第116話 二人の男が選んだ道
「……リカ、だと……?」
男の口から漏れた声を聞いて、私は思わず顔をしかめた。
できれば、このまま気づかずにいてほしかった。いや、そもそもこんな場所で再会すること自体、まったく想像していなかったのだけれど。
ダリオは私の顔を凝視していた。最初は信じられないものを見るような表情だったが、やがて目元や口元を確かめるように視線を動かし、少しずつ顔色を変えていく。
「……お前、まさか……本当にリカなのか?」
「……うん。久しぶり、ダリオ」
仕方なく答えると、ダリオは一歩後ずさった。
その動きにつられるように、周囲の男たちが顔を見合わせる。彼らにしてみれば、突然現れた調査隊の中に頭領の知り合いがいたというだけでも驚きだろう。それなのに、当の頭領が妙に怯えた顔をしているのだから、何が起きているのか分からないに違いない。
「何で……何でお前がこんなところにいるんだよ!」
「それ、私が聞きたいんだけど……」
思わず本音が出た。
五年ぶりに再会した元恋人が、森の奥に潜んでいる武装集団の頭領になっている。そんな状況に、いったいどう反応すればいいというのだろう。
懐かしいと言えばいいのか。それとも、元気だったかと尋ねればいいのか。
……いや、どちらも違う気がする。
できることなら、今すぐこの場から立ち去りたい。もちろん、補給便の襲撃事件を調べに来た以上、そんなわけにはいかないのだけれど。
「……リカ」
隣からタクマが小さな声で呼びかけてきた。
「もしかして、前に話してくれた人か?」
「……うん」
私はできるだけ小さく頷いた。
タクマは少し考え込んだあと、何かを思い出したように目を瞬かせた。
「……ああ。焼いた人か」
「ちょっと! その覚え方やめて!」
思わず声が大きくなってしまった。
タクマは悪びれた様子もなく、困ったように笑っている。
「いや、だって。あの話、結構衝撃的だったからさ」
「それはそうだけど! ほかにも色々話したでしょ!」
「もちろん覚えてるよ。報酬をごまかして、ほかの女の人とも付き合ってたって話だろ?」
「……そうだけど」
全部覚えているなら、どうして真っ先に火魔法の話が出てくるのだろう。
私が恨めしそうに見上げると、タクマは少し肩をすくめた。
「まあ、実際に会うことになるとは思わなかったな」
「……私だって思わなかったわよ」
そのとき、少し離れたところにいたシエラが、低い声で呟いた。
「……ダリオ。あの男か」
私は思わず振り向いた。
「……シエラも知ってるの?」
「その頃から、私はリカを見ていた」
「……う、うん。そうだったね」
そうだった。シエラは私がノヴァグラードで暮らし始めた頃から、ずっと陰で見守ってくれていたのだ。つまり、ダリオと付き合っていた頃のことも、別れたときの騒動も、全部知っているということになる。
……何だか、今さら妙に恥ずかしくなってきた。
シエラはそれ以上何も言わず、周囲の男たちへ視線を戻した。彼女の手はいつでも武器を抜ける位置にあり、昔話に気を取られている様子はない。
そうだった。今は、懐かしい知人と再会して喜んでいる場合ではない。
私たちは補給便を襲った者たちの手掛かりを探して、ここまで来たのだ。
それなのに、よりによってダリオがいるなんて。
……本当に、どうしてこうなったのだろう。
*
「……お前、髪はどうしたんだ」
ダリオが不審そうに尋ねてきた。
「……ちょっとね。色々あって」
「色々って……前は金髪だっただろうが」
「そうだね」
私は曖昧に頷いた。
まさか、昔の金髪は変装魔法で、今の茶髪が本来の髪色なのだと説明するわけにもいかない。そもそも、ダリオにそこまで話す義理もなかった。
ダリオは納得していない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。代わりに、私の顔から視線を外し、左腕を庇うように右手を添えた。
