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【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

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第110話 新しい住人たち


 グリューンヴァルト大森林の開拓候補地に到着して、十三日目の朝。


 中央の草地では、いつもより早い時間から人が動き回っていた。


 東側の荷馬車置き場では、職人たちが資材を整理し、空いた場所へ新しい荷物を運び込めるようにしている。南側では排水路の工事が進み、最初に整備した区間からさらに溝が延ばされていた。天幕を張るための場所も増え、到着したばかりの頃に比べると、野営地はずいぶん広くなっている。


 それでも、建物と呼べるものはまだほとんどない。人が寝泊まりする場所は天幕が中心で、食料の保管場所や炊事場も、当面の使用を前提に作られたものだった。


 今日は、集結地に残っていた本隊が到着する予定になっている。


 八日目に送り出した伝令が集結地へ着き、準備を整えていた本隊が出発したのなら、そろそろ街道に姿を見せてもおかしくない頃だった。


「こっちの通路は空けておいてくれ! 荷馬車が入れなくなるぞ!」


 ブルーノの声が響いた。


 職人たちは東側に積まれていた木材を移動させ、荷馬車が通る場所を確保している。その少し離れたところでは、ローレンスが資材の置き場を確認しながら、荷下ろしの順番を指示していた。


 私とタクマも、冒険者たちの担当を決めるために集まっていた。


「荷下ろしを手伝う人と、到着した人たちを案内する人は分けた方がいいよね」


「そうだな。荷馬車の周りに人が集まりすぎると危ないし」


「じゃあ、案内係は中央の草地で待機してもらおうか」


 私が担当を書き込んでいると、タクマが炊事場の方へ目を向けた。


「それと、食事の方も確認しておきたいな」


「何か問題があるの?」


「今の設備じゃ、全員分を一度に作るのは厳しいと思う。人数が一気に増えるからな」


 現在の野営地にいるのは、最初の先遣隊と、後から到着した職人・資材班だ。本隊が合流すれば、開拓団は合わせて約二百人になる。


 食事を作る人数も増えるけれど、鍋やかまどが突然増えるわけではない。


「じゃあ、今日の夕食はどうするの?」


「本隊が持ってくる保存食も使えるはずだ。炊事担当と相談して、順番に配る形にした方がいいだろうな」


「分かった。そっちはタクマに任せるね」


「了解」


 タクマが炊事場へ向かったところで、ヴィクターが警備兵を連れてやってきた。


「リカさん、荷馬車の誘導について確認をお願いします」


「はい。冒険者の案内係は中央の草地に配置する予定です」


「助かります。荷馬車は一台ずつ東側へ入れますので、降りた方々が車輪の近くを歩かないよう、案内をお願いしたいのです」


「分かりました。子どもやお年寄りもいるんですよね?」


「ええ。歩くのが難しい方には、荷馬車を停めてから降りていただきます」


 ヴィクターは警備兵へ指示を出し、街道側の持ち場へ戻っていった。


 私も冒険者たちに担当を伝え、到着を待つことにした。


     ◇


 午後になって間もなく、東側の街道から荷馬車の列が現れた。


 先頭の荷馬車が見えたとき、野営地にいた人々の間から歓声が上がった。


「来たぞ!」


「本隊だ!」


 荷馬車はゆっくりと近づいてきた。


 先遣隊や職人・資材班のときとは違い、今回は荷台に座る女性や子どもの姿が見える。年配の人もいて、長い移動に疲れたのか、荷馬車の縁にもたれている人もいた。


 荷物もずいぶん多い。衣類や寝具、食器、生活道具などが積まれ、荷台からは鍋や木箱が覗いていた。


「荷馬車は一台ずつ進んでください! 歩ける方はこちらへ!」


 ヴィクターの声が響き、警備兵たちが誘導を始めた。


 私は中央の草地へ向かう人々を案内しながら、荷馬車の方へ目を配った。子どもが先に飛び降りようとして、母親に慌てて止められている。別の荷馬車では、年配の男性が降りるのを警備兵が手伝っていた。


 人と荷物が一度に動き始め、野営地はたちまち賑やかになった。


「すみません」


 荷馬車の近くで、女性に声をかけられた。


 振り返ると、三十歳くらいの女性が、小さな男の子の手を引いて立っていた。女性は茶色の髪を後ろでまとめ、肩から布袋を提げている。男の子は七歳くらいだろうか。母親の後ろに半分隠れながら、周囲をきょろきょろと見回していた。


