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【完結】脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
【第6章】森の向こうの未来 

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第101話 新天地への誘い


 ノヴァグラードの街門が見えてきたとき、私は思わず大きく息を吐いた。


 ワルシャリアへ向かったときには、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。大公国の公王ロデリックとの謁見だけでも十分に大きな出来事だったのに、気がつけばグリューンヴァルト大森林の開拓事業に参加することまで決まってしまったのだ。しかも、公王陛下からは領地や爵位の話まで持ち出されたのだから、今になって振り返っても驚くことばかりだった。


 もちろん、私もタクマもその申し出は断った。私たちはこれからも冒険者として生きていく。その気持ちに変わりはないし、だからこそ今回の仕事も引き受けたつもりだった。


 それにしても、さすがに疲れた。公王との謁見では緊張の連続だったし、その後も開拓計画について考えることが山ほどあった。ようやく見慣れた街へ帰ってきたのだから、今日くらいは何も考えずに過ごしたい。


「あー……やっと帰ってきた。今日はもう家でゆっくりしたいなあ」


 街門をくぐりながらそう呟くと、隣を歩いていたタクマが呆れたように笑った。


「いや、リカ。まずはギルドに報告だろ」


「……明日じゃ駄目?」


「駄目だろ。公王様と会って、開拓事業の話まで決まったんだから。バルザックさんには早めに伝えないと」


「うう……正論を言わないでよ」


「俺だって休みたいけどさ。ここまでが仕事だって」


 タクマはそう言って、私の肩を軽く叩いた。少し後ろを歩いていたシエラも、いつもの無表情で頷いている。


「……タクマが正しい」


「シエラまで……」


「……報告は、大事」


「分かってるってば」


 二対一では勝ち目がない。私は渋々ギルドへ向かうことにした。


 大通りには荷馬車が行き交い、店先では商人たちが声を張り上げている。冒険者らしい格好をした人々もあちこちに見え、ノヴァグラードはいつもどおりの賑わいを見せていた。マリアベルでは今も戦争が続いているけれど、この街には変わらない日常がある。そんな光景を眺めているうちに、帰ってきたのだという実感が少しずつ湧いてきた。


「……まあ、報告だけならすぐ終わるよね」


「そうだといいけどな」


「……長くなると思う」


「シエラ、そういうこと言わないでよ……」


 結局、私の願いが叶うことはなかった。


     ◇


 冒険者ギルドの扉を開けると、受付にいたエリナがすぐにこちらへ気づいた。


「あっ、リカ! タクマもシエラも、お帰り!」


「ただいま、エリナ」


「お帰り! どうだった、ワルシャリアは? 公王陛下には会えたの?」


「うん。会えたよ。……それどころじゃない話になっちゃったけど」


「えっ、何それ。気になるんだけど!」


 エリナが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。私はどこから説明したものかと考えたけれど、ここで話し始めたら長くなるのは目に見えていた。


