↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の祝福で始まり、終わる世界 ~私を殺した父は、今日も救世主と呼ばれている~  作者: ぶりーさ
序章:女神の祝福

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/11

祝福の儀・再生誕

 父の声が、静まり返った神殿に響いた。

 女神は答えず、シャルロットを庇うように一歩前へ出た。その動きを見て、父はわずかに目を細める。


「……なるほど」

「お父様……?」


 呼びかけても、父はこちらを見ようとしなかった。その眼差しは女神だけに注がれている。長い年月を費やして追い求めたものが、ようやく手の届くところにある。そう確かめているようだった。


 女神は父の胸元に目を落とし、眉を寄せた。


「あなた、その力を……まだ持っているのね」

「ええ」


 父が胸に手を当てると、衣服の奥から淡い光が滲んだ。胸に刻まれた紋様が、布越しに浮かび上がる。

 かつて女神自身が授けた祝福。そのはずだった。

 だが、その光を目にした途端、女神の表情から柔らかさが消えた。


「それは……」

「あなたから頂いたものです」

「違う。私が与えた祝福は、そんなものではなかった」


 女神は胸元の光を見据えたまま、低く問うた。


「あなた……何をしたの」


 父はすぐには答えなかった。

 床に伏した神官たちは、いまだ顔を上げられずにいた。女神の目覚めという奇跡を前にしながら、歓喜の声ひとつ上がらない。


「かつて、あなたに刃を向けた者がいた。その者は、人から力を取り出す術を研究していたのです」


 父の声は、静かだった。


「子供たちを集め、資源と呼び、使い物にならなくなるまで様々な処置を施した。互いに殺し合わせることも珍しくなかった。殺した相手からは、力を奪えるからです」


 女神の顔がこわばっていく。


「研究そのものは、望んだ成果を得られなかったようですがね。それでも、その者は大勢を手にかけ、膨大な力を蓄えた。やがて、あなたに刃が届くほどに」


 父は胸元へ視線を落とした。


「私は、あの場にいた。あなたが凶刃に倒れ、力を暴走させた、まさにその場所に。あなたの祝福を受けた身でね」


 シャルロットの脳裏に、あの光景がよぎった。


「どうして生き残れたのかは、私にもわからない。荒れ狂う力の中心に、嵐の目のような場所があったのかもしれない。ただ、私は生きていた。そして見たのです。あの地獄のような、世界の終わりを」

「っ……」


 父が初めてシャルロットに目を向けた。


「お前も見たようだな、あの光景を」


 返事を待たずに、父は続ける。


「無理もない。お前はこの世界における、女神シャルロッテの平行同位体(どういつそんざい)。異なる世界に生まれた、もう一人の女神なのだから。前の世界に残された思念や、女神の記憶に触れても不思議ではない」


 父は女神へ視線を戻した。


「あなたは、気づいていたようですが」


 声は聞こえていた。けれど、その意味が掴めない。

 自分が、もう一人の女神だというのか。

 シャルロットは胸元を握りしめた。問いただしたいことはいくつもあったが、口をついて出たのは別の言葉だった。


「……何を言っているのか、わからない。あの光景を見たのなら、お父様は何をしようとしているの……?」


 父はその問いには答えず、話を続けた。


「世界が終わり、新たな世界が生まれたとき、女神はすでに眠りについていた。力を暴走させた反動だったのでしょう。では、前の世界で人々に分け与えられた祝福は、どうなったと思いますか」


