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【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

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第109話 森を見渡す場所


 グリューンヴァルト大森林の開拓候補地に到着して、七日目の朝。


 中央の草地では、今日も朝早くから職人たちが働いていた。


 後続の職人と資材が加わったことで、野営地の整備は以前よりもずっと早く進むようになっている。南側では排水路の工事が続き、東側の荷馬車置き場にも新しい資材が積み上げられていた。天幕の数も増え、最初の夜には何もなかった草地に、少しずつ人が暮らす場所ができ始めている。


「エステルさん、今日はこっちから頼むぞ!」


「はい! でも、午前中はこの区間だけですよね?」


「分かってるって。ブルーノからも言われてるからな」


 職人たちのやり取りが聞こえてきた。


 エステルの土魔法を使う作業は、今ではブルーノがまとめて管理している。魔力の消耗を考えて作業時間も決められ、以前のようにあちこちから同時に呼ばれることはなくなったらしい。


 私はタクマと一緒に朝食を終え、今日の冒険者たちの担当を確認していた。


「南側の作業には三人、東側の荷馬車の整理に二人。残りは周辺警戒と交代要員だね」


「うん。今日は資材を動かす作業もあるから、そっちに何人か回してほしいって話だったな」


「分かった。じゃあ、あとで調整しておくよ」


 そこへ、ヴィクターが歩いてきた。


「リカさん、タクマさん。少しご相談したいことがあります」


「どうしたんですか?」


「北側の警戒についてです。今の配置でも野営地の周囲は確認できていますが、もう少し広い範囲を調べておきたいと思いまして」


 ヴィクターは持ってきた簡単な地図を広げた。


 野営地の北側には木々が密集した林があり、その奥には緩やかな尾根が続いているらしい。シエラが周辺を調べた際に見つけたものの、まだ詳しい地形までは確認できていなかった。


「尾根まで行けば、少し高いところから周囲を見られるかもしれません。街道側の様子も確認できれば、警備の配置を考えるうえで役立つと思います」


「なるほど。でも、結構距離があるんじゃない?」


「そこは実際に歩いてみないと分かりません。シエラさんにも同行していただけると助かるのですが」


 私はタクマと顔を見合わせた。


「じゃあ、オリヴァーさんにも相談してみようか」


「そうですね。人数を絞って調査するつもりです」


 私たちはオリヴァーの天幕へ向かった。


     ◇


 オリヴァーは調査の提案を聞くと、すぐに地図を確認した。


「北側の尾根ですか。確かに、あちらの地形はまだ十分に分かっていませんね」


「はい。常設の見張り場所にできるかどうかも含めて、一度確認したいと考えています」


 ヴィクターが説明すると、オリヴァーは頷いた。


「分かりました。ただ、野営地の警備が手薄にならないようにしてください」


「その点は考えています。私が不在の間は、警備隊の分隊長に現場の指揮を任せます。巡回と見張りの配置も、出発前に引き継いでおきます」


「それなら問題ありません。冒険者の皆さんも、必要な人数だけでお願いします」


 私たちは調査隊を五人に絞ることにした。


 私とタクマ、シエラ、コンラート、そしてヴィクターだ。


 コンラートには元王国軍隊長として、警備に使える地形かどうかを見てもらう。ヴィクターは実際に見張りを置く場合の人員や交代方法を考える役割だ。


 出発前、ヴィクターは警備兵たちを集め、留守を預かる分隊長へ指示を伝えた。


「北側の見張りは今の配置を維持してください。異変があれば、まず待機中の冒険者へ連絡を。私たちが戻るまで、無理に警戒範囲を広げる必要はありません」


「承知しました」


 分隊長が答えると、ヴィクターは巡回の担当表を渡した。


 私とタクマも冒険者たちに事情を説明し、工事の手伝いと警戒の担当を確認した。これで、私たちが数時間留守にしても野営地の仕事が止まることはない。


「……準備、できた?」


 弓を背負ったシエラが、いつの間にか近くに立っていた。


「うん。いつでも行けるよ」


「……じゃあ、こっち」


 シエラが北側の林へ歩き出し、私たちはその後を追った。


     ◇


 野営地を離れてしばらくは、比較的歩きやすい場所が続いた。


 とはいえ、人が通るための道があるわけではない。足元には木の根が張り出し、落ち葉の下に隠れた石も多かった。シエラは少し先を歩きながら、通りやすい場所を選んで進んでいく。