「それをバルザックに報告しに来たんだ」


「ああ、それならちょうどよかった! ギルドマスターから、リカたちが戻ったらすぐに通すように言われてるよ」


「……バルザックが?」


「うん。何か急ぎの話があるみたい」


 どうやら、向こうにも用事があるらしい。私はエリナに手を振り、タクマたちと一緒に二階の執務室へ向かった。


「終わったら話聞かせてよ!」


「話せる範囲でね!」


 背後から聞こえたエリナの声にそう返し、階段を上がる。


 執務室の扉を叩くと、中から聞き慣れた低い声が返ってきた。


「入れ」


「ただいま、バルザック」


「おう、帰ったか。ご苦労だったな」


 バルザックは机の上に広げていた書類から顔を上げ、私たちを見渡した。


「どうだった、ワルシャリアは?」


「いやあ、それがさ。思ってたよりずっと大きな話になっちゃって……」


「グリューンヴァルト大森林の開拓事業か?」


「……え?」


 私は思わず足を止めた。まだ何も説明していないのに、どうしてその話を知っているのだろう。


「なんで知ってるの?」


「お前たちが戻るより先に、ワルシャリアから早馬が来てるんだよ」


 バルザックは机の上の書類を軽く叩いた。


「大公国から正式な通達だ。新しい街を造るため、冒険者ギルドにも協力を要請するとな」


「……もうそんな話まで来てるんだ」


「公王陛下が直々に動いてるんだ。そりゃあ早いさ」


 バルザックは椅子に座り直し、改めて私たちを見渡した。


「で、お前たちは引き受けたんだな?」


「うん。私もタクマも、冒険者として協力することにしたよ」


「俺も参加します。よろしくお願いします」


「……私も」


 シエラも短く答えた。


「そうか。まあ、お前らならそう言うと思ってたよ」


 バルザックは小さく笑い、机の上の書類をこちらへ向けた。


「なら、ちょうどいい。これから人選の話をしようと思ってたところだ」


     ◇


 バルザックが広げた書類には、開拓事業の大まかな人員計画が記されていた。


 初期の開拓団は、およそ二百人。行政官や測量士、警備兵、木こり、大工、土木作業員、輸送担当など、さまざまな仕事をする人々が集められる予定らしい。そのうち、冒険者ギルドから派遣する人数は二十五人程度を想定しているという。


「二十五人かあ。結構な人数だね」


「そうだな。しかも、普通の討伐依頼とは違う。開拓地に長期間滞在して、魔物の討伐や周辺調査、護衛なんかを引き受けてもらうことになる」


 バルザックは書類の一部を指で示した。そこには冒険者に求められる仕事がいくつも書き出されており、魔物の討伐や索敵だけでなく、資材輸送の護衛、伐採区域の安全確認、開拓地周辺の巡回なども含まれていた。


「腕が立つだけじゃ駄目だ。長期間、集団で行動できるか。警備隊や現地の役人と協力できるか。そういうところも見なきゃならん」


「……確かにね」


 冒険者の中には、一人で行動することを好む人もいる。そうした人たちが悪いわけではないけれど、今回のような大規模な事業では、周囲と足並みを揃えることも大切になるだろう。自分の判断だけで動いてしまえば、ほかの作業員や警備隊まで危険に晒すことになりかねない。


「それでだ。お前たちからも、参加させたい奴がいれば名前を挙げてみろ」


 私は少し考えたあと、真っ先に思い浮かんだ人の名前を口にした。


「コンラートさんたちはどうかな?」


「コンラート・アイゼンフェルトか」


「うん。あの人たちは元々マリアベルの王国軍にいた人たちだし、集団行動にも慣れてるでしょ。それに、今回の開拓事業はマリアベルから逃れてきた人たちの受け入れにも関係するんだよね」


「ああ。そう聞いてる」


「だったら、コンラートさんたちにも手伝ってもらえたらと思って」


 バルザックは腕を組み、少し考えた。


「悪くないな。あいつらは冒険者になってからも仕事ぶりが堅実だ。軍隊上がりだけあって、護衛や警戒任務にも慣れている。開拓地でも十分に役立つだろう」


「……六人、だったな」


 シエラが確認するように言った。


「うん。コンラートさんを含めて六人」


「よし。本人たちが承諾するなら、候補に入れておこう」


 私はほっとした。コンラートたちが一緒なら、開拓地で元兵士の人々と接する際にも心強い味方になってくれるはずだ。王国軍にいた経験があるからこそ、軍を離れた人たちがどんな不安を抱えているのかも理解できるだろう。


「それから……ユリウスとミレイユにも声をかけてみたいんだけど」


「ほう。あの二人か」


 バルザックは少し意外そうな顔をした。


 ユリウスとミレイユは、以前ノヴァグラードへやってきたマリアベル出身の若い冒険者だ。私たちが新人研修を担当したこともあり、顔を合わせれば挨拶を交わす仲になっている。まだ経験は浅いけれど、仕事には真面目に取り組んでいるし、少しずつ冒険者として成長しているようだった。


「今回の仕事なら、勉強になることも多いんじゃないかなって。もちろん、本人たちが行きたいって言えばだけど」


「……危険も多いぞ」


「分かってるよ。二人だけで危険な場所へ行かせるつもりはないし、経験のある人たちと組んでもらうことを前提に考えてる」


 バルザックはしばらく考えていたが、やがて頷いた。


「まあ、本人たちに話を聞いてみるくらいはいいだろう。若い奴らにも、経験を積む機会は必要だからな。ただし、嫌がるなら無理に誘うなよ」


「もちろん!」


 そのとき、隣で話を聞いていたタクマが口を開いた。


「あと、土魔法が得意な魔導士って、どれくらい集められそうですか?」


「土魔法?」


「はい。森を切り開いて街を造るんですよね。だったら、地面をならしたり、道を整備したりできる人が多い方が便利かなって。魔物と戦うだけじゃなくて、そういう作業も手伝ってもらえれば、かなり助かると思うんです」