「はい、どうしました?」


「子どもと一緒に寝られる場所は、どちらでしょうか? 荷物をどこへ運べばいいのか分からなくて」


「あ、それならこちらです。居住用の天幕へご案内しますね」


 私が答えると、女性はほっとした顔をした。


「ありがとうございます。クララ・フェルトと申します。こちらは息子のルーカスです」


「私はリカです。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 ルーカスは母親の後ろから顔を出し、小さな声で挨拶した。


「……こんにちは」


「こんにちは、ルーカス」


 私が笑いかけると、ルーカスは少しだけ表情を緩めた。


 クララたちを案内した先には、家族連れが使うための天幕が並んでいた。すでに何組かが荷物を運び込み、寝具を広げている。


「こちらが今日から使っていただく場所です。まだ仮の住まいですけど、しばらくはここで生活していただくことになります」


「分かりました。ありがとうございます」


 クララは天幕の中を覗き、少し考えるような顔をした。


「あの、寝具は自分たちで持ってきたものを使えばよろしいのでしょうか?」


「はい。足りないものがあれば、担当の人に相談してください」


「そうですか。実は、毛布を一枚しか持ってこられなくて……」


「それなら、予備がないか確認してみますね」


 私は近くにいた案内係へ声をかけ、寝具の保管場所を確認した。


 予備の毛布はまだ少し残っていたので、一枚を受け取って戻る。


「こちらを使ってください」


「助かります。ありがとうございます」


 クララは何度も礼を言い、ルーカスと一緒に荷物を運び込み始めた。


 その様子を見ていると、ルーカスが天幕の入口から顔を出した。


「ねえ、お姉ちゃん」


「ん?」


「ここ、森の中なの?」


「そうだよ。大きな森の中に、みんなで住む場所を作ってるんだ」


「……魔物もいる?」


「森の中にはいるよ。でも、周りは冒険者さんや警備兵さんが見張ってるから、勝手に遠くへ行かなければ大丈夫」


 ルーカスは少し考えてから頷いた。


「分かった。遠くへ行かない」


「うん。約束ね」


 私はそう言って、次の案内へ戻った。


     ◇


 夕方になると、荷下ろしはようやく一段落した。


 中央の草地には新しい天幕が並び、あちこちで荷物を整理する人々の姿が見える。子どもの声が聞こえ、洗濯物を広げる場所を探している女性たちもいた。


 私は空いた木箱を片づけながら、炊事場の方を見た。


 そこではタクマが、到着した人たちと何やら相談していた。


「だから、最初から全員分を一度に作るのは無理なんですよ」


「それなら、何回かに分けて配った方がいいですね」


 聞き覚えのある声だった。


 近づいてみると、クララがタクマと話していた。


「あれ、クララさん?」


「あ、リカさん。先ほどはありがとうございました」


「いえいえ。どうしたんですか?」


「以前、宿屋の厨房で働いていたことがあるんです。何かお手伝いできないかと思いまして」


 クララは数年前に夫を亡くし、それからは宿屋の厨房で働きながらルーカスを育ててきたという。今回の開拓団には、新しい仕事と住む場所を求めて参加したらしい。


「それは助かります」


 タクマが頷いた。


「今夜は保存食も使う予定なんですが、人数が多いので配るだけでも大変で」


「でしたら、先に子どもやお年寄りの分を用意しましょう。食事を受け取る場所も分けた方が混雑しないと思います」


「なるほど。それなら、こちらの鍋を使って……」


 二人はすぐに話し合いを始めた。


 クララは炊事場の配置を確認し、手の空いている人たちへ作業を振り分けていく。慣れているのか、説明も手際がよかった。


