第94話 かつての王国兵
林の奥に設けられた野営地を見下ろしながら、私たちは男たちの様子を観察していた。
窪地には粗末な天幕がいくつか張られ、中央の焚き火を囲むように木箱や食料の袋が積まれている。武器を手入れしている者、食事の支度をしている者、天幕の中で横になっている者など、男たちはそれぞれ思い思いに過ごしているようだった。
けれど、しばらく眺めているうちに、彼らの行動には一定の規則があることに気づいた。
野営地の外側には見張りが配置されており、交代するときにも短い言葉を交わすだけで持ち場を入れ替わっている。武器はすぐに手の届く場所へ置かれ、焚き火の周囲にいる者たちも、時折、周辺の林へ視線を向けていた。
野盗の集まりにしては、随分と統制が取れているように見える。
「……十二人」
隣で周囲を観察していたシエラが、小さく呟いた。
「十二人いるの?」
「見えた範囲では。天幕の中にもいるけど、動けない人がいる」
シエラの示した天幕へ目を向けると、確かに入口の近くに横たわっている男がいた。片腕に布を巻いているようで、ほかの者が時折様子を見に来ている。
「怪我人もいるんだね」
「そうみたいだな」
タクマは男たちの様子を見つめながら、少し考え込んだ。
「それにしても、食料が少なくないか? 十二人もいるなら、あれだけじゃ長くは持たないだろ」
言われてみれば、焚き火のそばに積まれている袋や木箱は、それほど多くなかった。商人から奪った食料を別の場所へ隠している可能性もあるけれど、男たちの疲れ切った顔を見る限り、余裕のある暮らしをしているようには思えない。
「食べるために襲ってるのかな……」
「その可能性はある。でも、だからって放っておくわけにもいかないな」
「うん」
宿場で話を聞いた商人の顔が思い浮かんだ。
彼は荷物を奪われただけでなく、次の仕事を受けることさえ怖がっていた。男たちにどんな事情があったとしても、あの人のような被害者を増やしていい理由にはならない。
そのとき、焚き火のそばにいた男が、近くの木箱を開けた。
中から取り出されたのは、商人が話していたものとよく似た保存食の包みだった。さらに別の男が、穀物の入った袋を持ち上げている。袋には荷主を示すものらしい印が押されており、昨日ではなく、先ほど宿場で聞いた積荷の特徴とも一致していた。
私たちは顔を見合わせた。
「……ほぼ間違いなさそうだな」
タクマが小声で言った。
もちろん、同じような食料がほかにも流通している可能性はある。けれど、襲撃現場から続く痕跡、野営地の位置、男たちの装備、そして先ほど聞こえてきた会話を合わせれば、彼らが街道襲撃に関わっている可能性はかなり高かった。
「まずは話をしてみよう」
「うん。できれば戦わずに済ませたいね」
「シエラ、見張りの位置は分かるか?」
「分かる。外側に二人。ほかは窪地の中」
タクマは頷き、私たちに向き直った。
「俺が前に出て話す。リカは少し後ろから援護できる位置にいてくれ。シエラは周囲を警戒して、誰かが逃げたり、別の方向から回り込んだりしないか見ていてほしい」
「分かった」
「うん」
三人で確認を済ませると、私たちは野営地へ向かって慎重に移動した。
窪地へ下りる手前で、タクマが木々の間から姿を現す。
「すまない。少し話を聞かせてほしい」
その声に、野営地の男たちが一斉に振り返った。
焚き火のそばにいた者が立ち上がり、武器を手に取る。天幕からも何人かが顔を出し、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。
「何者だ!」
男の一人が怒鳴る。
「ノヴァグラードの冒険者ギルドから来た。街道で起きている商隊襲撃について調べている」
タクマは剣を抜かず、両手を相手に見える位置へ置いたまま答えた。
男たちは互いに顔を見合わせた。やがて、その中から三十代後半ほどの男が前へ出てくる。短く刈った髪と無精髭が目立つ、がっしりした体格の男だった。装備は古びているものの、腰に下げた剣の扱いには慣れているように見える。
