第7話 欠けた台帳と星形刻印
公爵家の古い書庫は、工房よりも乾いた石の匂いがした。
運び込まれた帳簿の山を前に、私は袖をまくる。母の名があるなら、刻印登録の台帳もどこかに眠っているはずだ。
半日かけて、ようやく見つかったのは薄い革表紙の記録簿だった。『王宮宝飾特別登録・北方預託分』。その中に、母の筆跡がある。
私は思わず息をつめた。
『二重星刻印は、王宮祝冠石専用。複製不可。登録管理者エヴァ・ノイマン』
その下に、相続先として私の名が書かれていた。まだ若い頃の、母の癖のある丸い字で。
「……伯母ではなく、私?」
「そういうことだ」
背後から公爵が答えた。
伯母はずっと言っていた。母の工房は社交に向くセリーヌが継ぐべきで、私は数字と記録だけ抱えていればいいのだと。けれど実際には、母は刻印管理そのものを私に渡していた。
だから見本帳の頁が消されたのだ。
その頁には、二重星刻印の正式な継承者が誰かも記されていたのだろう。
さらに帳簿をめくると、数年後の追記があった。王宮宝飾局が登録更新を先延ばしにし、仮預かりのまま運用していると。署名はベルトラン局長の前任者。
「王都は最初から、正式登録を曖昧にしていたんですね」
「曖昧な方が都合がいい。切り取りやすいからな」
私は書庫の窓辺で、登録簿を抱えた。
母は私に何も言わずに逝ったわけではなかった。ただ、言葉より先に記録へ残していたのだ。私なら読むと信じて。
同じ箱の底から、薄い銅板が出てきた。星形の試作刻印板だ。角の一つがわずかに欠けている。
私はその欠けを見て、セリーヌの耳飾りの留め具を思い出した。あの留め具にも、同じ欠け方の癖があった。
「王都にあるのは、ただの盗品じゃない」
「おまえの母親の仕事そのものだな」
悔しさと同時に、妙な静けさが生まれた。
これで感情だけではなくなった。私にはもう、泣き言ではなく記録がある。
私は登録簿を閉じた。
「王都へ戻る時は、従妹の嘘も局の不正も、一緒に終わらせます」
公爵は短くうなずいた。
「その時は、北方の名前も正しく戻せ」
私はようやく、復讐より先に取り戻したいものの形が見えた気がした。