 バルザックは感心したように頷いた。


「なるほどな。確かに、土魔法の使い手がいれば土木作業はずいぶん助かるだろう。魔導士はどうしても戦闘能力で評価されがちだが、今回の仕事なら別の能力も生かせそうだ」


「ですよね。できれば何人か欲しいところです」


 ……何人か。


 その言葉を聞いた瞬間、私は嫌な記憶を思い出してしまった。


 以前、ボーマンのログハウスを建てたときのことだ。あのときは地面を平らにしたり、基礎を整えたり、資材を動かしたりと、散々魔法を使わされた。最初は少し手伝うだけのつもりだったのに、気がつけば次から次へと仕事が増えていて、途中からは自分が冒険者なのか土木作業員なのか分からなくなっていたくらいである。


 もちろん、家が完成したときは嬉しかったし、今となってはいい思い出でもある。けれど、あの作業をもう一度やれと言われたら、正直なところ少し考えてしまう。


「……リカ?」


 タクマがこちらを見た。


「どうした? なんか急に元気なくなったけど」


「……いや、ちょっと昔のことを思い出して」


「昔?」


「……ボーマンの家」


 シエラがぼそりと言った。


「あっ」


 タクマはすぐに思い当たったらしい。


「ああ、あれか!」


「……あれだよ」


 私がじとっとした目を向けると、タクマは笑いをこらえるような顔をした。


「でも、リカも土魔法が使えるし、今回も頼りにされるんじゃないか?」


「……だから嫌な予感がするんだよ!」


 思わず声が大きくなってしまった。


 バルザックが何事かという顔をしているので、私は慌てて咳払いした。


「……いや、何でもない」


「何でもない顔じゃなかったぞ」


「……気にしないで」


 これから募集される土魔法使いの人たちには、今のうちに心の中で謝っておこうと思った。きっと、とても忙しくなるだろうし、私自身も他人事では済まない気がしてならなかった。


     ◇


「それから、もう二人ほどお願いしたい人がいるんだけど……」


 私は少し遠慮がちに切り出した。


「誰だ?」


「フリーダと、クルシュ」


 その名前を聞いた途端、バルザックは即座に首を横に振った。


「駄目だ」


「……えっ、まだ何も説明してないんだけど」


「説明されなくても分かる。駄目だ」


「……そんなあ」


 思わず情けない声が出てしまった。


 フリーダとクルシュは、私がノヴァグラードで冒険者として暮らしてきた中でも、特に親しくしている二人だ。腕も確かだし、長い付き合いがある。できることなら、今回も一緒に行きたかった。


「お前なあ。今回、誰が抜けると思ってるんだ?」


「……私とタクマと、シエラ。それから、コンラートさんたち……」


「そうだ。Aランク二人に、優秀な斥候、それに元軍人の一団だ。それだけでも相当な戦力減なんだぞ」


 バルザックは机を指で叩いた。


「そのうえフリーダとクルシュまで連れていかれたら、ノヴァグラードの依頼を誰が片づけるんだ。商隊の護衛も、周辺の魔物討伐も、全部止めるわけにはいかんだろうが」


「……それは、そうだけど」


「分かってるなら諦めろ」


 私は口を尖らせた。けれど、バルザックの言うことが正しいのも分かっている。開拓地に人を集めることは大切だが、そのためにノヴァグラードの街を守る人がいなくなってしまっては意味がない。


 この街には、冒険者たちの仕事を頼りにして暮らしている人が大勢いる。魔物が出れば討伐に向かわなければならないし、街道を行く商人たちには護衛が必要だ。私たちが長期間いなくなるからといって、そうした仕事までなくなるわけではない。