「商隊襲撃だと? 俺たちはそんなことは知らねえ。ただここで休んでるだけだ」
「そうか。だったら、いくつか確認させてほしい。数日前、この近くの街道で荷馬車が襲われている。襲撃者は十人前後の武装集団で、保存食や穀物を中心に積荷を奪ったそうだ」
タクマがそう告げると、男たちの間に小さな動揺が走った。
まとめ役らしい男は表情を変えなかったけれど、後ろにいた若い男が思わず食料の袋へ視線を向けたのが見えた。
「そんな話をされても困る。俺たちがやったって証拠でもあるのか?」
「ここへ来る途中、襲撃現場から続く痕跡を確認している。それに、あんたたちが持っている荷物にも、被害に遭った商人の話と一致するものがある」
「食い物なんざ、どこにでもあるだろうが」
「そうだな。だから、まずは話を聞きたいんだ」
タクマは落ち着いた口調を崩さなかった。
私は少し後ろから男たちの様子を見ていたけれど、彼らがいつ武器を抜いてもおかしくないことは分かっていた。魔力を巡らせ、必要ならすぐにタクマを守れるよう準備を整えておく。
「私たちは、最初から戦うつもりで来たわけじゃないの。事情があるなら話してほしいし、武器を置いてくれるなら、無理に傷つけたりしないよ」
私がそう告げると、まとめ役の男は少しだけ眉を動かした。
その表情には迷いが見えたような気がしたけれど、次の瞬間、背後にいた若い男が声を上げた。
「ふざけるな! 捕まったらどうなるか分かってんのか!」
「待て!」
まとめ役が制止するより早く、若い男は剣を抜いてタクマへ斬りかかった。
タクマは半歩だけ身体をずらし、相手の剣を受け流した。続けて剣の腹で手首を打つと、若い男の武器が地面へ落ちる。男が痛みに顔をしかめたところで肩を押さえ、そのまま地面へ組み伏せた。
ほんの一瞬の出来事だった。
けれど、仲間が倒されたことで、周囲の男たちも一斉に武器を構えてしまった。
「やめろ! 勝手に動くな!」
まとめ役が怒鳴ったものの、既に数人がタクマへ向かって走り出している。
「リカ、頼む!」
「うん!」
私はすぐに防御魔法を展開し、タクマの側面へ回り込もうとした男の進路を塞いだ。
男は突然現れた魔法の障壁に驚き、慌てて足を止める。その隙にタクマが踏み込み、剣の柄で相手の腕を打って武器を落とさせた。
別の男たちは二人一組で間合いを詰めてくる。一人が正面から攻撃を仕掛け、もう一人が側面へ回り込もうとする動きは、明らかに訓練されたものだった。互いの位置を確認しながら動いており、素人が勢いに任せて襲いかかっているわけではない。
けれど、タクマは落ち着いていた。
正面から迫る剣を受け止め、相手の力を利用するように体勢を崩す。側面へ回り込んだ男には、私が足元の土を盛り上げて動きを妨げ、その隙にタクマが武器を弾き飛ばした。
その間にも、シエラは野営地の外側を移動していた。
林へ逃げ込もうとした男の前に姿を現し、短剣を構えて退路を塞ぐ。相手が武器を振り上げると、素早く懐へ入り込み、腕を押さえて地面へ倒した。彼女の動きは無駄がなく、相手が反撃する余裕さえ与えていない。
男たちは決して弱くなかった。
剣の扱いにも慣れているし、仲間と連携することもできる。普通の商人や護衛が相手なら、十分に脅威となる集団だっただろう。
けれど、私たちはこれまで、もっと危険な魔物たちと戦ってきた。
スタンピードでは、数え切れないほどの魔物を相手にしながら、街を守るために戦い続けた。タクマもその中で剣を振るい、何度も危険な状況を乗り越えている。
今の彼は、かつて初めて盗賊と戦った頃のタクマではなかった。
「くそっ!」
男の一人が、タクマの正面を避けるように大きく回り込んだ。
その進路の先には、私がいた。
私はすぐに防御魔法を展開できるよう身構えたけれど、それより早くタクマが動いた。
「リカに近づくな!」
彼は相手の前へ踏み込み、振り下ろされた剣を正面から受け止めた。
