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女神の祝福で始まり、終わる世界 ~私を殺した父は、今日も救世主と呼ばれている~  作者: ぶりーさ
1章:世界の楔

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鏡の中の記憶

 2本目の副楔へ向かう前に、4人は通路の奥にある小部屋で身を休めていた。

 ローランは入口の脇に座り込み、剣の刃こぼれを確かめている。リゼは壁にもたれ、天井の暗がりを眺めていた。

 シャルロットは膝を抱えたまま、浅い眠りに落ちていた。その傍らでは、ミラが猫のように丸くなって寝息を立てている。


「……あの男、焦ってるね」

 リゼが、眠る2人を起こさないよう声を落とした。

「ああ。手配書の出回り方が尋常じゃない。こんな辺境の神殿にまで近衛を張りつけている」

「そりゃそうだよ。楔が全部なくなって旧い世界が表に戻れば、女神様の力が従うのは、女神様の意志を継いだシャルのほう。あいつの胸の力だって、シャルの方へ流れていく」

「そこでなら、倒せる。……だからこそ、ここで躓くわけにはいかない」


 ローランの視線が、シャルロットの隣で丸くなっている少女へ向く。

「あの子供、何者だと思う?」

「さあね。でも、近衛が様付けで呼んで、刃を向けない。楔の場所を知ってる。……少なくとも、ただの迷子じゃない」

「僕は今でも罠だと思っている。兵から匿ったのも、案内を買って出たのも、こちらを信用させる手順としては筋が通りすぎている」

「じゃあ、置いていく?」

 ローランは答えなかった。

 この神殿の内側は、迷路そのものだった。表の回廊には近衛がひしめき、裏の通路は崩れて行き止まりばかり。ミラがいなければ、1本目の柱にさえ辿り着けていなかっただろう。

「……残りの柱の場所を知っているのは、あいつだけだ。連れていく。だが、信用はしない」

「うん。それでいいと思う」

 リゼは、ミラの寝顔へ目を落とした。

「でもさ。シャルから聞いた話、覚えてる? あの男が言ってたって。昔、子供を集めて、資源って呼んでた連中がいたって」

 ローランの眉が、わずかに動いた。

「様付けで呼ばれて、誰にも守られないで、こんな地下にひとりきり。……私はさ、それが一番気に入らない」

 リゼは小さく笑った。けれど、その目は少しも笑っていなかった。


 ◇


「ねえ、お姉ちゃん。外って、どんなところ?」

 目を覚ましたシャルロットに、ミラは真っ先にそう尋ねた。

「外?」

「うん。わたし、ずっとここにいるから。森も見たことないの」

 シャルロットは少し考えてから、口を開いた。

「そうね……森は、木がたくさんあって、少し湿った匂いがするわ。鳥がたくさん鳴いていて、夕暮れになると、葉っぱの隙間から赤い光が差し込むの。でも危険なところでもあるのよ。獰猛な動物なんかもいて、こちらを狙っているの」

「ふうん」

「それから、海」

「うみ?」

「とても大きな水たまりよ。どこまでも続いていて、向こう側が見えないの。私の生まれた町は、毎朝それが見えたわ」

 ミラは膝を抱えたまま、じっとシャルロットを見上げていた。それから、ぽつりと言った。

「……わたし、それ知ってるかも」

「え?」

「夢で見るの。白いお家がたくさん並んだ坂道。その下に、きらきらした水が広がってて……誰かが、わたしの手を引いてくれるの。あっちの向こうには何があるのって聞くと、その人が笑うの」

 シャルロットの呼吸が、止まった。

 坂道に沿って並ぶ白い家々。岬に抱かれた湾。父に手を引かれて港へ行き、沖を指さしては、その向こうに何があるのか尋ねた幼い日々。

 それは、かつての自分の記憶だった。


「でもね、その夢、わたしのじゃない気がするの」

 ミラは自分の手のひらを見つめた。


「わたし、だれかの代わりなんだって。ときどき黒い服の人たちが来て、わたしを見ていくの。そのたびに言うんだ。おまえは写しだから、ここで待っていればいいって」

「……待つって、何を?」

「わかんない。でも、もうすぐ来るって」

 背筋を、冷たいものが這い上がった。


「お姉ちゃん、手、けがしてる」

 ミラの視線の先を見ると、シャルロットの指に細い切り傷があった。楔の柱が砕けたとき、飛び散った欠片で切ったのだろう。気づいてもいなかった。

「これくらい、大丈夫」

「だめ。なおしてあげる」

 ミラはシャルロットの手を、両手でそっと包み込んだ。

 その瞬間、胸の奥が、とくん、と鳴った。

 眠っているはずの力が、何かに呼ばれるように。温かいものが胸からせり上がり、腕を伝い、指先へと流れていく。

 ミラの小さな掌に、淡い金色の光が灯ると、細い切り傷は跡形もなく消えていた。


「はい、なおった」

 空気が凍りついた。ローランが剣の柄に手をかけて立ち上がる。リゼの顔からも、表情が消えていた。

「……今のは、女神の力だ」

 ローランの声は低く、掠れていた。

 金色の光。それは、この世界の誰もが持つ魔力とは根本から異なるもの。かつて女神が人々に分け与え、奇跡を成り立たせていた力。この世界でそれを宿しているのは、ミクトランと、シャルロットだけのはずだった。


「シャル、今、何か感じたか?」

「……ええ。私の中から、引き出された」


 ミラは不思議そうに首を傾げる。

「わたし、お姉ちゃんの中のあったかいの、ちょっとだけ借りたの。ほんのちょっとだけ。それしか、できないの」

「……どうして、そんなことが」

 誰も答えは持ち合わせていなかった。


「……今くらいなら、感知まではされないはずだ」

 ローランが、ゆっくりと剣から手を離した。だがその目は、少女から一瞬も逸らされなかった。

「ここで追い出せば、こいつは上の連中のところへ戻るだけだ。……目の届くところに置いておくほうが、まだましだ」

「だが、次はない。いいな」

 凍り付いた空気の中、ローランが釘を刺すように言った。


 ◇


 2本目の副楔は、1本目よりも深い場所にあった。

 見張りの近衛は2人だけだった。ローランとリゼが動きを封じ、シャルロットが柱へ魔力を編み込む。

 澄んだ音とともに、2本目の柱が砕け散る。

 その瞬間、背後で小さな声が漏れた。


「……っ」

 振り返ると、ミラが胸を押さえてうずくまっていた。


「ミラ!」

 駆け寄ろうとしたシャルロットを、少女は片手で制した。顔を上げたときには、もういつもの笑顔に戻っていた。


「だいじょうぶ。ちょっと、びっくりしただけ」

 そう言って立ち上がり、ミラは通路の先、さらに深い闇の方を見つめた。


「……あと、ひとつだね」

 その声は、楔の数を数えているにしては、あまりにも静かだった。


 リゼが、砕けた柱の跡とミラの背中を、交互に見ていた。

 1本目、2本目と何か苦しみが強くなっている気がする。

 ──おそらく楔が壊れるたび、この子は何かを削られている。

 そう思っても、口には出せなかった。


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