「……分かったよ」


「よし。物分かりがよくて助かる」


「……納得はしてないけど」


「それで十分だ」


 バルザックは平然と答えた。


 ……この人、こういうところは本当に容赦がない。


     ◇


 会議を終えた私たちは、さっそくコンラートさんを探すことにした。


 幸い、彼はその日のうちにギルドへ戻ってきた。ちょうど受付で依頼の完了報告を済ませたところらしく、私たちに気づくと、いつものように背筋を伸ばした。


「でんっ……リカさん!」


 ……今、絶対に殿下って言いかけたよね。


「こんにちは、コンラートさん」


「こ、こんにちは。ワルシャリアへ向かわれたと伺っておりましたが、お戻りになられたのですね」


「うん。実は、そのことでちょっと相談があるんだ。今、時間ある?」


「もちろんです」


 コンラートさんは即座に頷いたが、私が周囲へちらりと目を向けると、何かを察したように声を落とした。


「……場所を移した方がよろしいでしょうか」


「そうしてもらえると助かるかな」


 私たちはギルドの奥にある小さな談話室を借り、コンラートさんに事情を説明した。


 マリアベルから割譲されたグリューンヴァルト大森林の一部に、新しい街を造ること。大公国が主導する開拓事業で、私たちは冒険者として参加すること。そして、戦争で故郷を離れた人々や、軍を離れた元兵士たちが、新しい生活を始められる場所にしたいという構想があること。


 話を聞き終えたコンラートさんは、しばらく考え込んでいた。


「……なるほど。そのような計画が進んでいたのですか」


「うん。それでね、もしよかったら、コンラートさんたちにも参加してもらえないかなって」


 私がそう尋ねると、コンラートさんは迷うことなく答えた。


「喜んでお供いたします」


「……えっ、もう決めちゃうの?」


「はい。私個人としては、断る理由がございません」


 あまりにも早い返事に、こちらが驚いてしまった。


 コンラートさんは穏やかに微笑んだ。


「我々は王国軍を離れ、冒険者として新しい人生を歩み始めました。幸い、今ではこのノヴァグラードで仕事を得て、仲間たちと暮らすことができています。しかし、同じように軍を離れた者たちの中には、いまだ行き場を見つけられずにいる者も多いでしょう」


 私は静かに頷いた。


「その者たちが新しい生活を始める手助けができるのであれば、これほど意義のある仕事はありません。それに、殿下がそのような道をお選びになったのであれば、私としても力になりたいと思います」


「……ありがとう、コンラートさん」


「もっとも、王女殿下への忠誠だけで申し上げているわけではありません。私自身、冒険者としてこの仕事に価値を感じております」


 その言葉が嬉しかった。


 コンラートさんは、私が王女だから無条件に従うというわけではない。自分自身の経験や、これからの生き方を考えたうえで、参加を決めてくれたのだ。王国軍にいた頃の立場を離れた今も、自分にできることを探している。その姿勢は、私が冒険者として生きていきたいと思う気持ちとも、どこか重なるように感じられた。


