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【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

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第118話 森に生まれる村


 翌朝、タクマと一緒に共同炊事場へ向かうと、いつもより大勢の人の声が聞こえてきた。


 昨日まで補給便の襲撃事件に対応していた警備隊員たちも、今朝は普段の持ち場へ戻り始めているらしい。資材置き場では職人たちが木材や工具を運び出し、建設途中の建物からは早くも槌を打つ音が響いていた。盗賊たちが捕まったことで、ようやく開拓地も本来の仕事に集中できるようになったのだろう。


「おはよう、リカ。今日は朝から賑やかだな」


「おはよう、タクマ。昨日までとは随分違うね」


「止まってた仕事が再開するんだろうな。取り戻した工具も、早速使うみたいだし」


 タクマとそんな話をしながら朝食を受け取り、空いている席を探す。今日の献立は野菜と干し肉の入ったスープに、少し硬めのパンだった。


 開拓地へ来てからというもの、食事はほとんど共同炊事場で済ませている。森の家にいた頃のように自分たちで好きなものを作ることはできないけれど、二百人近い人数の食事を毎日用意してくれる人たちがいるのだから、贅沢は言えない。食材の管理から調理、食器の片付けまで考えれば、それだけでも相当な仕事量になるはずだ。


「……あ、おはようございます」


 席に着こうとしたところで聞き覚えのある声がして、振り返るとユリウスとミレイユが食事を持って立っていた。


「……あ」


 私は思わず足を止めた。ユリウスもミレイユも私と目が合った途端に動きを止め、昨夜のことを思い出したのか、ミレイユはみるみる頬を赤くし、ユリウスも何とも気まずそうな顔になった。


「……お、おはよう」


「……おはようございます、リカさん」


 どうにか挨拶を交わしたものの、何とも言えない沈黙が流れる。


 別に、二人が悪いことをしたわけではない。私たちだって同じような目的で森へ行ったのだから、お互い様と言えばお互い様なのだ。それに、先にあの場所へ来ていたのは二人の方だったのだから、むしろ邪魔をしたのは私たちということになる。


 ……でも、やっぱり恥ずかしい。


 そんな私たちを見ていたタクマが、何事もなかったように声をかけた。


「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れた?」


「タクマ!」


 思わず声を上げると、ユリウスが持っていた皿を落としそうになり、ミレイユは真っ赤になって俯いてしまった。


「……いや、普通に挨拶しただけだろ」


「絶対わざとでしょ!」


「……まあ、ちょっとだけ」


「もう!」


 私が睨むと、タクマは笑いながら謝った。ユリウスとミレイユも困ったように笑っていたけれど、昨夜の出来事については、それ以上誰も口にしなかった。


 結局、私たちは四人で朝食を取ることになった。最初こそ少し気まずかったものの、今日の仕事の話が始まると、自然といつもの雰囲気に戻っていった。


 ユリウスたちは午前中、資材の運搬を手伝うことになっているらしい。私たちも建設作業に加わる予定だと伝えると、午後からは一緒になるかもしれないという話になった。


 こうして普通に話していると、昨夜のことが嘘のようだった。


 ……うん。しばらくは、お互いに思い出さないようにしよう。


     *


 朝食を終えた私たちは、建設作業が進められている区画へ向かった。


 開拓地にはすでに大型天幕や共同炊事場、資材置き場、警備隊の詰所などが設けられている。簡易的な宿舎もいくつか建てられていたけれど、まだ多くの人が天幕で寝泊まりしており、ここに暮らす人たちが安心して生活するには建物が足りなかった。


 特に、家族連れの開拓民にとっては切実な問題らしい。昼間は天気がよくても、夜になれば森の空気は冷えるし、雨が降れば天幕の周囲はぬかるんでしまう。大人なら多少の不便は我慢できても、小さな子供を連れている家族には負担が大きいだろう。


「おう、リカさん! ちょうどよかった!」


 建設現場へ近づくと、職人の一人が声をかけてきた。彼の後ろには切り揃えられた木材が何本も積まれており、数人の作業員が運搬の準備をしている。


「この木材を向こうまで運びたいんだが、手を貸してもらえるか?」


「もちろん。どこに運べばいい?」


「あっちの建物の脇だ。柱に使う予定なんだが、数が多くてな」


 私は頷き、積み上げられた木材へ手を向けた。魔力を込めると太い木材がゆっくりと浮かび上がり、周囲の人たちに声をかけながら移動させて、職人が指定した場所へ降ろしていく。