その仕草を見た瞬間、胸の奥に少しだけ重いものが落ちた。
五年前の、あの出来事。
フリーダとクルシュが集めてくれた証拠を前にしても、ダリオは最後まで嘘をつき続けた。私が悪いのだと言い出したとき、頭の中が真っ白になって、気がつけば火魔法を放っていた。
あのとき二人が止めてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
今でも、そのことは反省している。
「……お前のせいで、俺はこんな身体になったんだぞ」
ダリオが低い声で言った。
「分かってんのか? あのあと、どれだけ苦労したと思ってる!」
「……うん」
私は彼の腕を見た。
衣服に隠れているため、傷がどれほど残っているのかは分からない。ただ、さっきから左腕をあまり動かしていないことには気づいていた。
「……あのとき、私が魔法を使ったのは間違ってたと思ってる。そこは謝るわ」
ダリオは一瞬、意外そうな顔をした。
けれど、すぐに表情を歪めた。
「謝れば済むと思ってんのか!」
「……済むとは思ってないよ」
「だったら!」
「でも、あなたが私のお金をごまかしてたことも、ほかの女の人と遊んでたことも、なかったことにはならないからね」
ダリオの口が止まった。
周囲の男たちが、今度は別の意味でざわつき始める。
「……おい、頭領。どういうことだ?」
「昔の女ってだけじゃねえのか?」
「黙ってろ!」
ダリオが怒鳴ると、男たちは口を閉じた。
私はその様子を見ながら、何とも言えない気持ちになっていた。
昔のダリオは、こんなふうに周囲を怒鳴りつける人ではなかった。
少なくとも、私が出会った頃はそうだった。
冒険者として経験が豊富で、依頼の選び方や魔獣の素材の扱いについて、色々教えてくれた。新人が困っていれば声をかけるし、危険な依頼を無理に引き受けようとする者がいれば、やめておけと忠告することもあった。
私は魔法の腕には自信があったけれど、冒険者としての世間知らずなところが多かった。だから、ダリオが教えてくれることは新鮮だったし、頼りにもしていた。
報酬の管理を任せたのも、その延長だった。
彼は最初、きちんと仕事をしてくれていたのだ。
少なくとも、私はそう思っている。
「……ダリオ」
「何だよ」
「あなた、昔はちゃんと仕事してたよね」
ダリオは怪訝そうに眉をひそめた。
「……何が言いたい」
「私が冒険者の仕事をよく知らなかった頃、色々教えてくれたでしょ。素材の売り方とか、依頼の選び方とか」
「……それがどうした」
「助かったのは本当だよ。だから、私もあなたを好きになったんだと思う」
自分で言って、少し恥ずかしくなった。
まさか五年も経ってから、こんな話を本人にすることになるとは思わなかった。
けれど、あの頃の気持ちまで嘘だったことにしたくはない。
「……だから、今のあなたを見てると、何だかすごく残念だよ」
ダリオは黙り込んだ。
その顔に浮かんだのは、怒りなのか、それとも別の感情なのか、私には分からなかった。
しばらくして、彼は吐き捨てるように言った。
「……勝手なこと言いやがって」
「……え?」
「お前は昔からそうだったよな。何でも自分の思いどおりになると思ってやがる」
私は思わず目を瞬かせた。
ダリオは、もうこちらを見ていなかった。足元の地面を睨みながら、言葉を続ける。
「俺がどれだけ苦労して依頼をこなしてたか、お前には分からねえだろうな」
「……ダリオ?」
「お前は魔法を使えば何でもできた。俺が何日もかけて倒す魔獣を、あっさり片づけて、俺が何日もかけて稼ぐ金を一度の依頼で持って帰ってきた」
その言葉には、五年前には聞いたことのない響きがあった。
私は黙って彼を見つめた。
*
「……最初は、すげえと思ったんだよ」
ダリオは低い声で続けた。
「若いくせに、とんでもねえ魔法を使う。そんな女が俺を頼ってくれるってんだから、悪い気はしなかったさ」