「ただ、仲間たちにも確認しなければなりませんね」


「あ、そうだよね。いきなり六人全員を誘っちゃってごめん」


「いえ。部下たちも、きっと異論はないはずです。長く行動を共にしてきた者たちですから、考えていることはよく分かります」


 コンラートさんはそう言って、少し誇らしげに笑った。


「私から事情を説明しておきましょう。正式なお返事は、その後でもよろしいでしょうか」


「もちろん! 無理に誘うつもりはないから、みんなで相談して決めてね」


「承知しました。ありがとうございます」


 コンラートさんは丁寧に頭を下げた。


 まだ全員の参加が決まったわけではない。それでも、彼の言葉を聞いていると、きっと心強い仲間になってくれるだろうという気がした。


     ◇


 次に声をかけたのは、ユリウスとミレイユだった。


 二人はちょうどギルドの酒場で食事をしていたところで、私たちが近づくと驚いたように顔を上げた。


「あっ、リカさん!」


「こんにちは、ユリウス。ミレイユも」


「こんにちは……」


 ミレイユが少し遠慮がちに挨拶する。


 私たちは空いている席に座り、開拓事業について説明した。二人とも最初は不思議そうな顔をしていたけれど、話が進むにつれて、その表情は驚きへと変わっていった。


「……新しい街を造るんですか?」


 ユリウスが目を丸くした。


「うん。まだ何もない森の中だけどね。大公国が本格的に開拓することになったんだ」


「すごいですね……」


 ミレイユも驚いている。


「それで、もし二人がよかったら、一緒に来ないかなって思って」


「……俺たちが、ですか?」


 ユリウスは戸惑ったように聞き返した。


「でも、俺たち、まだDランクですよ? そんな大きな仕事に参加して、役に立てるんでしょうか」


「もちろん、危険な仕事を二人だけに任せたりはしないよ。経験のある人たちも一緒だし、いろいろな仕事があるから」


 私はそう説明した。


「魔物を倒すだけが冒険者の仕事じゃないし、周辺の警戒や物資の護衛、開拓する人たちの手伝いなんかも必要になると思うんだ。二人なら、きっとできることがあるよ」


 タクマも頷いた。


「俺たちだって、最初から何でもできたわけじゃないからな。経験を積むには、いい機会だと思うよ」


 ユリウスはしばらく考え込んでいた。ミレイユも何かを迷っているようで、時折ユリウスの顔を見ながら、小さく頷いたり首を傾げたりしている。


「……少し、二人で相談してもいいですか?」


「もちろん。急いで決めなくても大丈夫だよ」


 二人は席を離れ、少し離れたところで小声で話し始めた。


 私はその様子を見ながら、少しだけ懐かしい気持ちになった。


 私も冒険者になったばかりの頃は、新しい依頼を受けるたびに緊張していた。知らない土地へ向かうことも、強い魔物と戦うことも、すべてが初めてだった。自分にできるだろうかと不安になることもあったけれど、そうした経験を重ねるうちに、少しずつ自分にできることが増えていった。


 もちろん、開拓事業は普通の冒険とは違う。危険な魔物だけでなく、慣れない集団生活や長期間の野営など、苦労することも多いだろう。それでも、二人にとって何かを得られる機会になればいいと思う。


 やがて、ユリウスとミレイユが戻ってきた。


「……リカさん」


「うん?」


「俺たち、参加したいです」


 ユリウスは少し緊張した顔で、けれどはっきりと言った。


「まだ未熟ですけど、せっかく声をかけてもらったんです。新しい土地で、自分たちにできることをやってみたいと思います」


 ミレイユも小さく頷いた。


「……私も。マリアベルから逃げてきた人たちが、安心して暮らせる場所を造るお仕事なら……手伝ってみたいです」


「……ありがとう、二人とも!」


 私は嬉しくなって、思わず笑顔になった。


「これからよろしくね!」


「はい!」


 ユリウスが元気よく答える。


 ミレイユも、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


     ◇


 そして最後に、フリーダとクルシュのところへ向かった。


 ……正直、少し気が重かった。


 バルザックから参加を断られたことを、どう説明したものだろう。フリーダの性格を考えれば、素直に納得してくれるとは思えないし、かといって黙って出発するわけにもいかない。


 そんなことを考えながらギルドの酒場へ戻ると、ちょうど二人が依頼を終えて帰ってきたところだった。


「おう、リカじゃねえか!」


 フリーダが私たちに気づき、大きく手を振った。


「帰ってたのか! ワルシャリアはどうだった?」


「ただいま、フリーダ。実は、ちょっと大きな話があってさ……」


「大きな話?」


 フリーダは興味津々といった様子で身を乗り出した。


 私は、グリューンヴァルト大森林の開拓事業について説明した。新しい街を造ることになったこと、冒険者ギルドからも人員を派遣すること、そして私たちがその仕事に参加すること。


