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【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

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第106話 グリューンヴァルトの森


 ハーグレイヴ伯爵領の集結地を出発して数時間が過ぎた頃、先遣隊は広い農地の間を抜け、東へ続く街道を進んでいた。


 荷馬車の数はノヴァグラードを出発したときよりも少なくなっている。集結地に残った人々のための荷物や、後から運び込む建築資材などが除かれたためだ。それでも、四十五人分の食料や野営道具、職人たちの工具や調査器具を運ぶ必要があり、隊列はそれなりの長さになっていた。


 私は前方を歩くヴィクターとタクマを眺めながら、隣のシエラに声をかけた。


「百人から四十五人になったのに、あんまり楽になった気がしないね」


「……人数が減った分、仕事が増えた」


「そうなんだよね。冒険者の配置とか、警備隊との連絡とか、考えることが結構あるんだよ」


「……代表、忙しい」


 シエラが淡々と言ったところへ、ちょうどタクマが戻ってきた。


「誰だよ、引き受けようって言ったの」


「私です」


 素直に手を挙げると、タクマは呆れたように笑った。


「まあ、引き受けた以上はちゃんとやらないとな。ヴィクターさんとも話したけど、今日は街道沿いを進むから、そこまで細かく隊列を分けなくても大丈夫そうだ」


「じゃあ、明日からが本番かな?」


「そうだな。森に近づけば道も狭くなるらしいし、荷馬車の通り方も考えないといけない」


 タクマは手元の簡単な配置図を見せてくれた。先頭と後方には警備兵を置き、冒険者は周辺の警戒と、必要に応じた前方偵察を担当する。職人たちは荷馬車とともに移動し、道の状態が悪い場所では車輪や荷物の確認を行うことになっていた。


 ノヴァグラードを出発した頃は、何か問題が起きるたびに誰へ伝えるべきか迷うこともあった。けれど、今は少なくとも連絡先がはっきりしている。タクマがヴィクターと相談している間も、冒険者たちは決められた位置を守って歩いていた。


 街道はよく整備されており、荷馬車の車輪が大きく跳ねることもない。道沿いには畑や牧草地が続き、ときおり農作業をしている人たちが手を振ってくれた。


 ただ、遠くに見える森は、進むにつれて少しずつ大きくなっていた。


     ◇


 一日目の夕方、私たちは街道沿いに設けられた野営地へ到着した。


 以前から旅人や商人が利用している場所らしく、地面は平らに踏み固められ、焚き火の跡も残っている。近くには小さな水場があり、荷馬車を停めるための広さも十分だった。


 ヴィクターが警備兵たちに指示を出し、周辺の警戒場所を決めていく。職人たちは荷馬車の車輪や道具を点検し、翌日の移動に備えて荷物を整理していた。


 私とタクマも冒険者たちを集め、夜間警戒の順番を確認した。


「今夜は三組に分けて交代で見張りをするよ。明日は森の近くまで進むから、休める人はちゃんと休んでね」


「了解。俺たちは最初の組でいいか?」


 コンラートが元部下たちを連れて近づいてきた。


「私を含め六名、最初の警戒を担当できます。後の時間帯はほかの方々に休んでいただければ」


「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」


「承知しました」


 コンラートたちは慣れた様子で装備を整え、警戒場所へ向かっていった。軍人として野営を繰り返してきた経験があるのだろう。見張りの位置や交代の手順について、細かな説明をする必要もなかった。


