↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
148/225

第112話 襲撃の痕跡


 翌朝、目が覚めたときから、何となく腕が重かった。


 昨日は盗賊に襲われた補給便を見つけて、怪我人の治療をして、荷馬車の修理を手伝って、最後には荷物まで運んだ。


 思い返してみれば、ずいぶん働いた気がする。


 私は天幕の中で腕を伸ばしてみた。痛いというほどではないけれど、肩の辺りが少しだるい。


 治療魔法で何とかならないものだろうか。


 ……いや、ただの疲れに魔法を使うのも、何だか負けた気がする。


「リカ、朝飯行くぞ」


 外からタクマの声がした。


「今行く!」


 返事をして立ち上がり、外套を羽織る。外へ出ると、タクマがこちらを見て首を傾げた。


「どうした? 動きが鈍いぞ」


「昨日、荷物をいっぱい運んだからね。ちょっと腕が重いの」


「それくらいで?」


「それくらいって言わないでよ。結構重かったんだから」


「普段は魔法で大きな魔物を吹っ飛ばしてるのにな」


「それとこれとは別!」


 まったく、失礼な話だ。


 魔法が得意だからといって、力仕事まで得意になるわけではない。むしろ、普段から魔法に頼っている分、こういう作業には慣れていないのかもしれない。


 ……それはそれで、少し情けないけれど。


 炊事場へ向かうと、すでに大勢の人たちが朝食を取っていた。


 クララさんは大きな鍋の前に立ち、手伝いの人たちへ食器を渡している。昨日の襲撃の話は、もう開拓地中に広まっているらしい。あちこちで補給便のことを話す声が聞こえた。


 ただ、子どもたちは相変わらず元気だった。


 ルーカスもほかの子たちと一緒に朝食を食べていて、こちらに気づくと手を振ってきた。


「リカお姉ちゃん!」


「おはよう、ルーカス」


「昨日、盗賊が出たって本当?」


「うん。でも、怪我をした人たちはもう大丈夫だよ」


「リカお姉ちゃんが治したの?」


「そうだよ」


「すごい!」


 そんなに真っすぐ褒められると、少し照れる。


 私は曖昧に笑って、タクマと一緒に朝食を受け取った。


 食事を終える頃、ヴィクターさんが私たちのところへやってきた。


「皆さん、準備ができましたら昨日の現場へ向かいます」


「分かりました」


 今日は、昨日十分に調べられなかった襲撃現場を確認することになっている。


 怪我人の治療も荷馬車の移動も済んでいるから、今度は落ち着いて調べられるはずだ。


 そう思う一方で、少し気が重かった。


 昨日あそこで見た血の跡を、私はまだ覚えている。


     ◇


 今回も同行するのは、私とタクマ、シエラ、コンラートさん、ヴィクターさんの五人だった。


 開拓地の警備は、ヴィクターさんが別の隊員に引き継いでいる。昨日の事件があったばかりなので、警備兵たちもいつも以上に周囲を警戒しているようだった。


 私たちは東側の街道を進み、渡河点へ向かった。


 昨日は負傷者を連れて戻ることになったけれど、今日は荷馬車もない。道が狭いところでも足を止める必要はなく、川まで順調に進むことができた。


 渡河点に着くと、ヴィクターさんが周囲を確認した。


「まずは、昨日荷馬車が停まっていた場所を調べましょう」


「はい」


 私たちは川を渡り、集結地側の街道へ進んだ。


 昨日の襲撃現場には、荷馬車の車輪が残した深い轍と、踏み荒らされた地面が残っていた。散らばっていた荷物は回収したけれど、倒木は街道脇に寄せたままだ。


 昨夜、荷馬車を通すために、タクマと護衛兵たちが力を合わせて動かしたものだった。


 あのときは暗くなりかけていたし、とにかく荷馬車を動かすことが先決だった。木そのものを詳しく調べる余裕はなかったのだ。


「これですね」


 ヴィクターさんが倒木を指した。


 私は近づいてみた。


 思っていたよりも太い木だった。枝の一部が折れていて、幹には土が付いている。


「これを昨日、みんなで動かしたんだよね」


「ああ。結構重かったぞ」


 タクマが答えた。


「よく動かせたね」


「まあ、何人もいたからな」


 私は幹を見下ろした。


 昨日はただの邪魔な木だと思っていたけれど、今日はこれを調べるために戻ってきたのだ。


 少し不思議な気分だった。