 すると、話を聞き終えるよりも早く、フリーダの目が輝き始めた。


「なんだそりゃ! 面白そうじゃねえか!」


「……うん、そうなんだけど」


「森を切り開いて新しい街を造るんだろ? 魔物だっているんだろ? いいじゃねえか! あたしも行くぞ!」


「……あのね、フリーダ」


「クルシュ! お前も行くだろ!」


 突然話を振られたクルシュは、少し困ったように微笑んだ。


「興味深いお話ではありますが……まずはリカさんのお話を最後まで聞きましょう」


「ん?」


 フリーダがこちらを見た。


 私は申し訳ない気持ちになりながら、口を開いた。


「実は、バルザックに相談したんだけど……フリーダとクルシュは、ノヴァグラードに残ってほしいって」


「…………は?」


 フリーダの表情が固まった。


「……なんでだよ?」


「今回、私たちが長期間いなくなるから、これ以上この街の戦力を減らせないって……」


「ふざけんな!」


 予想どおりの反応だった。


「面白そうな仕事じゃねえか! あたしだって行きてえよ!」


「フリーダ、落ち着いてください」


「落ち着いてられるか! リカたちだけずりいじゃねえか!」


 フリーダは勢いよく立ち上がり、ギルドの奥へ向かおうとした。クルシュが慌てて腕をつかんだけれど、彼女はまったく聞く耳を持たない。


「ちょっとバルザックに文句言ってくる!」


「フリーダ、待ってください!」


 けれど、そのときだった。


「文句なら、ここで聞いてやるぞ」


 低い声が響いた。


 振り向くと、いつの間にかバルザックが立っていた。騒ぎを聞きつけて出てきたのだろう。腕を組んだまま、呆れたようにフリーダを見ている。


「……バルザック!」


「何だ、その顔は」


「何であたしたちは駄目なんだよ!」


「さっきリカにも説明しただろうが。お前らまで抜けたら、この街の仕事が回らん」


「でもよ!」


「でもじゃない」


 バルザックはぴしゃりと言った。


「お前たちがいなくなったら、ノヴァグラードの周辺で魔物が出たとき、誰が対応するんだ。商隊の護衛はどうする? 新人の面倒は誰が見る?」


「……それは」


「開拓地が大事なのは分かる。だが、この街の暮らしだって同じくらい大事なんだよ」


 フリーダは口を閉じた。しかし、まだ納得した様子ではない。腕を組んでそっぽを向き、いかにも不満だと言わんばかりの顔をしている。


 バルザックはそんな彼女を見て、少し考えるように顎を撫でた。


「……そうだな。お前がここに残ってくれるなら、Aランクへの昇格を推薦してやってもいいぞ」


「…………は?」


 今度は、先ほどとは違う意味でフリーダの動きが止まった。


「Aランク?」


「ああ。リカとタクマ、Aランクが二人も抜けるんだからな。こちらとしても代わりが欲しい」


「……マジか?」


「もちろん、推薦したからといって必ず昇格できるわけじゃない。審査はある。だが、お前の実力なら十分に狙えるだろう」


 フリーダは黙り込んだ。さっきまであれほど騒いでいたのに、急に真剣な顔で考え始めている。冒険者にとってAランクへの昇格は大きな目標だし、受けられる依頼も報酬も変わってくる。フリーダだって、その意味はよく分かっているはずだった。


 すると、クルシュがそっと彼女の耳元へ顔を寄せた。


「……フリーダ。リカさんとタクマさんがAランクになってから、どれだけ稼いでいるかご存知でしょう?」


「…………」


 フリーダの眉がぴくりと動いた。


「……クルシュ」


「はい?」


「……いつも家で飲んでる蒸留酒、もう一つ上のランクにしていいか?」


 クルシュはにっこりと微笑んだ。


「許しましょう」


「よし! 残る!」


 即答だった。


「……ええっ!?」


 思わず声が出てしまった。さっきまであんなに行きたがっていたのに、蒸留酒の銘柄を一つ上げられると分かった途端、この変わりようである。


 タクマも隣で笑いをこらえていた。


「……決断が早いな」


「……酒は、大事」


 シエラがぼそりと言った。


 バルザックは満足そうに頷いた。


「よし。決まりだな」


「おう! 任せとけ!」


 フリーダは胸を張った。


「この街はあたしが守ってやる! その代わり、Aランクの推薦、忘れんなよ!」


「分かってるよ」


 バルザックは呆れたように笑った。


 クルシュはそんなフリーダを見つめ、穏やかに微笑んでいる。きっと彼女は、フリーダが何を言えば納得するのか、最初から分かっていたのだろう。


「……まったく、現金なんだから」


 私が呟くと、フリーダは豪快に笑った。


「当たり前だろ! 冒険者は稼いでなんぼだ!」


 ……それも、確かにそうなのだけれど。


 私は苦笑しながら、二人の顔を見つめた。


 一緒に行けないのは残念だった。けれど、ノヴァグラードに残って街を守ってくれる人がいるからこそ、私たちは安心して新しい土地へ向かうことができる。バルザックがフリーダたちを引き留めたのも、それだけ二人を頼りにしているからなのだろう。