 ただし、今夜の警戒は冒険者だけで行うわけではない。ヴィクターが警備隊側の担当を決め、互いの見張りが重なりすぎないよう、タクマが配置を確認していた。


「タクマ、そっちは終わった?」


「ああ。警備隊と冒険者で、誰がどこを見るかは決まったよ」


「じゃあ、ようやくご飯だね」


「そうだな。今日はまだ余裕があるけど、明日からはどうなるか分からないし」


 私たちは焚き火の近くへ移動し、用意された夕食を受け取った。


 食事を終えた頃、オリヴァーが職人の班長とヴィクターを連れて、明日の行程を確認しているのが見えた。タクマも呼ばれたので、私とシエラも一緒に話を聞くことにした。


「明日は森の外縁部まで進む予定です。調査隊の報告では、途中から道幅が狭くなるそうですが、荷馬車は通れるとされています」


 オリヴァーが地図を広げると、職人の班長が道の一部を指した。


「ただ、雨が降った後は車輪が取られやすい場所もあるようです。場合によっては、荷物を降ろして通す必要があるかもしれません」


「そうなると、予定より時間がかかりますね」


 タクマが言うと、オリヴァーは頷いた。


「はい。無理に進んで荷馬車を壊すわけにはいきませんから、明日は少し余裕を持って出発しましょう」


 話がまとまると、シエラが森の方へ目を向けた。


「……明日から、道が変わる」


「そんなに違うの?」


「……木が増える。見通しも悪い」


「そっか。じゃあ、偵察も気をつけないとね」


 シエラは頷き、もう一度遠くの森を見つめた。


     ◇


 二日目の朝、先遣隊は予定どおり出発した。


 しばらくは昨日と変わらない街道が続いていたけれど、昼前には周囲の農地が少なくなり、代わりに背の高い木々が目立つようになってきた。道の両側には草や低木が茂り、場所によっては枝が荷馬車の幌に触れそうになっている。


 森へ向かう道は、決して獣道のようなものではなかった。以前の調査隊が通行しており、荷馬車が通れる程度には整えられている。ただ、石を敷いた街道とは違って土がむき出しの場所が多く、車輪の跡が深く残っているところもあった。


 途中、低くなった土地の一部がぬかるんでいるのを見つけた。周囲には水を含んだ草が広がり、少し離れた場所には浅い水たまりも残っている。


「こっちは通らない方がよさそうだね」


 私が言うと、シエラが地面を覗き込んだ。


「……雨の水が、残ってる」


「最近、そんなに降ったのかな?」


「……何度か、強く降ってる」


 シエラは道端の泥を指し、続いて少し先にある折れた枝を示した。泥の表面は乾き始めているものの、車輪の跡の底にはまだ水が溜まっている。折れた枝も切り口が新しく、葉がほとんど枯れていなかった。


「……雨と風。ここ数日」


「なるほど。そういうところを見るんだ」


 私が感心していると、タクマも近づいてきた。


「どうした?」


「シエラが、最近この辺りで強い雨が降ったみたいだって」


「そうなのか。確かに、道の状態はあんまりよくないな」


 タクマは荷馬車の車輪の跡を見てから、前方へ視線を向けた。


「この先も同じなら、今日は少し遅くなるかもしれないな」


 実際、その後の行程は思ったほど順調ではなかった。


 木の根が地面から露出している場所では荷馬車をゆっくり通し、泥の深い場所では職人たちが板を敷いて車輪を支えた。大きな問題にはならなかったものの、そのたびに隊列を止める必要があり、移動速度は昨日より明らかに落ちていた。


 昼過ぎ、シエラが地図を広げている私のところへ戻ってきた。


「……リカ」


「どうしたの?」


「……川、増えてるかも」


「川って、昨日話してた渡河地点?」


 シエラは頷いた。


「……この辺りの水が多い。上流も、雨が降ったはず」


 地図に記されている渡河地点は、開拓候補地へ向かう途中にある川の浅瀬だった。事前調査では荷馬車でも渡れるとされていたけれど、水量が増えていれば状況が変わっている可能性がある。


