【閑話4】第3話 魔法騎士団長
訓練場に響く剣戟の音を聞きながら、私は向かい合う二人の騎士の動きを確認していた。
一方が木剣を振り下ろすと、相手はそれを受け流しながら後方へ下がり、空いた左手を突き出した。掌の前に淡い光が生まれ、魔力によって形作られた小さな光弾が放たれる。しかし、攻撃を仕掛けた騎士もそれを予測していたらしく、素早く身をひねって射線から外れると、再び間合いを詰めて木剣を振るった。
「そこまで!」
教官の声で二人が動きを止め、互いに一礼する。私は手元の記録に目を落とし、それぞれの動きについて簡単に書き留めた。
剣と魔法を組み合わせ、状況に応じて戦い方を変える。それが私たち魔法騎士団の基本だった。特定の魔法を専門とする魔道士団とは異なり、魔法騎士には近接戦闘から護衛、偵察、魔法による支援まで、幅広い任務への対応が求められる。
王都にいた頃は、こうした訓練をもっと多くの騎士たちと行っていた。訓練場には常に何組もの騎士が並び、教官たちがそれぞれの動きを確認していたものだが、今はその半分ほどの場所しか使われていない。
もちろん、騎士団の人数そのものが半減したわけではない。王都からの撤退で失った者や、負傷によって任務から離れている者もいるが、それ以上に、各地へ派遣されている隊員が多いのだ。
「ユリアナ団長、各隊からの報告が揃いました」
副官が数枚の書類を差し出してきた。
「ありがとう。確認するわ」
私は訓練場の端へ移動し、報告書に目を通した。
第一防衛線に派遣した隊員たちは、通常部隊の指揮官と協力しながら陣地の警戒に当たっている。別の隊は輸送路の護衛を担当し、さらに別の隊はメルキア周辺の拠点防衛に回されていた。いずれも重要な任務であり、簡単に人員を引き揚げられる場所ではない。
王家直轄の魔法兵団は、本来、通常の野戦軍とは異なる指揮系統で運用されていた。
王軍の主力は一般兵と諸侯軍を組み合わせた野戦軍であり、それとは別に、王家直属の精鋭として近衛兵団が存在する。そして魔法兵団は、魔道士団と魔法騎士団からなる即応部隊として、必要な場所へ集中的に投入されることを想定していた。
しかし、王都を失った現在、その区分を以前のまま維持する余裕はない。
ボーマン将軍が王軍総司令官に任命されて以降、各部隊の運用は総司令部で一元的に調整されるようになった。王家直轄だった魔法兵団も例外ではなく、私たち魔法騎士団は各地の防衛任務に人員を派遣している。
近衛兵団は引き続き国王陛下の警護を中心に任務を担っているが、魔法兵団については、前線の状況に応じて柔軟に人員を動かす必要があった。
私は書類をめくり、派遣先ごとの配置を確認した。
「第二防衛線の隊は、交代の予定どおり戻せそう?」
「はい。ただ、現地の指揮官から、もうしばらく残してほしいという要請が来ております」
「理由は?」
「通常部隊だけでは、魔法による奇襲への対応に不安があるとのことです」
「分かった。後で要請書を確認するわ」
私は書類を副官へ返し、訓練場へ目を向けた。
魔法騎士団を一つの部隊として運用すれば、強力な戦力になる。魔法と剣を組み合わせた連携は、通常の兵士たちには簡単に真似できないものであり、敵の陣形を崩すにも、味方の撤退を援護するにも役立つ。
だが、今は各地の防衛陣地に魔法騎士を配置することで、通常部隊の対応力を高める必要がある。少人数でも魔法を扱える者が加われば、敵の奇襲を察知する手段が増え、通常の武器だけでは対処しにくい攻撃にも対応できるようになる。
騎士団としてのまとまった力を維持することと、王軍全体の防衛力を高めること。その二つを両立させるのが、今の私の仕事だった。
午前の訓練が終わる頃、前線から戻った魔法騎士が報告に訪れた。
「団長、第一防衛線の指揮官から、次の警戒任務にも引き続き同行してほしいとの要請を受けました」
「状況はどう?」
「今のところ敵の大きな動きはありません。ただ、周辺の湿地帯では視界が悪く、魔法による索敵ができる者を残しておきたいとのことです」