私は何も言わなかった。
当時のダリオは、私が依頼を達成して帰ってくると、よく褒めてくれた。危険な魔獣を倒したと話せば感心し、珍しい素材を持ち帰れば、どこへ売るのが一番いいか調べてくれた。
その姿を、私はずっと覚えている。
「でもな、だんだん馬鹿らしくなってくるんだよ。俺が必死になって稼いでる金なんか、お前にとっちゃ大した額じゃねえ。しかも、お前はその金に興味すらねえんだ」
「……そんなこと」
「ねえだろうが!」
ダリオが声を荒らげた。
「だから全部俺に任せてたんだろ! いくら稼いだかも、何に使ったかも、まともに確かめやしねえ!」
私は反論しかけて、口を閉じた。
確かに、当時の私はお金の管理にあまり興味がなかった。必要なものを買えるだけあれば十分だと思っていたし、細かな計算をするくらいなら魔法の研究をしていたかった。
ダリオが帳簿をつけてくれるというので、喜んで任せてしまったのだ。
でも、それは彼を信用していたからだった。
「……俺だって、お前の役に立ってたんだぞ」
ダリオは続けた。
「報酬の管理も、素材の売却も、面倒なことは全部引き受けてやった。お前が好き勝手に依頼を受けられたのは、誰のおかげだと思ってる!」
「……それは、感謝してたよ」
「だったら、少しくらい俺が使ったっていいだろうが!」
その言葉を聞いて、私はようやく分かった気がした。
ダリオは、自分が私を支えていることを誇らしく思っていた。
でも、いつの間にか、その役割を理由にして、私のお金を自由に使っても構わないと思うようになってしまったのだ。
「……だったら、そう言ってくれればよかったのに」
「……何?」
「私があなたに頼りすぎてたなら、そう言ってほしかった。お金が必要だったなら、ちゃんと相談してほしかった」
ダリオは鼻で笑った。
「相談したら、どうしたってんだよ」
「……少なくとも、勝手に使われるよりはよかったと思う」
「どうせお前には分からねえよ」
私は小さく息を吐いた。
そうかもしれない。
当時の私は、ダリオがそんなふうに感じていたことに、まったく気づいていなかった。自分が得意な魔法を使って依頼をこなし、彼がその報酬を管理してくれる。それでうまくいっていると思っていた。
けれど、私が彼の気持ちに気づかなかったことと、彼が私を騙したことは別の問題だ。
「……でも、あなたは何も言わずに使ったんだよね」
私がそう言うと、ダリオは顔を背けた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
森の奥から鳥の鳴き声が聞こえてくる。風が木々の枝を揺らし、野営地の端に吊るされた布が小さくはためいた。
私は、ダリオの横顔を眺めていた。
昔は、あんなふうに自分の気持ちを隠す人ではなかった気がする。
それとも、私が気づいていなかっただけなのだろうか。
*
「……それは、少し分かるよ」
隣から声がした。
タクマだった。
ダリオが顔を上げる。
「……何だと?」
「強い人の隣にいると、自分が情けなくなるって話」
タクマは落ち着いた声で答えた。
「俺も、最初はそうだったからさ」
ダリオは怪訝そうにタクマを見た。
「……お前、何者なんだよ」
「タクマ・イザワ。冒険者だよ」
「冒険者?」
「ああ。今はA級だけど」
「……A級?」
ダリオの目が見開かれた。
無理もない。目の前の男がA級冒険者だと知れば、普通は驚くだろう。
けれど、タクマは特に誇らしげな様子もなく続けた。
「俺がリカと出会った頃は、冒険者ですらなかったんだ」
「……何?」
「魔法は使えないし、剣も扱えない。こっちの文字も読めなかったし、仕事も金もなかった。リカが助けてくれなかったら、どうなってたか分からないよ」
私は思わずタクマを見た。
彼がこの世界へ来たばかりの頃のことは、今でもよく覚えている。
