↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の祝福で始まり、終わる世界 ~私を殺した父は、今日も救世主と呼ばれている~  作者: ぶりーさ
最終章:最後の祝福

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

水面に映った月

「懐かしいわね……」


 旧き世界の中なら、女神の力を使っても、あの男には届かない。港町から王都まで、半日もかからなかった。


 王都の大広場には、今も白い女神像が立っていた。

 足元には花。祈る人の背中。あの朝と、何も変わらない。7年ぶりなのに。


 シャルロットは、その前を足早に通り過ぎた。それを見上げることはしなかった。

 大神殿の白い尖塔が、夜の空を突いている。


「警備の交代の刻限は、7年前と変わっていないな」

 闇に紛れて裏手の回廊を進みながら、ローランが呟いた。

 前を行くローランの足取りには迷いがない。


「覚えてるの?」


「あの日のために、何度も叩き込まれた。……結局、1度も役には立たなかったが」


 最奥の間は、静まり返っていた。

 女神像が立っていたはずの台座だけが、空っぽのまま残されていた。

 大広場の像は変わらずそこに立っているのに、ここにいた女神は、もうどこにもいない。


 シャルロットは、祭壇の前に立った。

 あの日、ここで祈った。ここで鐘を聞いた。ここで、女神が目を開いた。

 そして、ここで──


 無意識のうちに、手が胸元へ伸びていた。

 傷はもうどこにもない。だが、あの手の温度のなさを、身体はまだ覚えている。


「シャル」

 リゼが、その肩にそっと手を置いた。その言葉に胸元の手が下りる。


「……大丈夫。行きましょう」


 シャルロットは、空っぽの台座へ掌を向ける。

 金色の光を魔力の糸で幾重にも包んでいく。繭を紡ぐように、一筋も漏らさずに。


 旧き世界と、あの男の新世界。並んで存在する2つの世界は、同じ場所へ繋がっている。

 つまり、ここから渡れば……。


 ◇


 空気が変わる。


 同じ形の広間に降り立つ。けれど、そこに満ちていたのはあの男の気配だった。

 北の森の楔と同じ。冷たくて、偉そうな気配。

 神王の城塞と一体になった、新しい世界の大神殿。その最奥。


 女神像があったはずの場所に、それは立っていた。

 要の楔。


 北の森の本体よりも細く、静かな光の柱。それなのに、その足元からは数えきれないほどの光の根が石の床へ潜り、王都の地の底へ、街道の向こうへ、世界の果てへと伸びているのが分かる。


 そして透き通った柱の中に、1人の少女が、眠っていた。


 白い衣を着て、長い髪を肩に流して、胸の前で手を組んで。祈るような姿で眠っている。


 シャルロットは、息を呑んだ。

 似ている。私にも、ミラにも。

 知らない顔のはずなのに、ずっと前から知ってた気がする。


「……もう1人の、私」

 北の森で、ミラの中から聞こえた声。その持ち主だと、なぜか分かった。


「シャル、伏せろ!」

 ローランに頭を押さえられて、床に転がる。頭上を魔力の刃が掠めていく。

 柱の陰から、黒い甲冑が現れる。1人、2人──6人。封鎖を命じられた近衛たちだ。甲冑の紋様が、北の森で見たどの近衛よりも強く光っている。


「要の楔の真上だ、一瞥が桁違いに強い!」


「言われなくても!」

 リゼが、前へ躍り出る。

 剣戟の音が、静かだった広間を引き裂いた。

 ローランが2人を同時に相手取り、リゼが放たれる刃を次々と弾く。それでも押されている。近衛の刃は重いし、速いし、何より数が多い。2人にかけた加護が悲鳴を上げるように軋むのが分かる。


「お姉ちゃん、あそこ」

 ミラが要の楔の根元をまっすぐ指さしている。


「あそこが、いちばんうるさいの。むすびめが、あつまってるところ」


 シャルロットは頷き、指先に光を灯した。

 もう、隠す必要はない。

 魔力の糸ではなく、女神の力そのものを。金色の光が、広間を満たしていく。


「……感知されるぞ」


「いいの。これが、最後だから」


 金色の光に触れた瞬間、近衛たちの紋様が一斉に掻き消えた。

 一瞥の加護を失った刃が、ただの光の粒となって霧散していく。呆然と立ち尽くす近衛たちを、ローランとリゼが1人ずつ沈めていく。

 そして最後の1人が倒れる。


 シャルロットは要の楔の前に立ち、振り返る。ローランは剣を下げないまま、こちらを見ていた。


「……見てて」


「見ている」


 短く、ローランは言う。


「今もだ」


 シャルロットは、要の楔に手を触れた。

 冷たいと思っていた柱は、温かかった。


 気づけば、女神と言葉を交わしたのとよく似た場所にいた。

 上も下もない。音もない。


 そこに、彼女は立っていた。

 シャルロットに、よく似た顔。

 同じ魂で、違う世界に生まれた、もう1人の私。


 その輪郭は、水面に映った月影のように、絶えずかすかに揺らいでいる。


『やっと会えたわね』


「……ええ。やっと」


 しばらく、2人は黙って向き合っていた。

 聞きたいことは、山ほどあったはずなのに。何から話せばいいのか、分からなかった。


『私はね、この世界のシャルロットなの』

 先に口を開いたのは、彼女の方だった。


『あの男がこの世界を作ったとき、私も一緒に生まれた。あなたの同位体として。……でも、私には帰る家も、手を引いてくれる人もいなかった。目を覚ましたときには、もうここにいたわ』