「なるほど。交代要員を送れるか確認するわ。あなたたちは予定どおり休養を取って」
「ありがとうございます」
騎士が立ち去ると、副官が少し困ったような顔をした。
「団長、最近はどの部隊からも増員や派遣延長の要請が来ていますね」
「そうね。魔法騎士がいると、できることが増えるから」
「ですが、我々は王家直轄の魔法騎士団です。これでは、各部隊の不足を埋めるために使われているようなものではありませんか」
その気持ちは分からなくもない。かつては王家の命を受けて独立した任務を遂行していた騎士団が、今は通常部隊の警戒や護衛を補うために各地へ派遣されているのだから。
「そう感じるのも無理はないわ。でも、私たちが一か所に集まっていても、離れた陣地は守れないでしょう?」
「……それは、そうですが」
「必要とされている場所で力を発揮する。それも騎士団の役目よ」
副官は少し考えた後、うなずいた。
「承知しました。各隊の交代予定を調整します」
「お願い。ただし、休養が必要な隊員を無理に残すことはしないで。交代できない場合は、その理由も含めて総司令部へ報告しましょう」
私は派遣一覧を受け取り、次の予定を確認した。
各部隊からの要請にすべて応じていては、騎士団としてまとまった戦力を動かせなくなる。だからといって、現場の要請を一律に断ることもできない。どこへ何人を派遣し、どこに人員を残すのか。その判断が、以前にも増して重要になっていた。
昼前、私は城内に設けられた臨時の治療施設を訪れた。
建物の前には負傷兵を運ぶための担架が並べられ、入口では魔法騎士が搬送を手伝っていた。内部では魔道士団の治療担当者たちが負傷者の状態を確認し、必要な処置を進めている。
王都にいた頃、魔道士団と魔法騎士団は、それぞれの専門性に応じた任務を担っていた。もちろん共同で行動することもあったが、今ほど頻繁に人員を融通し合うことはなかった。
現在は治療担当の魔道士が各陣地へ派遣される一方、魔法騎士がその護衛や患者の搬送を担当するなど、現場での混成運用が当たり前になっている。魔法兵団という一つの組織に属していても、以前はそれぞれの部隊で完結していた仕事が、今では互いの協力なしには成り立たなくなっていた。
「ユリアナ団長、お疲れさまです」
治療を担当する魔道士が私に気づき、声をかけてきた。
「お疲れさま。負傷者の状況はどう?」
「先日の戦闘で運び込まれた者については、処置を終えております。ただ、重傷者は引き続き治療が必要ですし、軽傷者についても経過を見なければなりません」
「そう。必要な人員は足りている?」
「何とか対応できております。ただ、治療に使用する資材の消費が増えておりまして、補充については確認をお願いしているところです」
私は治療室の奥へ目を向けた。
寝台には負傷兵たちが横たわり、魔道士が一人ずつ状態を確認している。魔法による治療は傷の回復を助けるが、それですべての負傷がすぐに治るわけではない。魔法を使う者にも限界があり、治療に必要な資材も無尽蔵ではなかった。
「魔道士団の人員も、かなり分散していると聞いているわ」
「はい。治療担当だけでなく、防衛陣地で魔法による支援を行う者も必要ですから。専門の術式を扱える者ほど、複数の任務から要請が来ております」
「こちらと同じね」
「ええ。今は、お互いに協力するしかありません」
そのとき、近くの寝台にいた兵士が身を起こそうとした。
「もう大丈夫です。そろそろ部隊へ戻らせてもらえませんか?」
治療担当者が慌てて近づいた。
「まだ無理です。傷は塞がり始めていますが、十分に回復したわけではありません。今動けば、また悪化してしまいますよ」
「ですが、仲間たちは前線に残っているんです。自分だけ寝ているわけには……」
私は兵士の寝台へ歩み寄った。
「気持ちは分かるわ。でも、今戻っても十分に戦えないでしょう?」
兵士は私を見上げ、口を閉じた。