森で魔獣に追いかけられていた、見慣れない服装の青年。
助けたはいいものの、行く場所もなく、仕方なく家へ連れて帰った。
最初は文字も読めず、冒険者の仕事も分からず、何をするにも私の説明が必要だった。
それでもタクマは、少しでも自分にできることを探そうとしていた。
「……俺の出発点は、お前とそんなに変わらなかったぞ」
タクマが言った。
「いや、冒険者としてなら、お前の方がずっと上だったと思う」
ダリオは黙っている。
「俺だって、リカに頼ってばかりだった。あいつが魔獣を倒してる間、荷物を管理するくらいしかできなかったんだ」
タクマは少し笑った。
「でも、それだって仕事だったからな。自分にできることをちゃんとやろうと思ったよ」
私は、初めて四人で依頼を受けた頃を思い出した。
フリーダとクルシュが魔獣と戦い、私が魔法で援護する。その間、タクマは荷物を守り、素材を整理し、必要な道具をすぐに取り出せるよう準備していた。
本人はもっと役に立ちたいと言っていたけれど、私たちにとっては十分に助かる仕事だった。
それから、タクマは剣の訓練を始めた。
最初は思うように身体が動かず、何度も失敗していた。それでも諦めず、少しずつできることを増やしていった。
気がつけば、彼は前衛として戦えるようになっていた。
そして今は、私と同じA級冒険者だ。
「……俺だって、ずっと助けてもらうだけじゃ嫌だったよ」
タクマは続けた。
「でも、リカが俺を信用してくれてるからって、その信頼を好きに使っていいわけじゃないだろ」
ダリオの顔が強張った。
「……お前に、何が分かる」
「全部は分からないよ」
タクマはあっさり答えた。
「お前が当時どんな気持ちだったのか、俺は知らないからな」
その言葉に、ダリオは少し意外そうな顔をした。
「でも、最初はちゃんと仕事してたんだろ? リカから聞いたよ。色々教えてくれて、助けてもらったって」
「…………」
「だったら、別のやり方もあったんじゃないのか」
タクマはそれ以上、何も言わなかった。
ダリオも黙り込んでいる。
私は二人を見比べながら、何だか不思議な気持ちになっていた。
五年前、私の隣にいたのはダリオだった。
彼は経験豊富な冒険者で、私は世間知らずの新人だった。私は彼を頼り、彼もそれに応えてくれていた。
でも、いつの間にか、その関係は変わってしまった。
そして今、私の隣にいるのはタクマだ。
出会った頃の彼は、ダリオよりもずっと何も知らなかった。
けれど、タクマは自分にできることを探し続けた。私に頼ることを恥じるのではなく、頼りながらも、自分でできることを増やしていった。
その積み重ねが、今の彼を作っている。
私は、隣に立つタクマをちらりと見た。
彼はいつもどおりの顔をしていた。
特別なことを言ったつもりもないらしい。
……本当に、この人は。
私は小さく笑いそうになって、慌てて口元を引き締めた。
今は、笑っている場合ではない。
*
「……お話の途中、申し訳ありません」
それまで黙っていたヴィクターが口を開いた。
落ち着いた声だったが、その表情は真剣だった。
「個人的な事情がおありなのは理解しました。しかし、我々がここへ来た目的を確認させていただきたい」
ダリオが顔を上げる。
「……何だよ」
「四日前、開拓地へ向かう補給便が襲撃されました。護衛に負傷者が出ており、工具などの物資が奪われています」
ヴィクターは一歩前へ出た。
「我々は、その襲撃に関わった者を調べています」
「……だから、俺たちは知らねえって言ってるだろ」
「承知しています。しかし、この野営地には武装した方々が集まっており、我々が探している物資と似た工具箱も確認しています」
ダリオの表情がわずかに変わった。
ヴィクターは続ける。
「もちろん、それだけで皆さんが襲撃に関わったと決めつけるつもりはありません。ただ、物資の入手経緯について説明していただきたいのです」
