【閑章4】第7話 縮む王国
南方からの伝令が到着したのは、即応予備隊の訓練が始まって間もなくのことだった。
その日、私たちは歩兵と魔法騎士の連携を確認するため、敵の突破に対する迎撃訓練を行っていた。歩兵が防御陣形を維持している間に魔法騎士が側面へ移動し、敵の進路を制限する。前回の訓練で問題になった指揮の重複についても、あらかじめ担当者を決め、各隊が同じ命令を受け取れるよう改善を進めているところだった。
訓練場では、歩兵たちが盾を構えて陣形を維持し、その後方で魔法騎士が移動の合図を待っていた。異なる部隊を組み合わせた訓練は、当初こそ指示の伝達に時間がかかっていたものの、回数を重ねるにつれて動きが揃うようになってきている。
それでも、実際の戦場では敵がこちらの予定どおりに動いてくれるわけではない。訓練で覚えた手順を、状況に応じて使い分けられるようにすることが、今の私たちに必要な課題だった。
伝令の兵士は訓練場へ駆け込むと、私の前で敬礼した。
「ユリアナ団長! 南方警戒部隊より緊急報告です!」
「何があったの?」
「グラーフェン集積所の周辺で、敵部隊の接近が確認されました。騎兵と軽装歩兵を中心とした部隊で、現在も移動を続けているとのことです!」
私は兵士から報告書を受け取り、内容を確かめた。
グラーフェン集積所は、メルキア南方の街道沿いに設けられた補給拠点だった。主防衛線より前方で活動する斥候や巡回部隊に、食料や矢、馬の飼葉などを供給するための施設であり、周辺の村から集めた物資を一時的に保管する役割も担っている。
エルンフェルト砦から撤収した後も、王軍はこの集積所を利用して前方の警戒活動を続けていた。しかし、砦の撤収によって周辺を監視するための拠点が減り、敵の動きを把握することは以前より難しくなっている。
実際、敵の偵察部隊が活動範囲を広げていることは、以前から報告されていた。
「敵の人数は?」
「正確には不明ですが、数百名規模と推定されています。現地の守備隊だけでは、複数方向から攻撃された場合の対応が難しいとのことです」
「分かったわ。司令部からの指示は?」
「即応予備隊の一部を現地へ派遣し、集積所の防衛と物資の後送を支援するよう命じられています」
私は頷き、副官を呼んだ。
「訓練を中断するわ。出動可能な隊員を集めてちょうだい。歩兵部隊との連絡もお願い」
「承知しました!」
副官が走り去ると、私は再び報告書へ目を落とした。
敵の兵力は、主防衛線を正面から攻撃するには少なすぎる。一方で、補給拠点を襲撃するには十分な規模だった。
エルンフェルト砦の撤収によって、王軍の前方警戒は以前より難しくなっている。敵もその変化を把握し、守備の薄い場所を探しているのだろう。正面から堅固な防衛線を攻撃するより、補給拠点を襲撃して王軍の活動を妨げた方が、少ない兵力で成果を得られる可能性がある。
私は報告書を畳み、装備を整えるために詰所へ向かった。
*
グラーフェン集積所へ到着した時、現地の守備隊はすでに防御態勢を整えていた。
街道沿いには木柵が設けられ、その内側に物資を保管する倉庫と荷車の待機場所がある。周囲には低い丘と林が広がり、街道から離れれば小部隊が身を隠しながら接近できる地形だった。
集積所は、もともと敵の攻撃を長期間防ぐために造られた施設ではない。荷車が安全に停車し、巡回部隊が補給を受けるための場所であり、木柵も野盗や少数の襲撃者を防ぐ程度のものだった。
私は現地指揮官の案内を受け、集積所の内部を確認した。
「物資の移送はどこまで進んでいるの?」
「食料と矢の一部は、すでに後方へ送りました。ただ、飼葉と予備の装備がまだ残っております。荷車を追加で手配していますが、すべて運び出すには時間が必要です」
「敵の位置は?」
「南西の林付近で騎兵が確認されています。別の斥候からは、南側の街道を進む軽装歩兵の報告もありました」
指揮官は地図を広げ、確認された敵の位置を示した。
集積所の正面には街道が通っているが、西側には林が迫っている。林を抜ければ木柵の近くまで接近できるものの、その途中には開けた場所があり、大人数で突入すれば守備隊から発見されやすい。