「きちんと治してから戻りなさい。あなたが無理をして傷を悪化させれば、また治療が必要になるし、部隊の仲間にも心配をかけることになるわ」
「……分かりました」
「その間、前線は私たちが支えるから」
兵士が横になるのを確認し、私は治療担当者へ向き直った。
「無理な復帰を求めることがないよう、各部隊にも伝えておくわ。治療に必要な資材については、補給担当者と確認しておきます」
「ありがとうございます、団長」
治療施設を出ると、私は城外の演習場へ向かった。
そこでは、一般兵と魔法騎士、魔道士を組み合わせた混成部隊の訓練が行われていた。王都にいた頃は、それぞれの部隊が独立して訓練することが多かったが、今は実際の防衛陣地と同じ編成で連携を確認する必要がある。
演習場では、盾を構えた一般兵たちが隊列を組み、その後方に魔道士が配置されていた。魔法騎士は隊列の両側に立ち、敵役の動きに応じて支援する役割を与えられている。
私は訓練を指揮していた通常部隊の隊長に声をかけた。
「状況はどう?」
「ユリアナ団長。現在、敵の魔法攻撃を受けた場合の防御と反撃を訓練しております。ただ、なかなか思うように連携できておりません」
「少し見せてもらえる?」
「もちろんです」
隊長が合図を出すと、敵役の兵士たちが前進を始めた。
正面から魔法による攻撃が放たれ、魔法騎士が防御魔法を展開する。その間に一般兵たちは前進しようとしたが、敵役の別働隊が側面へ回り込むと、対応できる者がいなくなってしまった。
教官の合図で訓練が止められる。
「今の配置では、魔法騎士に役割が集中しすぎているわね」
私は隊長とともに隊列の前へ出た。
「魔法騎士が防御を担当している間、側面の警戒は誰がすることになっているの?」
「一般兵の一部を回す予定でしたが、正面からの攻撃に対応するため、全員を前進させてしまいました」
「なるほど。では、配置を少し変えてみましょう」
私は魔道士を呼び、防御魔法の担当を任せることにした。
魔法騎士は一般兵の隊列の中に配置し、必要に応じて近接戦闘と魔法支援を切り替える。一般兵についても、魔法騎士に防御を任せきりにせず、盾と隊列を使って敵の攻撃を受け止めるよう指示した。
「魔法騎士がいれば、あらゆる攻撃を防げるわけではないわ。一般兵ができることは一般兵が担当し、そのうえで魔法騎士の力を使う方が、部隊全体としては動きやすくなるはずよ」
隊長はうなずき、兵士たちに新しい配置を指示した。
「では、もう一度お願いします」
「そうね。今度は私が敵役をやるわ」
私の言葉に、隊長が驚いた顔をした。
「団長自らですか?」
「実際に動いてみた方が、問題も分かりやすいでしょう?」
私は訓練用の木剣を受け取り、敵役の兵士たちの前へ移動した。
合図とともに、正面へ向けて小さな光弾を放つ。威力を抑えた訓練用の魔法だったが、一般兵たちはすぐに盾を構え、後方の魔道士が防御魔法を展開した。
その隙に私は側面へ回り込み、隊列の端にいた兵士へ接近する。
先ほどと同じように突破できるかと思ったが、今度は魔法騎士がすぐに動いた。一般兵が盾を構えて進路を塞ぎ、その後方から魔法騎士が木剣を突き出してくる。
私は一歩下がって攻撃を避け、別の方向へ回ろうとした。しかし、隊列が崩れず、魔道士も防御魔法を維持していたため、簡単には突破できなかった。
「そこまで!」
教官の声で訓練が終了する。
私は木剣を下ろし、隊長のもとへ戻った。
「今の方が良かったわ。一般兵と魔法騎士が互いの動きを確認できていたし、魔道士も自分の役割に集中できていた」
「ありがとうございます。正直なところ、魔法騎士がいれば何でも防いでくれると思っていました」
「それでは、私たちがいなくなったときに困るでしょう?」
隊長は苦笑した。
「確かに、そのとおりです」
「魔法騎士が加わることで、部隊の対応力は高まるわ。でも、普段から一緒に訓練しておかなければ、その力を十分に活かせない。今後も、こうした混成訓練を続けてほしいの」