鋼のぶつかる音が響く。
タクマの表情は真剣だった。相手がさらに刃を向けてくるなら、必要な一撃をためらわずに放つ。そんな覚悟が、その構えから伝わってくる。
今朝、街道で交わした言葉が頭をよぎった。
『もしリカに危険が及ぶようなら、俺は躊躇するつもりはないよ』
けれど、タクマはそのまま相手を斬り伏せることはしなかった。
剣を受け止めた状態から一気に踏み込み、相手の腕を押し上げて体勢を崩す。続けて足を払うように動くと、男は背中から地面へ倒れ、握っていた剣を手放した。
タクマはすぐに距離を取り、別の相手へ向き直った。
人を傷つけることへの迷いが、すっかり消えたわけではないのだと思う。けれど、今の彼には、相手の命を奪わずに戦いを終わらせられるだけの技量がある。
それは、初めて人を斬ってしまった日の苦しみを、ただ忘れたから得られた強さではない。あの経験を抱えたまま、何度も剣を振るい、自分にできることを増やしてきた結果なのだろう。
もちろん、相手がもっと強ければ、こうはいかなかったかもしれない。それでも、選べる手段が増えたことは、タクマにとって大きな意味を持つはずだ。
私は彼の背中を見つめながら、その成長を頼もしく感じていた。
やがて、男たちの抵抗は次第に弱まっていった。
既に半数以上が武器を失い、地面へ倒されている。残った者たちも、私の魔法やシエラの牽制によって自由に動けなくなっていた。
「もうやめよう!」
私は男たちへ呼びかけた。
「これ以上戦っても、誰も得しないよ。武器を置いて!」
まとめ役の男は周囲を見渡した。
仲間たちは次々と制圧され、立っている者もほとんどいない。彼自身はまだ剣を握っていたけれど、タクマが正面に立っている以上、勝ち目がないことは理解しているようだった。
「……分かった」
男はゆっくりと剣を地面へ置いた。
「もう抵抗はしない。だから、仲間をこれ以上傷つけないでくれ」
「分かった。こっちもそのつもりだ」
タクマが答えると、男は深く息を吐いた。
戦闘が終わったあと、私たちは男たちの武器を回収し、負傷者の様子を確認した。
幸い、命に関わるような傷を負った者はいなかったけれど、打撲や切り傷を負った者は何人もいた。中には、戦闘が始まる前から怪我をしていた者もいる。私はタクマとシエラに周囲の警戒を任せ、一人ずつ状態を確かめながら、必要な治療を施していった。
「……あんた、俺たちを捕まえに来たんだろ?」
腕を治療していた若い男が、不思議そうに尋ねてきた。
「そうだよ。でも、怪我をしてる人をそのままにはできないから」
「敵なのにか?」
「敵かどうかと、怪我を治すかどうかは別だと思うよ」
私はそう答え、治療を続けた。
男はそれ以上何も言わなかったけれど、先ほどまでの険しい表情は少し和らいでいた。
もちろん、治療をしたからといって拘束を解くわけではない。タクマとシエラが周囲を警戒しながら、男たちが再び武器を取らないよう注意を払っている。
全員の状態を確認したところで、タクマがまとめ役の男へ向き直った。
「さて、そろそろ話を聞かせてもらえるか?」
「……何が聞きたい」
「まず、あんたたちは何者なんだ?」
男はしばらく黙っていた。
けれど、周囲の仲間たちを見渡したあと、諦めたように口を開いた。
「……元は、マリアベル王国軍の兵士だ」
私は思わず息を呑んだ。
予想していたことではあったけれど、本人の口から聞くと、やはり胸の奥に重いものが落ちてくる。
「王国軍の……?」
「ああ。ただし、俺たちが従ってたのはグスタフ王じゃねえ。ハインリヒ殿下の軍だ」
その言葉に、私はさらに驚いた。
ハインリヒ。
王都マリアベルクを陥落させ、父をメルキアへ追いやった張本人。目の前にいる男たちは、その軍に所属していたのだ。
「王都を落としたあと、俺たちの部隊はメルキア方面へ向かった。王軍の残党を追い払えば、戦争も終わると思ってたんだ」
男は苦々しい表情を浮かべた。
「ところが、あそこはとんでもなく守りが固かった」