 運ぶ木材は一本や二本ではない。長さも太さも違うため、職人に置き場所を確認しながら種類ごとにまとめていった。重いものを持ち上げること自体は難しくないけれど、作業の邪魔にならないように運ぶには、周囲の人たちとの連携が必要だった。


「助かるよ。これだけの木材を人手で運ぶとなると、結構な時間がかかるからな」


「これくらいなら、いくらでも手伝うよ」


「ははっ、頼もしいな!」


 職人は笑いながら礼を言うと、ほかの作業員たちへ声をかけて次の仕事に取りかかった。


 私はその様子を眺めながら、建設途中の建物へ目を向けた。地面には柱を立てる位置が示され、すでに何本かの木材が組み上げられている。職人たちは長さを測り、接合する部分を加工しながら、少しずつ建物の形を作っていた。


「……こうして見ると、結構大変なんだな」


 隣でタクマが呟いた。


「そうだね。木材を運ぶだけなら私にもできるけど、家を建てるのは難しそう」


「そりゃそうだろ。柱の位置がずれたら、屋根までおかしくなるしな」


 タクマは職人たちの作業を興味深そうに眺めていた。彼のいた世界では、建物を造るために大きな機械が使われていたらしい。以前、そんな話を聞いたことがあったけれど、ここでは職人たちが手作業で木材を加工し、一つずつ組み上げている。


「……タクマ、こういう仕事にも詳しいの?」


「いや、全然。だからこそ、見てると面白いんだよ」


「そうなんだ」


「こういう道具だけで、ちゃんと建物を造れるってすごいよな」


 タクマが感心したように言うと、近くで作業していた職人が笑った。


「お兄さん、分かってるじゃないか。木ってのは一本一本癖があるからな。真っ直ぐに見えても微妙に曲がってたりするし、乾き具合によっても変わってくる」


 職人は手元の木材を示しながら、反りや節の位置によって使う場所を変えるのだと説明してくれた。柱に向いている木材もあれば、横に渡す梁として使った方がよいものもあり、見た目が似ていても同じようには扱えないらしい。


「それに、組み上げる順番も大事なんだ。先にこっちを固定しちまうと、あとから別の材が入らなくなることもある。だから、最初に全体の形を考えておかないとな」


「……なるほど。運べばいいってものじゃないんだね」


「そういうことだ。まあ、運んでもらえるだけで十分助かってるけどな!」


 職人が笑うと、私もつられて笑ってしまった。


 魔法を使えば重い木材を持ち上げることはできるし、力仕事なら大勢の人の代わりになることもできる。けれど、その木材をどこに使えば建物が丈夫になるのか、どの順番で組み立てれば作業が進めやすいのかまでは、私には分からない。


 こうして一緒に作業してみると、職人たちの知識や経験がどれほど大切なのかがよく分かった。魔法が便利だからといって、それだけで家が建つわけではないのだ。


     *


 昼前になると、オリヴァーが建設現場へやってきた。


 彼は職人の代表者たちと進捗を確認したあと、近くにいた開拓民たちにも声をかけ、今後の建設計画について説明を始めた。私とタクマも作業の手を止め、集まった人たちの後ろから話を聞くことにした。


「現在、住居の整備を優先して進めていますが、全員が個別の家を持てるようになるまでには、まだ時間がかかります」


 オリヴァーは広げた図面を示しながら、建設予定の区画を指さした。


「まずは共同宿舎を増やし、食料保管庫と作業小屋を整備します。その後、家族向けの住居を順次建てていく予定です」


 集まった人たちは真剣な顔で話を聞いていた。中には小さな子供を連れた家族もおり、建設の順番や入居の時期について質問する人もいる。


「冬になる前に、子供たちだけでも屋根のある場所で寝かせたいんです」


 一人の女性がそう言うと、周囲からも同意する声が上がった。


 オリヴァーは頷き、女性の方へ身体を向けた。


「もちろん、そのつもりです。共同宿舎については、家族連れの方々を優先して入居できるよう調整します。ただ、完成した建物へ一度に全員が入れるわけではありませんので、順番については改めてご相談させてください」