「タクマ、なんだか頼もしい人が来たね」


「本当にな。俺たちだけじゃ、こういう人数の食事を回すのは大変だから助かるよ」


 私は頷き、炊事場の邪魔にならないよう少し離れた。


 そのとき、近くで子どもの声が上がった。


「わあっ! 地面が動いた!」


 振り返ると、ルーカスが工事区域の手前で目を丸くしていた。


 その先では、エステルが土魔法を使い、地面の凹凸を均している。土がゆっくりと持ち上がり、別の場所へ移動する様子を、ルーカスは夢中になって眺めていた。


「すごい! あのお姉ちゃん、魔法使いなの?」


「そうだよ。エステルさんっていうんだ」


 私が近づいて答えると、ルーカスは興奮した様子で振り返った。


「地面が勝手に動いてる!」


「エステルさんが魔法で動かしてるんだよ」


「じゃあ、あのお姉ちゃんが全部作ってるの?」


「ううん。あそこにいる職人さんたちも一緒に作ってるんだ」


 私はエステルの後ろで作業している職人たちを指した。


 彼らは魔法で動かした土の高さを確認し、石を取り除きながら地面を固めていた。


「魔法で土を動かしたあと、ああやって使えるように仕上げるんだよ」


「へえ……」


 ルーカスは職人たちの作業をしばらく眺めていたが、やがて首を傾げた。


「僕も手伝える?」


「もう少し大きくなってからかな。今は危ない道具もあるから、近づいちゃ駄目だよ」


「そっか」


 少し残念そうにしていたルーカスだったけれど、すぐに別のことが気になったらしい。


「ねえ、リカお姉ちゃんも魔法使えるの?」


「うん。使えるよ」


「じゃあ、今度見せて!」


「いいよ。でも、今日はお母さんのところへ戻ろうね」


「うん!」


 私はルーカスを連れて炊事場へ戻った。


     ◇


 その日の夕食は、いつもよりずっと賑やかだった。


 炊事場の前には食事を受け取る人々が並び、中央の草地では家族ごとに集まって食べる姿が見られた。まだ天幕の中に荷物を片づけきれていない人も多く、食事を終えたあとも、あちこちで話し声が続いている。


 クララの提案で、子どもや高齢者から先に食事を受け取ってもらうことになった。配膳する場所も分けたおかげで、大きな混乱は起きずに済んでいる。


 私とタクマも配膳を手伝い、最後の方になってようやく自分たちの食事を受け取った。


「ふう……結構大変だったね」


「これから毎日この人数だからな。炊事場も広げないと」


「そうだね。水汲みも混みそうだし」


 私たちは空いている場所へ腰を下ろした。


 少し離れたところでは、クララとルーカスが並んで食事をしていた。


「お母さん、ここにずっと住むの?」


 ルーカスが尋ねる声が聞こえた。


「そうよ。これから少しずつ、お家を作っていくの」


「じゃあ、僕の部屋もできる?」


「できるように頑張りましょうね」


「僕、窓がある部屋がいい!」


「そうね。お家ができたら、職人さんにお願いしてみましょう」


 クララが笑うと、ルーカスも嬉しそうに笑った。


 私はその様子を見ながら、手元の食事へ視線を戻した。


「ねえ、タクマ」


「ん?」


「明日から、もっと忙しくなりそうだね」


「だろうな。今日は到着したばかりだから、みんな荷物を片づけるだけで精いっぱいだろうし」


「そうだよね」


「明日になったら、いろいろ足りないものが出てくると思うぞ」


 タクマはそう言って、食事を口へ運んだ。


     ◇


 翌朝、十四日目。


 タクマの予想は、見事に当たった。


 朝食の準備が始まる頃には、南側の水場へ向かう人々の列ができていた。水を汲むための容器を持った人たちが順番を待ち、その脇では洗濯をしたいという女性たちが、どこを使えばいいのか相談している。


