第96話 王女を知る者
コンラートたち六人が冒険者ギルドに登録してから、数日が経った。
彼らはバルザックの指示どおり、近郊の商隊護衛や物資運搬といった依頼を中心に仕事を始めていた。元軍人だけあって、隊列を組んで移動することや、野営地の警戒、荷物の管理などには慣れているらしい。最初の護衛依頼を終えた商人からも、時間を守り、指示された仕事をきちんとこなしてくれたという報告があったそうだ。
もっとも、仕事が順調だからといって、ギルドの中で歓迎されているわけではなかった。
その日の昼過ぎ、私とタクマが依頼を探しに訪れると、酒場の隅にコンラートたちの姿があった。六人で一つのテーブルを囲み、次に受ける依頼について相談しているようだったけれど、その周囲の席だけが妙に空いている。
少し離れたところでは、ほかの冒険者たちが彼らを横目に見ながら何かを話していた。聞こえてきた言葉の中には、あまり友好的とは言えないものも混じっている。
「……まだ、あんな感じなんだね」
私が小さく呟くと、タクマもそちらへ目を向けた。
「まあ、登録して数日だからな。仕事ぶりがよくても、すぐに印象が変わるわけじゃないだろう」
「うん……」
彼らがマリアベルの元兵士だという事実は、仕事を一つ終えた程度では消えない。ノヴァグラードの冒険者たちが戦争によって受けた影響も、それだけ大きかったということなのだろう。
戦争そのものに関わっていなかった人たちまで、結果として苦しい思いをすることになった。街を守るために戦った冒険者たちにとっては、マリアベルという名前を聞くだけで、あの日のことを思い出してしまうのかもしれない。
もちろん、コンラートたちが直接何かをしたわけではない。けれど、そうした事情を一人ひとりに説明したところで、すぐに納得してもらえるとも思えなかった。
それでも、コンラートたちは目立った揉め事を起こしていないらしい。先日、バルザックに様子を尋ねたときも、今のところ問題はないと聞かされていた。
私たちが依頼掲示板へ向かおうとしたところで、コンラートがこちらに気づいた。
「リカさん、タクマさん」
彼は仲間たちに一言断ってから席を立ち、私たちのところへ歩いてきた。
「先日はありがとうございました。おかげさまで、何とか仕事を始めることができました」
「ううん。ちゃんと依頼をこなしてるって、バルザックから聞いたよ」
「まだ簡単な仕事ばかりですが、少しずつ慣れていこうと思っております。軍にいた頃とは勝手の違うことも多いので、学ばなければならないことも少なくありません」
コンラートはそう言って、少しだけ笑った。
以前の面談でも感じたことだけれど、この人は自分の経験を必要以上に誇ろうとしない。軍人として長く働いてきたことは確かなのに、冒険者としては新人なのだと、きちんと理解しているようだった。
軍隊では命令系統がはっきりしていて、部隊に与えられた任務を遂行することが仕事になる。けれど、冒険者は自分たちで依頼を選び、報酬や危険性を考えながら仕事を引き受けなければならない。
護衛のように軍人としての経験を生かせる仕事でも、依頼主との交渉やギルドへの報告など、慣れないことは多いのだろう。
「ほかの人たちとは、うまくやれてる?」
私が尋ねると、コンラートは一瞬だけ酒場の方へ視線を向けた。
「……まだ、難しいところはありますな」
「そっか……」
「ですが、仕事をしていれば、いずれ顔を覚えていただけるでしょう。焦ってどうにかなるものでもありませんので」
そう答える彼の表情は落ち着いていた。
ただ、仲間たちのいるテーブルへ目を向けると、若い兵士の一人が少し不機嫌そうな顔をしている。コンラート自身は冷静でも、全員が同じように受け止められるわけではないのだろう。
彼らがこの街で暮らしていくには、仕事を覚えるだけでなく、周囲の人たちとの関係も少しずつ築いていかなければならない。コンラートは、その両方を理解しているようだった。
私がそんなことを考えていると、コンラートが少し言いにくそうに口を開いた。
「……ところで、お二人に少しお時間をいただけないでしょうか」
「え? 何かあったの?」
「仕事のことではないのですが……できれば、人目のないところでお話ししたいことがありまして」
その言葉を聞いた瞬間、私は前回の面談の終わりに尋ねられたことを思い出した。
以前、どこかでお会いしませんでしたか。