「……工具箱なんざ、どこにでもあるだろうが」
「そのとおりです。ですから、確認させていただきたいのです」
ヴィクターは譲らなかった。
私はそのやり取りを見ながら、改めて周囲へ目を向けた。
野営地には、粗末な小屋や天幕がいくつも並んでいる。木箱や袋が積まれ、焚き火の近くには鍋や食器が置かれていた。ここで暮らしている者がいるのは間違いない。
けれど、普通の旅人の野営地にしては、武器を持った男が多すぎる。
しかも、彼らはこちらを警戒するばかりで、自分たちが何者なのかを説明しようとしない。
「……一つ、聞かせてもらいたい」
今度はコンラートが口を開いた。
「あなた方は、何を目的としてこの森に集まっている?」
「……何だよ、今度は」
「冒険者か、傭兵か。それとも、別の仕事をしているのか」
「森で暮らしちゃいけねえって決まりでもあんのか?」
「いや。森に住むこと自体を問題にしているわけではない」
コンラートは静かに答えた。
「ただ、これだけの人数が武装して集まっている以上、周辺の開拓地としては警戒せざるを得ない。食料や道具をどこから調達しているのか、確認する必要がある」
「……余計なお世話だ」
「そうかもしれん。だが、四日前に補給便が襲われたばかりだ。こちらにも事情がある」
コンラートは淡々と言った。
その様子は、まるで軍の部下に状況を確認しているときのようだった。相手を威圧するわけでもなく、声を荒らげるわけでもない。ただ、必要なことを一つずつ確かめていく。
ダリオは、そんなコンラートを不愉快そうに睨んでいた。
「……頭領」
そのとき、近くにいた男の一人が小声で呼びかけた。
「例の箱のこと、どうします?」
「……黙ってろ」
ダリオが低く答えた。
男は慌てて口を閉じたが、コンラートはそのやり取りを聞き逃さなかったようだった。
「……例の箱?」
「何でもねえよ!」
ダリオが怒鳴る。
私は思わずため息をつきそうになった。
……ダリオ。
昔から、追い詰められると声が大きくなるところは変わっていないらしい。
あのときもそうだった。
フリーダとクルシュが集めてくれた証拠を突きつけたとき、彼は最初こそ落ち着いていたけれど、言い逃れができなくなるにつれて怒鳴り始めた。
そして最後には、私が悪いのだと言い出した。
私は、そのときの自分を思い出した。
あの頃は、何もかもが許せなかった。
信じていた相手に裏切られたことも、自分が騙されていたことも、フリーダの忠告を聞かなかったことも。
全部が悔しくて、腹立たしくて、どうしようもなかった。
けれど、今は違う。
私はもう、あの頃の私ではない。
*
「……ダリオ」
私が呼びかけると、彼は不機嫌そうにこちらを見た。
「……何だよ」
「昔のことは、今ここで全部決着をつけられる話じゃないと思う」
ダリオは黙っている。
「私があなたに魔法を使ったことは、今でも反省してる。でも、あなたが私を騙してたことも、なかったことにはできない」
私は一度、言葉を切った。
五年前の私は、彼に謝ってほしかった。
自分が悪かったと認めてほしかったし、どうしてあんなことをしたのか、ちゃんと説明してほしかった。
けれど、今はもう、その答えを求めているわけではない。
ダリオが何を考えていたのか、少しは分かった気がする。
それでも、彼がしたことは変わらない。
「……それと、今あなたたちがここで何をしてるかは、別の話だから」
私は彼をまっすぐ見た。
「補給便を襲ったのは、あなたたちなの?」
ダリオの顔が強張った。
しばらく、何も答えない。
その沈黙の間にも、周囲の男たちは落ち着かない様子でこちらを見ていた。何人かは武器に手をかけ、別の男たちはダリオの顔色を窺っている。
「……知らねえって言ってるだろ」
ようやく、ダリオが答えた。
「俺たちは、あんたらに何かした覚えはねえ。もう帰ってくれ」
「……それでは困ります」
ヴィクターが答えた。