「ありがとうございます。それだけでも、随分安心できます」


 女性はほっとしたように頭を下げた。


 私はその様子を見ながら、近くにいた子供たちへ目を向けた。まだ幼い子供が母親の服を掴みながらこちらを見ており、その少し後ろでは父親らしい男性が職人たちと一緒に木材を運んでいる。


 この人たちは、ここで暮らすために来たのだ。


 私たち冒険者は、依頼が終われば別の場所へ移ることもできる。けれど、家族を連れて移住してきた人たちにとっては、この場所が新しい生活の拠点になる。住む家ができれば終わりというわけでもなく、食べ物や水を確保し、仕事を続けながら、毎日の暮らしを成り立たせていかなければならない。


「……俺たち、結構すごいことに関わってるんだな」


 タクマが小さく呟いた。


「……え?」


「いや、冒険者として開拓を手伝いに来たつもりだったけどさ。こうして見ると、本当に村を一つ造ってるんだなって」


 私は改めて周囲を見渡した。


 木材を運ぶ人たちがいれば、建物を組み立てる職人たちもいる。共同炊事場では昼食の準備が始まっており、少し離れた場所では子供たちが大人の邪魔にならないように遊んでいた。それぞれが違うことをしているのに、その仕事や暮らしが少しずつつながっている。


「……うん。そうだね」


 私は頷いた。


 魔物を倒したり、荷物を運んだりする依頼なら、仕事を終えればそれで一区切りになる。けれど、ここでは私たちが手伝った建物に誰かが住み、整えた道を毎日人が通り、運んだ資材がこれから先も使われていく。


 私たちの仕事が終わっても、人々の生活は続いていくのだ。


 そう考えると、今までの依頼とは違う達成感があった。


     *


 午後になると、シエラが森の調査から戻ってきた。


 彼女は周辺の地形を描いた簡単な図を持っており、オリヴァーや職人たちと一緒に、今後の建設予定地を確認していた。私とタクマも近くにいたので、その話に加わることにした。


「……この辺りは、雨が降ると水が集まりやすい」


 シエラが図面の一角を指さした。


「地面は平らに見えるが、周囲より少し低い。大雨のときは、ここに水が溜まるはずだ」


「なるほど。では、こちらの区画は建物を避けた方がよさそうですね」


 オリヴァーが頷くと、職人の一人が図面へ身を乗り出した。


「確かに、ここは地面が少し柔らかかったな。柱を立てるには向いていないかもしれん」


「それと、こっちには獣道がある。今のところ大きな魔物の痕跡はないが、森の奥へ続いているから、見張りの位置は考えた方がいい」


 シエラは続けて、残しておいた方がよい木々や、伐採しても問題の少ない場所について説明した。


 私は少し驚いていた。森を切り開くのだから、邪魔な木をどんどん倒せばいいのだと思っていたけれど、どうやらそう単純な話ではないらしい。


「……木を切りすぎると、雨が降ったときに地面が崩れやすくなる場所もある。特に斜面は注意が必要だ。根が土を押さえているからな」


「……なるほど」


 タクマが感心したように頷いた。


「だったら、道の脇に水を逃がす溝を掘っておいた方がいいかもしれないな」


「溝、ですか?」


 職人の一人が尋ねる。


「ええ。雨が降ったときに道の上を水が流れ続けると、ぬかるみやすくなるでしょうし。脇へ逃がせれば、少しは違うんじゃないかと」


 職人は図面を覗き込み、しばらく考えてから頷いた。


「確かに、ここなら水を流せそうだな。もっとも、出口をどこにするかは考えないといけないが」


「そうですね。建物の方へ流れたら意味がないですし」


「それなら、こっちの低い場所まで溝を延ばすか。ただ、雨が多いときにどれくらい流れるかは、実際に見てみないと分からんな」


 タクマと職人たちは、図面を囲んで相談を始めた。道の傾きや周囲の地形を確かめながら、どこに水を逃がせばよいのか考えているらしい。


 私はその様子を眺めながら、少し笑った。


 タクマは、こういう話になると妙に楽しそうだ。以前から思っていたけれど、彼は自分の知っていることを誰かの役に立てるのが好きなのかもしれない。


 もちろん、タクマが何でも知っているわけではない。職人たちの方が詳しいこともたくさんあるし、実際に作業を進めるには現場の経験が必要になる。それでも、互いの知識を持ち寄って話し合えば、一人では思いつかなかった方法が見つかることもあるのだろう。