     ◇


 最初に気づいたのはシエラだった。


「……これ、変」


 彼女は倒木の根元ではなく、幹の途中を指していた。


「どうしたの?」


「……折れた木じゃない」


 私は言われた場所を覗き込んだ。


 幹の端には、木の繊維が裂けたような部分と、比較的平らになっている部分が混ざっていた。


 自然に折れた木なら、もっと不規則になるものなのだろうか。


 正直、私にはよく分からない。


「コンラートさん、どう思いますか?」


 ヴィクターさんが尋ねた。


 コンラートさんはしゃがみ込み、幹の端を確認した。


「……刃物を使った痕跡があるようですね」


「刃物?」


「ええ。こちらを見てください」


 指された場所には、斜めに削られたような跡がいくつも残っていた。


 私は顔を近づけてみた。


 言われてみれば、確かに何かで切ったようにも見える。


「斧で切ったんでしょうか」


「おそらく。ただし、道具の種類までは分かりません」


 コンラートさんはそう答え、木の周囲を見回した。


 シエラは少し離れたところで地面を調べていた。


「……こっちにも跡がある」


 私たちは彼女のもとへ移動した。


 街道の脇に、土が削れたような細長い跡が残っている。


「……木を引いた」


「引きずったってこと?」


「……うん。森の方から」


 シエラが指した先には、木々の間へ続く浅い溝のような跡があった。


 昨日は荷馬車を動かすのに精いっぱいで、こんなものには気づかなかった。


「つまり、森の中で切った木を、ここまで運んできたということでしょうか」


 ヴィクターさんが尋ねる。


「その可能性が高いですね」


 コンラートさんが頷いた。


「少なくとも、自然に倒れた木が偶然街道を塞いでいた、という状況には見えません」


 私は倒木と森を交互に見た。


 木を切って、道まで引きずって、荷馬車が通れないように置く。


 そんなことを、わざわざしたのか。


「……最初から、荷馬車を停めるつもりだったんだね」


「そう考えるのが自然でしょう」


 コンラートさんが答えた。


 昨日の護衛兵の話では、前方の倒木をどかそうとしたところで襲われたらしい。


 つまり、荷馬車が停まることを見越していた可能性がある。


 偶然通りかかった盗賊に襲われたのではなく、待ち伏せされていたのかもしれない。


 そう考えると、少し嫌な気分になった。


     ◇


 シエラは倒木の周辺を調べ終えると、街道の両側へ目を向けた。


「……足跡、残ってる」


「昨日の?」


「……たぶん。でも、混ざってる」


 昨日は護衛兵も私たちもここを歩いている。荷馬車を動かすために何人も行き来したのだから、足跡が混ざっていても不思議ではない。


 それでも、シエラは一つずつ確かめるように地面を見ていた。


「……こっちから出てきてる」


 彼女が指したのは、街道の北側だった。


 木々の間には細い隙間があり、落ち葉が踏まれている。


 少し進むと、別の場所にも似たような跡が見つかった。


「……南側にもある」


「両側から襲ってきたっていう、護衛兵の話と合うね」


「……うん」


 コンラートさんが周囲を見回した。


「前方を塞いで荷馬車を停め、両側から襲いかかった。後ろにも人を回していたそうですから、逃げ道を制限するつもりだったのでしょう」


「……ずいぶん手際がいいんですね」


 私が言うと、コンラートさんは少し考えてから答えた。


「事前に準備していた可能性は高いと思います。ただ、これだけで軍人の仕業だとは言えません」


「そうなんですか?」


「ええ。街道で待ち伏せをするなら、こうした方法を考える者はほかにもいるでしょう」


 なるほど。


 確かに、荷馬車を停めるために木を置くというのは、特別な訓練がなくても思いつきそうだ。


 もっとも、思いつくことと実行することは別だろうけれど。


「何人くらいいたと思いますか?」


 ヴィクターさんが尋ねた。


「護衛兵の証言では複数人ですが、正確な人数は分かりません」


 コンラートさんはそう答えた。


「同じ場所を何度も行き来した可能性もあります。足跡の数だけで判断するのは危険でしょう」


 シエラも小さく頷いた。


「……分からない」


 私は少し意外に思った。