 この子が、要の楔の核なのね。


『あなたが女神様の力を受け取っていたから私たちは繋がった。同じ存在だから。そのとき女神様の記憶と意志が、少しだけ流れ込んできたの。だから1度だけあなたに話しかけられた。そのあとは、ずっと眠っていたけれど』


「だから、あのとき……『私は、あなたに宿った力』って」


『……半分は、本当でしょう?』

 彼女は、悪戯っぽく笑った。

 その笑い方は自分とよく似ていて、けれど、どこか静かな笑い方だった。


『もう半分の私は、この世界におけるシャルロット。……名前だって、自分のものじゃないわ』


 その言葉が、胸に刺さった。


 シャルロット。

 お父様がくれた名前。女神シャルロッテと、1文字しか違わない。


「……その名前、私もね、自分のものだって胸を張れるか分からないの」


『え?』


「女神様とほとんど同じ名前でしょう? あの人がどんな気持ちでこの名前をつけたのか、今の私には、もう分からない」


 シャルロットは、彼女の前に立った。


「だから、あなたには、誰の写しでもない名前をあげたい」


 彼女の目がわずかに見開かれる。


「あなたはいつも、水面に映った月みたいだった」

 初めて声を聞いたあの日も。ミラの中から語りかけてきたときも。


 シャルロットは、その手を取った。

 冷たくはなかった。


「──セレネ」

 白い世界に、その名前が静かに響いた。


「あなたの名前よ。……セレネ」


 彼女は──セレネは、しばらく何も言わなかった。

 ただ、その名前を確かめるように、唇を何度か動かした。


 それから、笑った。

 その輪郭は、もう揺らいでいなかった。


『素敵な名前ね。もらっても、いいのかしら』


「あげるために、つけたのよ」


『……ありがとう、シャルロット』


 セレネがシャルロットの手を握り返す。


『さて、じゃあ要の楔、壊しちゃいましょうか。内側からは私が。外側からは、あなたが』


 セレネの胸の奥で、金色の光が灯る。北の森で、ミラを通って流れ込んだ女神の力。あの男の鎖をすり抜けて、ここまで届いた光。


『この力がなかったら、私は内側から何もできなかった。……あの子のおかげよ』


「……ミラの」


『ええ。あとで、ちゃんとお礼を言わなくちゃ』


 シャルロットは、目を開けた。


 掌の下で、要の楔が脈打っている。

 その内側から、もう1つの鼓動が聞こえた。自分と同じ律動で。自分と同じ温度で。


 魔力の糸を、結び目へ編み込む。

 同時に、内側から金色の光が結び目を押し広げてくる。

 外からほどき、内からほどく。固く結ばれていたものが、2つの手に挟まれて静かに緩んでいく。


 亀裂が走った。


 1本。

 2本。

 3本。


 やがて亀裂は柱全体を覆い尽くし──

 澄んだ音が、響いた。


 その音は、大神殿の中だけでは終わらなかった。

 根を通り王都の地の底へ。街道の向こうへ。北の森へ。シャルロットたちがかつて楔を壊した、4つの聖地の跡へも。まだ誰も知らない、名もない土地へも。


 世界中に張り巡らされた光の根が、一斉に砕けていった。

 まるで世界が、長い長い息を吐いたようだった。


「……終わった、の?」

 リゼの呟きに、誰も答えない。


 砕け散った光の欠片の中に、少女が立っていた。

 祈るように組まれていた手がゆっくりとほどけていく。瞼が震えて、セレネが目を開く。


 その瞬間、広間の空気が変わった。


 ミラが、セレネを見上げていた。


「……女神様だ」


 隣で、リゼが小さく言う。違うと分かっているはずなのに、その目は路地裏で誰かを待っていた子供みたいに潤んでいる。


 ミラがそっとリゼのそばを離れた。


「……あなたが、わたしの……」


 セレネは、少女の前に膝をついた。


『ええ。……でも、あなたは私の写しなんかじゃないわ』


 その指先が、ミラの頬の罅にそっと触れた。

 少しだけ考えてから、セレネは言う。


『そうね。妹、かしら』


 ミラはきょとんとして、それから笑った。


「……なにそれ。姉妹なんて、ずるい」


 リゼが泣き笑いの顔で言う。


 ◇


 北の森の地の底で、ミクトランは顔を上げた。

 大神殿で、女神の力が弾けた。


 すぐさま、楔を伝って王都へ──

 そう思った瞬間、足元の道が、消えた。


 世界中の楔が、1本残らず砕けていく。その感触が、胸の紋様を通して、骨の髄まで響いてきた。


「……まさか」


 継ぎ目に当てていた掌の下で、亀裂が、大きく口を開けた。

 押さえる意味は、もうなかった。


 裂け目の向こうに、景色が透けていた。


 白い家々が、坂に沿って並んでいる。

 その屋根の向こうに、月を受けた海が光っていた。

 両側から伸びる岬。その間に抱かれた、穏やかな湾。


 ずっと暮らした町だった。

 妻と出会い。娘が生まれ。毎朝、あの海を眺めた町。

 消したはずの、町だった。


 仮説が、答えに変わった。

 ミクトランは、しばらくその景色を見つめていた。

 やがて、ゆっくりと立ち上がる。白い外套の裾が、裂け目から吹く潮風に揺れた。


「……まだ、終わらせはしません」

 ミクトランは、裂け目へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。