「承知しました。各隊にも徹底いたします」
私は訓練に参加していた魔法騎士たちにも声をかけ、通常部隊の動きに合わせて支援することの重要性を伝えた。
魔法騎士が一人で多くの敵に対応できたとしても、広い防衛線を一人で守れるわけではない。一般兵との連携が整えば、少人数の魔法騎士でも広い範囲を支えられるようになる。
それは、現在の王軍にとって必要な戦い方だった。
午後、私は王軍総司令官であるボーマン将軍の執務室を訪れた。
「ユリアナ団長、よく来てくださいました。どうぞ、お掛けください」
将軍は穏やかな表情で私を迎え、机の上に広げられた地図を示した。
「各防衛陣地からの報告は届いております。魔法騎士団の皆さんには、随分と助けられているようですね」
「ありがとうございます。ただ、派遣先が増えたことで、騎士団として動かせる人員が少なくなっております」
「ええ。その点については、私も気にしておりました」
私は持参した部隊配置図を広げた。
「現在、魔法騎士団は各防衛陣地や輸送路の警戒に人員を派遣しております。通常部隊の対応力を高めるという意味では効果が出ていますが、このまま派遣要請に応じ続ければ、緊急時にまとまった戦力を投入できなくなる恐れがあります」
ボーマン将軍は配置図を確認しながら、ゆっくりとうなずいた。
「確かに、各陣地の守りを厚くすることばかり考えていては、予期しない事態への対応が難しくなりますね」
「はい。そこで、魔法騎士団の一部を私の直接指揮下に残し、即応予備隊として維持したいと考えております」
「具体的には、どのような運用を?」
「各地への派遣は継続します。ただし、一定の人員は常にメルキア周辺に残し、必要に応じてまとまった部隊として動けるようにします。派遣先の交代要員も、この予備隊とは分けて管理するつもりです」
将軍は少し考えた後、私に尋ねた。
「その場合、各陣地から増員の要請があったときは、どう対応しますか?」
「まず現地の状況を確認し、既存の派遣部隊で対応できるか判断します。それでも不足する場合は、総司令部と相談したうえで配置を調整します。即応予備隊を動かすのは、他に手段がない場合に限りたいと考えています」
「なるほど。予備隊を残すこと自体を目的にするのではなく、必要なときに動かせる状態を維持するということですね」
「はい」
ボーマン将軍は配置図に目を落とし、しばらく検討を続けた。
「よい考えだと思います。魔法騎士団の強みは、さまざまな状況に対応できることです。その力を各地へ分散させるだけでは、十分に活かしきれません」
将軍は地図のメルキア周辺を指した。
「即応予備隊の編成を進めてください。各陣地への派遣については、総司令部で優先順位を調整しましょう。ただし、状況によっては予備隊の投入が必要になることもあるでしょう。その際は、団長と相談して判断したいと思います」
「承知しました。ありがとうございます」
「こちらこそ、現場の状況を率直に伝えていただき、助かりました。今後も気になることがあれば、遠慮なく報告してください」
私は頭を下げ、執務室を後にした。
ボーマン将軍は、魔法騎士団を単なる便利な戦力として扱っているわけではない。王軍全体の防衛力を考えながら、各部隊の特性を活かそうとしている。私もその方針に応えるため、各地への派遣を続けながら、緊急時に動かせる戦力を確保しなければならなかった。
執務室へ戻る途中、城門の近くで見覚えのある魔法騎士たちの姿が目に入った。
各地へ派遣されていた一隊が、交代のためメルキアへ戻ってきたところだった。隊員たちは馬から荷物を下ろし、装備の点検を進めている。
「お帰りなさい。任務はどうだった?」
私が声をかけると、隊長が姿勢を正した。
「団長。無事に任務を終えました。大きな問題はありませんでしたが、警戒勤務が続いたため、隊員たちには少し疲労が溜まっております」
「そう。まずは全員、装備を預けて休養を取ってちょうだい」