あのときは、マリアベルの出身だからどこかですれ違ったのかもしれないと答えた。コンラートもそれ以上追及しなかったけれど、もしかすると、まだ気になっているのだろうか。
「……私だけ?」
「いえ、タクマさんがご一緒でも構いません。むしろ、その方がよろしいかもしれませんな」
私はタクマを見た。
彼も何となく察したらしく、小さく頷いてくれる。
「分かりました。空いてる部屋がないか、受付で聞いてみましょう」
「ありがとうございます」
私たちは受付にいたエリナに声をかけ、ギルドの奥にある小さな部屋を借りることにした。
前回の面談で使った部屋とは違い、こちらは机と椅子が三脚あるだけの簡素な部屋だった。窓から差し込む昼の光が床に四角い模様を作っており、酒場の賑やかな声も、扉を閉めると遠くに聞こえる程度になる。
私とタクマが並んで座ると、コンラートは向かい側の椅子に腰を下ろした。
「突然、このようなお願いをして申し訳ありません」
「ううん。大丈夫だよ。それで、話って?」
コンラートは少しだけ姿勢を正した。
「先日の面談の終わりに、妙なことをお尋ねしましたな」
「……以前、会ったことがないかって話?」
「はい。あのときは、私の思い違いかもしれないと思ったのですが、どうしても気になりまして」
やっぱり、その話だった。
私はできるだけ表情を変えないようにしながら、続きを待った。
「七年ほど前、私は王都マリアベルクを訪れたことがあります。当時は地方軍の士官でしたが、王国軍の式典に参加する機会がありまして」
「……式典?」
「はい。王国各地の部隊から士官が集まり、王宮で陛下への謁見も行われました」
七年前。
その頃の私は、まだ王宮で暮らしていた。
王国軍の式典には何度か出席したことがある。もっとも、私にとっては、長い挨拶や堅苦しい儀式が続く、あまり楽しい行事ではなかった。
父や兄たちは当然のように参加していたけれど、私はいつも、早く終わらないかなと思っていた気がする。
式典の間は、決められた場所に座り、決められた順番で挨拶をし、誰かに話しかけられれば王女らしく返事をする。そうした一つひとつが、当時の私には窮屈で仕方がなかった。
それでも、王族として参加しなければならない行事なのだから、途中で抜け出すわけにもいかない。私はいつも、式典が終わったあとに少しだけ自由な時間ができることを楽しみにしていた。
「そのとき、王女殿下のお姿を拝見しました」
コンラートは静かに言った。
「リカルティール王女殿下です」
私は思わず息を止めそうになった。
隣のタクマは何も言わず、私の様子を見守っている。
「もちろん、直接お話ししたことはありません。私は地方から参列した士官の一人にすぎませんでしたので、殿下に近づく機会などありませんでした」
コンラートはそこで少しだけ懐かしそうな表情を浮かべた。
「ですが、式典が終わったあと、王宮の中庭で一度だけ、殿下のお姿を見かけたことがあります」
「……中庭?」
「はい。警備に当たっていた若い兵士に、殿下が話しかけておられました」
私は記憶を探った。
王宮の中庭で兵士と話したことなら、何度もある。
王宮の警備兵たちは、私が子供の頃から顔を合わせている人も多かった。もちろん、仕事の邪魔にならないように気をつけてはいたけれど、見知った人を見かければ挨拶くらいはするし、暇そうにしている人がいれば話しかけることもあった。
ただ、七年前のどの日に、誰と何を話したのかまでは覚えていない。
「その兵士は、地方から応援に来ていた若者でした。初めて王宮の警備を任されたらしく、ひどく緊張していたのを覚えています」
コンラートは続けた。
「殿下は、その兵士に何かを尋ねておられました。遠くからでしたので、すべては聞き取れませんでしたが、兵士が慌てて姿勢を正すと、殿下は笑って、そんなに緊張しなくてもいいとおっしゃっていたようです」
「……そんなこと、あったかな」
「殿下にとっては、何でもない出来事だったのでしょう」
コンラートは穏やかに笑った。
「ですが、私には少し印象に残りました。王女殿下といえば、式典で遠くから拝見するような方だと思っておりましたので。あの若い兵士に対しても、ずいぶん気さくに接しておられたのです」
私は少し恥ずかしくなった。
別に、立派なことをした覚えはない。ただ、目の前にいる人が緊張していたから、普通に話しかけただけなのだろう。
けれど、コンラートにとっては、その何でもない光景が記憶に残っていたらしい。