「じゃあ、明日は先に確認した方がいいね」


「……うん」


 私はタクマにも事情を伝え、今夜の打ち合わせで相談することにした。


     ◇


 二日目の夜は、森の外縁にある少し開けた場所で野営することになった。


 周囲には背の高い木々が並び、昨日の野営地と比べると空が狭く感じられる。日が沈むと森の中から虫の声や鳥の鳴き声が聞こえ、時折、何かが茂みを動く音もした。


 警備兵たちは野営地の周囲に見張りを配置し、冒険者たちも交代で警戒する。魔物が出る可能性もあるため、昨夜より少し警戒範囲を広げることになった。


 夕食後、私たちは焚き火の近くで地図を囲んだ。


「明日の渡河地点について、確認しておきたいことがあります」


 私が切り出すと、シエラが地図の一か所を指した。


「……ここ。調査では浅い。でも、今は水が増えてるかも」


 オリヴァーが地図を覗き込む。


「この川ですね。確かに、調査報告では荷馬車が通れる浅瀬とされています」


「……雨の後は、変わる」


 シエラの説明を聞いたヴィクターが頷いた。


「明日は、隊列を動かす前に渡河地点を確認した方がよさそうですね」


「私もそう思います。もし荷馬車が通れない状態なら、別の場所を探す必要がありますから」


 職人の班長も同意した。


 川を渡るだけなら、私たち冒険者にはそれほど難しくないかもしれない。けれど、重い荷物を積んだ荷馬車となると話は別だ。水深だけでなく、川底の状態や岸の傾斜も確認しなければならない。


「じゃあ、明日の朝は私たちが先に見てくるね。シエラと、偵察が得意な人を何人か連れていくよ」


「お願いします」


 オリヴァーは頷いた。


「その結果を確認してから、隊列を進めるか判断しましょう。通行が難しければ、別の経路も検討します」


「俺は荷馬車の方に残って、連絡を受けるようにします」


 タクマが言うと、ヴィクターも続けた。


「警備隊はこちらで待機させます。渡河できる場所が確認できたら、必要な人数を向かわせましょう」


 こうして、翌朝の手順が決まった。


 事前に決めていた連絡の流れを、そのまま使えばいい。誰かが新しく指示を考える必要もなく、各自が何をすればいいか分かっているのはありがたかった。


     ◇


 三日目の朝、私はシエラと数人の冒険者を連れ、渡河地点へ向かった。


 荷馬車の隊列は少し手前の広い場所で待機している。タクマはヴィクターと一緒に、後続の人たちへ状況を伝える役目を引き受けてくれた。


 森の中を進むにつれて、湿った土の匂いが強くなっていく。やがて木々の間から水の流れる音が聞こえ、私たちは川岸へ出た。


「……やっぱり」


 シエラが呟いた。


 川幅はそれほど広くないものの、水の流れは思っていたよりも速かった。事前調査の記録では、中央付近に浅い場所があり、荷馬車が通れるとされている。けれど、今はその辺りにも水が勢いよく流れ込んでいた。


「これ、荷馬車で渡れるのかな?」


「……危ない」


 シエラは川岸にしゃがみ込み、水面と川底の様子を確認した。


「……真ん中、深くなってる」


 私は少し離れた場所から川を眺めた。水量が増えたせいか、川の中央には小さな渦ができている。浅瀬の位置が変わっているのなら、事前調査のとおりに荷馬車を進めるのは危険だろう。


「別の場所を探した方がいいね」


「……上流を見る」


 シエラはそう言って、川沿いに歩き始めた。


 私たちも後に続く。川岸には草や低木が茂り、場所によっては倒木が行く手を塞いでいた。歩きやすい場所ばかりではなかったけれど、しばらく進むと川幅が少し広がり、流れが緩やかになっている場所が見つかった。