一方、東側は緩やかな丘になっており、騎兵が迂回するには少し距離がある。集積所の周囲には平坦な場所もあるが、荷車や木柵が障害になるため、騎兵が十分な速度を保ったまま突入できる経路は限られていた。
敵が正面から押し寄せるだけなら、守備隊でもある程度は対応できるだろう。しかし、複数方向から同時に攻撃されれば、木柵の薄い場所を突破される危険があった。
「集積所を維持できれば、前方の巡回を続けられます」
現地指揮官は地図を見ながら言った。
「ここを失えば、斥候たちは主防衛線から直接出動しなければなりません。馬の負担も大きくなりますし、警戒できる範囲が狭まるでしょう」
「そうね。だからこそ、簡単には渡せないわ」
私は頷いたが、同時に集積所の防御力にも不安を感じていた。
仮に今回の敵を撃退できたとしても、次に同じ規模の部隊が現れた時、また即応予備隊を派遣しなければならないのだろうか。
主防衛線を守るために用意した予備戦力を、前方の集積所へ繰り返し投入することになれば、本来の役割を果たせなくなるおそれがある。しかも、ここを守るために常駐する兵士を増やせば、その分だけ主防衛線の守備が薄くなる。
ただし、集積所を今後も維持するかどうかは、私が独断で決めることではなかった。司令部は南方全体の防衛状況を踏まえて判断する必要があり、現場にいる私が把握できる情報だけで結論を出すべきではない。
まずは目の前の敵に対処し、物資と兵士を守ることが優先される。
「歩兵は街道側の防御を固めて。魔法騎士は西側の林を警戒するわ。敵騎兵が迂回してきた場合に備えて、東側にも連絡役を置いてちょうだい」
「承知しました」
「それから、負傷者の搬送先を決めておきましょう。集積所の北側に救護地点を設けて、そこから後方へ送るようにして」
私は地図の上で搬送経路を示した。
「搬送を担当する者には、この道を使うよう伝えて。敵が西側から侵入した場合は、東側の退避路へ切り替えるの」
現地指揮官は頷き、部下へ指示を出した。
私は魔法騎士たちを集め、歩兵との連携方法を確認した。敵の接近方向によってどの隊が移動するのか、指示を出す者は誰なのかを改めて伝え、各隊の指揮官にも同じ内容を確認させる。
訓練場で繰り返してきたことを、今度は実際の戦場で行わなければならない。
*
敵の騎兵が姿を現したのは、それから間もなくのことだった。
南西の丘の向こうから十数騎が現れ、集積所の周囲をうかがうように移動している。騎兵たちは王軍の射程に入らない距離を保ちながら、時折こちらへ近づいては離れていった。
「挑発しているようですね」
隣に立つ魔法騎士が言った。
「ええ。でも、あの人数だけで攻撃してくるとは思えないわ」
私は騎兵の動きを追いながら答えた。
敵は集積所の守備隊を外へ誘い出そうとしているのかもしれない。騎兵を追って歩兵が街道へ出れば、木柵の守備が薄くなる。その隙を突いて別の部隊が攻撃してくる可能性は十分にあった。
私は現地指揮官へ、守備隊を不用意に動かさないよう伝えた。
騎兵たちはしばらく集積所の周囲を移動していたが、王軍が追撃に出ないと分かると、今度は少しずつ距離を詰め始めた。こちらの弓兵が射撃の準備を整えると再び後退し、守備隊の反応を確かめるような動きを繰り返している。
やがて、南側へ出していた斥候から報告が届いた。
「敵の軽装歩兵が、林の中を北上しています! 人数はおよそ二百! 集積所の西側へ向かっている模様です!」
「やっぱりね」
私は地図を確認した。
騎兵が注意を引きつけ、その間に歩兵が林を抜けて接近する。狙いは集積所の木柵か、内部に残された物資だろう。
敵は主防衛線の突破を目指しているわけではない。補給拠点を襲撃し、王軍の前方活動を妨害することが目的なのだ。
「西側の歩兵を増やして。ただし、正面の守備は崩さないで」
「はい!」
「魔法騎士はまだ動かない。敵が林から出てきたところで迎撃するわ」
私は部下たちへ指示を出した。
敵の軽装歩兵は、林の中ではこちらから攻撃しにくい。魔法で林ごと焼き払うような方法も考えられなくはないが、周囲には乾いた草木が多く、火が広がれば集積所の物資まで危険にさらされる。