王宮での私は、いつも王女として見られていた。何をしても、誰と話しても、そこには王族という立場がついて回る。
だからこそ、ただ普通に話しかけただけのことを、こんなふうに覚えている人がいるのは、少し不思議な気持ちだった。
「先日、リカさんとお話ししたとき、そのことを思い出したのです」
「……私と話したときに?」
「はい。あなたは我々が元王国兵であることを知っても、身構えることなく話を聞いてくださいました。私の部下が不満を口にしたときも、すぐに否定せず、まず言い分を聞いてくださった」
コンラートは私の顔を見た。
「その話し方や、相手に接する様子が、あのときの王女殿下と、どうにも重なるのです」
私は返事ができなかった。
顔を覚えていたというだけなら、七年も経っているのだから人違いだと言えたかもしれない。
けれど、コンラートが覚えていたのは、顔だけではなかった。
王宮で暮らしていた頃の、私の何気ない振る舞いまで覚えていたのだ。
「もちろん、七年も前のことです。私の思い違いかもしれません」
コンラートは慎重に言葉を選んだ。
「ですが、リカさんがマリアベルのご出身だと伺ってから、どうしても気になってしまいまして」
私は膝の上で手を組んだ。
どう答えるべきだろう。
今まで、私の正体を知っている人は限られていた。バルザックやフリーダ、クルシュ、それにシエラ。タクマはもちろん、私が王女だったことを知っている。
けれど、彼らはそれぞれ事情があって秘密を知った人たちだ。
コンラートは違う。
王国軍に所属していた元士官で、今も父への忠誠を失っていない人だ。
もし私が王女だと知ったら、王宮へ戻るように言われるかもしれない。父に知らせようとする可能性だってある。
私はもう、王女としての暮らしへ戻るつもりはなかった。
けれど、目の前のコンラートが嘘をついているとも思えなかった。
彼は私を問い詰めているわけではない。ただ、自分の記憶にある王女と、目の前にいる冒険者が同じ人物なのか、確かめようとしているだけだった。
もし私が否定すれば、それ以上は追及しないかもしれない。
そう思えるくらいには、コンラートの態度は慎重で、こちらの意思を尊重しようとしているように見えた。
私は隣のタクマを見た。
彼は小さく頷いた。
どうするかは、私が決めていい。
その表情は、そう言っているように見えた。
「……コンラートさん」
「はい」
「もし、私がその王女だったら、どうしますか?」
コンラートは少し驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐに答えることはしなかった。
私の言葉を確かめるように、しばらく静かに考えている。
「……そうですな」
やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「まずは、ご無事であったことを喜ぶでしょう」
その答えは、私が予想していたものとは少し違っていた。
王宮へ戻るべきだとか、陛下に知らせなければならないとか、そういう言葉が返ってくると思っていたからだ。
私は少しだけ肩の力を抜いた。
「……私は、リカルティールです」
コンラートが顔を上げる。
「グスタフ王の娘、リカルティール・マリアベルです」
しばらく、誰も口を開かなかった。
コンラートは私の顔を見つめ、それからゆっくりと椅子から立ち上がろうとした。
「殿下……!」
「ま、待って!」
私は慌てて声を上げた。
「ここではそういうの、やめてください!」
コンラートは動きを止めた。
「……失礼いたしました」
彼は少し戸惑った様子で、再び椅子に腰を下ろす。
その様子を見て、タクマが小さく笑った。
「リカ、もうちょっと落ち着いてもいいんじゃないか?」
「だって、いきなり立ち上がるんだもん!」
「いや、コンラートさんも驚いただろうし」
「それは分かるけど……!」
私がそう言うと、コンラートも少し困ったように笑った。
「申し訳ありません。長年の習慣というものは、なかなか抜けませんな」
「……うん。それは、何となく分かる気がする」
私だって、王宮で暮らしていた頃の癖が、今でも時々出てしまうことがある。
七年も冒険者として生活しているのに、ふとした拍子に王女だった頃の言葉遣いや振る舞いが顔を出すのだから、人の習慣というのは簡単には変わらないものらしい。
コンラートは改めて姿勢を正した。
「……それにしても、驚きました。王女殿下が、このようなところで冒険者をしておられるとは」