「……ここ」


 シエラが足を止めた。


 川底には小石が多く、水面も比較的穏やかに見える。ただ、岸の一部がぬかるんでおり、荷馬車が通れるかどうかは分からなかった。


「水は浅そうだけど、あの泥が気になるね」


「……職人に見てもらう」


「うん。私たちだけじゃ判断できないしね」


 私は同行していた冒険者の一人に、タクマたちへの連絡を頼んだ。


 しばらくして、ヴィクターが警備兵を連れ、職人の班長も道具を持ってやってきた。オリヴァーも同行している。


「こちらが新しい渡河地点ですか?」


「はい。シエラが見つけてくれました。水は浅そうなんですけど、荷馬車が通れるかは確認してもらいたくて」


 職人たちは長い棒で水深を測り、川底の硬さを調べ始めた。岸の傾斜も確認し、荷馬車の車輪が沈み込まないか慎重に見ている。


 しばらく調べた後、班長が顔を上げた。


「通行は可能だと思います。ただ、岸の一部が軟らかいので、板を敷いて補強した方がいいでしょう」


「荷馬車は何台ずつ通せますか?」


 タクマが尋ねる。


「一台ずつですね。道幅も狭いですし、前の荷馬車が完全に渡り終えるまで、次を進めない方が安全です」


「分かりました。じゃあ、順番に通すようにします」


 オリヴァーも頷いた。


「安全を優先してください。多少時間がかかっても構いません」


 こうして、渡河地点を少し上流へ変更することになった。


 ヴィクターが警備兵を両岸に配置し、職人たちは板を敷いて岸を補強する。タクマは荷馬車の順番を整理し、私は万が一に備えて魔法を使える位置で待機した。


 最初の荷馬車が川へ入ると、車輪が小石を踏む音が響いた。馬が少し足を止めたものの、御者が落ち着いて手綱を操り、無事に向こう岸へ渡ることができた。


「よし、次!」


 タクマの声で、二台目の荷馬車がゆっくりと動き始める。


 一台ずつ慎重に通すため、渡河には予想以上の時間がかかった。途中、岸の板がずれて敷き直す場面もあり、最後の荷馬車が渡り終えた頃には、すでに昼近くになっていた。


「思ったより時間がかかっちゃったね」


 私が言うと、タクマは額の汗を拭った。


「まあ、事故が起きるよりはずっといいだろ。荷馬車が一台でも動けなくなったら、もっと大変だっただろうし」


「それもそうだね」


 オリヴァーも渡河を終えた荷馬車を確認し、職人の班長に声をかけた。


「この経路は、後続の荷馬車にも使えそうですか?」


「今の水量なら通れます。ただ、雨が続けばまた状況が変わる可能性がありますし、一台ずつしか通れないので時間はかかります」


「分かりました。では、地図に変更を記録しておきましょう。集結地にも報告を送る必要がありますね」


 管理を担当する職員が帳簿を開いた。


「伝令を出す場合、馬でどれくらいかかりますか?」


「この道の状態ですと、集結地まで一日から一日半ほどでしょう」


 ヴィクターが答えた。


「荷馬車なら三日かかりますが、伝令なら途中で荷物の積み替えも必要ありません。ただ、森の中は馬を飛ばせない場所もありますから、半日で戻れるような距離ではありません」


「なるほど。では、候補地へ到着した後、ほかの報告と合わせて伝令を出しましょう」


 オリヴァーはそう決めると、地図に新しい渡河地点を書き込ませた。


 予定より時間はかかったけれど、全員が無事に川を渡ることができた。あとは候補地まで進むだけだ。


     ◇


 渡河を終えた先遣隊は、再び森の中を進み始めた。


 道は相変わらず狭く、荷馬車が通るたびに枝を避けたり、車輪の位置を確認したりする必要があった。それでも、川を越えてからは大きな障害もなく、午後になると木々の間に少しずつ明るい場所が見え始めた。


 やがて、前方を歩いていた警備兵から声が上がった。


「候補地が見えました!」


 私は思わず歩く速度を上げた。


 木々の間を抜けた先には、思っていたよりも広い空間が広がっていた。周囲を森に囲まれているものの、中央には草地があり、ところどころに低木や切り株が残っている。以前の調査隊が手を入れたのだろう。倒木が端へ寄せられ、荷馬車が通れるように枝を払った跡も見えた。


 ただし、そこはまだ人が暮らせる場所とは言い難かった。


 地面には草が生い茂り、場所によっては大きな石や木の根が露出している。建物を建てるには整地が必要だし、荷馬車を停める場所も決めなければならない。近くには水場があると聞いているけれど、実際に使えるかどうかはこれから確認する必要があった。