それに、林の奥へ魔法騎士を突入させれば、敵の配置を十分に把握できないまま戦うことになる。視界の悪い場所では味方同士の位置も把握しにくく、魔法の使用にも制約が生じる。
敵が開けた場所へ出てくるまで待ち、歩兵と協力して迎え撃つ方が確実だった。
私は剣を抜き、部隊の前へ進んだ。
*
林の中から敵兵が姿を現した。
軽装の兵士たちは盾を構えながら走り、集積所の西側へ向かってくる。先頭の兵士が木柵へ近づいたところで、王軍の弓兵が矢を放った。
敵の進撃が一瞬鈍ったものの、後続の兵士たちは足を止めず、盾を掲げて前進を続ける。矢を受けて倒れた者を避けながら、残った兵士たちが木柵へ殺到した。
「歩兵、前へ!」
現地指揮官の命令で、王軍の歩兵が木柵の内側に陣形を整えた。
敵兵が接近し、槍と盾がぶつかり合う。木柵の隙間から侵入しようとする者も現れ、守備隊はそれぞれの持ち場で迎撃を始めた。
私は魔法騎士たちへ合図を送った。
「西側の敵を押し返すわ。ただし、林の中までは追わないで!」
魔法騎士たちが歩兵の後方から前へ出る。
私は敵の先頭へ向けて魔法を放った。
地面が大きく揺れ、敵兵たちの足元が崩れる。前進していた兵士たちは体勢を崩し、後続の者たちも足を止めざるを得なくなった。
その隙に王軍の歩兵が前進し、木柵へ取りつこうとしていた敵兵を押し返す。魔法騎士たちは歩兵の間から敵の動きを確認し、突破を試みる者へ攻撃を加えた。
しかし、敵もすぐには退かなかった。
林の中から新たな兵士が現れ、別の場所へ攻撃を仕掛けてくる。守備隊が対応するために兵を動かすと、今度は南側の街道から敵騎兵が接近し始めた。
「団長! 騎兵が東へ回り込んでいます!」
伝令が駆け込んできた。
私は東側の丘へ目を向けた。
敵騎兵は街道から離れ、丘の裾を回り込むように移動している。集積所の東側へ回れば、守備隊の側面を脅かすことができるだろう。
「東側の歩兵は陣形を維持して! 魔法騎士を二名、援護に向かわせるわ!」
「承知しました!」
私は西側の部隊へ指示を残し、数名の魔法騎士とともに東側へ移動した。
丘の向こうから現れた敵騎兵は、こちらの動きに気づくと速度を上げた。騎兵がまとまって突入すれば、木柵の薄い部分を突破される危険がある。
私は地面へ手を向け、魔法を発動した。
騎兵の進路に沿って土が盛り上がり、低い障害物がいくつも形成される。馬は突然現れた障害物を避けようとして進路を変え、騎兵の隊列が乱れた。
「今よ! 歩兵、槍を構えて!」
王軍の歩兵が槍を揃え、敵の接近に備える。
騎兵たちは無理に突入せず、距離を取って立て直そうとした。しかし、その間に王軍の弓兵が射撃を始め、敵はさらに後退を余儀なくされた。
私は部下たちへ追撃を禁じた。
敵騎兵を追って丘の向こうへ出れば、今度はこちらが孤立する危険がある。集積所を守ることが目的であり、敵をどこまでも追いかける必要はなかった。
その時、西側から負傷者が出たとの報告が届いた。
「団長! 歩兵に負傷者が出ています。搬送を開始しました!」
「救護地点は北側の予定どおりね?」
「はい。指定された経路を使っております!」
「分かったわ。搬送が終わるまで、退避路を確保して!」
私は伝令へ指示を出した。
訓練場では、搬送先を曖昧にしたことで兵士たちが立ち止まってしまった。今回は最初から救護地点と経路を決めていたため、負傷者が出ても搬送そのものは滞っていないようだった。
もちろん、実戦では訓練どおりに進まないことも多い。敵の攻撃によって予定していた経路が使えなくなる可能性もあるし、負傷者が一度に増えれば搬送に必要な人員が不足することもある。
それでも、あらかじめ手順を確認しておいたことが、混乱を減らす助けになっていた。
私は再び西側へ戻り、戦況を確認した。
敵の軽装歩兵は、木柵への突入を何度か試みたものの、王軍の歩兵と魔法騎士に阻まれていた。東側の騎兵も突破に失敗し、敵の攻撃は次第に勢いを失っている。
やがて、林の奥から撤退を知らせる角笛が聞こえた。