私は隊員たちの様子を確認した。
目立った負傷者はいなかったものの、長期間の任務で疲労していることは明らかだった。鎧には細かな傷が増え、剣の鞘にも擦れた跡が残っている。馬の手入れも必要だろう。
そのとき、若い騎士の一人が前へ出た。
「団長、自分はまだ動けます。次の任務にも参加できますので、必要でしたらお申し付けください」
私は彼の顔を見た。
本人は平気そうに振る舞っているが、目の下には疲労の色が残っていた。
「気持ちはありがたいけれど、今は休みなさい」
「ですが、前線では人手が足りないと聞いております」
「だからこそ、きちんと休んでほしいの。疲れたまま戦場へ出れば、判断を誤ることもあるでしょう?」
若い騎士は少し迷った後、頭を下げた。
「承知しました」
「装備も整備が必要でしょう。次の任務に備えるのは、それが終わってからよ」
隊員たちが荷物を運び始めると、隊長が私の隣へやってきた。
「団長、今回の派遣先では、通常部隊の兵士たちにも随分と助けられました」
「そうなの?」
「はい。最初は我々を特別扱いして、少し距離を置いていたのですが、一緒に警戒や訓練を続けるうちに、互いに名前を覚えるようになりまして」
隊長は少し笑った。
「帰るときには、今度も来てくれるんですよね、と言われました」
「それは、良かったわね」
「はい。ただ、次に同じ隊員を派遣できるかどうかは分かりませんので、何と答えればよいか迷いました」
私はうなずいた。
派遣先の兵士たちにとって、魔法騎士は単なる援軍ではなく、同じ任務を遂行する仲間になっているのだろう。それ自体は喜ばしいことだったが、だからといって同じ隊員をいつまでも派遣し続けるわけにはいかない。
「次の交代要員には、現地で得た情報をきちんと引き継いでちょうだい。警戒する場所や、通常部隊との連携方法も含めてね」
「承知しました」
「それから、派遣先の指揮官にも、交代する隊員が変わることを伝えておいて。人員が変わっても、任務が滞らないようにしたいの」
「分かりました」
私は帰還した隊員たちの装備と勤務状況を確認し、休養が終わるまで次の派遣予定を入れないよう指示した。
即応予備隊の編成を進めるにしても、帰還したばかりの隊員をすぐに組み込むわけにはいかない。十分な休養と装備の整備を終え、再び任務に就ける状態になってから判断する必要がある。
隊員たちを見送ると、私は副官へ帰還報告を渡し、各隊の勤務記録を更新するよう依頼した。
夕方、訓練場へ戻ると、若い魔法騎士たちが剣と魔法を組み合わせた訓練を続けていた。
教官の指示に従って二人一組で動き、一方が剣で相手の動きを制限したところへ、もう一方が魔法を放つ。まだ連携にぎこちなさは残るものの、訓練を重ねるごとに動きは良くなっている。
私はその様子を見ながら、ふと、かつて王宮で見た少女の姿を思い出した。
リカルティール王女。
王族でありながら並外れた魔法の才能を持ち、私たち魔法兵団の者にとっても、その力は特別なものだった。
王宮で彼女の魔法を目にしたとき、私はその力量に驚かされたことを覚えている。魔法を扱うことに慣れた者であっても、あれほど自在に力を使いこなせる者は多くない。王女という立場でありながら、魔法を扱う際には驚くほど自然体で、周囲の者が身構えるような場面でも落ち着いていた。
彼女が王宮を離れてから、随分と時間が経った。今、どこで何をしているのだろうか。
王都が陥落し、王国がこれほど大きく変わってしまったことを、彼女は知っているのだろうか。王宮で過ごしていた頃の彼女を思い出すと、今もどこかで自分の望む暮らしを送っていてほしいと思う。
「団長、どうかなさいましたか?」
副官の声に、私は顔を上げた。
「いいえ。少し昔のことを思い出していただけよ」
私は訓練場へ視線を戻した。
「それより、あの二人の連携は良くなってきたわね。次は防御魔法を使う相手への対応も練習させて」
「承知しました」
副官が教官のもとへ向かうと、私は手元の配置図を開いた。