「ここが、開拓候補地なんだね」


 私が呟くと、タクマも周囲を見回した。


「思ったより広いな。でも、やることは山ほどありそうだ」


「……まず、周りを見る」


 シエラが言った。


「うん。そうだね」


 私は冒険者たちを集め、周辺の偵察を始めることにした。


「まずは野営する予定の場所と、その周囲を確認するよ。あまり遠くまで行かず、何か見つけたらすぐ報告してね」


 斥候が得意な冒険者を中心に何組かに分け、森の中へ送り出す。シエラもその一組に加わり、周囲の地形や魔物の痕跡を確認しに向かった。


 その間、ヴィクターは警備兵を待機させ、オリヴァーと職人たちは地図を広げて調査予定の場所を確認していた。


 しばらくすると、偵察に出ていた冒険者たちが順番に戻ってきた。


「北側は大丈夫そうです。少し先に倒木がありますけど、魔物の痕跡は見つかりませんでした」


「西側も問題ありません。ただ、地面が少し軟らかい場所があります」


 シエラも戻ってきて、周辺の様子を報告した。


「……南側、水場がある。近くに獣の足跡。でも、新しくない」


「分かった。ありがとう」


 私はそれぞれの報告をタクマと確認し、ヴィクターへ伝えた。


「野営予定地の周囲に、今のところ大きな危険はなさそうです。ただ、西側に地面の軟らかい場所があるので、荷馬車を停めるなら避けた方がいいと思います」


「承知しました。では、警備兵を配置します」


 ヴィクターが指示を出し、警備兵たちが野営地の周囲へ移動していく。


 その配置が終わると、ようやく職人たちが地盤や水場の調査を始めた。


 長い棒を地面に突き立てて硬さを確かめる者、測量器具を使って土地の高低差を調べる者、水場の状態を確認する者。それぞれが持ち場へ向かい、作業を進めていく。


 オリヴァーは職人の班長から説明を受けながら、調査結果を確認していた。


「ここに荷馬車を停めることはできますか?」


「地面を少し均せば可能だと思います。ただ、雨が降ったときの水の流れも確認しておきたいですね」


「分かりました。今日は無理に作業を進めず、必要な場所を調べることを優先しましょう」


 渡河に時間がかかったため、すでに夕方が近づいていた。本格的な整地や仮設設備の設置は、明日以降に回すことになりそうだ。


 職人の班長がタクマに声をかけたのは、その直後だった。


「すみません、荷馬車を停める場所について相談したいんですが」


「はい。どの辺りですか?」


 タクマが対応しようとすると、今度は別の冒険者から私にも声がかかった。


「リカさん、北側の林をもう少し見てきてもいいですか? 倒木の向こうが気になってまして」


「いいけど、暗くなる前に戻れる範囲にしてね。誰か一緒に行ける人はいる?」


「一人、声をかけてみます」


 その冒険者が仲間を探しに行くのを見送ると、タクマがこちらを振り返った。


「……着いた途端に忙しいな」


「本当だね。少しは休めると思ったんだけど」


「まあ、明日の準備もあるしな。とりあえず、荷馬車の方を見てくるよ」


「うん。お願い」


 そこへシエラが戻ってきた。


「……リカ」


「どうしたの?」


「……南側、もう少し見ておきたい」


「そっちも? じゃあ、誰か一緒に行ける人を探そうか」


「……一人で大丈夫」


「駄目。さっき、みんなに二人以上で動いてって言ったばかりでしょ」


 シエラは少し考えてから、素直に頷いた。


「……分かった」


 私は近くにいた冒険者に声をかけ、シエラと一緒に南側を確認してもらうことにした。北側へ向かった二人にも、日没前に戻るよう改めて伝えておく。


 その間にも、広場では職人たちが地面の状態を調べ、警備兵が野営予定地の周囲を見回っていた。荷馬車はまだ一か所に集められたままで、どこへ移動させるかの判断を待っている。