 シエラなら足跡を見ただけで、何人いたのか分かるような気がしていたからだ。


 でも、考えてみれば当然かもしれない。


 森の中にはいくらでも痕跡が残るし、それが全部昨日の盗賊のものとは限らない。


 何でも分かると思っていたら、シエラに怒られそうだ。


     ◇


 私たちは、街道の脇から森の中へ少し入ってみることにした。


 もちろん、盗賊の拠点を探しに行くわけではない。


 シエラが確認できる範囲で、足跡がどちらへ続いているのか調べるだけだ。


 森の中は街道よりもずっと歩きにくかった。


 地面には落ち葉が積もり、木の根があちこちに張り出している。枝を避けながら歩いていると、すぐに方向が分からなくなりそうだった。


 私は前を歩くシエラの背中を見失わないようにした。


「……こっち」


 シエラが小さく手を上げた。


 彼女は地面に残った足跡を確認しながら、木々の間を進んでいく。


 途中で何度か方向を変え、やがて少し開けた場所に出た。


 そこは落ち葉が少なく、硬い土と石が地面を覆っていた。


「……ここから、分からない」


 シエラが立ち止まった。


「足跡が消えたの?」


「……残りにくい」


 私は足元を見た。


 確かに、この地面では誰かが歩いても、はっきりした跡は残らなさそうだ。


「別の方向へ行った可能性もありますか?」


 ヴィクターさんが尋ねた。


「……ある」


「そうですか」


 シエラは周囲を調べたけれど、それ以上の手がかりは見つからなかった。


 コンラートさんも地面を確認し、首を振った。


「ここから先は、推測で進むことになりますね」


「無理に追うのはやめましょう」


 ヴィクターさんが言った。


 私は少し安心した。


 昨日の今日で、盗賊の潜んでいるかもしれない森を奥まで進むのは、さすがに気が進まない。


 それに、相手がどこにいるか分からないのなら、こちらが待ち伏せされる可能性だってある。


 ……それは勘弁してほしい。


 私たちは来た道を戻り、街道へ出た。


     ◇


「それにしても、妙だよな」


 街道へ戻ったところで、タクマが言った。


「何が?」


「盗まれた荷物だよ。食料はほとんど残ってて、工具や金属部材ばかり持っていかれたんだろ?」


「ああ、そうだったね」


 私は昨日見た荷台を思い出した。


 穀物の袋も保存食の箱も、ほとんどそのまま残っていた。盗まれたのは、工具や刃物類、それに比較的小さな金属部材だった。


「持って逃げやすいものを選んだんじゃないかな」


「それはそうなんだけどさ。食料だって売れるだろ?」


「うーん……」


 確かに、食料だって価値はある。


 ただ、穀物の袋をいくつも抱えて森の中を逃げるのは大変そうだ。


 私だったら、そんなことはしたくない。


 ……そもそも盗賊になりたくないけれど。


「持ち運びやすく、換金しやすいものを優先したのでしょう」


 コンラートさんが言った。


「工具や金属部材は、量の割に価値があります。食料を大量に運ぶより効率がいいと考えたのかもしれません」


「なるほどな」


 タクマが頷いた。


「ただ、最初から積荷の内容を知っていたのかどうかは、まだ分かりません」


 コンラートさんは続けた。


「荷馬車を襲ってから、持ち去るものを選んだ可能性もありますから」


 私は少し考えた。


 昨日の荷馬車は、集結地から開拓地へ向かう途中だった。


 ここには多くの人が暮らしていて、定期的に補給品が運ばれてくる。


 もし盗賊たちがそれを知っていたのなら、次の補給便も狙われるかもしれない。


「……また襲われる可能性もあるってことだよね」


「ええ。十分に警戒する必要があります」


 ヴィクターさんが答えた。


 私は街道の先を見た。


 ここを通らなければ、開拓地へ物資を運ぶのは難しい。


 だからといって、毎回大勢の護衛をつけられるわけでもないだろう。


 開拓地を作るというのは、思っていた以上に大変なことらしい。


 魔物を倒せば解決する問題ばかりじゃないんだなあ。


     ◇


 開拓地へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 オリヴァーさんの天幕には、ローレンスさんも呼ばれていた。