 私も何か手伝えないかと図面を覗き込んでみたけれど、残念ながら水の流れを考えるのはあまり得意ではなかった。


「……リカは、また木材を運ぶ方を頼むよ」


 そんな私を見て、タクマが笑いながら言った。


「……もう。分かってるよ」


 私は少し頬を膨らませたけれど、結局その日の午後も、職人たちに頼まれて木材を運ぶことになった。


     *


 それから数日が経った。


 開拓地では朝から夕方まで建設作業が続き、少しずつ建物の数が増えていった。私も木材や石材の運搬を手伝い、タクマは職人たちと一緒に資材の整理や道の整備を進めていた。


 シエラは周辺の森を調べながら、伐採予定地や警備の配置について助言している。ヴィクターとコンラートも警備隊の訓練や巡回を続けながら、必要に応じて作業を手伝っていた。


 作業は決して順調なことばかりではなかった。木材が足りなくなれば伐採する場所を調整し、運び込んだ資材の数が合わなければ、どこで使われたのか確認する必要がある。雨が降った翌日には地面がぬかるみ、荷車が通りにくくなった場所を整えることもあった。


 それでも、少しずつ形になっていく建物を見ると、皆の表情も明るくなっていった。


 そして、ついに新しい共同宿舎が一棟完成した。


「……できた!」


 建物の前で、職人の一人が嬉しそうに声を上げると、周囲に集まっていた開拓民たちからも拍手が起こった。


 完成した宿舎は、決して立派な建物ではなかった。木材を組み合わせた簡素な造りで、壁も屋根も最低限のものだ。中には寝床を並べるための空間があり、家族ごとに使えるよう簡単な仕切りも設けられていた。