 しばらくして、タクマが職人の班長を連れて戻ってきた。


「リカ、ちょっといいか?」


「どうしたの?」


「荷馬車を停める場所なんだけど、中央の草地より少し東側の方が地面が硬いらしい。ただ、そっちに寄せすぎると警備の人たちが通る場所が狭くなるんだって」


 班長が地図を広げ、候補地の東側を指した。


「荷馬車を一列に並べれば通路は確保できます。ただ、今夜は荷物を全部降ろさず、必要なものだけ出す形にした方がいいでしょうね」


「なるほど。それなら、警備隊にも確認した方がよさそうだね」


 私たちはヴィクターを呼び、荷馬車の配置について相談した。


 ヴィクターは現地を歩いて確かめた後、警備兵が巡回する通路を残せば問題ないと答えた。ただし、東側の林に近い場所には見張りを一人追加したいという。


「分かりました。じゃあ、その配置でオリヴァーさんに相談しよう」


 タクマが言ったところで、南側の確認に出ていたシエラたちが戻ってきた。


「……リカ」


「おかえり。どうだった?」


「……水場の近く、地面が軟らかい。野営には向かない」


 一緒に行った冒険者も頷いた。


「水を汲みに行く分には問題なさそうですが、荷馬車や天幕を置く場所にはしない方がいいと思います。足跡も確認しましたけど、新しい魔物の痕跡はありませんでした」


「ありがとう。北側の二人はまだ戻ってないから、もう少し待とうか」


 その後、北側へ向かった冒険者たちも日没前に戻ってきた。倒木の先に大きな障害はなく、野営地の近くで危険な痕跡も見つからなかったという。ただし、木々が密集して見通しの悪い場所があるため、夜間はそちらにも注意した方がよさそうだった。


 私は各組の報告をまとめ、タクマと一緒にオリヴァーのところへ向かった。


「周辺の追加確認が終わりました。今のところ、野営地の近くに大きな危険は見つかっていません。ただ、南側の水場付近は地面が軟らかいので、天幕や荷馬車を置くのは避けた方がよさそうです」


「ありがとうございます。北側はいかがですか?」


「倒木の先も確認できました。通行はできますけど、見通しが悪い場所があるので、夜間の警戒を少し厚くした方がいいと思います」


 オリヴァーは頷き、ヴィクターと職人の班長にも意見を求めた。


 職人の班長は、中央から東側にかけての地盤が比較的安定していることを説明し、ヴィクターは警備兵の配置と巡回路について報告した。三人は地図を見ながら何度か確認し、荷馬車の位置と天幕を張る範囲を決めていく。


「では、今夜は中央の草地を野営場所とし、荷馬車は東側へ一列に配置しましょう。南側の水場付近には天幕を張らず、北側には見張りを増やしてください」


 オリヴァーがそう告げると、ヴィクターと職人の班長がそれぞれ頷いた。


「承知しました。警備隊に伝えます」


「こちらも荷馬車の移動を始めます。日が暮れるまでには、必要な荷物を降ろせるでしょう」


「お願いします。本格的な整地と設備の設置は、明日の朝から始めることにします」


 指示が伝わると、それまで待機していた人たちが動き始めた。荷馬車は東側へ移動し、職人たちは中央の草地に天幕を張る位置を決めていく。ヴィクターも警備兵を集め、夜間の巡回経路を確認していた。


 私とタクマは冒険者たちを呼び、警備隊の配置に合わせて見張りの組み合わせを決めた。コンラートたちには最初の時間帯を任せ、ほかの冒険者にも交代の順番を伝えていく。


 全員の担当が決まる頃には、広場の中央で最初の天幕が張り終わっていた。


「……リカ」


「ん? どうしたの、シエラ?」


「……ご飯、まだ?」


「あっ、そうだった! もう準備できてるかな?」


 振り返ると、炊事を担当する職人たちが大鍋を運び出しているところだった。薪に火がつき、焚き火の上へ鍋が据えられる。


「よし、タクマも呼んでこよう!」


「……うん」


 私はシエラと一緒に、荷馬車の方にいるタクマを探しに向かった。


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