「……メルキアが?」
「ああ。王都を落とした勢いで押し切れると思ってたが、そんなに甘くなかった。道は限られてるし、守る側は地形をよく知ってる。こっちが進もうとすると、決まって厄介な場所から攻撃を受けるんだ」
男はそこで一度言葉を切り、地面へ視線を落とした。
「それでも俺たちは前へ出た。だが、王軍の反撃を受けて部隊が崩れた。撤退しようにも本隊とは連絡が取れず、追撃を避けて山林を逃げ回るしかなかったんだ」
「それで、ここまで来たの?」
「そうだ。何日も歩き続けて、ようやく追っ手を振り切ったと思ったら、知らねえ土地に出てた。あとから聞いて、ここがフロンティア大公国だと分かったんだよ」
私は男の話を聞きながら、父のことを考えていた。
王都が陥落したあと、父は残存する王軍を率いてメルキアへ撤退した。シエラを通じてそのことは聞いていたけれど、現地でどのような戦いが続いているのか、詳しいことまでは分からなかった。
王都を失い、兵力も物資も十分ではないはずの王軍が、どこまで抵抗できるのか。考えたくない想像が頭をよぎることもあったし、父の無事を知っていても、不安が完全に消えることはなかった。
けれど、今、目の前の男は王軍の反撃を受けて敗走したと話している。
父たちは、ただ逃げ延びただけではなかったのだ。
「王都を落としたときは、俺たちが勝ったと思った」
男は自嘲するように笑った。
「だが、メルキアじゃ違った。あそこにいる王軍は、まだ負けたつもりなんかねえよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。
お父様は、まだ戦っている。
王都を失い、多くの兵士を失っても、諦めずに王国を守ろうとしているのだ。もちろん、この男たちが敗れたからといって、メルキアのすべての戦線で王軍が勝っているとは限らない。それでも、敵として戦った兵士がこれほど苦々しそうに語るのなら、父たちの抵抗が決して小さなものではないことだけは確かだろう。
その事実が、私には嬉しかった。
けれど、同時に複雑な思いもあった。
目の前の男たちは、父と戦っていた側の兵士だ。彼らの仲間が命を落としたのだとすれば、それは父の率いる王軍が戦いに勝った結果だったのかもしれない。
私は父の無事を願っている。王軍が敗れずに持ちこたえていると聞けば、当然安心する。
でも、その勝利の向こう側には、こうして敗れた人々がいる。
戦争とは、そういうものなのだろう。
私は男たちの姿を見つめながら、しばらく言葉を失っていた。
やがて、タクマが口を開いた。
「それで、どうして街道で商人を襲うようになったんだ?」
まとめ役の男は、疲れたように息を吐いた。
「最初は仕事を探したさ。農作業でも荷運びでも、何でもよかった。だが、俺たちみたいな連中を雇ってくれるところなんざ、ほとんどなかった」
男によれば、大公国へ入り込んだあと、彼らは何とか食料と寝る場所を確保しようとしたらしい。
けれど、まとまった人数の外国兵を雇おうとする者は少なく、軍装を隠しても身元を証明するものがない。怪我をして働けない仲間もおり、わずかに残っていた金も次第に底をついていった。
「本隊へ戻ろうにも、どこを通ればいいのか分からねえ。メルキアの前線を抜けるなんざ、もう御免だ。だからって、武器を持ったまま国境を越えて戻ろうとすりゃ、今度は大公国の兵に捕まるかもしれねえ」
「それで、商人を襲ったの?」
私が尋ねると、男は俯いた。
「……最初は反対した奴もいた。だが、食う物がなくなって、どうにもならなくなったんだ」
彼はしばらく黙っていたけれど、やがて低い声で続けた。
「分かってる。俺たちがやったことは、ただの盗賊と変わらねえ」
私は男の顔を見つめた。
彼らは、もともと盗賊だったわけではない。戦争に参加し、敗れ、帰る道を失った末に、ここへ流れ着いたのだ。
その事情を聞けば、胸が痛む。
けれど、だからといって、彼らのしたことを許していいわけではなかった。