敵兵たちは後退を始め、騎兵も南方へ引き返していく。王軍の弓兵は射程内に残っている敵へ攻撃を続けたが、林の中へ逃げ込んだ兵士たちを深追いすることはなかった。
私は各隊へ持ち場を維持するよう命じ、敵が完全に退いたことを確認するまで警戒を続けさせた。
*
戦闘が終わった後、集積所では負傷者の搬送と損害の確認が進められた。
木柵の一部は破損していたが、倉庫への侵入は防がれており、保管していた物資にも大きな被害はなかった。敵が火を放つ前に撃退できたことは、何よりの成果だった。
ただし、味方にも負傷者が出ている。
私は救護地点へ向かい、担当者から状況を聞いた。
「重傷者が二名、軽傷者が十数名です。現在、後方の救護施設へ搬送を進めています」
「死亡者は?」
「現時点では確認されておりません。ただ、重傷者については引き続き注意が必要です」
「分かったわ。搬送に必要な人員が足りなければ知らせて」
私は負傷者たちの様子を確認し、現地指揮官のもとへ戻った。
指揮官は破損した木柵を見ながら、安堵した表情を浮かべていた。
「何とか守り抜けましたな」
「ええ。兵士たちがよく持ちこたえてくれたわ」
「これで、当面は集積所を使い続けられるでしょう」
私はすぐには答えなかった。
今回の戦闘で、王軍は敵を撃退した。集積所への侵入を許さず、物資の大半を守ることにも成功している。
しかし、敵がこの場所へまとまった兵力を送り込めることも明らかになった。
エルンフェルト砦の撤収後、王軍の前方警戒は以前より難しくなっている。敵の動きを完全に把握することはできず、今回も斥候が接近を察知したからこそ、即応予備隊を派遣する時間を確保できた。
もし敵が別の経路を使っていたら、あるいは夜間に攻撃してきたら、同じように対応できたかどうかは分からない。
「……そうね。ただ、今回のような攻撃が続けば、守備隊だけでは対応しきれないと思うわ」
指揮官は私を見た。
「団長は、集積所の維持が難しいと?」
「少なくとも、今の兵力では厳しいでしょうね。守備を強化するなら、別の場所から兵を回す必要があるわ」
「しかし、ここを失えば前方の巡回に支障が出ます」
「ええ。だからこそ、司令部に判断してもらう必要があるの」
私は集積所の周囲を見渡した。
今回の戦闘では、即応予備隊が敵の側面攻撃を阻止した。訓練の成果も確認できたし、混成部隊として一定の連携が取れることも分かった。
しかし、予備隊は何度でも無傷で出動できるわけではない。
負傷した兵士は治療と休養が必要になるし、戦闘で消費した矢や装備も補充しなければならない。魔法騎士たちも、戦闘を続ければ疲労が蓄積する。
主防衛線を守るために用意した戦力を、前方の補給拠点へ繰り返し投入することになれば、いざ敵の大部隊が現れた時に十分な予備を残せなくなるおそれがあった。
今回のように敵を撃退できたとしても、そのたびに負傷者が増え、補充が追いつかなくなれば、部隊全体の戦闘力は少しずつ低下していく。目の前の戦闘で勝つことと、長期間にわたって防衛線を維持することは、必ずしも同じではないのだ。
「今回、私たちは勝ったわ。でも、次も同じように勝てるとは限らない。それに、勝つたびに兵を失っていたら、いずれ予備隊そのものが動けなくなってしまう」
指揮官は黙って頷いた。
私は戦闘報告をまとめ、集積所の継続使用について再検討が必要であることを付け加えた。判断するのは司令部だが、現場で確認した危険を伝えることは、私の役目だった。
*
司令部から回答が届いたのは、その日の夕方だった。
伝令の兵士が持参した命令書には、グラーフェン集積所の使用を停止し、残存物資を主防衛線の内側へ移送するよう記されていた。集積所の守備隊も、物資の搬出が完了し次第、後方へ撤収することになっている。
私は命令書を確認し、現地指揮官へ渡した。
指揮官は内容を読み終えると、しばらく黙っていた。
「……撤収ですか」
「ええ。司令部の決定よ」
「せっかく守り抜いたというのに、結局は引き払うのですか」
その声には、悔しさがにじんでいた。
私は彼の気持ちが理解できた。