「うん。いろいろあってね」
「七年前、殿下がご療養中であると伺っておりました。その後もお姿を拝見する機会はなく……」
私は少しだけ苦笑した。
王宮を出たあと、私が病気療養中ということになっていたのは知っている。
父やアルフォンスたちが、私の不在を隠すために考えた説明だった。
「……実はね、七年前に王宮を出たんです」
「王宮を……?」
「うん。ずっと王女として暮らしていくのが嫌になっちゃって。自分の知らない世界を見てみたかったし、誰かに決められた人生じゃなくて、自分で選んで生きてみたかったの」
私は、王宮を出てからのことを簡単に話した。
冒険者として暮らし始めたこと。いろいろな人に助けられながら、少しずつ仕事を覚えていったこと。そして、タクマと出会い、一緒に旅をするようになったこと。
もちろん、すべてを詳しく説明したわけではない。
けれど、今の私が自分の意思でこの暮らしを選んでいることだけは、きちんと伝えておきたかった。
王女だった頃の私にとって、冒険者という仕事は、物語の中に出てくる遠い世界のものだった。
けれど、実際にその世界へ飛び込んでみれば、楽しいことばかりではなかった。危険な魔物と戦うこともあれば、依頼に失敗して落ち込むこともある。食事や宿を自分で手配しなければならないし、誰かが何でも用意してくれるわけでもない。
それでも、私はこの暮らしが好きだった。
自分で仕事を選び、自分の足で知らない場所へ向かい、そこで出会った人たちと関わっていく。大変なこともあるけれど、その一つひとつが、自分の人生を生きているのだと感じさせてくれる。
そして今は、タクマが隣にいる。
それだけで、王宮を出た頃には想像もしていなかったほど、毎日が賑やかで楽しいものになっていた。
「お父様のことは心配です」
私はそう言って、少しだけ視線を落とした。
「今もメルキアで戦っていることを知っていますし、無事でいてほしいと思っています。王国がどうなってしまうのかも、もちろん気になります」
コンラートは黙って聞いていた。
「でも、私は王女には戻りません。今は、リカとして生きていきたいんです」
自分で口にしてみると、その言葉は思っていた以上にはっきりしていた。
父のことを大切に思っている気持ちは、今も変わらない。
王国が平和になってほしいとも思っている。
けれど、だからといって、私が王女に戻らなければならないわけではない。
私はもう、自分の人生を自分で選んでいるのだから。
コンラートはしばらく考え込んでいた。
やがて、少しだけ苦笑する。
「……私が申し上げられる立場ではありませんな」
「え?」
「私も、戻ろうと思えば王軍へ戻れる身です。それでも、自分の意思で別の道を選びました」
私は彼の顔を見た。
「もちろん、殿下と私では立場が違います。王女殿下には王女殿下のお立場があり、私には軍人としての責任がありました。簡単に同じだと言うつもりはありません」
コンラートは静かに続けた。
「ですが、戻ることだけが忠義の形ではないと、私は思いたいのです」
その言葉を聞いて、私は少しだけ胸が温かくなった。
コンラートは父への忠誠を捨てたわけではない。
それでも、もう戦場には戻らないと決めた。
私も父を大切に思っているけれど、王女としての暮らしには戻らない。
理由も立場も違うけれど、私たちはそれぞれ、自分の意思で別の道を選んだのだ。
誰かを大切に思うからといって、その人が望む役割を、必ずしも自分が引き受けなければならないわけではない。
もちろん、責任を投げ出していいという話ではないのだろう。
それでも、自分の人生をどう生きるのかを決めることまで、誰かに委ねる必要はないはずだ。
コンラートの言葉は、私がずっと考えてきたことを、少し違う角度から教えてくれたような気がした。
「……ありがとうございます、コンラートさん」
「いえ。私こそ、殿下のお話を伺えてよかったと思っております」
「あのね、その『殿下』っていうの、やめてもらえる?」
コンラートは少し驚いたように瞬きをした。
「……と、申されますと?」
「ここでは、ただのリカです。コンラートさんも、今までどおり接してください」
「しかし……」
「お願い。ほかの人に聞かれたら困るし、私も普通に冒険者として暮らしたいの」
コンラートはしばらく考えていたけれど、やがて頷いた。
「……承知しました、リカさん」
「うん。それでお願いします」