ボーマン将軍から即応予備隊の編成について了承を得た以上、早急に人員を整理する必要がある。各地に派遣されている隊員の中には、交代時期が近い者もいるため、まずは彼らの状態を確認し、十分な休養を取らせたうえで予備隊へ編入できるか検討しなければならない。
ただし、交代要員と即応予備隊を同じように扱うわけにはいかない。前線での勤務を終えたばかりの隊員を、そのまま緊急出動に備えさせていては、いざというときに十分な力を発揮できないからだ。
私は配置図の余白に、各隊の休養予定と再編成の時期を書き加えた。
そのとき、伝令が訓練場へ駆け込んできた。
「ユリアナ団長、前線から派遣要請が届いております!」
「見せて」
私は差し出された書類を受け取り、内容を確認した。
第一防衛線の一部隊から、魔法騎士の増員を求める連絡だった。周辺の警戒範囲が広がり、現在の人員では交代勤務に余裕がないという。
私は副官を呼び戻し、配置図を広げた。
「この陣地には、すでに魔法騎士を派遣しているわね」
「はい。ただ、警戒範囲が広がったため、増員を求めているようです」
「他の陣地から人員を回すことは?」
「可能ではありますが、そちらの警戒体制に影響が出ると思います」
私は各隊の勤務状況を確認した。
現在の配置を大きく変更すれば、別の場所で不足が生じる。かといって、即応予備隊の編成を決めたばかりの段階で、その人員を減らすわけにもいかない。
「まず、現地の指揮官に確認して。警戒範囲が広がった理由と、必要な増員数を詳しく知りたいわ」
「承知しました」
「それから、交代を終えて休養中の隊員の状況も確認してちょうだい。十分に休養できている者がいれば、一時的な派遣に対応できるかもしれない」
副官は手元の記録を確認した。
「現在の勤務予定から考えますと、数名であれば短期間の派遣は可能だと思います。ただ、交代要員として確保している者もおりますので、全員を動かすことはできません」
「ええ。交代に必要な人数は残しましょう。即応予備隊の編成予定者にも、今のところ手をつけないで」
「分かりました」
「派遣する場合は期間をあらかじめ決めておくこと。現地の通常部隊とも連携して、魔法騎士だけに警戒任務が集中しないようにして」
副官はうなずき、指示を書き留めた。
私は配置図に、今回の派遣候補となる隊員の所属と、現在の勤務状況を書き加えた。正式な人数については、現地からの回答を待って決めることにする。
派遣要請を受けるたびに人員を送り出していては、いずれ騎士団のどこにも余裕がなくなる。だからこそ、今後は各隊の配置だけでなく、交代要員と即応予備隊の人数を分けて管理する必要があった。
「それと、派遣先の指揮官には、魔法騎士の専門的な判断が必要な場合、私にも報告が届くように伝えておいて」
「承知しました。現地の指揮系統についても確認しておきます」
副官は指示を書き留め、伝令とともに訓練場を後にした。
私は残された配置図を見直した。
以前のように、騎士団の全員を一か所に集めて訓練することは難しくなっている。しかし、各地へ散らばった隊員たちも、同じ魔法騎士団の一員であることに変わりはない。それぞれが別の場所で任務に就いていても、必要なときには連携して動けるようにしておかなければならなかった。
訓練場では、若い騎士たちが最後の組み手を終え、教官の前に整列していた。
私は教官に翌日の訓練内容を確認し、派遣予定の隊員については出発前に装備の点検を済ませるよう指示した。
その後、執務室へ戻ると、即応予備隊の編成案を改めて確認した。各地へ派遣中の人員、交代要員、休養中の隊員、即応予備隊として確保する人員をそれぞれ分け、現時点での配置状況を一覧にまとめる。
編成案の写しには、各隊の交代予定と、予備隊を動かす際には総司令部との調整を必要とする旨も記載した。
私は完成した書類に署名すると、副官を呼び、翌朝の軍議までにボーマン将軍のもとへ届けるよう指示した。




