの言葉に、竜胆は深くため息をついた。


「なるほどな。隠す気がさらさらないやつもいるってことか」


「特に鶏鳴(うち)は制服が目立つし、他校からの人気も高いからな。たとえ一過性でも、簡単に注目を得られる。自己顕示欲を満たすには、ちょうど良いんだろう」


「進学校のわりに考えが甘いんだな」


「ネットリテラシーが低いのはほんの一部だよ。大きな学校だから、そういうやつも出てくるってことだ。それにまあ、今は承認欲求の時代だからな。それ自体、悪いとは言わないけれど、考えが浅いのは否めない」


 良くも悪くも、今やスマートフォンがあれば芸能人の真似事が出来る。そんな時代だ。


 自分たちの内輪ノリを、タップするだけで世界に発信できる。


 ただ、上手く運用をしなければ、炎上して、すぐさま特定されて、情報を丸裸にされるのだ。


 だが、そんなリスクを深く考えない輩もいる。それは鶏鳴学園に限った話ではないのだ。


――まあ、楽しみ方はそれぞれだから、あたしがどうこう言うつもりはないけれど。


「つまりあんたは、ネット上で鶏鳴学園の生徒を監視しているわけか。でも、カギをかけているアカウントもあるだろうに」


「それに関しては、自作のソフトを使ってるんだよ。カギをつけようが、それを突破して、情報を抜き取る。ダイレクトメールだって、簡単に見ることが出来る」


「ははあ、探偵が罪を犯すとはね。ま、そのおかげで前回の事件は収まったわけだけど」


「人聞きの悪いことを言うなよ。あくまでグレーゾーンだ」


「そんなわけないだろうに。立派なサイバー犯罪者だよ、あんたは」


 竜胆の軽口に対して、あたしが睨むと、やつは肩をすくめて微笑んだ。腹立たしい笑みだと、舌打ちをしていると、チャイムの音がして、「お、客か?」とやつが玄関へ向かう。


「誰だ?」


 あたしが横目に視線を向けると、


「水玖先生だよ」


 と、肩をすくめて笑ってみせた。


 その後ろでは小柄な少女が立っているのが見える。


「先生はやめてってば。二冊しか出してないし、それで食べてるわけじゃないんだから」


「でも、いずれはプロを目指すんだろ?」


「そんなわけないでしょう。そんなに甘い世界じゃないことくらい、わたしだって分かってるわよ」


 竜胆のおどけた声に対して、呆れたように答える。水玖(みずく)翡翠(ひすい)、あたしのクラスメイト――友人だった。


 黒髪で、童顔、髪は後ろで小さなツインテールにして、身長も低く、年齢にそぐわない容姿をしている。


 同時に、小説家でもある。趣味で書いていたものを、ネット上に載せていて、試しに賞レースに応募したら大賞を取ったらしい。


 だが、本人はそれに対して、なにか言われることを嫌がっている節があるものの、それを知っていて竜胆はからかうのだから質が悪い。


「それより瑠香(るか)、また危ないことしてるんでしょ」


「別に今はそんなんじゃないよ」


「うそ。今日も学校、来なかったじゃない。もう一週間も来てないわよ。もうすぐ中間試験だし、このままだと、留年しちゃうわ。わたしが、瑠香の先輩になっちゃう」


「これから取り戻すさ。これでも頭は良いほうなんだ」


 水玖の深いため息を聞きながら、あたしは腕時計を確認する。午後六時。部活動以外ではすでに学校は終わっている時間帯だった。


「ねえ、探偵なんてやめて、ちゃんと学校に来なよ。平和に生きることを覚えてさ」


 水玖はとにかく心配性だ。それも病的なほどに。理由は――彼女が中学一年のころに、通り魔に刺されたことがきっかけだった。


 なんとか一命は取り留め、犯人も無事に死んだ(・・・)ものの、それ以来、彼女は他人のことが放っておけなくなったらしい。


「あんたはもう少し、気楽に生きることを覚えろよ。そこのバカみたいに」


「バカとはなんだよ。これでも悩んだりしてるんだぜ。三割引きの弁当にするか、半額になるまで待つか、とか。なんせ、この事務所は薄給だからな」


「な? バカバカしいだろ」


「茶化さないでよ。二人とも、今流れてるうわさを調べてるんでしょう? あの死の宣告アプリのこと」


 水玖の言葉に、一瞬、静寂が降りてきた。死の宣告アプリ――。


「おい、それは初耳だ。誰から聞いた?」


「え……? だって、みんなうわさしてるよ。消えた子たちはそのアプリが来てたって。メッセージが来たら……死んじゃうって」


 語尾がだんだんと萎んでいく友人に、あたしはデスクから立ち上がって、ソファーに腰かける水玖の前に座った。


「あたしはそんな話、聞いてないぞ。どんなアプリなんだ?」


「わ、わたしもよく分かんないけど、気付いたらアプリが入ってて、メッセージが来るんだって。そこに余命が書かれてるって。それで、誰かに漏らすと、そのカウントダウンが始まるって」


「余命はどれくらいなんだ?」


「ちょっと、なによ、急に」


「いいから、答えてくれ」


「えっと……たしか、三日くらいだって」


「三日――七十二時間か。それを他言したらカウントダウンが始まるんだな。他にはなにか聞いていないのか」


「そ、それくらいしか聞いてないわよ……」


 水玖は気まずそうに目を伏せる。おそらく、あたしが知っているものだと思っていたのだろう。だから自ら情報を明かしたことを後悔しているのだ。


 危険を憂う、心配性な彼女の考えそうなことだ。


「三日で死ぬアプリね。まるで呪いみたいだな。でも――調べてみる価値はあると思うぜ」


「もし、それが本当なら――千藤が危ない」


「え? 千藤さんが? そういえば、家出したってうわさがあったわね」


「ああ。彼女が姿を消したのは一昨日。つまり、今日で三日目だ」


 竜胆はあごをさすりながら、表情が険しくなる。


「……学校、行ったほうが良かったな」


「返す言葉もないよ。くそったれが」



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