「……ここ、右」


「左じゃ駄目なの?」


「……倒木がある」


 言われて見てみると、左側には大きな木が倒れていた。幹の下をくぐれないこともなさそうだけれど、周囲には折れた枝が散らばっている。


「よく分かるね」


「……前に見た」


 シエラは短く答え、そのまま歩き続けた。


 林の奥へ進むにつれて、地面の傾斜が少しずつ急になっていった。太い木の根を跨ぎ、足場の悪い場所では近くの幹に手をつきながら登っていく。


「これ、荷物を持って歩くのは大変そうだな」


 タクマが言うと、コンラートも頷いた。


「この辺りは一列でしか進めませんね。人数を増やしても、かえって移動しづらくなるでしょう」


「警備兵を交代させるだけでも時間がかかりそうです」


 ヴィクターが周囲を見回した。


「もし見張りを置くなら、ここまでの通路を整える必要がありますね」


「そうですね。ただ、木を切れば済むという話でもなさそうです」


 コンラートは足元を指した。


「この傾斜では、雨が降った後に滑りやすくなるでしょう。道を作るなら、排水も考えなければなりません」


 私は近くの木の根を跨ぎながら、思わずため息をついた。


「野営地の整地だけでも大変なのに、こっちまで工事するとなったら大仕事だね」


「まずは使える場所かどうかを確かめるのが先だな」


 タクマが手を差し出してくれたので、それを借りて段差を越えた。


 その先でシエラが立ち止まった。


「……もう少し」


 見上げると、木々の間から明るい空が覗いていた。


     ◇


 尾根の上へ出たのは、昼前だった。


 そこは周囲より少し高くなった場所で、木々の間に開けた部分があった。足元には草が生え、ところどころに岩が露出している。


「わあ……結構高いところまで来たんだね」


 私は木々の間から下を覗き込んだ。


 遠くに、開拓地の中央の草地が見える。天幕の屋根や、東側に並んだ荷馬車も小さく確認できた。その向こうには、私たちが通ってきた街道の一部が続いている。


 ただし、すべてが見渡せるわけではない。大きな木に遮られている場所も多く、南側の水場周辺はほとんど見えなかった。


「ここからなら、街道の様子が少し分かりますね」


 ヴィクターが目を細めた。


「荷馬車の隊列が近づいてくるのを、早めに確認できるかもしれません」


「確かに。ただ、野営地まで知らせるのに時間がかかりますね」


 コンラートが答えた。


「見張りを置いても、何かあったときにすぐ戻れる距離ではありません」


「それに、交代するたびにあの斜面を登る必要があります」


「……下りる方も、危ない」


 シエラが付け加えた。


 私たちは周囲を歩き、見張りを置けそうな場所を探した。


 尾根の東寄りには、街道側が比較的よく見える場所があった。一方で、北側の向こうにはまだ調査していない森が広がっている。こちらからは地面の様子が分からず、どこまで歩けるのかも判断できなかった。


「向こう側も森が続いてるんだね」


「……うん。まだ、奥まで行ってない」


「今日はそこまで調べる時間はなさそうだな」


 タクマが空を見上げた。


「帰りも同じくらいかかるだろうし、無理に進まない方がいい」


 ヴィクターも同意した。


「今日は尾根の地形を確認することが目的です。奥の調査は別の機会にしましょう」


 コンラートは地図に簡単な印をつけ、見晴らしのよい場所と通りにくかった斜面の位置を記録していた。


     ◇


 昼過ぎ、私たちは尾根の東側をもう少し調べることにした。


 先ほどの開けた場所から少し進むと、地面に細かな石が増え、草の間から土が露出しているところがあった。斜面には雨水が流れたような筋が残っている。


 シエラが足を止めた。


「……ここ、気をつけて」


「どうしたの?」


「……土が薄い」


 私が尋ねると、シエラは斜面を指した。


「……雨で、流れてる」


 タクマが足元を確認しようと一歩踏み出した、そのときだった。


 靴の下で小石が動き、斜面を転がり落ちた。


「……そこ、崩れやすい」


 シエラがすぐに声をかけた。


 タクマは足を引き、元の場所へ戻った。


「危なかった。見た目じゃ分からないな」


「……踏むと、滑る」


 コンラートが近づき、地面の状態を確かめた。


「ここは見張りを置くには向きませんね。足場が不安定ですし、雨が降ればさらに危険になるでしょう」


「魔法で地面を固めることはできるかもしれないけど……」


 私がそう言うと、ヴィクターが首を振った。


「常設の見張り場所にするなら、専門の職人に確認してもらった方がよさそうです。今は無理に手を加えないでおきましょう」


「そうだね。変に触って崩れたら困るし」


 私は頷き、危険な場所から離れた。


 その後も周辺を確認したけれど、尾根の東側には同じように足場の悪い場所がいくつかあった。シエラが安全な経路を選んでくれたおかげで問題なく歩けたものの、大勢で通るには難しそうだった。