 それでも、天幕とは比べものにならないほど安心できそうだった。雨風を防げるだけでなく、荷物を置く場所も確保できるし、夜になれば周囲の目を気にせず休むことができる。


「これなら、雨が降っても大丈夫だね!」


 子供の一人が嬉しそうに言うと、母親が笑いながら頷いた。


「そうね。今夜からは、ここで眠れるのよ」


「やった!」


 子供たちは歓声を上げ、早速建物の中を覗き込んでいた。大人たちも荷物を運び込み始め、宿舎の周囲は急に賑やかになった。


 私とタクマも引っ越しを手伝い、天幕から寝具や生活用品を運んだ。大きな荷物は私が魔法で運び、タクマは荷物を受け取って、家族ごとに決められた場所へ置いていく。


 荷物を運び終えた家族が何度もお礼を言ってくれたけれど、私は何だか照れくさくなってしまった。


「……よかったね、タクマ」


「ああ。これで少しは暮らしやすくなるな」


 私たちは建物の前に立ち、行き交う人々を眺めた。


 最初にここへ来たときは、森の中に開けた場所があるだけだった。そこへ天幕が並び、資材置き場ができ、道が整えられ、今では建物まで建ち始めている。


 まだまだ不便なことばかりだけれど、少しずつ人が暮らす場所になってきた。


「……そのうち、ここにも店とかできるのかな」


 タクマが呟いた。


「できるんじゃない? 人が増えれば、色々必要になるもの」


「宿屋とか、酒場とか?」


「冒険者ギルドの出張所も欲しいわね」


「それは確かに。依頼を受けるたびにノヴァグラードまで戻るのは大変だしな」


 私たちは、まだ何も建っていない場所を眺めながら、そんな話をしていた。


 いつかここに店が並び、人々が行き交い、子供たちが大きくなっていく。今は想像することしかできないけれど、もしかしたら本当にそんな日が来るのかもしれない。


「……リカさん、タクマさん」


 声をかけられて振り返ると、オリヴァーがこちらへ歩いてきていた。


「少し、お時間をいただけますか?」


「もちろん。どうしたの?」


「今後の建設計画について、冒険者の立場からも意見をいただきたいのです」


 オリヴァーは手にしていた図面を広げた。そこには、これまでに整備された区画と、これから建物を建てる予定の場所が記されている。


「皆さんのお力を借りて、ようやくここまで進めることができました。ただ、今後は住居だけでなく、商業施設や公共の建物についても考えていく必要があります」


 タクマが図面を覗き込む。


「……なるほど。確かに、人が増えれば必要なものも変わってきますね」


「ええ。そこで、近いうちに開拓民の代表者たちにも集まっていただき、今後の方針を相談する予定です」


 私は頷いた。


「分かったわ。私たちでよければ、協力するよ」


「ありがとうございます」


 オリヴァーは嬉しそうに微笑んだ。


     *


 それからさらに数日後、開拓地の中央にある広場へ、オリヴァーやヴィクター、職人の代表者、開拓民の代表者たちが集まっていた。


 今後の建設計画について話し合うための集まりで、私とタクマも冒険者の代表として参加している。シエラも同席しており、周辺の森について質問があれば答えられるよう、少し離れた場所で話を聞いていた。


 話し合いでは、住居の建設を進めながら食料の保管場所や作業場を整備していく方針が確認された。また、将来的には商店や宿屋を設けるための区画も確保しておくことになった。


 ただ、何でも一度に造れるわけではない。建設に使える人手や資材には限りがあるため、優先順位を決めながら少しずつ進めていく必要があった。


 そんな中、オリヴァーが一つの提案をした。


「……ところで、皆さん。そろそろ、この場所にも名前が必要だと思うのです」


 集まった人たちが顔を見合わせた。


「名前、ですか?」


 職人の一人が尋ねる。


「ええ。今までは便宜上、グリューンヴァルト大森林開拓地と呼んでいましたが、今後は物資の輸送先を指定したり、住民を登録したりする必要があります。いつまでも仮の呼び名というわけにはいかないでしょう」


 言われてみれば、確かにそうだった。


 私たちは普段、単に開拓地と呼んでいるけれど、正式な名前はまだ決まっていない。今はそれでも困らないかもしれないが、これから人が増え、ほかの場所との行き来が盛んになれば、どこの村なのか分かる名前が必要になるだろう。


「それなら、近くの川の名前を使うのはどうだ?」


「いや、森の名前を残した方がいいんじゃないか?」


「オリヴァー様のお名前をいただくというのは?」


 次々と意見が出始めたけれど、最後の提案にはオリヴァーが慌てて首を振った。


「いえ、それはご遠慮ください。私は皆さんのお手伝いをしているだけですから」


 周囲から笑い声が上がる。


 すると、別の開拓民がこちらを見た。


「それなら、リカさんのお名前を使うのはどうでしょう?」


「……えっ!?」


 私は思わず声を上げた。


「な、何で私!?」


「だって、リカさんには随分助けていただいていますし。魔法で木材を運んでくださったおかげで、建設も随分進みましたから」


「いやいや! 私だけじゃないでしょ! タクマもシエラもいるし、職人さんたちだって頑張ってるんだから!」


 慌てて断ると、隣でタクマが笑っていた。


「……リカ村、か」


「タクマ!」


「いや、ちょっと想像しただけ」


「想像しなくていい!」


 また笑い声が上がった。


 私は頬を膨らませながら、タクマを睨んだ。そもそも、村の名前に自分の名前が使われるなんて、考えただけでも落ち着かない。もし本当にそんな名前になってしまったら、ここへ来るたびにからかわれるに決まっている。


 そんなやり取りが続く中、一人の年配の男性が口を開いた。


「……せっかくなら、ここで暮らす人間のことを考えた名前にしたいもんだな」


 男性は、家族と一緒に移住してきた開拓民の一人だった。これまでにも建設作業に参加しており、私も何度か顔を合わせたことがある。


「森を切り開いたってだけじゃない。これから家を建てて、子供を育てて、ずっと暮らしていく場所になるんだろう?」


 周囲の人たちが頷く。


「俺たちにとっては、新しい故郷になるんだからな」


 その言葉を聞いて、私は少し考えた。


 確かに、ここへ来た人たちの多くは、以前暮らしていた場所を離れてきた。戦争の影響を受けた人もいれば、新しい仕事を求めて移住してきた人もいる。それぞれ事情は違っても、これからは同じ場所で暮らしていくことになる。