「あなたたちが大変だったことは分かる。でも、だからって商人さんたちを襲っていいわけじゃないよ」
男は何も言わなかった。
「襲われた人たちだって、家族のために働いてるんだよ。荷物を奪われたら、その人たちも困ってしまうでしょう?」
「……ああ」
「私たち、実際に被害に遭った商人さんから話を聞いてきたの。あの人、また襲われるんじゃないかって怖がってた。次の仕事を受けることさえ、ためらってたんだよ」
男は唇を噛み、地面へ視線を落とした。
私はそれ以上、責めるような言葉を重ねなかった。
彼ら自身が、自分たちの行為を間違っていたと理解しているように見えたからだ。もちろん、反省したからといって罪が消えるわけではないし、被害を受けた商人たちが納得するとも限らない。
ただ、ここで私が怒りをぶつけたところで、失われた積荷が戻るわけでも、男たちが犯した罪を償えるわけでもなかった。
「……これから、どうするつもりだったの?」
私が尋ねると、男は答えられなかった。
しばらく沈黙が続いたあと、彼は力なく首を振った。
「分からねえよ。俺たちだって、どうすりゃいいのか分からなかったんだ」
その声には、先ほどまでの強がりはなかった。
商人を襲い続ければ、いつかは捕まる。けれど、故郷へ帰る道もなく、仕事も見つからない。目の前の食料を確保することだけで精一杯になり、その先のことを考える余裕すら失っていたのだろう。
タクマはしばらく男たちを見つめていたけれど、やがて静かに口を開いた。
「事情は分かった。でも、あんたたちをこのまま見逃すことはできない。まずはギルドに報告して、街の警備兵に引き渡すことになると思う」
「……そうだろうな」
男は抵抗する様子もなく頷いた。
私はその姿を見ながら、胸の奥に残る複雑な感情を整理しようとしていた。
彼らは父の敵だった兵士たちだ。けれど、今は戦争から取り残され、帰る場所を失った人々でもある。
だからといって、彼らの罪をなかったことにはできない。
私は王女として彼らを裁くつもりはなかったし、そもそも今の私には、そのような権限もない。ここはマリアベルではなく、フロンティア大公国なのだ。
ただ、一人の冒険者として、被害を受けた人々を守るために依頼を受けた。その役目を果たすことが、今の私にできることなのだと思う。
男たちの拘束を確認したあと、私たちは少し離れた場所で今後の対応を相談した。
「十二人もいると、俺たちだけで連れて帰るのは難しいな」
「そうだね。怪我をしてる人もいるし……」
「応援を呼ぶしかないと思う」
シエラの言葉に、タクマも頷いた。
「俺が一度ギルドへ戻って、応援を頼んでくる。リカとシエラはここで待っててもらえるか?」
「うん。大丈夫だよ」
私はそう答えたけれど、タクマは少しだけ心配そうな顔をした。
「無理はしないでくれよ。相手が抵抗するようなら、すぐに距離を取っていいからな」
「分かってる。タクマも気をつけてね」
「ああ。できるだけ早く戻るよ」
タクマが林の中へ姿を消したあと、私はシエラとともに男たちの監視を続けた。
拘束された男たちは疲れ切っているようで、再び抵抗しようとする者はいなかった。私は怪我人の状態を確かめながら、時折、シエラと小声で話をした。
その中で、ふと先ほどの戦況の話が気になった。
「……シエラ、さっきのメルキアの話って知ってた?」
「詳しくは知らない」
「そうなの?」
シエラは周囲に目を配り、男たちから十分に距離があることを確かめてから答えた。
「王宮とは連絡を取ってる。でも、私は戦場を見ていない。届くのも、向こうが把握している情報だけ」
「そっか……」
「メルキアで王軍が防衛を続けていることは聞いてる。でも、どこで、どれだけ戦っているかまでは分からない」
私は頷いた。
王宮と連絡が取れるからといって、戦場のすべてが分かるわけではない。まして、王都を失った今は、父たち自身も限られた情報を頼りに戦っているはずだ。