 ヴィクターは調査結果を地図へ書き込み、コンラートと相談した。


「当面は、ここに常設の見張りを置くのは見送った方がよさそうですね」


「私もそう思います。少人数なら歩けますが、交代要員や物資を運ぶとなると負担が大きいでしょう」


「では、追加調査が必要という形で報告しましょう」


 私たちは来た道を戻ることにした。


     ◇


 野営地へ帰り着いたのは、午後もだいぶ過ぎた頃だった。


 中央の草地では、相変わらず職人たちが作業を続けている。朝よりも排水路が伸び、東側では新しい天幕を張るための杭が打たれていた。


 私たちはオリヴァーのもとへ向かい、調査結果を報告した。


「尾根から街道の一部を確認できました。ただ、そこまでの道がかなり悪く、見張りを常駐させるには問題があります」


 ヴィクターが説明すると、オリヴァーは地図を覗き込んだ。


「なるほど。こちらの斜面は危険なのですね」


「はい。雨で土が流れた跡もありました。専門の職人に調べてもらう必要があると思います」


 ローレンスも地図を確認した。


「地盤が崩れやすい場所なら、実際に見てみないと判断できませんね。後日、何人か連れて調査に行きましょう」


「道の方も簡単じゃなさそうだな」


 ブルーノが腕を組んだ。


「倒木や木の根が多いなら、通路を作るだけでも結構な手間になるぞ。人が歩くだけならまだしも、資材を運ぶとなったら話は別だ」


「そうですね。今すぐ整備する必要があるかどうかも含めて、検討しましょう」


 オリヴァーはそう答え、ヴィクターへ向き直った。


「当面の警戒は、今の北側の配置を維持してください。尾根については追加調査を行い、その結果を見て判断しましょう」


「承知しました」


 ヴィクターが頷いた。


 コンラートも、尾根までの経路や足場の悪かった場所について補足した。オリヴァーはそれらを地図へ書き込み、ローレンスとブルーノに後日の調査を依頼した。


 これで、今日の調査はひとまず終了だ。


     ◇


 翌朝、候補地到着から八日目。


 野営地では、次に到着する本隊を迎えるための準備が始まっていた。


 中央の草地には新しい天幕を張る場所が確保され、東側の荷馬車置き場も少しずつ広げられている。食料は専用の保管場所へまとめられ、夜間に野生動物が近づかないよう、食べ残しの処理方法も決められていた。


 私はタクマと一緒に、冒険者たちの担当を確認していた。


「本隊が来たら、荷下ろしだけでも大変そうだね」


「そうだな。家族連れもいるだろうし、まずは安全に休める場所を確保しないと」


「じゃあ、到着した人たちの案内も必要かな」


「それもある。警備を減らしすぎないように、担当を分けておこう」


 私たちは冒険者たちを集め、荷下ろしと周辺警戒の役割を相談した。


 その後、オリヴァーの天幕へ向かうと、彼は集結地へ送る報告書をまとめているところだった。


「ちょうどよかった。お二人にも確認していただきたいことがあります」


「何でしょう?」


「本隊の受け入れについてです。現在の整備状況と、到着後に必要になる人員を報告書へまとめました」


 机の上には、開拓地の簡単な配置図と、作業の進捗を記した書類が並んでいた。


 中央の草地では整地が進み、後続の職人・資材班も到着済み。南側の排水路は最初の施工区間が完成し、現在も工事が続いている。


 北側の警戒については、尾根の調査結果も記載されていた。街道方面を確認できる場所はあるものの、常設の見張りを置くには追加調査が必要だという内容だ。


「本隊が到着するまでに、すべての整備を終えることはできません。それでも、最低限の野営場所は確保できる見込みです」


 オリヴァーが説明した。


「食料や生活用品も、追加で運んでもらう必要があります。特に家族連れの方々が増えると、今の備蓄だけでは足りなくなるでしょう」


「そうですね。到着したその日から食事は必要ですし」


 私が言うと、タクマも頷いた。


「炊事の人数も増やした方がよさそうですね。今の設備で一度に全員分を作るのは厳しいでしょうから」


「その点も書き加えておきます」


 オリヴァーは報告書へ追記し、最後に内容を確認した。


「では、これで送ります」


 彼は書類に署名し、封をした。


 外では、伝令の兵士が馬を用意して待っていた。


 オリヴァーが封書を渡すと、兵士は丁寧に受け取り、胸元の鞄へ収めた。


「集結地の担当者へ、確実に届けてください」


「承知しました」


 兵士は馬に乗り、東側の街道へ向かって走り出した。


 私たちがその姿を見送っていると、ヴィクターが近くの警備兵へ声をかけた。


「街道側の警戒を引き続きお願いします。本隊の荷馬車が到着する際には、昨日確認した誘導経路を使いますので、通路を塞がないようにしてください」


「了解しました!」


 警備兵は返事をすると、東側の持ち場へ戻っていった。


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