兵士たちは命を懸けて集積所を守った。負傷者も出ている。敵を撃退した直後に撤収を命じられれば、何のために戦ったのかと思う者がいても不思議ではない。
しかし、今日の戦闘が無意味だったわけではなかった。
「ええ。でも、今日ここを守ったからこそ、物資も兵も連れて帰れるのよ」
指揮官は顔を上げた。
「もし敵に突破されていたら、倉庫の物資を失ったうえに、撤収することさえ難しくなっていたでしょう。私たちは、必要なものを守ることができたの」
「……確かに、そのとおりですな」
「集積所を維持するために、これ以上の兵を使うべきかどうかは別の問題よ。司令部は、主防衛線の戦力を残す方を選んだのだと思うわ」
指揮官は命令書を畳み、深く息を吐いた。
「分かりました。撤収の準備を始めます」
「お願いするわ。私たちも搬出を手伝う」
その後、集積所では慌ただしく撤収作業が始まった。
残っていた食料や矢、飼葉が荷車へ積み込まれ、倉庫の中は次第に空になっていく。使用できる装備は持ち出し、運搬が難しい設備については、敵に利用されないよう処置が施された。
木柵の補修は中止され、代わりに荷車が安全に出発できるよう、街道の確認が進められた。撤収中に敵が再び接近する可能性もあるため、警戒部隊は集積所の周囲に残し、荷車の出発に合わせて段階的に後退させることになった。
私は魔法騎士たちを交代で警戒に立たせ、歩兵と協力して撤収作業を支援した。
集積所に残された物資を運び出すには、荷車の積載量だけでなく、出発する順番にも気を配る必要がある。先に出た荷車が街道で立ち往生すれば、後続の車列まで動けなくなってしまうため、一定の間隔を空けながら順番に送り出した。
日が傾く頃、最後の荷車が集積所を出発した。
私は後方へ続く荷車の列を見送りながら、現地指揮官へ声をかけた。
「これで、残っている物資はないわね?」
「はい。確認を終えております」
「では、守備隊も撤収しましょう」
「承知しました」
指揮官は部下たちへ命令を伝え、兵士たちは隊列を整えた。
最後に周辺を警戒していた兵士たちも集積所へ戻り、部隊は主防衛線へ向けて移動を始めた。私は後衛の魔法騎士たちへ警戒を続けるよう指示し、全員が撤収したことを確認してから街道へ出た。
こうして、グラーフェン集積所はその役割を終えた。
*
撤収した部隊が主防衛線へ戻ると、補給担当の将校たちが新しい巡回計画の調整を始めた。
グラーフェン集積所が使えなくなったことで、前方の斥候や巡回部隊は、これまでより遠い場所から食料や飼葉を運ばなければならなくなる。馬を休ませる場所も減り、長時間の巡回を続けることが難しくなるだろう。
私は補給担当の将校から、新しい巡回経路について説明を受けた。
「今後は、主防衛線の内側にある補給地点を利用することになります。ただ、以前と同じ範囲を巡回するには、移動時間が増えてしまいます」
「巡回回数を減らす必要があるの?」
「現状の人員と馬を維持するのであれば、一部の経路は見直さざるを得ません」
将校は地図の上に、新しい巡回予定を示した。
以前はグラーフェン集積所で補給を受け、そのまま南方へ進むことができた。しかし、今後は主防衛線から直接出発し、同じ場所まで往復しなければならない。
その分、前方で警戒に当たれる時間が短くなる。
巡回範囲を維持しようとすれば、馬や兵士の負担が増える。負担を抑えようとすれば、警戒できる範囲が狭くなる。さらに、補給のために往復する距離が長くなれば、その間に必要となる食料や飼葉も増えるため、同じ物資を運んでも前方で使える分は少なくなってしまう。
どちらを選んでも、以前と同じようにはいかなかった。
「この経路は、今後も使えるの?」
私は地図の南側を指さした。
「使用できないわけではありません。ただ、補給地点が遠くなるため、巡回の頻度を減らす予定です」
「そう……」
私は地図を見つめた。
エルンフェルト砦を撤収した時、王軍は前方を監視するための拠点を一つ失った。そして今回、グラーフェン集積所を失ったことで、その周辺で活動するための補給手段も失った。
主防衛線そのものは、今も維持されている。敵に新たな領土を奪われたわけでもない。