 以前の暮らしを懐かしく思う人もいるだろうし、ここでの生活に不安を感じている人もいるかもしれない。それでも、家を建て、仕事を見つけ、隣人と助け合いながら暮らしていけば、いつかこの場所を自分の故郷と呼ぶようになるのだろう。


「……それなら、ノイハイムというのはどうでしょう」


 別の開拓民が提案した。


「ノイハイム?」


 私が聞き返すと、男性は頷いた。


「古い言葉で、新しい故郷という意味になるそうです。昔、祖父から聞いたことがありまして」


 その名前を聞いた人たちが、口々に感想を述べ始めた。


「ノイハイムか。悪くないな」


「覚えやすいし、呼びやすそうだ」


「新しい故郷、ねえ。今の俺たちにはぴったりじゃないか」


 どうやら、気に入った人が多いらしい。


 私も、いい名前だと思った。森の名前をそのまま使うのも悪くないけれど、ここで暮らす人たちの気持ちが込められている方が、この場所には似合う気がする。


 オリヴァーはほかに意見がないか確認したあと、集まった人たちへ向き直った。


「それでは、この開拓地の名称を『ノイハイム』とすることで、皆さんよろしいでしょうか」


 反対する人はいなかった。何人かが拍手を始めると、やがて広場に集まった人たちもそれに続いた。


「ありがとうございます。正式な村としての認可については、今後大公国へ申請する必要がありますが、まずはこの名前を開拓地の呼称として使っていきましょう」


 オリヴァーがそう告げると、再び拍手が起こった。


「……ノイハイム、か」


 隣でタクマが呟いた。


「いい名前だな」


「うん。何だか、本当に村になったみたい」


「そのうち、地図にも載るんだろうな」


 タクマがそう言って笑った。


 私は広場の周囲を見渡した。建ち始めた家々の間には人が行き交い、整えられた道を荷車が通っている。少し離れた場所では子供たちが遊び、その向こうでは職人たちが次の建物の準備を進めていた。


 少し前まで、ここには森の中に開けた土地があるだけだった。それが今では二百人近い人たちが暮らす場所になり、自分たちの村の名前まで決まったのだ。


 話し合いが終わると、オリヴァーは職人たちへ声をかけ、広場の入口に立てる案内板について相談を始めた。どうやら、新しい村の名前を刻んだ木製の看板を作るつもりらしい。


「リカさん!」


 近くにいた子供たちが、私のところへ駆け寄ってきた。


「ねえ、村の名前、決まったの?」


「うん。決まったよ」


「何ていうの?」


「ノイハイム、だよ」


「ノイハイム?」


「そう。新しい故郷っていう意味なんだって」


 子供たちは何度か名前を繰り返し、覚えようとしていた。そのうちの一人が母親のところへ駆けていき、嬉しそうに声を上げる。


「ねえ、お母さん! 僕たちの村、ノイハイムっていうんだって!」


 母親は笑いながら頷き、子供の手を取った。そのまま二人は、先日完成した共同宿舎の方へ歩いていく。


「……リカ、ちょっと来てくれ」


 タクマに呼ばれて振り返ると、彼はオリヴァーや職人たちと一緒に、案内板を立てる場所を確認していた。


「今、入口の位置を相談してるんだけどさ。こっちから来る荷車にも見えるようにするなら、もう少し道沿いの方がいいかなって」


「……そうね。あまり奥だと、通り過ぎちゃうかもしれないし」


 私はタクマの隣へ並び、職人たちと一緒に周囲を見渡した。


 広場の入口には荷車が通る道があり、その脇にはまだ整地されていない場所が残っている。そこなら案内板を立てる余裕もありそうだったけれど、荷車の通行を妨げないよう、少し離して設置した方がよさそうだ。


「……ここなら、どうかな?」


 私が道の脇を指さすと、職人の一人が頷いた。


「悪くないな。地面も固そうだし、支柱を立てるならちょうどいい」


「じゃあ、明日にでも材料を用意しましょうか」


 オリヴァーがそう言うと、タクマも頷いた。


「それなら、俺も手伝いますよ。看板を立てるくらいなら、できると思いますし」


「もちろん、私も手伝うよ」


 私がそう言うと、職人たちは笑いながら、案内板の大きさや支柱の長さについて相談を始めた。


 私たちもその輪に加わり、新しい村の名前を刻む看板を、どんな形にするのがよいか話し合った。


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