 胸元の紋様が、脈打つように光った。


「授かった者たちは死に、与えた女神も眠りについた。行き場を失った力は、唯一生き残っていた私へと集まったのです」


 女神は冷ややかな眼差しを向けた。


「……その力で、何をするつもりです」


 父が歩き始めた。


「病を癒やし、飢えをなくし、争いを終わらせる。そのために人々はあなたを信じた。私も、その一人だった」


 一歩近づくごとに、父の身体から滲む光が強くなる。


「だが、その果てに見たのは、あの惨状だ。今も覚えている。滅びの中に立つ、あなたの姿を。宵闇を幾重にも織り込んだような、紫がかった黒いドレスをまとっていた」


 女神は何も言わなかった。


「私は、あの女神(あくま)を憎んだ。そして悟ったのです。あなたに世界を任せてはおけない。もっと正しく世界を導ける者が、神になるべきだと」


 父が足を止めた。


「その力を頂く。この私、ミクトランが、新たな世界の神となる」

「あなた……!」


 その瞬間、父の姿が消えた。


 女神が身構えるよりも、シャルロットが声を上げるよりも早かった。

 次に父の姿が見えたとき、その手はすでに女神の胸を貫いていた。


「――え」


 白い衣に、赤い染みが広がっていく。

 女神は自分の胸を見下ろした。何が起きたのか、まだ理解できていないようだった。


「……ぁ」

「女神といえど、目覚めたばかりでは力を振るえないようだな」


 傷口から、血とともに金色の粒子が溢れた。

 光は散ることなく、父の腕へ吸い込まれていく。父は目を閉じ、流れ込む力を味わった。神殿を満たしていた女神の気配が、急速に薄れていく。


「これが……神の力か」


 女神の指先が、光の粒となって崩れ始めた。足元からも、髪の先からも、淡い輝きが剥がれ落ちる。

 彼女がこの世界から消えてしまう。

 シャルロットには、それだけがわかった。


「死なないで……!」


 女神が顔を上げた。


「……大丈夫」

「何が大丈夫なんですか!」


 女神は、ほんの少し困ったように笑った。


「……そうね。大丈夫では、ないわね」


 父が腕を引き抜くと、女神はその場に崩れ落ちた。

 駆け寄ろうとしたシャルロットの前に、父が立ちはだかる。


「お前が生まれた朝、私は神に感謝した。そして十四度目の夏、お前は神の祝福を受けるはずだった」


 父は静かにシャルロットを見下ろした。


「それを、私が壊した」


 何かを言おうとした。

 だが、声にはならなかった。

 父の手が、シャルロットの胸を貫いていた。


 熱も、痛みも感じなかった。ただ、自分が死ぬのだということだけが、はっきりとわかった。


「……嫌」


 かすかな声を漏らしたのは、女神だった。

 床に倒れたまま、透け始めた右手を持ち上げる。


「全部は、渡さない。この子は……死なせない」


 父の表情が、初めて崩れた。


「何を――」


 女神にとどめを刺そうと、父が振り向く。

 その直前、女神の手から一条の光が放たれた。


 光はまっすぐシャルロットの胸へ飛び込み、その身体を包み込んだ。


 ◇


 迫っていた死の気配も、父の声も、遠くへ押し流されていった。

 倒れたのか、意識を失ったのかさえわからない。

 次に目を開けたとき、シャルロットは見知らぬ場所に立っていた。


 少し離れたところに、女神がいた。


「……女神様」


 胸元には赤い染みが広がっている。シャルロットは息を呑んだ。


「傷が……」


 女神は透け始めた指先に目を落とした。


「長くは保たないみたいね」


 それから、シャルロットを見つめた。


「巻き込んでしまって、ごめんなさい。同じ存在であっても、あなたにはあなたの人生があったのに」


 その声には、先ほどまでの威厳はなかった。


「私も、今のあなたと同じだった。迷って、怒って、泣いて……それでも、自分が正しいと思う道を選んできたの。うまくはいかなかったけれど」


 女神は言葉を切り、短く息をついた。


「時間がないわ。よく聞いて。今、あなたの命は失われかけている。だから、私に残された力をあなたへ渡す」

「そんなことをしたら、女神様は……」

「消えてしまうでしょうね。でも、このままでも、あの男にすべてを奪われてしまう」


 シャルロットは唇を噛んだ。

 引き留める言葉も、救う術も見つからなかった。


「あの男は、もう一度世界を作り直すつもりよ。自分だけの世界を築くために、あなたの生きてきた世界を壊してしまう」

「……止められないんですか」

「今の私には、もう。けれど、この世界を別の領域へ逃がすことはできる。壊されてしまう前に、私がそうするわ」


 あまりにも大きな話だった。

 世界が壊れる。別の場所へ移される。聞こえてくる言葉に、心が追いつかなかった。


「今は、わからなくてもいい。力を受け継げば、あなたにも理解できるようになる」


 女神はシャルロットへ手を伸ばした。


「ただ、これだけは覚えていて。あなたが死ねば、その力はあの男のもとへ渡る」

「……どうして」

「あなたに託す力も、彼が奪った力も、もとはひとつだった。分かれた力は、互いを求めるの」


 シャルロットの指に力が入った。


「彼がすべてを手に入れたら、止められる者は誰もいなくなる」

「じゃあ、私は……」

「生きなければならない」


 女神はそう言って、シャルロットの手を握った。


「でも、これはあなたの人生よ。私が、その生き方まで決めていいはずがない」


 シャルロットは顔を上げた。


「逃げたっていい。泣いてもいい。諦めたくなったら、誰かに助けを求めていいの」


 世界を救えと、言われるのだと思っていた。

 父を止めるために戦えと、命じられるのだと。


 女神の手に、わずかに力がこもった。


「自分から、自分を捨てないで。あなたが死んではいけないのは、力を彼に渡さないためだけじゃない」


 その瞳が、まっすぐシャルロットを見つめていた。


「あなた自身が、生きていていい人だから」


 握り返そうとした指の間から、淡い光がこぼれた。

 女神の姿が、さらに薄れていく。


「もし、いつかあの男を倒して、すべての力を受け継ぐことがあったなら……そのときは、あなたの望むようにしなさい」


 女神は笑った。


「あなたは、私ではないのだから」


 その微笑みを最後に、すべてが白い光の中へ消えた。


 ◇


 次の瞬間、シャルロットは神殿に戻っていた。

 目の前には父がいる。その背後では、奪われた女神の力が巨大な光輪となって渦巻いていた。

 そして、自分の胸の奥にも、もうひとつの光が宿っている。


「女神が何をしたのかは知らない。だが、私が作る世界に、この世界の人間は要らない」


 父が手を掲げた。


「世界とともに、滅ぶがいい」


 光輪が広がった。

 神殿の柱が、天井が、音もなく消えていく。崩れ落ちる石も、舞い上がる塵もなかった。そこにあった空間ごと、何もかもが失われていく。


 神の力を得たミクトランの人知を超えた絶対的な力は、次元そのものを消去する概念の暴力といえる。

 一瞬のうちに、世界そのものを消し去ろうとしていた。


 大地が消え、空が消えた。

 シャルロットの身体を、胸の奥から溢れた光が包む。女神から託された言葉だけが、その意識に残っていた。


 ――自分から、自分を捨てないで。


 やがて、音も光も途絶えた。

 世界は、死さえも存在しない完全な「無」へと帰した。


 その後に、最初の光が生まれた。

 新たな大地が広がり、見たこともない黄金の樹々が芽吹いていく。澄み切った大気に、生命の唄が響き渡った。


 ――世界は、再生誕(リスタート)した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。