第十二話:想定外が、暴れはじめる。
◇12◆
「綾瀬、友里……?」
「なんだ、どうしたんだよ」
あたしがパソコンでウィスパーを開いていると、やたら噛みついているアカウントを見つけた。
その名前を見た瞬間、あの薄幸そうな少女を思い出す。アカウントの作成日は昨日。誰彼かまわず荒らして回り、鶏鳴学園の生徒だけじゃないユーザーからも、批判を受けていた。
「あー、こりゃすげえ炎上だな」
「なぜ……彼女が」
「知り合いか?」
「調査をしているときに、な。でも、こんなことをするようなイメージじゃない」
あたしがココアの入ったカップを傾けると、竜胆が「人間ってのは裏表があるもんじゃないか」と怪訝そうに眉をひそめる。
「アカウントの作成日は昨日なんだよ。急に暴れはじめた。裏表なんて話じゃ、納得がいかない」
「……おれは直接会ったことねえから分かんねえけど、あんたがそう言うんなら――なにかしら、目的があると見たほうが良さそうだな」
だが、分からない。彼女は、今回の件に関係するような人間じゃないはずだ。それも突然、人が変わったように、罵詈雑言を吐き出している。
だとすれば――もしかして。
「ファントム・ボマーを誘っているのか?」
「……まさか」
あたしの言葉に、竜胆は一歩身を引いた。
「そんなことをして、そいつになんの得があるって言うんだ? あんたみたいな探偵じゃあるまいし」
「……少し、整理をしよう。今まで――梶川以外は、誹謗中傷をしていた。そして、うわさによれば、余命宣告付きのアプリが送られて、おそらく、殺された」
「なら、ファントム・ボマーのターゲットに選ばれる理由になる。でも、妙だ。わざわざ、そんな真似をする意味が分からない」
「罠を張った、とも考えられるが――そうする理由が見つからない。いいや、もしかしてこれは」
以前、会ったときに、梶川のことを、幼馴染と言っていた。
「復讐、か? だからわざとファントム・ボマーの目に留まるようなことを」
「復讐ねえ……」
竜胆はあごをさすりながら、首をかしげた。あたしも髪を掻きむしった。
「でも……そもそもの話、ファントム・ボマーと、どうコンタクトを取るんだ? 誰にでも開示される、返信欄に書き込まれるわけでもあるまいし。見るものが見れば分かるような、それらしいアカウントでもあるのか?」
「それは、そのアプリじゃねえのか」
「アプリにだって限界はある。どれだけIT技術が発展しても、無差別に、強制的にダウンロードをさせることなんて、闇市場以外では無理だ」
「ファントム・ボマーが闇市場にいる可能性は?」
「だとすれば、鶏鳴学園に限る理由がない。つまり――」
――闇市場に詳しい誰かが、そのノウハウを使って、ダウンロードさせるシステムを組んでいるかもしれない。
「なら、とんでもない天才がいたもんだな」
「でも、今のスマートフォンはウィルスに強い。そのままの状態で強いし、専用のアプリがあれば、それをさらに補強できる時代だ」
なんとなく、なんとなくだが、嫌な予感がしてきた。こんなに複雑なシステムを組んでいるからこそ、見落としてしまっているような――。
「……ダイレクトメール」
ぼそりと、竜胆が言った。
「……え?」
「だから、ダイレクトメールだよ。手っ取り早く、SNSでコンタクトを取るなら、普通はそうするよな」
「それだ!」
あたしは思わず、大声を出した。同時に、そんなことにも気付けなかった自分が情けなくなり、髪をわしわしと掻きまわす。
「そういえば、あんたが作ったソフト、ダイレクトメールまで見えるんだったな」
その通りだった。あたしは今回の事件の全貌が掴めないでいた。家出か殺しか、それすら分からなかったのだ。
その上で妙なアプリの存在がさらに、事態をややこしくしていた。
「竜胆、そこにあるノートパソコンを持ってきてくれ」
「ん? ああ。どうすんだ、これ、相当古い型だろ」
「昔、飛ばし携帯ってのがあっただろ。こいつは、そのパソコン版だ」
そう言うと、竜胆は呆れたような表情でため息をついた。
「本当に、探偵とは思えねえな。犯人側だろ、あんた」
「うるさいな。対抗するには、こちらも手を汚す覚悟がいるんだよ。覚えとけ」
言いながら、今まで放置していた古いルーターを起動し、ネットに接続して、ソフトを入れる。
ウィスパーの画面が表示され、綾瀬のページへと飛ぶと、幾重ものセキュリティを突破し、ダイレクトメールを開いた。
「……こいつが、正体か」
そこにあったものは、IRというアカウント名から送られた学校の裏サイト、『メビウス』とやらのURLだった。
「……今どき裏サイトとはね。複雑なシステムに、古臭い手法を混ぜ込んだってわけか」
そこをクリックすると、黒い背景に真っ赤な文字で、アカウント作成を促すページが出てくる。
「どうするつもりだ? あんたの名前を使えば、怪しまれるぜ」
「そもそも誘われていないのに、ここに入った時点で怪しまれているよ。ここまで来れば――正面突破だ」
言いながら、急遽こしらえたメールアドレスと、あたしの名前とクラスを入力した。
『……どうやって入った?』
IRというアカウントが、すぐさま声をかけてくる。
『綾瀬に見せてもらったんだ。ここなら、好き放題に書いて良いんだろう?』
『規約違反だ。出て行ってくれ』
『あたしはお断りってことか?』
『ここは招待されたものしか入れない。特別な場所なんだ。君のような不良生徒が遊び半分で来るところじゃない』