 炊事場では鍋の数が足りず、別の場所から借りてこられないかという話になっていた。


 さらに、中央の草地では子どもが工事区域へ近づこうとして、職人に慌てて止められている。


「こらこら、そこは入っちゃ駄目だ!」


「えー、何してるのか見たい!」


「見るのはいいが、こっちへ来るなよ。危ないからな!」


 ブルーノが子どもたちを安全な場所へ移動させていた。


 私はその様子を見ながら、思わず苦笑した。


「昨日までは、こんなことなかったのにね」


「子どもが増えたからな」


 タクマも苦笑した。


「工事してる場所と、みんなが生活する場所を分けた方がよさそうだ」


「うん。オリヴァーさんに相談してみよう」


 私たちはオリヴァーの天幕へ向かった。


 すでにそこにはローレンスとブルーノ、ヴィクターが集まっていた。


「ちょうどよかった。お二人にもお話ししたいことがありました」


 オリヴァーは机の上の配置図を指した。


「人が増えたことで、生活に関する問題がいくつか出ています。優先順位を決めて、対応を進めたいと思っています」


 ローレンスが報告を始めた。


「まず、水場の混雑です。炊事用と生活用の水を汲む人が同じ場所へ集まっているため、朝の時間帯に列ができています」


「洗濯の場所も決めた方がいいですね」


 私が言うと、オリヴァーは頷いた。


「ええ。飲み水を汲む場所とは分ける必要があります」


 ブルーノが続けた。


「それと、工事区域の境界だな。今までは大人ばかりだったから口で言えば済んでたが、子どもが増えるとそうもいかん」


「警備兵にも注意するよう伝えていますが、工事のたびに人を立たせるのは難しいでしょう」


 ヴィクターも同意した。


「だったら、縄を張って区切った方がいいな」


 ブルーノは配置図へ指を置いた。


「この辺りまでを居住区域にして、こっちを工事区域にする。荷馬車が通る場所も分けておけば、少しは安全になるだろう」


「それでお願いします」


 オリヴァーは頷いた。


 話し合いはさらに続き、炊事場の拡張、洗濯場所の確保、生活ごみの集積場所についても担当が決まった。


 そこへ、炊事場の様子を確認していたクララが、担当者に案内されてやってきた。


「失礼します。水場について、少しご相談してもよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


 オリヴァーが答えると、クララは配置図を覗き込んだ。


「子どもやお年寄りが水を運ぶには、今の道が少し歩きにくいようです。朝は人も多いので、途中で転びそうになった方がいました」


「それは困りましたね」


「もし可能でしたら、水を汲む場所までの道をもう少し広くしていただけると助かります」


 ブルーノが地図を見ながら考え込んだ。


「踏み板を増やせば何とかなるかもしれんな。ただ、工事の方にも人手が必要だから、すぐに全部はできんぞ」


「少しずつで構いません。ありがとうございます」


 クララは丁寧に頭を下げた。


 オリヴァーはその意見も記録し、優先順位を確認した。


     ◇


 昼前になると、今度は物資の管理について話し合うことになった。


 ローレンスが持ってきた帳簿には、現在の食料や生活用品の残量がまとめられていた。


「本隊が運んできた分を加えても、この人数では消費が早くなります。今後は定期的に補給便を出してもらう必要がありますね」


 オリヴァーが帳簿を確認した。


「集結地や近隣の町から運んでもらうことになりますが、輸送の頻度は調整が必要ですね」


「資材もまだ足りません。特に木材と工具は、今後の建設が進むほど必要になります」


 ローレンスが付け加えた。


 ヴィクターは腕を組み、少し考えてから口を開いた。


「補給便には護衛を付けた方がよいでしょう。街道周辺の警戒は続けていますが、輸送路の全区間を常時守ることはできません」


「確かに。荷馬車が襲われれば、物資を失うだけでなく、運ぶ人たちも危険にさらされますね」


 オリヴァーが頷いた。


 同席していたコンラートも口を開いた。


「護衛を付けるなら、荷馬車の前後だけでなく、道幅の狭い場所にも注意が必要でしょう。隊列が伸びると、後方の異変に気づくのが遅れます」


「なるほど。護衛の人数だけでなく、配置も考えなければなりませんね」


 ヴィクターはそう答え、地図を確認した。


 今のところ、補給路で具体的な襲撃情報が入っているわけではない。それでも、これだけの人数が暮らす以上、食料や生活用品を運ぶ荷馬車は欠かせなかった。


「では、次の補給便から護衛を付けましょう」


 オリヴァーが決めた。


「ヴィクターさん、必要な人数と配置を検討してください。冒険者の皆さんにも、協力をお願いすることになると思います」


「承知しました」


「私たちも手伝いますよ」


 私が答えると、オリヴァーは礼を述べた。


 補給便の運行については、集結地側とも連絡を取りながら調整することになった。


     ◇


 話し合いを終えて中央の草地へ戻ると、ブルーノたちが居住区域と工事区域を分ける作業を進めていた。


 地面には一定の間隔で杭が打たれ、その間に縄が張られている。荷馬車の通路を横切らないよう、区切る場所も調整されていた。


「おう、リカさん。ちょうどいいところに来たな」


 ブルーノが手を振った。


「もうすぐ終わるぞ。これで子どもたちが工事の中へ入ってこなくなるといいんだが」


「ありがとうございます。朝から大変でしたもんね」


「まったくだ。あいつら、目を離すとすぐ近づいてくるからな」


 ブルーノが苦笑した。


 そのとき、近くから聞き覚えのある声がした。


「リカお姉ちゃん!」


 振り返ると、ルーカスがクララと一緒に歩いてきた。


「こんにちは、ルーカス」


「ねえ、これ何?」


 ルーカスは地面に打たれた杭と縄を指した。


「こっちには入っちゃ駄目なの?」


「そうだよ。向こうは職人さんたちが工事をしてる場所だからね。危ない道具もあるし、入らないようにしてほしいんだ」


「じゃあ、ここから見てるのはいい?」


「うん。お母さんと一緒ならね」


 ルーカスは頷き、クララの手を握った。


「分かった!」


「ありがとうございます、リカさん」


 クララが頭を下げた。


 私は二人を見送り、ブルーノたちの作業へ目を戻した。


「よし、これで最後だ」


 ブルーノが杭を地面へ打ち込んだ。


 職人の一人が縄を引き、隣の杭へしっかりと結びつける。ブルーノは縄の張り具合を確かめ、緩んでいないことを確認した。


「これで区切りは完成だ。道具を片づけるぞ!」


 職人たちは返事をすると、槌や余った縄をまとめ、荷車へ積み込んでいった。


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