私はほっとして笑った。
けれど、コンラートはまだ少し戸惑っているようだった。
長年王国軍に所属し、王家への忠誠を誓ってきた人なのだから、王女に対して普通に接するというのは、簡単なことではないのかもしれない。
タクマもそれを察したらしい。
「慣れるまでは大変かもしれませんけど、あんまり気にしなくて大丈夫ですよ」
「……努力いたします」
コンラートの真面目な返事に、私は思わず笑ってしまった。
「そんなに頑張らなくてもいいんだけどなあ」
「いえ、私にとっては、なかなか難しいことでして」
「ふふっ。じゃあ、少しずつ慣れてください」
コンラートも小さく笑った。
それから彼は、改めて私の顔を見た。
「リカさん。もちろん、このことを誰かに話すつもりはありません。部下たちにも、何も伝えないとお約束いたします」
「……ありがとう」
「あなたが今の暮らしを望んでおられるのであれば、私がそれを妨げる理由はありません」
その言葉は、静かだけれど、はっきりしていた。
私はコンラートの目を見て頷いた。
彼なら、約束を守ってくれると思った。
面談を終えて部屋を出ると、ギルドの酒場は相変わらず賑やかだった。
コンラートは私たちに軽く頭を下げ、仲間たちの待つテーブルへ戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は少し不思議な気持ちになっていた。
王国軍の元士官に、自分が王女だったことを知られてしまった。
少し前の私なら、きっともっと慌てていただろう。
けれど、今はそれほど怖くなかった。
コンラートが私の選択を尊重してくれたこともあるし、何より、タクマが隣にいてくれる。
私はもう、一人で何もかも抱え込まなくてもいいのだ。
「……よかったな」
タクマが小さく言った。
「うん。ちょっとびっくりしたけどね」
「でも、ちゃんと分かってくれたみたいだ」
「そうだね」
私は頷いた。
コンラートも、きっと簡単な気持ちで王軍を離れたわけではない。
それでも、自分の選んだ道を歩こうとしている。
だからこそ、私の気持ちも理解してくれたのかもしれなかった。
そのあと、私たちはギルドの外でシエラと合流した。
彼女はちょうど近郊の偵察依頼を終えて戻ってきたところらしく、いつものように落ち着いた様子で私たちを待っていた。
「……遅かったね」
「うん。ちょっと話があって」
私は周囲に人がいないことを確かめてから、コンラートとの会話について説明した。
シエラは最後まで黙って聞いていたけれど、私の正体を知られたと話したところで、わずかに眉を動かした。
「……そう。元王国軍の士官なら、あり得る」
「うん。私も気をつけてたつもりなんだけど」
「隠し続けるのは難しい。知ってる人が増えれば、なおさら」
シエラの言うことは、もっともだった。
私が王女だったことを知る人は、王宮だけにいるわけではない。王国軍の士官や地方の貴族、王都で働いていた人たちの中にも、私の顔を覚えている人はいるだろう。
七年という時間が経っていても、絶対に気づかれないとは言い切れない。
「……それで、コンラートは?」
「秘密は守ってくれるって約束してくれたよ。仲間の人たちにも話さないって」
「……そう」
シエラは少し考え込んだ。
「その人、信用できそう?」
「うん。私はそう思う」
タクマも頷いた。
「俺も同じ意見だ。少なくとも、リカの正体を利用して何かしようとしてる感じはなかったよ」
「……分かった」
シエラは静かに頷いた。
「なら、しばらく様子を見る」
「うん。ありがとう、シエラ」
彼女はそれ以上、コンラートについて問い詰めることはしなかった。
ただ、私を守る立場として、秘密を知る人が一人増えたことは、きちんと覚えておくつもりなのだろう。
私も、これからは少し気をつけた方がいいのかもしれない。
もっとも、王女だったことを隠すために、誰とも親しくならないというのも違う気がする。
私は今、冒険者として暮らしている。
その暮らしの中で出会った人たちと、少しずつ信頼関係を築いていくことまで、諦めたくはなかった。
そんなことを考えながら、私たちは再びギルドへ戻った。
そろそろ夕方になるので、明日の依頼を確認してから帰ろうと思ったのだ。
ところが、受付へ向かおうとしたところで、またしても聞き慣れた声が飛んできた。
「おい、リカ! ちょっと待て!」
振り返ると、バルザックが執務室から降りてきたところだった。