 私たちは昨日の襲撃現場で確認したことを報告した。


「倒木に、刃物で切られた痕跡があったのですね」


 オリヴァーさんが尋ねた。


「はい。シエラさんが木を引きずった跡も確認しています」


 ヴィクターさんが答える。


「自然に倒れた木ではなく、街道を塞ぐために運ばれた可能性が高いと考えています」


「つまり、待ち伏せだった可能性が高いということですか」


「そうなります。ただし、襲撃者の人数や逃走先は分かっていません」


 コンラートさんが補足した。


 オリヴァーさんは地図を見つめ、しばらく考え込んでいた。


「今後の補給便について、対策が必要ですね」


「はい。護衛を増やす方法もありますが、開拓地の警備に回せる人数が減ってしまいます」


 ヴィクターさんが答えた。


「現在の人数では、街道の各所に常駐の見張りを置くのも難しいでしょう」


「そうですね……」


 オリヴァーさんは地図に目を落とした。


 開拓地には約二百人が暮らしているけれど、その全員が戦えるわけではない。


 職人さんやその家族、子どもたちも大勢いる。


 警備兵を外へ出しすぎれば、今度は開拓地そのものが危険になるかもしれない。


「ヴィクターさん、現在の警備体制を維持したまま、巡回経路を見直すことはできますか?」


「はい。常駐の見張りを増やすよりは、対応しやすいと思います」


「では、当面はその方針でお願いします」


 オリヴァーさんはそう決めた。


「補給便の護衛についても、集結地側と調整しましょう。必要な人数や出発時刻を確認して、次の輸送までに対策を整えたいと思います」


「承知しました」


 ヴィクターさんが頷いた。


 そのやり取りを聞きながら、私は少し感心していた。


 オリヴァーさんは、ただ人を増やせばいいとは言わなかった。


 限られた人数で何を守るのか、ちゃんと考えているのだろう。


 こういう仕事は、私には向いていない気がする。


 ……いや、頼まれても困るけれど。


「それから、工事の件ですが」


 ローレンスさんが口を開いた。


「昨日奪われた工具のうち、いくつかは代わりがありません。すぐに工事が止まるわけではありませんが、予定していた作業の順番を変更する必要がありそうです」


「そうですか……」


 オリヴァーさんが眉を寄せた。


「不足しているものを一覧にしてください。次の補給便で優先して運んでもらいましょう」


「承知しました」


 私はブルーノさんたちの顔を思い浮かべた。


 せっかく作業が順調に進み始めたところなのに、盗賊のせいで予定を変えなければならないなんて。


 まったく、余計なことをしてくれたものだ。


     ◇


 報告が終わったあとも、ヴィクターさんとコンラートさんは天幕に残っていた。


 私たちも、街道周辺の警戒について少し話を聞くことになった。


「渡河点の周辺は、これまで以上に注意が必要ですね」


 コンラートさんが地図を見ながら言った。


「ただ、街道だけを見ていても、森の中から近づく相手には気づきにくいでしょう」


「そうですね」


 ヴィクターさんは地図の上で指を動かした。


「巡回の範囲を少し広げたいところですが、地形を把握していない場所へ警備兵を送り込むのも危険です」


「……それなら、以前調べた場所はどうでしょうか」


 私は思わず口を挟んだ。


 ヴィクターさんが顔を上げる。


「以前調べた場所、ですか?」


「ほら、開拓地の北側にある尾根です。私たち、前に登りましたよね」


「ああ、あそこですか」


 ヴィクターさんが頷いた。


 開拓地に来て間もない頃、私たちは周囲の地形を調べるために北側の尾根へ登った。


 そこからは東側の街道が一部見えたし、森の様子も確認できた。


 ただ、足場の悪いところがあって、見張り台を建てるには向いていないという話になったはずだ。


「常に誰かを置くのは難しいでしょうけれど、巡回のときに使えるかもしれませんね」


 私が言うと、コンラートさんが地図を覗き込んだ。


「街道の様子を確認できる場所があるのなら、一度調べてみる価値はありそうです」


「そうですね。ただ、以前は尾根の一部しか確認していません」


 ヴィクターさんは少し考えた。


「周囲の地形も含めて、改めて確認した方がよさそうです」


 私は頷いた。


 あの尾根には、確かにまだ調べていない場所があった。


 足場が悪くて近づかなかったところもあるし、森の奥へ続いているように見えた場所もある。


 もっとも、そこに何があるのかは分からない。


 ヴィクターさんは地図の上で街道沿いの巡回経路を書き直し、以前私たちが登った北側の尾根にも、小さな印をつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。