今回の男たちが語ったのも、彼ら自身が経験した戦闘についての話にすぎない。メルキア全体の戦況がどうなっているのかまでは、彼らにも分からないだろう。
それでも、実際に王軍と戦った兵士の証言には、報告だけでは伝わらない重みがあった。
「……お父様、頑張ってるんだね」
私は誰に聞かせるでもなく呟いた。
シエラは少しだけ私の方を見て、小さく頷いた。
「うん。そう思う」
その短い返事が、今は何よりも嬉しかった。
翌日、タクマが連れてきた応援の冒険者と街の警備兵によって、男たちはノヴァグラードへ移送された。
私たちは彼らを引き渡したあと、冒険者ギルドへ報告に向かった。
ギルドの執務室では、バルザックがいつものように机に向かって書類を確認していた。私たちが戻ったことを伝えると、彼は手を止めて顔を上げた。
「おう、戻ったか。どうだった?」
「襲撃者と思われる集団を見つけました。十二人で、全員を制圧して警備兵に引き渡しています」
タクマが報告すると、バルザックは満足そうに頷いた。
「そうか。ご苦労だったな。それで、連中は何者だった?」
「元マリアベル王国軍の兵士だそうです。ただし、ハインリヒ側の軍に所属していたと話していました」
その言葉を聞いたバルザックは、少しだけ眉を動かしたものの、大きく驚いた様子はなかった。
「……やっぱり、そういう連中が出てきたか」
「似たようなことが、ほかでも起きてるんですか?」
私が尋ねると、バルザックは椅子の背にもたれかかった。
「最近は国境を越えてくる兵士崩れが増えてるんだ。もちろん、全員が野盗になるわけじゃねえ。真っ当に仕事を探してる連中もいるし、冒険者として登録しようとする奴もいる」
「そうなんだ……」
「ああ。ただ、元兵士ってだけで警戒されることも多い。まして、まとまった人数で来られたら、雇う側も簡単には信用できねえだろうな」
私は、今日引き渡した男たちのことを思い出した。
彼らも最初は仕事を探していたという。けれど、結局は食料を得るために商人を襲うようになってしまった。
同じような境遇に置かれた人々が、ほかにもいるのだろうか。
「そういや、ちょうど似たような連中の話を聞いてるな」
バルザックが思い出したように言った。
「何人かの元王国兵をまとめて、仕事を探してる男がいるらしい。野盗になるくらいなら、荷運びでも何でもやるって言ってるそうだ」
「その人も、マリアベルの兵士だったの?」
「ああ。元は王国軍の士官だったそうだ。部隊を失って、仲間と一緒にこっちへ流れてきたらしい」
私は少し興味を覚えた。
同じように戦争で居場所を失いながら、商人を襲うのではなく、仕事を探し続けている人たちがいる。
「……その人、どんな人なの?」
私が尋ねると、バルザックは机の上に置かれていた書類を一枚取り上げた。
「確か、名前は……コンラート・アイゼンフェルト。元マリアベル王国軍の隊長だった男だそうだ」
「隊長さんだったんだ」
「ああ。部隊を失ったあとも、生き残った仲間をまとめてるらしい。何とか仕事を見つけようと、あちこち掛け合ってるそうだぞ」
「そっか……」
私は、今回捕まえた男たちのことを思い出した。
彼らも最初は仕事を探していたという。けれど、結局は食料を得るために商人を襲うようになってしまった。
同じように戦争で居場所を失いながら、それでも別の道を探し続けている人たちがいる。
「その人たち、仕事が見つかるといいね」
「そうだな。俺たちも、何か手伝えることがあればいいんだけど」
タクマの言葉に、私は頷いた。
戦争が終わっていない以上、これからも故郷を離れ、行き場を失う人たちは増えていくのかもしれない。今回捕まえた男たちのように、道を踏み外してしまう人もいれば、何とか別の生き方を探そうとする人もいる。
私たちにできることは限られているけれど、せめて目の前で困っている人たちには、何かできることがあればと思う。
そんなことを考えながら、私はバルザックの机に置かれた報告書へ、もう一度目を向けた。