『分かったよ。で? この場所は口外禁止か?』
『当然だろ。誰かに言ったら――君には死んでもらう』
『そりゃ怖いな。ま、安心しなよ。あたしの話なんて、誰も信じやしないよ』
そう言って、退出をクリックした。
「おい、いいのか? なにも聞き出せてないぞ」
「充分だよ。打っている間に、綾瀬の書き込みを見つけた。“わたしを、殺して”だってさ」
「あとは、三日後か。でも、場所までは分からない。どこで殺されるか――」
そのとき、ピコン、と軽い音がして、スマートフォンにアプリがダウンロードされていることに気付く。
「……」
あたしは竜胆に向かって人差し指を唇に当てて、スマートフォンの電源を落とした。
「……あれがアプリか」
「ああ、多分、アプリ起動中は集音機能をつけてある。じゃないと、誰かに見せたかどうかの確認が取れない」
「……手が込んでるな。で、どうするんだ? 場所が割れないぞ」
「――ちょうどあんたがいる。ここは、引っかかってやろう」
ふふん、と鼻で笑って、もう一度、スマートフォンを起動し、アプリを開く。
「なんだ、このアプリは。ああ、あれか。あんたに裏サイトを漏らしたから――」
「どうせ、いたずらだろ。本当に殺されるわけでもないだろうしな」
わざとらしく演技をしてみると、竜胆も乗ってきた。こういうとき、この男の頭の回転の速さには舌を巻く。
すると――メールが一件、受信する。
『蓮実 瑠香の余命は七十二時間。もう少し賢いと思っていたけれど、残念だよ』
思ったより早かったな――と、そこを開くと、七十二時間の表記があった。それはすでに、カウントダウンが始まっている。
そして続けて、メールが来た。
『三日後、午前一時、旧校舎に来い』
それは――果たし状のようなものだと、あたしは思った。相手は、あたしを不良生徒であるという認識だろう。つまり、“探偵”であることは知らない。
あたしは息をついて、スマートフォンの電源を落とすと、壁にかかっている棒状のスタンガン――スタンロッドの伸縮を確認する。
「旧校舎、ね。あんたんとこの学校には、そんな場所があったのか」
「あたしだって初めて知ったよ。でも、これではっきりした。殺害現場は、そこだ。そして――」
――犯人は、ファントム・ボマーだけじゃない。
「あきらかに、ITに特化したやつがいる。ファントム・ボマー自身がそうだとも考えられるが――水玖が言っていたことも気になる」
――ファントム・ボマーが、知っている人間だったら――話くらいは訊いてやろう、そんな気持ちになるんじゃないかな。
「だとすれば、方向性が変わった理由にも納得がいく」
「おれはどう動けば良い?」
「言ったろ。今回はあんたに出番はない。あたしが片をつけるから、ココアでも淹れて待っててくれ」
あたしがそう言うと、納得がいかないような表情をしていたが、やがて「分かったよ」と肩をすくめた。
「決戦は三日後。そこですべての謎が解ける」
◇◆
「お、おい、どういうつもりだよ、井筒!」
ぼくの家に来た虎田に、今回のことを報告すると、珍しく狼狽していた。
「どうって? 一気に殺せば良いだけだろ」
「一気にって……おれ、そんなこと聞いてねえって」
そう言って、ぼくの腕を掴む。ぼくはそれを払った。
どうせ、こいつは、ぼくのことを友達とは思っていない。だが、罪は同じ――引き返せないのだ。ざまあみろ、とそう思った。
「それに、ひとりは蓮実だろ? あの不良を殺したらさすがに……」
「今さらなに言ってんだよ。もう四人も殺しておいてさ」
つまらないから、スリルを求めたから、ぼくを利用した。ぼくとの友達ごっこでさえ、この男にとっては、暇つぶしなのだ。
それでも殺人を行ったのは、ファントム・ボマーとの出会いがあったからだろう。それで、自分の手は汚さないで済むと思ったから、話に乗ってきたのだ。
もしもあの化け物がいなければ、それなりに話を合わせて、上手く立ち回るつもりだったのだろう。
今思えば、本当に殺すつもりがあったかどうかさえ怪しい。
「それに不良だったら、家出くらいするだろ」
「そりゃ、そうかもしれねえけど……あいつは目立つから」
「だからなに?」
「いや……。どうしちまったんだよ、お前」
「問題が出たから対処するまでだよ」
ぼくは、ふ、と息をついてそう答えた。「問題?」と虎田が首をかしげるのを見て、今までの――蓮実が関わってきたことの顛末を口にする。
「メビウスがバレた……か」
「ああ。どういう方法を使ったのかは分からないけれど、彼女は知ってしまった。だから、消すんだよ」
「けどよ、それなら相談くらい……。二分の一の賛成が必要だって」
「どうせファントム・ボマーは賛成するよ。やつは殺せるなら、なんだって良いんだ」
「それは――」
「いいから。単純に二人に増えただけだよ。そんな大袈裟なことじゃない。ぼくらはいつも通りに、処理をするだけで良いんだ」
「……分かったよ。でも、そもそも、蓮実が来る確証はあるのか」
「どういうつもりかは知らないけど、彼女はぼくたちを追っている。だから誘えば、かならず、来るよ」
「お前ってやつは……」
虎田は肩を落として、ため息をついた。しかし、「でも」と、顔を上げる。
「今回だけは特別だからな。これからは――ちゃんと相談してくれ」
「ああ、うん。分かった」
ぼくは笑ってみせた。虎田を玄関まで送り、そのドアが閉じられてから二階へと戻る。
「そう……今回だけだ。友達ごっこは、もう終わりだからね」