私は思わず顔をしかめた。
「……また面接?」
「違うわ!」
即座に返ってきた声に、タクマが笑い出した。
「ははっ。リカ、すっかり警戒してるな」
「だって、バルザックが呼ぶときって、だいたい何か頼まれるんだもん」
「今回は俺も驚いてるんだよ。ちょっと、これを見てくれ」
バルザックはそう言って、一通の封書を差し出した。
厚手の紙で作られた封筒には、見慣れない紋章が押された封蝋がついている。
私はそれを受け取り、首を傾げた。
「……これ、何?」
「大公家からの正式な書状だ」
「大公家?」
「ああ。ワルシャリアから届いた」
私は思わずタクマを見た。
ワルシャリアといえば、フロンティア大公国の首都だ。
そして、大公家ということは……。
「……まさか、公王様から?」
「そういうことだ」
バルザックは頷いた。
「ロデリック・フロンティア・アシュフォード公王陛下から、お前ら二人への招待状だ」
「ええっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
周囲にいた冒険者たちが何事かとこちらを見る。
私は慌てて声を落とした。
「……なんで、公王様が私たちに?」
「俺が聞きてえよ」
バルザックは肩をすくめた。
「正式な使者が持ってきたものだ。宛先はリカとタクマ。公王陛下が、二人にワルシャリアへ来てほしいそうだ」
私は封書を開き、中に入っていた書状を取り出した。
丁寧な文字で書かれた文章には、私とタクマの名前が記されていた。
内容は、ワルシャリアへ招き、直接話をしたいというものだった。旅費や滞在先についても大公家が手配する旨が書かれている。
けれど、肝心の用件については、詳しい説明がなかった。
「……何の話なんだろう?」
「さあな。スタンピードの件かもしれないし、別の用事かもしれない。俺にも分からん」
バルザックはそう言って、少し真面目な顔になった。
「ただ、公王陛下から正式に招かれるなんて、そうそうあることじゃねえ。無視するわけにもいかんだろう」
「……そうだよね」
私は書状をもう一度見た。
ロデリック・フロンティア・アシュフォード。
フロンティア大公国を治める公王であり、かつて冒険者として名を知られた人物だという。
名前はもちろん知っているけれど、直接会ったことはない。
そんな人が、どうして私たちを呼ぶのだろう。
何か大きな問題が起きたのだろうか。それとも、私たちがスタンピードで戦ったことに関係があるのだろうか。
考えてみても、答えは出なかった。
「……タクマ、どうしよう?」
私が尋ねると、タクマは書状を覗き込みながら少し考えた。
「まずは話を聞きに行くしかないんじゃないか? 正式な招待なんだし、悪い話とは限らないだろ」
「……そうだよね」
「それに、ワルシャリアにはまだ行ったことがないだろ? せっかくだし、街を見てくるのもいいんじゃないか」
その言葉に、私は少しだけ気持ちが軽くなった。
確かに、ワルシャリアは一度行ってみたいと思っていた街だ。
大公国の首都なのだから、ノヴァグラードとはまた違った景色が見られるだろう。大きな市場や珍しい店もあるかもしれないし、冒険者として訪れるなら、王宮にいた頃とは違う楽しみ方ができるかもしれない。
もっとも、今回は観光が目的ではないのだけれど。
「……うん。じゃあ、行ってみようか」
「ああ」
タクマが頷いた。
私はバルザックに向き直る。
「分かった。公王様の招待、受けることにするね」
「おう。じゃあ、使者にはそう伝えておく。出発の日取りや道中の手配については、また連絡が来るはずだ」
「ありがとう、バルザック」
私は書状を丁寧に封筒へ戻した。
つい先ほどまで、コンラートが新しい冒険者として暮らし始めたことを喜んでいたのに、今度は私たちが大公国の首都へ向かうことになってしまった。
冒険者として暮らしていると、予定していなかった出来事が次々と起こる。
それにも、もう随分と慣れたつもりだった。
けれど、公王から直接招待状が届くなんて、さすがに予想していなかった。
私は隣に立つタクマを見上げた。
「……何のお話なんだろうね」
「さあ。でも、行けば分かるさ」
タクマはいつものように笑った。
私はその笑顔を見て、頷いた。
ワルシャリアで何が待っているのかは、まだ分からない。
それでも、タクマと一緒なら、きっと何とかなるだろう。
そんなことを考えながら、私は公王からの招待状を、大切に鞄へしまった。