それでも、王軍が安全に活動できる範囲は、確実に狭くなっていた。
私は、メルキアへ避難してきた住民たちのことを思い出した。
彼らは、いつか故郷へ帰れることを願っている。しかし、王軍が前方で活動するための拠点を失えば、その願いを実現することはますます難しくなるだろう。
だからといって、今すぐ兵を進めて集積所を取り戻すわけにはいかない。必要なのは、現在の戦力で主防衛線を維持し、敵の動きを把握し続けることだった。
前方の警戒を完全にやめるわけではないが、以前と同じ頻度で巡回することは難しい。どの経路を優先し、どの場所の監視を減らすのかを決める必要があり、その判断によっては敵の接近を察知するまでの時間も変わってくる。
「新しい巡回経路について、魔法騎士団にも共有してもらえるかしら」
「もちろんです。明日までに正式な計画をまとめます」
「お願いするわ。即応予備隊の出動経路も、変更する必要があるかもしれないから」
私は将校へ礼を述べ、魔法騎士団の詰所へ戻った。
*
詰所では、副官が戦闘報告と翌日以降の勤務予定を整理していた。
「団長、お疲れ様でした」
「ありがとう。負傷者の状況は?」
「重傷者二名は救護施設へ搬送されました。軽傷者についても治療を受けております。現在のところ、死亡者の報告はありません」
「そう。よかったわ」
私は椅子へ腰を下ろし、報告書を確認した。
即応予備隊は、今回の戦闘で一定の成果を上げた。歩兵と魔法騎士の連携も、訓練を始めた頃に比べれば随分と改善されている。
ただし、すべてが予定どおりに進んだわけではなかった。
西側の迎撃では、一部の歩兵が指示を聞き取れず、陣形を整えるまでに時間がかかった。東側へ魔法騎士を移動させた際にも、連絡が遅れた部隊があり、指揮系統については引き続き改善が必要だった。
戦闘の最中には、敵の動きに対応することが優先されるため、こうした問題を一つずつ確認する余裕はない。しかし、戦闘が終わった今なら、何が原因で指示が遅れたのかを調べ、次の訓練へ反映させることができる。
私は報告書へ問題点を書き加え、副官へ渡した。
「明日からの訓練では、部隊を移動させる時の連絡方法をもう一度確認しましょう」
「承知しました」
「それから、今日出動した隊員には休息を取らせて。負傷者の補充も必要になるでしょうから、歩兵部隊との調整をお願い」
「はい。訓練の人数は減らしますか?」
「必要な人数は確保したいけれど、無理に今日の隊員を参加させる必要はないわ。交代できる者を確認してちょうだい」
副官は頷き、勤務表を修正し始めた。
私は机の端に置かれた地図へ目を向けた。
そこには、先ほど補給担当の将校から受け取った新しい巡回計画が記されている。以前の巡回経路と比べると、南方へ伸びる線が短くなっていた。
「団長。こちらの警戒区域についても、明日から変更になります」
副官が地図を広げ、修正箇所を示した。
「グラーフェン集積所の撤収に伴い、補給地点が後方へ移るため、巡回時間も見直されております」
「こちらの経路は、明日から変更するのね」
「はい。前方の巡回は回数を減らし、主防衛線付近の警戒を強化する予定です」
「分かったわ。各隊へ伝えてちょうだい」
私は地図の変更箇所を確認し、副官へ返した。
その後、戦闘に参加した隊員の休息予定と、翌日の訓練人数をもう一度確認した。負傷者の補充については歩兵部隊との調整が必要だったため、副官に担当者への連絡を依頼する。
また、今回の戦闘で消費した矢や破損した装備についても、補給担当者へ確認するよう指示した。訓練を続けるには装備の補充が欠かせず、今後も即応予備隊を運用するのであれば、戦闘後の補給まで含めて計画しておく必要がある。
副官は私の指示を勤務表と報告書へ書き加え、翌朝の点呼で新しい巡回経路を各隊へ周知することを確認した。
私は最後にグラーフェン集積所の撤収完了報告へ署名し、司令部へ提出するよう命じた。副官が書類を受け取って部屋を出ると、私は翌日の訓練に使う地図を机へ広げ、変更された警戒区域に合わせて演習の配置を確認した。