「じゃあ、フリーダ。クルシュ。こっちは任せたよ」


「おう! お前らも気をつけて行ってこい!」


「リカさん、タクマさん、シエラさん。どうかお気をつけて。私たちも、こちらでできることをしておきますから」


「ありがとう、クルシュ」


 フリーダはにやりと笑った。


「帰ってきたら、土産話を山ほど聞かせろよ! あと、面白い魔物がいたらちゃんと教えろ!」


「うん、約束する!」


 私は笑顔で頷いた。


     ◇


 その日の夕方、私とタクマはようやく家へ戻った。


 久しぶりの我が家は、やはり落ち着く。荷物を置き、旅の間に溜まった疲れを追い出すように椅子へ腰を下ろすと、タクマも向かいの席で大きく息を吐いた。


「いやあ……帰ってきたと思ったら、また大仕事だな」


「本当にね。今日は休めると思ったのになあ」


「だから、先に報告しておいてよかっただろ?」


「……それは認める」


 私が渋々答えると、タクマは楽しそうに笑った。


 それにしても、今日一日で開拓事業に参加する仲間がずいぶん具体的になった。


 私とタクマ、シエラの三人に、コンラートさんたち六人。そして、ユリウスとミレイユの二人。コンラートさんの仲間たちから正式な返事をもらう必要はあるけれど、全員が参加してくれれば十一人になる。


 冒険者ギルドから派遣される予定の二十五人には、まだ足りない。残りの十四人ほどは、これから公募で集めることになるという。


 バルザックは、マリアベルから流れてきた冒険者たちの中にも、応募する者がいるかもしれないと言っていた。


 故郷を離れ、新しい土地で仕事を探している人たち。その中には、コンラートさんたちのように軍を離れた人もいれば、ユリウスやミレイユのように、戦争を避けて移り住んできた人もいる。それぞれ事情は違うけれど、新しい場所で生きていこうとしていることは同じなのかもしれない。


 今回の開拓事業は、そうした人たちにとっても、一つのきっかけになるのだろう。


「それにしても、街を造るってどんな感じなんだろうな」


 タクマが楽しそうに言った。


「まだ何もない森なんでしょ?」


「ああ。でも、そこに道ができて、家が建って、店ができて……少しずつ人が増えていくんだろうな」


 彼は遠くを見るような目をした。


「俺、前の世界では家を売る仕事をしてたからさ。そういうの、ちょっと楽しみなんだよ」


「……そうなんだ」


「もちろん、俺が建てられるわけじゃないけどな。でも、家が一軒建つだけでも、そこに住む人の暮らしが始まるだろ? それが何十軒、何百軒って増えていくんだから、すごいことだと思うんだ」


 タクマは少し照れたように笑った。


 私はそんな彼を見ながら、嬉しくなった。


 タクマがこの仕事に興味を持ってくれていることが、何より心強かった。彼は元の世界で住宅を売る仕事をしていたと言っていたけれど、きっとただ家を売るだけではなく、そこに暮らす人たちの生活にも関わっていたのだろう。


 私は王宮で育ったから、街がどうやって造られていくのかを実際に見たことはない。道路も建物も、私が生まれる前からそこにあった。けれど、今回の開拓地では、そうしたものが何もないところから少しずつ形になっていくのだ。


 その光景を、タクマと一緒に見られるのは楽しみだった。


 私たちは、王宮へ戻る道も、爵位を受ける道も選ばなかった。けれど、それは何も背負わずに生きていくということではない。自分たちで選んだ仕事に、自分たちの意志で向き合う。それが、今の私たちの生き方なのだと思う。


「……ねえ、タクマ」


「ん?」


「新しい街、どんなところになるかな」


「さあな。でも、きっと面白いところになるよ」


 彼はそう言って笑った。


「何しろ、リカがいるんだからな」


「……それ、どういう意味?」


「いや、いろいろ起きそうだなって」


「ちょっと!」


 私が抗議すると、タクマは楽しそうに笑った。


 ……まったく、失礼なんだから。


 けれど、私もつられて笑ってしまった。


 グリューンヴァルト大森林。まだ見ぬその場所で、どんな人たちと出会い、どんな出来事が待っているのだろう。


 きっと、楽しいことばかりではない。魔物もいれば、危険な仕事もあるだろう。大勢の人が集まれば、意見がぶつかることだってあるはずだ。


 それでも、何もない森の中に新しい街が生まれ、そこに人々の暮らしが根づいていくのだとしたら、その手助けをしてみたい。


 そう思えることが、今は少し嬉しかった。


 新しい街へ向かう旅は、もう始まっているのだから。


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