↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の祝福で始まり、終わる世界 ~私を殺した父は、今日も救世主と呼ばれている~  作者: ぶりーさ
1章:世界の楔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

救世主、そして神

 金色の光が、空洞を裂いた。

 リゼが剣を立てる。受け止めた瞬間、刃が悲鳴のような音を上げた。足元の石畳が砕け、リゼの身体ごと後ろへ押し流される。


「っ……重い! このままじゃ!」


「下がれ、リゼ!」


 ローランが入れ替わるように踏み込んだ。狙うのはミラ本人ではない。

 力の発生源である、その背で回る光の輪だ。

 ローランは構える手に力を籠め大きく振りかぶる。しかしその刃は届かない。


 輪の1つがわずかに傾いただけで、ローランの剣は弾かれ、彼自身も床を転がっていく。

 そして光の輪は、3つに増えていた。


「ワタシニ、カエシテ」


 平坦な声が、空洞の底で反響する。

 ミラの手がこっちを向くたびに、胸がきしむ。見えない手で心臓を掴まれて、少しずつ引っ張り出されていくようだった。

 このままじゃ、全部持っていかれる。


「ミラ! このままじゃダメ……力を止めるのよ!」

 シャルロットは、自分も力を引き出した。指先ではなく、掌いっぱいに。残された女神の力を、正面からぶつける。


 金色と、金色。

 2つの光は、ぶつからなかった。

 触れた瞬間、2つは溶け合うように混ざり、そのままミラの側へと流れていった。


「……え?」


 シャルロットは、自分の掌を見つめた。

「なぜ……?」


「シャル、力を使うな! すべて奪われるぞ!」


「わかってる。でも、ここで使わなかったら、私はきっと一生後悔する」

「ローラン。私の意思は尊重するって言ったわよね。……だったら、今だけは止めないで!」


「ぶつけるんじゃない。……届かせるの」

 シャルロットは掌を開いたまま、ミラへ差し出した。奪い合うのではなく、手渡すように。


 ミラの背で4つ目の輪が開いた。

 空洞が震えた。床に刻まれた旧い文字が、端から順に焼き切れていく。楔の律動が乱れ、光の杭そのものが軋むように揺れた。

 光輪が増えていくにつれて、力が増していくのを感じる。まるで、ミクトランが世界を破壊したときのように。


「……おねえ、ちゃん」


 少女の声だった。

 ミラの頬に、細い罅が走っていた。陶器が割れるように。その隙間から、金色の光が涙のように零れ落ちている。


「なんか、へん……なの……うちがわから……あふれて、とまらない……」


 入りきらないんだわ。あんな小さな身体に、あれだけの力。

 内側から、壊れかけてる。


「ミラ! もういい、手を離して!」


「はなせ、ないの……ワタシハ、アナタ……ちが、う……わたし、は……」


 2つの声が、1つの喉の中でぶつかり合う。


 ◇


 時を同じくして。


 王都。白と黒の城塞の一室で、ミクトランは書類から顔を上げた。

 窓の外は夕暮れ。民の祈りの声が、風に乗ってかすかに聞こえてくる。いつもどおりの、穏やかな夕方──のはずだった。


「……これは」


 遠くからでも分かる。忘れるはずがない。

 女神の力。この手で奪って、それでも奪いきれなかったもの。

 それが今、あの神殿の底で燃え上がっている。しかも、魔女のほうからではない。


「ミラ、なのか?」


 呟いた声に、わずかな驚きが滲む。

 あの写しには、楔の番人としての役目しか与えていない。引き出せる女神の力は、ほんの僅かなはず。

 だがしかし、その力は奪えなかったものに匹敵しつつある。


「器が同じであれば、奪う側に引っ張られていくというのか……」


 想定はしていなかった。だが、理屈は分かる。

 ミクトランは、指先で机を1度だけ叩いた。

 このまま暴走すれば、楔ごと神殿が崩れる。副楔はすでに2本失われた。本体まで失えば、この地の継ぎ目は裂ける。

 それは許されない。


 ──そして、もう1つ。

 あの神殿には、あの娘がいる。

 殺してしまえば話は早い。だが、それでは力が先に核へ流れる。譲渡が終わるのを待つ間に、この世界のほうが先に崩れかねない。

 だから、写しを使う。すべては奪えずとも、世界を繋ぎ止めるだけの力があれば、それでいい。


「……迎えに行かなければなりませんね」

 穏やかな声。民の前で話すときと、何一つ変わらない。

 神王は、席を立った。


 ◇


 空気が、凍った。

 暴れ狂っていた金色の奔流が、ぴたりと止まる。宙を舞っていた光の粒が、その場で静止する。

 リゼの吐く息が、白くなった。


「……なに、これ」


 コツ。

 石段の上から、靴音が降ってきた。

 コツ。コツ。


 急がない。迷いもしない。まるで自分の家の庭でも歩いているように。

 ローランが、シャルロットの前に立った。剣を握る手が、白くなるほど強張っている。


「……チッ……来たか。楔を通って移動してきたのか……?」


 闇の向こうから、その男は現れた。

 白い外套。整えられた髪。民に向けるのと同じ、柔らかな微笑み。

 あの日と、何も変わらない顔。


 あの男(かつて父だった人)。


「お父、さま……」


 声が、かすれた。

 ミクトランは、シャルロットを見なかった。

 その視線は、まっすぐに楔の前の少女へと向けられていた。


「ミラ」


 名を呼ばれた瞬間、少女の身体がびくりと跳ねる。光の輪の回転が、わずかに鈍った。


「よく働きました。ですが、少々喰らいすぎですね」


 ミクトランが片手を上げる。

 それだけで、ミラの周囲に渦巻いていた金色の光が、凍りついたように形を固めた。暴れていた力が、無理やり鎖に繋がれていく。


「あ、ぐ……っ」


 ミラが膝をつく。頬の罅が、1つ増えた。


「やめて!」


 叫んだのは、シャルロットだった。

 自分でも、なぜそう言ったのか分からなかった。目の前の少女は、たった今まで自分に刃を向けていたはずなのに。

 そこでようやく、ミクトランがこちらを向いた。


 冷たい目だった。何の感情もなく、物でも確かめるように、こちらを見ている。


「久しぶりですね、シャルロット」


 穏やかな、優しい声で。


「あなたを……君の中の女神を壊した日。……覚えていますか?」


 胸の奥で、女神の力が震えた。


「……ごめん、シャル。これは無理かも」

 リゼが口を開く。初めて聞く、諦めの声だった。


 ミクトランの背後で、ミラがゆっくりと立ち上がる。その背には、鎖に繋がれた金色の光輪。

 あの男と、ミラ。

 2人が、こっちを見ていた。


 ──逃げない。逃げられない。

 ──この人の前でだけは、もう二度と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。