「疑惑が解消されていない以上、こちらとしても事情を確認する必要があります」
「しつこいんだよ!」
ダリオが怒鳴った。
「知らねえって言ってんだから、それでいいだろうが!」
周囲の男たちがざわつく。
私は、ダリオの表情を見ていた。
彼は怒っている。
けれど、その奥に別の感情があることにも気づいていた。
恐怖だ。
私の魔法を恐れている。
五年前の出来事を、彼も忘れていないのだ。
そして今、彼の前にはA級冒険者が二人いる。
私とタクマだ。
ダリオは、私たちを相手に正面から戦うことがどれほど危険なのか、理解しているのだろう。
だからこそ、部下たちの前で強気に振る舞いながらも、どこか落ち着かない様子を見せている。
「……頭領、もういいでしょう」
近くにいた男が苛立った声を上げた。
「こいつら、さっきから好き勝手言いやがって。八人しかいねえんだ。追い払っちまえばいいじゃねえですか」
「……やめろ」
ダリオが低く言った。
「でも!」
「やめろって言ってんだ!」
男は不満そうに口を閉じた。
けれど、別の場所にいた男が、腰の剣へ手を伸ばすのが見えた。
私は反射的に身構えた。
タクマもすぐに気づいたらしく、私の隣で身体の向きを変える。
コンラートが一歩前へ出た。
「……武器から手を離せ」
低い声だった。
男の動きが止まる。
シエラも、野営地の奥へ視線を向けていた。こちらからは見えにくい位置にいる誰かが、動いたのかもしれない。
ヴィクターは警備隊員たちへ短く指示を出し、周囲の動きを警戒させた。
空気が変わった。
さっきまでの会話とは違う。
ここから先、誰かが一つ間違えれば、戦いになる。
私はゆっくりと息を吸い、魔力を整えた。
相手が攻撃してきた場合、すぐに動きを封じられるようにする。
もちろん、火魔法を使うつもりはない。
五年前の私は、怒りに任せて力を振るってしまった。
でも、今は違う。
相手を倒すためだけではなく、傷つけずに止めるための魔法だって、いくらでも使える。
ダリオが、私の様子を見ていた。
その顔から、さっと血の気が引いていく。
「……おい、やめろ」
彼が呟いた。
それが私に向けた言葉なのか、部下に向けた言葉なのかは分からなかった。
私は何も答えず、ただ周囲の動きを見ていた。
タクマが隣に立っている。
シエラも、コンラートも、ヴィクターたちもいる。
五年前、私は自分の怒りを抑えられず、フリーダとクルシュに止めてもらった。
けれど今は、自分で判断できる。
誰を守るために、どこまで力を使うべきなのか。
それを考える余裕がある。
「……頭領!」
男の一人が声を上げた。
その手が、剣の柄を握る。
コンラートが鋭く言い放った。
「それ以上動くな!」
男の動きが止まった。
野営地が、一瞬だけ静まり返る。
ダリオは私たちと部下たちを交互に見ていた。
その顔には、焦りと恐怖が浮かんでいる。
私は、彼の様子を見ながら思った。
……ダリオ。
あなたは、今度はどうするつもりなの?
五年前、彼は自分のしたことを認めず、最後まで言い訳を続けた。
そして今、また同じように追い詰められている。
けれど、今回は私一人の問題ではない。
開拓地の人たちが使うはずだった物資が奪われ、護衛の人たちが怪我をしている。
その事件に彼らが関わっているのなら、きちんと責任を取ってもらわなければならない。
ダリオが何かを言いかけた。
しかし、その声が出るより先に、野営地の奥で誰かが動く気配がした。
シエラが素早く顔を向ける。
「……奥にもいる!」
私はその声に反応し、視線を向けた。
木々の陰で、何かが動いた。
そして、すぐ近くで金属の擦れる音が響いた。
誰かが、武器を抜こうとしている。
私は魔力を集中させた。
もう、昔のように感情に任せて力を使うつもりはない。
けれど、仲間たちを傷つけさせるつもりもなかった。
……さて。
どうやら、話し合いだけでは終わりそうにないらしい。




